ドドドドド…と、膨大な水が流れる音が耳に届いて、私の意識を覚醒させる。
意識が戻ると同時に、慣れた感覚が私の体を襲う――あれだ、木の枝にぶら下っている感覚だ。
目を開き、大きくため息をついて――木の枝の上へ登って体勢を整える。
服に付いたゴミをパンパンと払い――改めて回りへと視線を向ける。
そこで目に入るのは圧倒されるような大瀑布――と、鬱蒼と茂る木々。
その木々たちは大瀑布と調和する熱帯地方のもの――だけれど、
その中にあるのは不釣合いな地中海風の街並み――というか、城というか…。
とにかく、私が元いた世界ではありえない光景が広がっていた。
「(ファンタジックな世界って……まだあったっけ?)」
アレコレと、頭の中のそろばんを弾いている――と、不意に後ろから女性の悲鳴が聞こえる。
反射的に「なんだ」と振り返ってみる――と、そこにいたのは数名の全裸の少女たち。
ザバッと身を隠すように身をかがめれば、
少女たちの体は組み上げられた岩によって湛えられた――おそらくお湯、によって濁される。
…どうやら、運悪くあの少女たちの入浴しているところに出てきてしまったらしい。そりゃ、叫ばれますよね。
さてここでどうしたものか。
悪気のない――不幸な不慮の事故である上、同姓であるのだから、
正直なところ冤罪を免れるために逃げる――というのは得策ではない。
かといって、「私は無実です!」と主張するために両手を挙げて出向いていくのも――なにかおかしいだろう。…だからといって、このまま黙ってここにいるのも――
「……へ………?」
ドドドドド…と、大瀑布の水が流れる音に混じって聞こえたのは――これまたこの雄大な大自然に不釣合いなジェット音。
しかし、それよりも不釣合いなのは私の目の間にいる存在――メイド服を着たアンドロイドなお姉さんたち。
感情を一切宿さない、無機質な瞳が――アンドロイドたちの視線が私に向けられている。
敵意や殺意は感じられない――が、間違ってもそれが友好的なものではないことは、状況を考えれば誰にでもわかること。
そして、彼女たちは覗きの現行犯をひっ捕らえに来た――ということも、ピシイッとしならせた荒縄を見ればわかることだった。
運悪く、少女たちの入浴シーンに鉢合わせてしまった私。
そこでこの――城?の警備も担当しているらしいアンドロイドなお姉様方に荒縄でぐるぐるぐる巻きにされて連行され、
現在はこの城にいる人々の前に引っ張り出され――この城の主らしい
金髪ロングストレートの10歳ほどに見える少女から…一応、尋問を受けているところだ。
「――で?貴様、どこから我が居城に入り込んだ?」
「わかりません……」
「あ゛?」
不機嫌そうな声と一緒に、顔面を厚底靴で踏まれる。
この上なく屈辱的なかっこうではあるけれど、ここで抵抗するわけにはいかなかった。
感覚的に――これは逆らってはいけない相手、なのだ。
外見こそ、私を取り囲んでいる少女たちの中で最も幼いけれど、彼女が口にする言葉の節々には、老練の凄みが感じられる。
…それも、50年〜60年そこらのものじゃない。
この世界がファンタジーの基準でできているのなら、100年を優に超えるように思える…。
…こんな相手に逆らうなんて、正気の沙汰ではないだろう。なにか大きな使命でもあるならまだしも。
「冗談は貴様のためにならんぞ」
「…冗談なんて言ってません……。本当に……わからないんですぅ……!」
ぐりぐりと、圧迫を増していく金髪少女の足。顔が痛い――というよりも、首が痛い。
もげるわけはない――けれど、首がもげそうな錯覚に襲われる。それでも「痛い」とも「やめて」とも言わず、
ひたすらに亀の精神でこの状況を堪えている――と、不意に柔らかな少女の声が「もうええよ〜」と、この状況に制止をかけた。
「相手は女の子やったんやから、そない責めんでもええやんか〜」
「そうそう、思わず条件反射で叫んじゃったけど――女の子なら問題なしっ」
「…フン、馬鹿者共が。私が追及しているのは、お前たちの風呂を覗いたことについてではない」
「はえ?そんならなんなん?」
「…コイツはこの『ダイオラマ魔法球 』に突然、現れたんだ。主である私に気づかれることもなく――なッ」
「………ッ!!」
不機嫌な様子で言い捨てられた――と思ったら、
ぐい、とまた足にかけられた力が増し、私の首への負担が更に増す。
そろそろもうホントに首が折れそうなところなのですが、それでも頑張って沈黙を保った。
ここで、下手に騒いでこれ以上あの金髪少女の機嫌を損ねては、確実に首の骨を折られて私は死ぬ。
それだけは、なんとかして防がなくてはならない――とは思うけれど、
よくよく考えるとこのままでも最終的には首の骨が折れて死にそうな気がしてきた。ああもう、八方塞とはこのことか。
――なんて思っていると、不意に金髪少女の「ぅおっ」という声が聞こえ――たと思うと、
圧迫を受け続けていた顔が開放され、同時に動きを封じられていた首もその自由を取り戻す。
限界まで反らされていたせいか、状況を確認する暇すらなくおよそ反射的に首が下を向く。
顔を下に向けた瞬間、首筋からじんわりと痛みが和らいでいく。
そのなににも変えがたい感覚に安堵の息を吐いている――と、不意に私の肩に何かが乗った。
「………紅尾っ…?!」
肩の懐かしい感覚に、慌ててそちらに視線を向ければ、そこにいるのは紅尾 ――の姿をした炎の鳥。
ただ、どういうからくりか間近に炎がある――火傷する距離だというのに、紅尾の炎は暖かいだけで熱さはない。…ってか、それも不思議だけど紅尾が紅尾の姿で炎の鳥になるってなにー?!
「…おい、どういうつもりだっ」
金髪少女の不機嫌な色が更に濃くなる――が、彼女の怒りの矛先は私ではない別の何かに移っていた。
おそらく、今彼女が怒りの矛先を向けている人物が、紅尾を放った存在――金髪少女の意表を突いた犯人なのだろう。
隙のほとんどない金髪少女の意表をついた――
――それも気になるところだけれど、何よりも気になるのはその存在が紅尾を放ったということ。
それはつまり、紅尾が私にとって助けになると判断した人物ということであり――
「さん!!」
「ん、久しぶり」
――夢主 ということ。
私が振り向いた先にいたのは、頭をぼりぼりとかく山吹に近い金色の長い髪を持つ少女――長永さん。寝起き――なのか、その反応やら色々が鈍いものの、知った顔のこの世界の住人の登場はこの上なく心強い。
なんとかこの状況を打開して欲しい――のだけれど、
「…で、どういう状況だ?なんでが縛られてんだ??」
「ええと…それがその……っ」
ある意味で当然か、まったく状況を理解してないさんが状況の説明を求める――と、
さんの近くにいた赤髪の眼鏡をかけた少年がかくかくしかじかとさんに、
こんな状況に至るまでの顛末を要点を抑えて説明してくれた。
主観的――ではなく、客観的に状況を解説してくれる少年に感謝しつつ、
少年の説明を聞き終えたさんがなにを言うかと期待してまっている――と、
「…まさか、にそんな趣味があったとは……」
「ぇええー!?」
「なっ、なに聞いてたんですか!そんな趣味あるわけないでしょう!!」
「じゃあなんでそんなとこにいたんだ?意味もなく――か?」
「ないですよ!ただの事故ですよ!もうお願いですから道理が通るように説明してください…!」
「……面倒な…」
ふぁ…とあくびを漏らし言うさんに、思わずイラッとする。
…さんってこんな人……だっただろうか。何かもう少し義理人情に厚い人ではなかっただろうか?
なんというか……こんなものぐさな人ではなかった気がする。
もっとこう――なんか生き急いでるぐらいのアグレッシブなパワーのある人だったように思うんですけど……。
…それでも、助けを求める私を手を「面倒だから」と振り払うつもりはないようで、
わずかに「う〜ん」と悩んでから、「うむ」と頷き口を開いた。
「エヴァ」
「あ?」
エヴァ――と呼ばれ、反応したのは金髪少女。
ただ、その反応はあまり芳しいとは言えず、明らかに私――とさんのことを怪しんでいることがわかる。
…まぁ、あれだけ大声で「事故」だ「道理」だとのたまったのだから、
これからなされるさんの説明はあくまでこの場しのぎのものでないことは明白で。
それを考えれば、金髪少女――エヴァさんの反応は当然のものと言えば反応だ。
…それでも、とりあえずは説明してもらわないとどうもこうもないけれど。
ペタペタペタとさんは歩を進め、私の真横までやってくる――と、不意にポンポンと私の頭を叩いた。
「コイツはあれだ。神隠しってヤツだ」
「…………貴様、もう少しまともな言い訳はできんのか…」
「言い訳じゃーないさ。これは事実――見えざる黄色い神様のお戯れ」
さんがパチンと指を鳴らすと、紅尾が私の肩から飛び立ち――炎を纏わせた翼を揮い、私を縛っているロープを焼ききる。
焼ききれた瞬間は熱かったものの、身の自由を得られたことを考えれば安いもの――
――「はぁ〜…」と大きなため息をついて、ふとさんに視線を向ければさんはコクリと頷いた。
さんの了解を得て、私は久々にまともに立ち上がる。
大きく伸びをして、凝り固まった体をほぐしたい――けれども、そこはさすがに我慢して、
とりあえず宙にとどまっている紅尾に向かってぽんぽんと自分の肩を叩く。
すると、紅尾は大きく旋回してから私の肩にスッと収まった。
「――ということで、俺の客がお騒がせしたようで悪かったな」
「なに?お前の客だと?」
「ああ――まぁ、招かれざる客、ではあるけどな」
「…悪かったですね……」
「誰もお前のことは悪く思ってないさ。俺が悪く思ってるのはアイツしかいねーだろ」
さんがアイツ――と、口にした瞬間、さんの背後にゴゥっと燃え上がるどす黒い炎。
どうやら、あの黄色い四角様を思い出しただけでも腹立たしいご様子。
…そりゃそうですよねぇ……一時祀り上げられた上、初代よろず夢主様にして、初代裏担当様だもんなぁ……。
パイオニア故に生みの苦しみを山盛り体験してきたはずでもんね…。
そう考えると、さんの犠牲あっての今の我々なんでしょうか。
「…おい、今なんか失礼ないこと思わなかったか?」
「いえとんでもない。さんの尊さを改めて実感していただけで」
「尊さ――だと?なんだその、俺がアイツへの贄になっているような表現は」
「深読みしすぎですよ。そんなこと全然まったくこれっぽっちも思ってませんから」
「ほ〜ぅ……!」
不機嫌だったさんの表情が、怒りを孕んだ引きつり笑いに変わる。
私としては、ただ事実を思っただけなのだけれど、さんにとってこれはとにかく「地雷」のようで、
なにをどういったところで気に障る――のかもしれない。
…ただ、こういう言い方もどうかと思うけれど、さんが大変な思いしていたのはもう昔のこと。
現在あの黄色い四角によって大変な目にあわされているのは、正直なところ私の方。
そういう意味では、さんを生贄扱いするということは、
自分を生贄扱いするのと同義――である以上、そんな失礼なことを私がするわけがない。
――けれど、踏んでしまった地雷は、爆発しなければどうもこうもない。
「他意がない――って言うなら、なんだその哀れんだ顔はッ」
「これは…あれですよ。さんのトラウマの深さを――」
目にも止まらぬ――まさしくそんな速さで私との距離を詰め、私の喉元に刃の長いダガーのような武器を向けてくるさん。
薄皮一枚――少しでも動けば首を切ることになる、というのに私の脳はかなり冷静で。
恐怖に体が震えることも、呼吸を忘れることもしなかった。…これも、前回の経験の賜物だろうか。
「……ここ2年で随分と『成長』したようだな」
「成長…ですか。…そうですね、成長と言えば成長でしょうか」
「ッ?!」
覚えた術式 を起動して実行――すれば、何もない空間からさんに向かって鎖が放たれる。
唐突なそれをさんはダガーを構えて防御の体勢をとり、
そのまま受け止める形になり――受け止め切れなかった鎖の力の分、さんは後方へと下がった。
まさか使えるとは思わなかった――魔法。
確実に前回の世界における魔法とこちらの魔法では基準…というか設定が違うと思うのだけれど、
そこはご都合主義なのか、私は以前と変わらない感覚で感覚を行使することができていた。…ただ、身体能力はおそらく人のまま――元のまま、なので
戦闘のプロであるさんとことを構えるのはあまりにも無謀だ、ということはわかっている。
…でも、ちょーっと遊んでみたい気もする。痛い目に合うとわかっていても、やってみるから――痛い目に合うんだよね。
私とさんの間に緊張した空気が流れる。
いつどちらが攻勢にでてもおかしくない――そんな空気が流れる中、
「待てい」
「がふっ」
げしと私の背を蹴り倒したのは――迷惑そうな表情を浮かべたエヴァさん。
思わぬエヴァさんの介入に、さんもきょとんとした表情を見せた――けれど、
こんな人のいる前でドンパチしようとしたのだからストップがかかるのも当然と思ったのか、
さんの方からエヴァさんに向かって「悪い」と謝罪の言葉が向けられる。
そして、それにならうかたちで私も、蹴り倒された体勢をただしてエヴァさんに「すみません」と謝罪した。
そのさんと私の謝罪を受け、エヴァさんは一度は面倒そうなため息を漏らした――けれど、
次の瞬間には若干楽しげな表情を浮かべて、「なら――」を切り出した。
「私を楽しませろ。悪いと思う気持ちがあるならな」
「………、お前なにか曲芸できたか?」
「リフティング…と、舞踊にはちょっとばかり自信、あますけど……」
「オイお前たち、わざわざなツッコミ待ちは寒いぞ」
「…誰もツッコミなんて待ってねーよ。はぁ〜…どっかの誰かのせいで興削がれた――寝る」
「ちょ、一人で逃げようとしないでくださいさん!」
もう知らん――とでも言うかのように背を向け、その場を去ろうとするさん。
走れば手を取れる距離――だけれど、絶対的に身体能力で劣っている以上、
まともな手段で捕えようとしても無駄に終わる――どころか、本当に私一人を残してこの場から離脱する可能性すら感じられた。
けれど、この場に一人残されるなんて事態は間違っても起きてもらった困るので、
卑怯と理解しつつ再度、さんに向かって鎖を放つ――が、私の考えなど端から読まれていたのか、
さんは好戦的な笑みを浮かべて私の放った鎖を薙ぎ払っていた。…誰だよ、興が削がれたとか言った人は。
ウズウズといった様子で私の次手を待つさん――にため息もがれつつ、
一旦それを無視して、私を二度に亘って足蹴にしてくれたこの城の主――エヴァさんに視線を向ける。
唐突に自分に視線を向けてきた私に、エヴァさんは怪訝な表情を向ける――けれど、
それをあえて無視して確認しておきたいことを確認しておく。
「このまま続けると建物やらを壊すことになると思うんですが、それはいいんですか?」
「ハッ、おかしなことを言うヤツだ。ここは幻想空間だぞ?有って無き物に破損も何もあるか」
「…要するに、好きなだけ暴れろ――と?」
「ま、そういうことだ――そら、獲物が逃げるぞ!」
そう、エヴァさんに言われてさんがいた方向へと視線を向ければ、
そこには完全に逃亡体制――こちらに背を向け走り出したさんの後姿。
このまま放っておいては逃げられる――が、バカ正直に鎖を放ったところでまたダガーで弾かれて終わる。
では、どうすれば、あの鎖でさんを捕えることができるのか――正直、答えはない気がした。
「バトルモノ も世代交代しなさいよ!次代の娘!」
「そればかりは――ご免被りますッ!」
■あとがき
まさかのネギま!でした。またこうしてエヴァ様たちを動かす日がやってくるとは……。しかしエヴァ様、動かすの楽しいです(笑)
ネギま!夢主が別企画とは別人でしたが、ネギま!ではこれが通常運行だったり。育ってきた環境が違うから〜(笑)
最後の最後には世界の理ぶっ壊して通常モードはいりましたけどね(笑)女子のキャイキャイは楽しいです(笑)