ざわつく空気がわずらわしい。
ざわざわ、ざわざわと、まるで何か問題を起こした問題児を噂しているかのように。
 こういう空気は本当に嫌いだ。
割と昔から浴びせられているものだけれど――それでも本当にこれは嫌い。というか慣れないし、割り切れない。
…それでもまぁ、この空気に触れて落ち込むことがないだけまだマシか。
 嫌な感覚に見舞われ、最悪の目覚めとなった今回――けれど、それもある意味仕方ないような気がしてならなかった。
 
 遠巻きに私を囲み視線を向けているのは――
――なぜだかどこかで見たことがあるような気がしないでもない制服を着た、数十名にわたるの学生たち。
彼らの後ろには中世の印象を受ける建物――おそらく校舎と思わしき建物。
…なんとなく、だけれど――これは富裕層、それも超がつくレベルのそれの子供たちが通う学園なのだと思う。
 …ん?ってことは私の存在って凄くやばくないか?
超厳重なセキュリティが布かれているこの学園に不法侵入者って……。
子供、とはいえただではすまない気がしますね。あ、大変。
 ――なんて、自分の状況が大変なのは承知しているけれど、
このままぶら下がっているのまたどうかと思い、いつもの調子で木の枝に登る――と、辺りがどよめく。
辺りに警備員の姿がないことを考えると、私がここに来てまだ時間はさほどたっていないのかもしれない。
ま、だからといって私ができることなんてないのだけれど。
 
 さて、ことが動く――警備員が来るまでの間に、腰を下ろしてちょっと落ち着いて考えてみよう。
ヒヤシンス色のブレザーに黒のズボン――の男子制服と、クリームレモンのワンピースタイプの女子制服。
男子はともかく、女子はなかなかにインパクトのある制服ですね。間違っても着たくないですね、はい。
でも、私の記憶の中にぼんやりとあるのは男子制服の方だった。どこかでなぁ…どこかで見た記憶があるんだよなぁ……。

 

「ウサちゃんキ――ック!」

 

 思考に沈んでいた私を現実に引き戻したのは、なんともある意味で現実味のない…技名?
けれど、目の前に迫った現実はそのバカげた名に反して明確な攻撃の意思が宿っており、
それを喰らえばただですまないことは明白だった。
 ――なので、覚えたての合気鉄扇術で、金髪の可愛らしい少年の攻撃を受け流す。
その感じからいって、彼は相当の手練――ではあるのだのうけれど、
まさか私が攻撃を受け流してくるとは思っていなかったようで、綺麗に彼の攻撃を受け流すことに成功する。
けれど、あくまでこれはビギナーズラック。
次も同じように通用するとは限らない――というのに、金髪の少年はすぐに体勢を立て直すと、
技名も叫ばずに再度私に向かって飛び上がってきた。それって本気ってことですよねー?!
 下手な抵抗は状況を悪化させる――その教訓は前回の出来事から得ている。
ここは場の流れに身を任せた方が利口――と、でも人間自分の身に危機が迫ると、
そうとはわかっていても条件反射で抵抗してしまうもの。やめておけばいいのに――

 

「ほっ」
「にゅ!?」

 

 下から跳びかかってくる少年の手を、受け流す過程で取り、
少年が私に向かってきた力を利用して少年を背負い投げの要領で投げ――るものの、
手は離さないでおくと、クルリと少年が回転して私の膝の上に納まる格好となる。
それから彼のお腹に腕を伸ばして抱きかかえて、木の枝から飛び降り、そのまま少年を地面に降ろした。

 

「…………キミ、堵火那の子?」
「いえ、堵火那の指導をちょっと受けた人間です」
「ほうほう、ちょっとにしては見事でしたぞっ。これからも精進してね!」
「はい、ありがとうございます」

 

 褒められた――ので、お礼を言ったみた――ところ、なぜかパチパチと盛大ではないが周りから拍手が上がる。
え、それでいいの?さっきまで私のことを警戒しまくっていたっていうのに、なんか師弟関係成立みたいなことで許されるの?
なにこれ、いい人たちなのか危機感が薄すぎるのかわからないよ!
 なんて、内心でちょっとパニックに陥っていると、不意に金髪の少年が「ねぇねぇ」と声をかけてくる。
思考を遮られて少し動揺したものの「なんですか?」と返すと、少年は不思議そうな表情で「あのね?」と首をかしげて口を開いた。

 

「キミ、どうしてあんなところにいたの?」

 

 少年が当然の疑問を口にする――と、穏やかだった空気が最初の状態に戻る。
どうやら、皆様勘違いしていたらしい。ですよね、そんな阿呆な人、いませんよね。
 しかし、そんな周りの空気など正直どうでもいい。
それよりもこの場を何とか切り抜けるための「答え」が必要だ。ううむ…。なにかこう……誤魔化す術はなかろうか…。

 

「ええと…どうしてあそこにいたか、は分からないんですが、人を……探してるんです…」
「人?それってだあれ?」
「それは……その…――」
「――俺だよ、みーちゃん」
「!?」
「あ!ふーちゃん!」

 

 私のセリフを遮った――のは、金髪の少年にふーちゃんと呼ばれたクセの強い暗赤色の髪を持つ青年。
パタパタと走っていく金髪の少年を受け止める――と、彼はふとこちらへ視線を向けた。

 

「出迎えが遅れてしまってゴメンね、

 

 申し訳なさそうな表情で言うのは、この世界の夢主にして、
のちに伝説として語られる華雅屋&江戸崎十三代目当主・華雅屋様。
 2年前の企画でちょっと会わせてもらってはいたけど、いざ話すとなるととんでもない緊張が…!
ふぉおお…!とりあえず返事をしないと!!

 

「とんでもありませんっ、様の手を煩わせる形になってしまい申し訳ありません…!」

 

 ザッと膝をつき頭を下げる――と、なぜか様は居心地悪げに苦笑いを漏らす。
…ああ、こういうかしこまった関係は苦手なのかな…。でもそうだとしてもこちらにそれをやめることはできない。
だって相手は華雅屋&江戸崎の当――…いや、学生だからまだ次期当主か。
それにしてももう確定しているのだから、華雅屋の傘下に当たる家のものとして様を敬うことは筋違いじゃない。
 …それに、様ってウチの会長サマにものすんごく外見が似ているから……、なんか下手なことできないんだよね…。
いや、会長サマみたいに意地の悪い人ではないって分かってはいるんだけどさ。

 

、ちょっとちょっと」
「は、はい…」

 

 ニコリと笑顔でちょいちょいと手招きされ、それに従って様の元へと近づく。
そうして様の前まで来たところで「なんでしょう?」と尋ねると、様は不意にずいと体を倒し――こそこそと私に耳打ちした。

 

「俺はここではそんな尊ばれる人間じゃないんだ。申し訳ないけどあわせてね」
「あっ…」

 

 思ってもない事実に思わず驚きの声が漏れる。まさか、まさかそんな事情があったとは。
私のいた世界では華雅屋はその組織形態を一部明らかにしていたけれど、この世界ではまだ隠されているらしい。
だというのにあんな盛大に敬ってしまったのは――様にとってはこの上なく都合の悪かっただろうな。
…まぁ、せめてもの救いはギャラリーが少なかったいうことか。
 内心で自分に対して盛大なため息をつき、やっぱり様に「すみません…」と頭を下げる。
敬わない――のと、謝罪をしない、というのはまた別の話。
なのできっちりと様に謝れば、やっぱり様は苦笑いを浮かべるけれど、「気にしないで」と言って頭を撫でてくれる。
 …うん。やっぱりウチの会長サマとは違うな。外見こそ似てるけど、中身は全然別人だ。
こんな優しい人の血が、どうなったらあんな愉快犯が生まれるのかな。遺伝子って不思議ですね、ホントにもう。

 

「ハニー先輩!不審者はどうなりましたかー!」

 

 ハニー先輩と呼ばれ、金髪の少年が振り向き、
それに僅かに遅れて様も視線を声の聞こえた方へと向けるので、私もそれに促され形で視線を向ける――と、
そこには私の予想を全力全開で超える現実があった。…っていうか、ハニー先輩・・??
 金髪の少年が「たまちゃーん!コッチコッチー!」と言って手を振れば、
視線の先にいる人たち――警察官のコスプレをした青年たちがこちらへと走ってくる。
発言もそうだが、服装を見るだけで彼らがあくまでコスプレだということが分かる。
警備員そっちのけでコスプレ警察官が出てくるとかこうなってるのこの学校。
お金持ちが通う超セキュリティ学園じゃなかったの――…いや、あくまでそれは私の予想だけれど。
 金髪の少年の元――私たちのいる近くにまでやってきたのは、柔らかな金髪が印象的な――警官のコスプレをした青年。
彼が息巻いて「不審者は?!」と少年と様に問えば、
2人は顔を見あせてからピッと同時に私を指差す――ので、私もスッと挙手する。
すると、予想外の展開だったのか青年は「なにー!?」と声を上げる――と、
その青年のあとを追ってきていた薄いオレンジ髪の青年2人が、ドンッと金髪の青年を力尽くで除けると――

 

「「どー考えたって、アヤシイのはこの子じゃん」」
「っ…」
「こーら、うちの子を怖がらせないでおくれ」
「――…要するに、この騒動の原因はお前というわけだな、?」

 

 不意に新たに姿を見せたのは、ヒヤシンス色の制服を着た黒髪の短髪に眼鏡が印象的な青年。
この騒動の原因を様と断定している――ものだから、「それは違う」と言いかけたものの、
それよりも先に様が「あとで報告へいくよ」苦笑いで言い、私を宥めるように頭を撫でる。
 …まぁ、私が様のためにできることは、黙って様の作る「流れ」に乗ること――
――ではあるのだけれど、様がどうにも不幸を肩代わりしているように思えて、あまり心地がいいものじゃない。
――とはいえ、ホントに私にできることなんてないからどうもこうもないんだけど。

 

「…大丈夫ですよ。
兄さんはちょっとやそっとのことじゃ潰れない――強い人ですから」
「…………」

 

 不意に手を取られビックリする――けれど、
ショートカットの黒髪の少女の瞳に宿った優しい色に、不安や申し訳なさや驚きが融けていく。
この少女には様へ対する深い信頼があるんだろう――だから、それに影響されて、こちらも安心してしまうんだろう。
 ちょっと妬けるような感覚だけれど、自然と私の顔に浮かんだのは笑顔だった。

 

「見せ付けられた格好ですね」
「…え?」
「ははっ、そう見えたのなら嬉しいね」
「わっ、なにするのさ兄さんっ」

 

 わしゃわしゃと黒髪の少女の頭を撫でる様の姿に、やっぱり笑みが浮かぶ。
これで元の姿だったらもっと微笑ましいのになぁーと思っていると、唐突にシメントリーな二つの顔が私の方へズイと近寄ってきた。

 

「で、結局――」
「――アンタってなんなわけ?」
「ぇえ…と………」

 

 なに、と聞かれても困る。私と様のつながりなんて、正直なところ、茸隠夢主であること以外ない。
それを考えると……強いて言わせていただければ、

 

「後輩…です」
「「後輩?」」
「そうだね、後輩――だよ。可愛い、ね?」

 

 …意味ありげな様の言葉に、僅かに心がざわついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 何も言うまいて――とは思うものの、結わねばならないことがあるので一言。
桜蘭ファン+モリ先輩ファンのみなさま、すいませんでした!!