眠りから覚めて目を開く――と、いつもとだいぶ状況が違った。
毎回毎回、飽きずに木の上にぶら下げられていたというのに、今回はどういうわけか木造の屋内――のベッドの上。
広意義で木の上――ではあるけれど、あまりにこれは無理がないだろうか?
 …というか、今回そうするなら今までの回もそうしようよ。
その方が白雪姫よろしくヒロインっぽいではないですか。
……ただまぁ、ヒロイン、なんぞ柄じゃなさすぎで吐き気がしますけどね。
 ――なんて、どうでもいいことを考えていると、ふいに誰から私の顔を覗き込んでくる。
急に遮られた光――逆光で相手の顔がわからなかったけれど、
「おはよう!お姉ちゃん!」という声と、徐々に慣れた目に入ってきた顔に――

 

「……?」

 

 頭に浮かんだ情報と、目の前にある情報が合致して――私の前に顔を出した少女・の名を呼ぶ。
けれど、私はこの少女を知らない――はず、だ。
なぜなら、本来ならはまだ彼女と出会っていないはずなのだから。

 

「…?まだ違和感、抜けない?」
「………何かしたの?」
「ぇ、わ、私はしてないよ?!き、黄色い四角の人が『びび○ぃば○でぶー』って……!」
「あー…松本さんが調整していったのか……」

 

 黄色い四角――で、合点がいく。
どうやら今回は私がいた世界の十年後を描いた世界である所謂「GO」の世界――
――ではなく時間軸、かつ吸血鬼パラレルの世界へやってきたようだ。
…まぁ今後の色々を考えれば、これが一番面倒のない「接触」だろう。
…でも、中学生のままで新生雷門イレブンを見ておきたかった――気もするなぁ。いや、見ておきたかったな。
 ――とはいえ、もう今更な相談だ。ここは前向きに考えよう。
パラレルとはいえ、登場する人物は元の世界と変わらない。
多少、いや、だいぶか、環境の違いで性格が変わっている人間もいるだろうけれど、みんな根底は変わっていないはず。
で、あれば!可愛い後輩の姿を拝めるという事実には変わりないではないか!
うん。今回初めてこの企画の被害者でよかったと思えたわ。

 

「…、なにがどうしてこうなった?」
「えと、ね?オーガ討伐にお姉ちゃんたちが出て、気づいた時にはお姉ちゃんがいなくなってて、
森の中を探していたら――お姉ちゃんが木の枝にぶら下がってたんだって」
「(クソ真面目に木にぶら下がってたんかッ)」

 

 いらないだろその演出――と思いながらも、に逐一疑問を投げて得た答えをまとめる――と、
人を食い物にする鬼人・オーガの討伐依頼を受け、私の弟子であるタクトと、その親友でありお目付け役のランマル、
そして私の幼馴染であるマモルと、その弟子であるテンマの計5名でオーガが潜伏するという森へと赴き、
その森でオーガを捜索中に私が失踪。
オーガ討伐を中断して捜索に当たった結果――木の枝に山折りでぶら下がっている私を発見。
これはただ事ではない――ということで、一度マモルたちの拠点であるフルグルの街にある青い鳥亭へ戻ってきた――だそうな。
 一度引き上げよう――と判断したマモルには感謝しなくては。
これが「これぐらい」と現地に残ってオーガ討伐続行されていたら……確実に大変なことになっていただろう。
 …しかし、私であって「私」じゃないというのも――なんとも変な感覚だ。
まぁ、ピンチに陥ればまた勝手に「私」の情報引っ張り出してどうにかできたかもしれないけど……。
それでも、今の私はあくまで魔法なんてファンタジー世界もうそうの産物――な脳味噌の私だ。
今、ことを構えるのは得策じゃな――

 

「私の頭にないことを、『私』の頭から引っ張り出して覚えたら――それ、私のものよね」
お姉ちゃん?…どうかしたの…?」
「極限まで魔力を封じて、人間の身体レベルで修行を積んだら――これ以降の企画が楽になるんじゃないかと思って!」
「お姉ちゃん…せっかく帰って?来たんだから、ゆっくりしようよ……」
、私がそういう性分じゃないこと、わかってるでしょ?」

 

 ベッドから上半身だけを起こし、ポンポンとの頭を撫でながら、「ゆっくりして」という彼女の意見をやんわりと却下する。
すると、納得がいっていないらしいは、やや寂しそうな表情でうつむき、何かを堪えるように沈黙を貫いていた。
 そんなの我慢を理解しながらも、彼女が納得した体で、わしょわしょと頭を撫でてベッドから出る。
インナーだけの状態から、着慣れていないはずなのに着慣れている服に着替え、最後にニーハイブーツを履く。
まったくもって着慣れないスカートにコルセットという出で立ちなのだが、
不思議と違和感がない――のが逆に気持ち悪い。微妙にだけど。
 いい加減に慣れろ――と、言い聞かせるつもりで大きなため息をつき、おかしいところはないかチェックする。
と、髪型が無造作に降ろしたまま。いつも・・・であればちゃんとまとめているところなのだけど――

 

「…便利ねぇ、魔法って」

 

 頭に浮かんだ説明どおりのプロセスを組み、パチンと指を鳴らせば――ひとりでに私の髪が結われていく。
ひとくくりにした髪を、三つ編みにした髪でまとめた髪型――そういえば、これは私もたまにする髪型だった。
 …こうなると、やっぱりこれは私なんだ、と思う。
正直、少し私と「私」の差異を気にしていたのだけれど、やっぱり根底は同じなんだろう。
――であれば、あえて「私」らしく振舞う必要もないかもしれない。
……でも、師匠としてのメンツぐらいは保っておくべきか。
 身支度を終え、と一緒に部屋から廊下へと出る。
廊下の窓から差し込む日差しに心地よさを覚えて、
吸血鬼なのに――と苦笑いを浮かべれば、不意にが「大丈夫?」と不安げに尋ねてくる。
の差す大丈夫のポイントがわからず、正直に「なにが?」と尋ねれば、
は「あの…」と言葉を一度は濁したものの――意を決した様子で「あのね…!」と切り出した。

 

「元のお姉ちゃんと今のお姉ちゃんだと、雰囲気が違うの!元のお姉ちゃんの方が余裕があったの!!」

 

 脳天からグッサーと私を貫いていったの言葉。
あまりにもあんまりな衝撃的発言に――思わずその場に崩れ落ちた。

 

「ううぅ…がイジめてくる……っ」
「いい、い、イジめてないよ!ただみんなに変に思われたら大変だと思ってっ……」
「それだけ、私と『私』じゃ大違いってことね?」
「うん」
「ああっ…やっぱりが酷い……!」
「だだだ、だってー!」
「――おーい、どうしたー?」
「!マ、マモルさん…!」
「(へー)」

 

 とわいわいとやり取りをしている――と、通路の奥にある下り階段から一人の男が姿を見せる。
特徴的な前髪に跳ねたサイドの髪。どこか幼さ――
――私の知っている印象の残る顔の男は、「私」の幼馴染である――マモル・エンドー。
 …要するに、今私の前に居るのは、私の知っている円堂の十年後の姿ということ。
身長も伸び、体格も男らしいものになり――ながらも、その印象は昔とさほど変わらない。
今の私の知りえるはずのないものに、なんともいえない感情が湧き、
苦笑いが漏れ――そうになるところをグッと堪えて内心に留め、ニヨリと笑って――から、
ふいと顔を逸らして悲しげな表情を顔に浮かべた。

 

「…が『頭おかしい』っていうのよ……っ。そんなことないって言ってるのに…」
「ええぇ!?いい、言ってないよ!」
「言ったじゃない。『みんなに頭がおかしくなったと思われたら大変だ』って」
「似たようなことは言ったけど、そうは言ってないよ!」
「うう〜ん…でも、の言うことも一理あるような……」

 

 訝しげな表情を浮かべ、の横をすり抜け私の目の前にまでやってくる――マモル。
元の世界であったなら、絶対にありえない距離感だけれど、幼馴染という気兼ねしない関係――の上に、
戦いの場ではお互いの背を任せあう戦友である「私」と彼にとって、この距離はいつものことなんだろう。
 ――しかし、本当に頭がおかしいと疑われるのは非常に不愉快なので、
その意も込めてぐわしと片手でマモルの両頬を掴んでやった。

 

「アンタまで疑うわけ?」
う゛〜ん…なん言うきゃ……100年分ぎゅらい昔の感じ??」
「…よう100年前の事なんて覚えてるわね……」
「いや、うん、ってゆーか――人間臭い」
「は?――がぶっ」

 

 マモルの顔を掴んだと思ったら、今度はこっちがマモルの大きな手によって両頬を掴まれた――
――上に、くいと持ち上げられ、口の中をまじまじと覗かれる。
なんだ、放せとマモルの体を叩くけれど、私の抵抗はまったく意味を成していないようで、
平然とマモルは私の口内を調べた後――「うーわー、マジかー」と棒読みで驚きを口にして、そのまま私を解放した。
 若干痛む両頬をさすりながら「なんなのよ」とマモルに問えば、
呆然とした表情でマモルは自分の口内――人間のものよりもずっと長く鋭い犬歯を指差す。
それが意味するところはおそらく、私の犬歯に異常が起きている――ということ。
…あれ?それにさっきマモル、人間臭い…とか言ってなかったっけ?アレ?アレレ??
 恐る恐る、自分の犬歯に舌を伸ばしてみる――と、その犬歯は私にとって馴染みのある長さ。
非常に普通。至っていつも通りの長さ――ではあるけれど、ここ・・ではそれでは困るのだ。それはもう物凄くね!!

 

「師匠ー、ー、どうかしたのー?」
「マスター?どうかしたんですか…?」

 

 2つの少年の声と3つの気配――師匠、マスターという呼び方から、
どうやら弟子であるタクトたちが私たちのわいがや騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。
 好奇心と心配の混じる声に、本当であれば「大丈夫」と返したい――ところなのだけれど、
正直まったくもって大丈夫ではないので、とりあえず事実を吐露した。

 

「人間になっとるー?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは私の元いた世界が、人間と吸血鬼が抗争するファンタジー世界だったら――という並行世界だ。
そしてその中で、私は吸血鬼派閥に属し、その中でも高位の存在となる純血の吸血鬼――真祖と呼ばれる存在だ。
純血――というだけに、真祖の吸血鬼には一滴たりとも人間の血は流れていない。
要するに、吸血鬼が人間を吸血して生まれた吸血鬼ではない――ということ。
 …ここまで説明すればわかると思う。
私が、真祖である私が――人間になっているという状態の異常性が。

 

「……………」

 

 元々――というか、そもそも私は人間である、とはいえ、吸血鬼の「私」が人間になってしまうのは一大事。
あと、自然とこの状況に私はとんでもないショックと絶望感を覚えていて。
自ずと体は力をなくし、私は無様に元いた部屋の下の階――にある、酒場のカウンターテーブルに思いっきり突っ伏した。

 

「マ、マスター……」
「………ごめんねタクト、心配かけて」
「……っ…」

 

 心配そうな声で私を呼び、心細げな表情で私の元へやってきたのは――私の弟子になる少年吸血鬼・タクト。
あまりにも彼が不安そうだったので、苦笑いながらも笑って安心させるようにタクトの頭を撫でる。
でも、それでタクトの顔から陰りが消えることはなかった――ものの、タクトは笑って「はい」と返してくれる。
気を使わせてしまったことを申し訳なく思いながらも、私はカウンターから身を起こすことはできなかった。
 ここが、実家とか別荘とかではなくて本当によかったと思う。
お爺様に知れたときの大惨事――も恐ろしいけれど、別の意味でお母様に知られたときの大珍事も恐ろしい。
絶対モルモットですよ。こんな世にも奇矯なことになったんだから、
絶対にモルモットであれこれされるに違いない…!お、おそろしやぁ…!!
 …にしても、

 

「………テンマ、どうかしたの?」
「い、いえっ…あの、その……っ…」
「?」

 

 先ほどからずっと背中に刺さっている視線――が、気になって視線を後ろに向けてみると、
そこにいたのは申し訳なさそうな表情でマモルの後ろに隠れている――半吸血鬼の少年・テンマ。
 情報きおくによれば、本来であれば明朗活発な爽やか少年である――というのだが、
今私の目線の先にいる彼は、大人しい恥ずかしがり屋の少年にしか見えない。
一体なにを戸惑っているのやら――と思いつつ、「代弁よろしく」とマモルししょうに視線を向ければ、マモルは苦笑いを漏らした。

 

「吸血衝動がちょっとなー」
「吸血衝動ぅ?」
「おいおい、無自覚なのか?お前今、魔力をたっぷり蓄えた人間、なんだぞ?」
「あ」

 

 マモルの指摘に、無意識に間抜けな声が漏れた。
 「えーと」と頭を動かすよりも先に出てきたのは――
――吸血鬼にとって強い魔力を持つ人間は吸血対象エモノとして非常に好ましいという事実。
その事実を踏まえた上でテンマに視線を向ければ――
――もじもじというよりは、うずうずと言った方が適当な様子のテンマの姿があった。

 

「……少し散歩でもしてきたら?」
「いや、我慢するのも訓練かなーって」
「見てるこっちが気ぃ引けるわ」

 

 イラッとして噛み付くように言う――けれど、マモルはアハハと笑いながら
テンマの頭をポンポンと撫でるぐらいにして、私の言葉などどこ吹く風――といった様子だった。
 元々、私が多少咆えた程度ではマモルは怯まないのだけれど、
私が人間になってなおさらにその傾向が強くなっている気がする。
…いやまぁ、種族的な部分を考えれば当然と言えば当然なんだけれども……。
 そんなことを思っていると、不意にカウンターの奥からトントントンと足音が聞こえる。
反射的に足音の聞こえた方へと視線を向ければ、そこには見慣れた姿――よりは少し歳を経たアキナの姿があった。

 

「サエウム卿はなんて?」
「知るか――だって」
「あ゛?」
「あーはいはい、怒らない怒らない。今までに前例がないんだ、ソースケだって戸惑って当然だろ?」
「にしても知るかってなによ。端っからさじ投げるわけ?」

 

 苛立ちを隠さずアキナに問い返せば、アキナは「まさか」と苦笑いで言う。
じゃあどういうつもりだ――とサエウムソースケの真意を問えば、アキナは少し困惑した様子で口を開いた。

 

「追い詰めてみろ――だってさ」
「………は?」
「生命的危機に陥れば、もしかすれば――吸血鬼に戻れるかも、って……」
「不確定要素大きすぎる割にリスク大きいですね?!」

 

 「もしか」に「かも」という不確定要素が多い割に、生命的危機に陥れば――とは物騒な。
私を追い詰めることで、吸血鬼としての力を取り戻すことができればある意味ノーリスクだけれど、
それができなければハイリスク――というか多分ジ・エンド。
それを考えると最悪の最終手段――としたいところ。だたまぁ……。

 

「あと頼れるところなんて、お母様のところか、白狼の里か……」

 

 とりあえず、お母様のところはない。
嬉々とした笑顔でモルモットとしてお迎えされるのがオチなのだから。
それをわかってお母様を頼るほど、私はマザコンでもなければ、ドMでもない。
 もう一つ候補に挙がるのは白狼の里。
今は別荘わがやで待機している白狼男のシローの故郷であり、最北端の地にある極寒にして神秘の里だ。
その里で神と崇められている神の力を頼れば、この異常事態を打破できることは確実――なのだけれど、
人間の身で人の住めない極寒の地へ赴くのは正直無謀な気がしてならない。…私寒さに超弱いから余計に不安すぎる。

 

「はぁ〜……どーしたもんか…」
「やっぱりやるしかないよ!それにお姉ちゃん、元々人間レベルに落として修行したいって言ってたし!」
「む?そういえば……」

 

 に言われてふと思い出す。
次の旅に向けて「私」の戦闘技術を盗むため、身体能力を極限にまで人間に近づけて修行をしよう――と思っていたんだった。
…でも、命懸けともなるとちょっと話変わってこない?失敗したら終わり――って、修行にしてはスリリングすぎないか?!
 ――と、思っているのはどうやら私だけのようで、をはじめ、みんながみんなこの命懸けの修行に賛成のようだ。
…まぁ、そりゃそうか。だって彼らは――いや、とアキナは別として、マモルたちは私を「私」だと思っている。
今までに――100年にも及ぶ実戦を積んできた歴戦の吸血鬼である「ゴリンわたし」だと。

 

「そうだっ、どーせならタクトたちがやってみろよ」
「えっ…?!俺たちがですか…?!」
「おう。今のは人間だからなっ。お前たちでも十分に追い詰められるはずだぞ」
「…下手したら、れるんじゃないですか――俺たちでも」
「ああー…確かにが油断したら、ランマルの初撃で首スパーンと行くだろうなー」
「なななな…!ここっ、こ、怖いこと言わないでください!マモルさん!」

 

 本当に、本当に恐ろしいことを言ってよこしたマモル――に、若干青ざめながらも怒ってくれるのは
それをありがたく思いながらマモルを睨めば、それを受けた私に睨まれた意味がわかってないらしく、
マモルは安穏とした表情で「ん?」と首をかしげた。
 …ああ、非常に腹立たしい。ランマルの事情は知っているだろうに、何故に煽りおったかこの男。
 ――とはいえ、文句ばかりも言っていられない。
純粋な殺意をもって挑んでくるならそれは「追い詰める」という意味では最上級だ。
であれば、ここはググッと腹をくくって――死ぬ気で殺り合うほか選択肢はないだろう。……不安しかないけどなッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツコツと、青い鳥亭のカウンターの向こうにある下り階段を降りていった先にある通路。
その一番奥にある部屋は――広い広い地下闘技場になっている。なんでも、古の時代に作られたコロシアム――らしい。
 初めてこの地下に訪れるタクトたちと一緒になって巨大なコロシアムに圧倒されていると、
不意にコロシアムを囲むように置かれているたいまつに火が灯り、天井に吊るされている簡素なシャンデリアにも火が灯った。
 準備が整った――と言われた格好になった瞬間、これから直面する大事を思い、諦め悪くげんなりする。
でも仕方ないと思う。何度も言うようだけど私、ちょっとばかり格闘技ができるけど、基本普通の人間なのです。
殺気とか何とか、結構免疫ないんです。ああもう、何でこんな展開になったの黄色い四角ッ!!
 内心で、大いに悪態をつきながら――も、本気の修行のための準備を進める。
髪を止めていた髪飾りを引き抜く――と、私の姿はいつもの・・・・もの――少女時代のものに戻る。
そして服装は暗い赤色の軍服へと変わり、長い髪は三つ編みでひとくくりにまとめられた。
 体の調子を確かめるように、肩を回したり、その場で軽く跳ねてみる――と、「私」の記憶がこれを「鈍い」と判断する。
私としては割と普通――なのだけれど、やはり吸血鬼と人間では基準からしてわけが違うらしい。
これで本当に生きて吸血鬼に戻れるのか――と不安に思っていると、不意に後ろから「う〜ん…」というマモルの声が聞こえた。

 

「…なによ」
「いや、なんか思ってた以上に危なっかしいから……」
「真祖から人間に落ちるってことはそーゆーことなの」

 

 やっと私の危惧を理解したらしいマモル。――けれど、それでも「やめよう」と提案しない辺り、いい根性をしている。
戦友として信じてくれているなら嬉しいが、単に「大丈夫だろう」という気楽な考えだったら殴りたいところ。
…まぁ、マモルの考えが何であれ、制止が入らない以上は――やるしかないのだけれど。

 

お姉ちゃん、無理しないでね…っ」
「…無理しないと死ぬんだけど?」
「ぅえ?!」
「ほーら見てご覧なさーい。あのランマルの殺る気マンマンの耳ー」

 

 励ましにやってきたの向きを、クルリと強制的に私から少し離れた位置にいるランマルたちの方へと向ける。
おそらくの目に入ったのはピコピコと動くランマルの真紅の耳。
これは明らかにやる気マンマン――と思ってまず間違いないだろう。
 …いやー、恨まれてますね「私」。
マモルに対してはそうでもないのに、なぜ私にはここまで――って、ああそうか。マモルの方こそ――人間臭い、だものね。
「私」が恨まれているんじゃなくて、マモルが吸血鬼にしてはランマルに懐かれているだけだ。
…まったく、どこにいてもそーゆーキャラなのね。
 ポンとの背を叩いて、この場から離れるように促す。
すると、は不安げな表情を見せたものの、不意に「うん!」と大きく頷くと
「頑張ってね!」と声援を残して既に私たちと距離を置いているマモルたちの元へ合流する。
がマモルたちの元に合流したところで、それと入れ替わるようにしてマモルが前へと進み出る。
そしてすぅ…と大きく息を吸った。

 

「これは模擬戦だが真剣勝負だ!油断すればただではすまないことを忘れないように!」

 

 気の引き締まるマモルの警告に、背筋を正し――「私」の基本を思い出す。
そして私がなにが得意で、なにができるのか思い出し――ランマルたちと相対する姿勢をとった。
 やる気マンマンのランマルに対し、未だに戸惑いが残っている様子のタクト。
…こちらの方が色々と劣ってはいるが、このコンビがこのまま、であれば私にも勝機――というか生き残る術はあるだろう。
思いがけず発見した光に、思わず笑みを浮かべると――ランマルがこの上なく苛立ったような表情を見せた。

 

「――はじめ!」

 

 マモルが開始の合図を告げた――その瞬間には事態は動いていた。
 ガキィン!と金属同士がぶつかり合う音が、岩壁のコロシアムに響く。
けれど、それを気に留めずに、魔術のプロセスを実行すれば――
――読み・・で出現させておいた鎖に初撃を封殺されたランマルへ向かって、魔方陣から出現した鎖が襲い掛かる。
けれど、身動きまでは封じていなかったため、鎖は獲物を捕らえることはなく、虚しく空を切り――地面に打ち付けられた。
 一番の懸念であったランマルの初撃をしのいだ――とはいえ、状況は未だに悪いまま。
今の僅かの間に呪文詠唱を終えたタクトが、こちらに息つく暇を与えず無数の火球を放ってくる。
ただ幸いにしてその火球はさほど早いものではなく、
なんとか私でもかわすことができる程度――だったが、どうやらそれが狙い・・だったらしい。
 火球に混じり、それに勝る俊敏な動きで私に襲い掛かってきた――ランマル。
手に構えたナイフは思いっきりこちらに刃が向いており、もういうまでもない感じに殺る気満々だ。
ただ、それを理解するぐらいの余裕があったぐらいなので、
なんとかランマルの一薙ぎをかわし――て、その勢いを利用してランマルを詠唱中のタクトへ向かって放り投げてやった。

 

「――俺は大丈夫だ!タクトは術に集中してくれ!」
「あ、ああ…!」

 

 自分の方へと向かってくるランマルを心配してタクトは詠唱を止めるが、空中でランマルは自らで体勢を立て直し、見事に着地する。
そしてタクトに自分のことは気にするなと言うと、タクトの返事もろくに聞かず――目にもとまらぬ速さでまた私の首を狙ってきた。
 スピード、パワー共に、人間である私を軽く凌駕しているランマル――だけれど、
吸血鬼が相手というだけで冷静さを欠き、一本調子なその攻撃は、見切りを得意とする私にとっては最高の相性で。
受けることも、かわすことも、カウンターを見舞うことも容易――まで言わずとも、集中すればけして難しいことじゃなかった。
――なので、一度ここは攻撃に打って出てみる。
 ランマルが体勢を立て直す――その一瞬の隙を突いて、鎖を攻撃のために放つ。
けれど、それに即座に気づいたランマルは襲い掛かる鎖の攻撃を見事にかわし――
――更に襲ってくる二陣、三陣の鎖の攻撃の全てをかわしてみせた。
 が――

 

「自分の役目を忘れすぎ」
「ぅわあっ!?」
「! タクトッ!!」

 

 大きく距離を開けたランマルとタクト。
それを見せ付けるように、ランマルへの攻撃の中で仕込んでおいた鎖の「種」から出現させた鎖でタクトを縛り上げれば、
ランマルは我に返ったような――酷い動揺の色を孕んだ声を上げた。
 そこで事態は膠着する。鎖によって人質状態のタクト――と、それによって完全に動きを封じられているランマル。
…まぁ、私だけは人質もいないし、攻撃に転じたところでタクトを縛る鎖が緩むこともないので、
ランマルを一方的に攻撃して――ということもできるけれど、それは趣味ではないのでしない。
――なので、私が優勢で事態は完全に膠着しているのだけれど、
審判であるマモルからの試合終了の号令はいつまで経ってもかからなかった。

 

「――いけ!ランマルー!!」
「――ッ!!」

 

 唐突に、ランマルへ「行け」と指示を出したタクト。
そのタクトの指示にランマルは一瞬躊躇を見せたが、タクトの策を信じてか私へと突っ込んできた。
 ランマルを鎖を放って迎撃しながら、タクトを縛り上げる鎖の強さを上げれば、その痛みからタクトが苦痛の声を上げる。
それを耳にしたランマルは憎しみと躊躇――を見せながらも、それでもこちらに向かってくる。
さぁそろそろ直接対決――といったところで、

 

「――…光ノ雨ッ!!」
「!」

 

 放たれたのは、タクトが準備していたらしい――淡い黄色のエネルギー体による攻撃。
光の雨と銘打たれたそれは、その名の通りに無数の光の弾が降り注ぐ遠距離からの広域攻撃――だったが、
その威力は差して大きいとは言えず、魔法で構築されたシールドで簡単に防げる程度だった。
――が、そもそも彼らの・・・攻撃はそこが本命ではなかった。
 グサリ、という音と共に、腹部に奔る激痛。
その痛みに耐え切れず、叫び声を上げる――より先に口の中に鉄の味が広がり、
あふれ出るものに耐え切れず、ごぷりとそれは私の口内から出て行く。
そのさまは相当にショッキングだったようで、私の名を呼ぶやテンマの声が聞こえた。
 視線を下ろし、自分を襲っている激痛の原因を見つけ――手にかける。
それと一緒にランマルの手に触れると、ランマルの手はビクリと大きく震え――1歩、2歩と後ろへと下がっていった。

 

「やる…じゃない……」
「そ…ん、な……俺は…そんなつもり……!」
「はぁ…?そこ、は……っ、あってくれないと、私が――…かっこ、つかないじゃない…!」
「な……なに、言って…?」
「急所、はずれたのは――…私のおかげってことよ…!」

 

 腹に刺さったナイフを乱暴に引き抜き――口の中に広がる鉄の味を思い切りゴクリと飲み干す。
非常に気持ちが悪い――が、一瞬だけピリリと静電気のような痛みが腹部を襲ったかと思うと、
次の瞬間には私を襲っていた激痛は一瞬のうちにして消え去っていた。
 再度視線を下ろし、ナイフの刺さっていた腹部に視線を向ければ、そこには血に染まりやや黒くなった紅の軍服。
そしてその軍服に空いた穴から覗くのは――傷ひとつない肌だった。

 

「――戻ったみたいだな」
「ええ、なんとかね」

 

 笑顔で近づいてくるマモルに、元に戻った・・・・・犬歯を見せ付けるようにしてニッと笑った。
 慣れた感覚でパチンと指を弾けば、私の姿はこの世界に着た当初の姿へと変わり、
先ほどまでは大きいとは言えなかったランマルとの身長差が、ブーツのヒール分もあって更に大きくなる。
そのままランマルの腕に手を伸ばすと、ランマルはビクリと体を震わせ、
拒絶に近いような反応を見せたけれど、そこはあえて無視して抱き寄せる――と、わき腹をギュウっとつねられた。痛い。

 

「マスター!」
「おうっ」

 

 私の名を呼びながら、ランマルとは反対側に抱きついてくる――タクト。
かなり心配させてしまったようで、タクトの顔を埋めている部分からはじんわりと熱いものが伝わってくる。
…まぁそりゃそうか。近しい人が腹刺されて吐血したら――そりゃ、心配しますよね。しかも吸血鬼じゃなくて人間だったわけですし。
 タクトの頭を撫でながら「ゴメン」と謝る――けれど、タクトからの返事は返ってこない。
どうしたものかと参っていれば、人の気も知らずに、暢気な調子でマモルが
「結局なんだったんだ?」と、私が吸血鬼へと戻ることができた要因を尋ねてくる。
あまりにも平気な顔で聞いてくるので、力も戻ったことだし一発殴ろうか――とも思ったけれど、
そこは大人として堪えて、自分の所感を告げた。

 

「さてね」
「あれ?」
「気づいたら戻っていた――としか言いようがないのよ」

 

 ――とはいいつつ、なんとなくだけれど理解していることはある。
おそらくこれは、私が「私」に馴染んだ――んだと思う。
 いつもの感覚がなくなっていく代わりに、馴染みはないが体に馴染む感覚が、
様々な場面であったことを考えると、私の仮説は間違っていないように思う。
…けれど、その辺りのことをマモルたちに説明した時には、確実に面倒なことになること間違いないのでそこは黙っておく。

 

「まぁ、戻ったんだからいいじゃない」
「うーん――ま、それもそうだな!」
「さ、上に戻りましょうか」

 

 私の心中を知ってか知らずか、多くの追求しないマモルに内心で感謝しつつ、ランマルとタクトの背をポンと叩いて歩くことを促す。
そうすると、ランマルはすぐにスッと私から離れていき、
先を行くマモルたちと合流するわけでもなく一人で通路へと繋がる扉へと向かっていった。
 そんなランマルに対してタクトは、背を叩いてからやや経ってから私から体を離し「すみません」と謝る。
それに対して私は苦笑いで「私こそ心配させてゴメンね」と改めて謝ると、
タクトはごしごしと服の袖で目元を拭ってから「これからはやめてくださいね!」と私へ対する注意を口にした。

 

「以後気をつけます」
「…約束ですからね?」

 

 約束だというタクトに、「じゃあ」と言って指切りを持ちかければ、タクトは少し表情を明るくして応じてくれる。
そんなタクトに対して愛おしい気持ちが芽生え、笑顔で指切りをする――けれど、内心では苦笑いだった。
 だって、これは私が受けるべき親愛ではなく、「私」が受けるべき親愛なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 色々悩んで、こんな措置となりました。非常に無難かつ――楽しかったんだぜ!
ハロウィン限定わっしょい企画感のある作品ですが、割と通常運行で送り出したい所存です。
 …そういえば、文章上で稲妻11GO夢主を動かしたのってこれがはじめてかもしれません……(汗)