背に感じるのは柔らかな感触。
そこから無意識に自分が木の上にいる――木の枝にぶら下がっているわけではないと理解する。
地味にあれきついんだよなー、とか思いながら安心してまぶたを持ち上げる。
ここは室内、そう驚かされることはない――はずなのですが、あくまでそれは「はず」の話だった。
 まぶたを持ち上げて目に入ってきたのは光――ではなく、それを遮る細々とした異形たちの姿。
藁を束ねた頭を持つ一つ目の異形に、お坊さんのような格好をした一つの目の異形。
そして今まで散々襲われてきた小鬼――やら、その他色々。
 目を開けた私を見て彼らは「お、目を覚ましたぞ」とか
「お嬢に知らせろ」やらと、私に対する敵意や害意を見せることはしない。
そも、私が寝ているところを見ているだけだった――というだけで、彼らが私にとって敵でないことは明らかだ。
 …でも、それとこれとは話が別だと思う。

 

「わ――!!?」
「「「わー?!」」」

 

 条件反射で叫んで布団から飛び起きる。
そのあまりの勢いに、私を囲っていた小さい異形――妖怪たちは、それに負けてコロコロと布団から転がり落ちていく。
しかし、さてここでどうしよう――である。
気が動転していた、とはいえ彼らに対して危害を加えたことは事実だ。これが気の短い妖怪だった日には……。
 ――なんて、そんな危惧を抱いていると、不意に後ろでバサリと鳥の羽音が聞こえる。
その音に「まさか」と思いつつ振り返ってみれば、そこには鎧で武装した隼――妖逆門の世界で見た紅尾の姿があった。
 唸るような低い声で「クルル…」と鳴きながら私の肩に止まる紅尾。
彼らに囲まれて驚いたことも事実で、紅尾の登場に安堵した――ことも事実だけれど、
それでも自分の過剰反応であったという自覚もあって、紅尾の威嚇に怯える妖怪たちに対して申し訳ない気持ちになる。
一応、紅尾に待ったをかけ――ようとするけれど、

 

「おっはよー!」
「ぎゃふ!!」

 

 唐突に私に突っ込んできた黄枯茶が全てをぶち壊す。
本気で腹部に突撃されたものだから、腹の中身が出そうな錯覚に襲われる――
――けれど、現実的にはそこまでの衝撃ではなかったらしく、その感覚が引いて残ったのは腹部の鈍痛だけ。
それでも、やはり残った鈍痛に多少不機嫌になりながら、未だに体の上に残っている重み――その原因に視線を向けた。
 黄枯茶の髪をサイドでお団子にした少女。
私に会えたことが嬉しいのか、それはもうニコニコの笑顔を浮かべている。
…こんな、熱烈歓迎をされて嬉しくない――わけではないけれど、正直寝起きにこれはきつい。

 

さん…離れてください……」
「えー、なんでさん付けなのー?ボクの方が年下だよー?」
「……私の方が『世代』的には下ですから……」
「うーん…そっか。じゃ!先輩権限で『さん付け』と『敬語』解除!」
「…………はいはい」

 

 先輩権限を行使してその垣根を取り払い、
私の素の返事を聞いてご満悦な様子の黄枯茶の少女――
私の上に寝そべって満足げな表情を浮かべていた――と思ったら、
不意には体を持ち上げると、改まった様子ではニコっと笑顔を見せた。

 

「それじゃ、改めて!奴良組本家へようこそー!」

 

 パンパカパーンと、背後に横断幕やらクラッカーやらのエフェクトつきそうなくらい
満面の笑顔で迎えてくれる――だけれど、その状態が馬乗りというのがどうしても引っかかる。
馬乗りされていること自体はさして問題ではなくて、
ただその状態で歓迎して問題ない――と思っているの常識が不安というか、なんというか……。
 けれど、もう既にこのの感覚のおかしさは周りには馴染んでしまっているようで、を見る妖怪たちの視線はかなり穏やかだ。
お嬢はお茶目だなぁ――ぐらいにしか思っていないんだろうか…。
まぁそうなってしまうのも、このの様子を見ているとわからないでもないけど…。
なんというか、毒気を抜かれるのよね…の笑い顔って。

 

「ん?なに??」
「どいてもらえない?」

 

 自分の腹部をピッと指差して言うと、は思い出したように「ぁあ〜!」納得の声を上げ、私の腹部から立ち上がる。
やっとなくなった腹部の圧迫に、反射的に腹部を撫でながら起き上がれば、
笑顔――なのに、能面のような印象を受ける笑顔を浮かべたがずいと私との距離を詰めた。

 

「重かった?」
「…軽くはなかった」
「…………だいえっと、した方がいい?」
「いえ、必要ないです。寧ろもっとあった方がいいです」
「え?!ホント!!?」
「はい、筋肉の方」
「――それ、修行しろってことじゃん!!」

 

 思ったことを言ったら、肩を掴まれゆさゆさと揺すられる。
だってそう思ったのだから仕方ない。見掛け以上に体重の軽い
無駄な脂肪が付いていないことを考えると、これは痩せすぎの傾向アリ。
それでは不健康な上、戦闘に従事する人間として問題ありだ。
そう考えれば、自ずと筋肉をつけることが推奨されるのは当然の話だろう。
 ――とはいえ、筋肉をつける――というのは簡単なことじゃない。
毎日毎日、休まずにトレーニングを続けることで徐々に付き始めるのだから、
飽き性っぽいにはおそらくハードルの高いことだろう。…とはいえ、せめて私よりはあった方がよくないか?

 

「何事も、基礎が大事だもの。そこは確りやらないと」
「でも体術をカバーするために術の修行は頑張ってるし……」
「…完全な後衛でいくならそれもありだけど、それじゃだめでしょ?心皇だもの」
「うう゛〜〜…わかってるけどぉー……」

 

 私から手を離し、今度は自分の体をゆさゆさと揺らし始める
当人も肉体強化の必要性をわかっているようだけれど、それでも毎日の修行が面倒くさくて仕方ないらしい。
 ま、そりゃそうですよね。確りとした理由や目的があるか、それが趣味とか、
自己陶酔でも強くなければ、辛いトレーニングを長期間に亘って続けることは難しい。
それに、毎日同じことをする必要があるから――飽きも早いしね。
…でも、慣れてくればそれが癖になって面倒とかいう感覚もなくなって、逆にやらないと落ち着かないぐらいになる――んだけどねぇ?

 

「大丈夫ですか!?」

 

 やや時間を置いてから部屋に駆けつけてきたのは、上は茶髪で下は黒髪という特徴的な髪を持った眼鏡の少年。
その後ろには白い着物にマフラーをつけた長い黒髪の少女。
おそらく、私の叫び声を聞きつけてやって来てくれたのだと思うのだけれど――

 

「――りっちゃーん!」
「うわあっ?!」
「わ、若ー?!」

 

 ――と、状況も空気も読まないの全力タックルにて少年転倒。
その少年の後ろにいた少女は綺麗に転倒した少年の惨状に絶叫する。
なんともまぁカオスと化してきたこの状況に、私は思わずため息を漏らす――が、
やっぱり私を囲っていた妖怪たちは「仲良しだなー」くらいの心持でいるのか、ほのぼのとした表情を浮かべていた。
 …大丈夫か、この組。

 

「りっちゃん!りっちゃん!がっ、がね!ボクにもっと体術の修行しろっていうー!」
「はぁ?!」
「そりゃ体術も大事なのはわかってるけど、人間だって妖怪だって向き不向きってあるのにー!」
「――ハッ、自分よりデカい妖怪のせるヤツがなに言ってんだ」

 

 駄々っ子のようにりっちゃんと呼ばれた茶髪の少年に鳴きつく――だったが、
不意に降ってきたのは小ばかにするような声。反射的に声の聞こえた方へと視線を向けれ見れば、
そこには髪で左目を隠した黒髪の少年と、角の生えた動物のものらしき頭蓋骨を被った同じく黒髪の少年の姿。
 左目を隠した少年が、をバカにするようなことを言った――のだけれど、
どうやらそれはついでだったようで、彼は茶髪の少年を押し倒しているの横を通り過ぎ――どういうわけか、私の前に立った。

 

「……………」
「……あの、なにか…?」
「………ちっ、つまんねぇ――いくぞ馬頭」
「え〜面白そうだし話ぐらい聞いてこうよー」
「バカ言えっ、人間の事情はなしなんて聞いて面白いわけないねーだろっ、そら行くぞ!」
「ぇええ〜〜〜」

 

 なんだったのか――ひどく不機嫌そうに「つまらない」と吐き捨てられ、
骸骨の少年の制止も聞かず――どころか彼を強制連行してまでその場を去って行く左目を隠した少年。
一体なにをしに――というか、私に一体何の期待をしていたのか疑問だが、
私が考えたところで答えは一生出そうにないので、どういうことだとに視線を向けた。
 すると、それを知ってか知らずかは少年の上から体をどけて立ち上がる――と、少年たちが消えて行った方へと走り出していく。
そして、その方向から微妙にわいわいと騒ぐ音が聞こえて――数分後、
完全に不貞腐れた表情の左目を隠した少年と、何故かドヤ顔のと骸骨の少年が戻ってきた。

 

!あのね、を一番に見つけてくれたのは、この牛頭ちゃんなんだよ!」

 

 ぐいと左目を隠した少年――牛頭さんの腕を引っ張り言う
そのの紹介を受けた牛頭さんはそれはもう迷惑そうな表情を浮かべているけれど、
どういうわけかそのの腕を振り払うわけでもなく、ただ黙っていた。
 …ううむ、何かあるのかこの2人――と、そのあたりの詮索は後回しにして、

 

「助けてくださってありがとうございました」
「……別に俺はなにもしてねーよ」
「えー、牛頭ちゃんわざわざ私のところまで持ってきてくれたでしょ」
「「…………」」
、人のことを持ってきたって言うのはやめなよ…」

 

 ひとを持ってきた――呼ばわりするの感覚に
返す言葉がなく黙る私と牛頭さん――に対して、しっかりと注意というかツッコミを入れる茶髪の少年。
しかし、自分の行ったことが特別間違っているとは思っていないらしいは、本気できょとんとした表情で「え?」と小首を傾げる。
その演技であって欲しいの反応に、茶髪の彼はガクリと肩を落とした。
 そんな茶髪の少年との様子になぜかほのぼのとした空気を感じている――と、不意に「どわっ!?」という声が聞こえる。
「なんだ?」と声が聞こえた方向へ視線を向ける――より先に、なぜだか私の元へ牛頭さんが倒れこんでくる。
幸いにして反応が間に合い受け止めることができたけれど、
不意に上げた視線の先にいた人物へと恐怖が勝り――思わずぎゅっと牛頭さんを抱きしめてしまった。

 

「ぅむ――!!!」

 

 「放せー!」と言いたげな牛頭さんの声を聞きながらも、
視線の先にいる、長い紺藍の髪に右目を隠す眼帯が特徴的な中性的な存在――
――心皇一門の当主にして、誰からも恐れられる鬼師匠・心皇千可様の存在に気をされてどうもこうもできない。
正直息をするのも精一杯だった。
 だけれどそんな中、不意に私の背中を何者かがドンッと押す。
それによってなんとか牛頭さんを私の腕の中から解放することには成功したけれど――
――彼を受け止めた時点で何もかもが失敗だったように思う。

 

「フッ、女に化け、人を誘い殺す牛鬼組の跡目候補が、人の乳に抱かれて赤面とは――笑えるな」
「このヤロっ……!」
「……息ができなくて、苦しかっただけだと思いますよ…」
「! あ、ああそうだよ!こんなガキの乳でどうにかなるわけねーだろ!!?」
「……ガキの乳、なぁ?」
「っ!こっち見ないでバカ!バカ!バカー!おば――ぎゃふん!

 

 自分の胸を見る祖母・千可さんをバカと連呼し――
――千可さんがどこからともなく取り出された木彫りの熊を顔面で受け止めるという運命を辿った
…バカはお前さんだよ。千可さんに三回もバカ連呼ってアンタ……。
正直、それで済んでいるだけまだマシな方だと思います。…まぁ、身内贔屓ではないとは思うけれど。
 の残念すぎる顛末に、内心で呆れている――と、不意にザワリと鳥肌が立つ。
一瞬、パニックに落ち陥るけれど、それはすぐに引っ込んで――鳥肌が立った原因である千可さんに視線を向けた。

 

「遠路遥々ご苦労だな」
「いえ…自分の役目と心得ています……」
「ふむ、役目――か、確かにな」

 

 そう言ってニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる千可さん。
でも、その「意地の悪い」の方向はどうにも気になって、「どういう意味ですか」と尋ねるけれど、
それに対する千可さんの答えは「答えてやると思うか?」と疑問系。
からかわれている上に、こちらの質問に答えるつもりのない千可さんに、思わずため息が漏れた。
 …まぁ、端からまともな回答が得られるとは思ってなかったですけどね――って!

 

「ちょっ、千可さんっ?!」

 

 くるくると頭を回していたら、不意にぐわしと本当に首根っこを掴まれ、そのまま引きずられて縁側まで連行される。
当然、掴んでいるのは千可さん――さぁどうしたものか!確定でこの状況をどうにかできる人――いや、妖怪もいないぞ!
 なんて、突然首根っこ掴まれてパニック状態に陥っていると、不意にバサリと聞きなれた羽音が聞こえる。
紅尾が助けてくれるのか――と、最初は思ったけれど、よく考えたらそんな阿呆な真似を、賢い紅尾がするわけがない。
大体、今更ながら牛頭さんを拘束していたときだって開放できたのはあれは紅尾がお陰だけれど、その指示を出したのはおそらく千可さんだ。
そう、端っから千可さんに逆らう術なんて――基本、誰も持っていないのだが。だって鬼師匠ですもんね。

 

「――って!なんなんですかこの体制!!」

 

 上着を着せられた――と思ったら、今度は上着の襟元――と、ズボンのベルトを掴まれる。
完全に持ち上げられる格好になった私――と見て、千可さんは嗜虐に満ちた笑みを見せた。
 え、なに?これから地獄の修行でもさせられるの?と割と本気で思った――けれど、
私の予想は外れて、不意にぶらんぶらんと千可さんは私の体を外へ向かって振り子の様に振りはじめた。
 ――と、思ったら

 

「――ふんっ」
「ひぇえええ!!」

 

 ぶんっと放り投げられ、私は突如現れた結界に――

 

「ナイスイーン!大師匠ー!」
「うむ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 奴良組の裏庭の桜の枝にぶら下がっていたところを、牛頭さん発見された稲妻11夢主の話でした。
本編とはすっぱなれたテンションだったので非常に楽しく書けました(笑)
…しかし、大師匠が出てくるとは……。これも牛鬼組パワーでしょうか(笑)