「おーい!大丈夫かー?」
聞きなれた声が聞こえる。その声に思わず気が緩んで更に深い眠りに落ちそうに――なったけれど、
その途中で声の主が「誰か呼んだ方がいいかな…?」と言うので慌てて飛び起きた。
いやいやいや、こんな無様な姿をこれ以上の人にさらすなんてとんでもない。
気心知れた――というか、すでにそれ以上の無様な姿を見せている面々であればまだいいけれど、
見ず知らずの人にこんな姿をさらすなんて勘弁して欲しい。
いつもの調子で木の枝に登りあたりを見渡す――ああ、ここはあれか、鉄塔広場だ。
オレンジ色の夕日に染まる稲妻町の風景は、見慣れているのに今日は何処か新鮮で、ほんの少しだけ切ない気持ちになった。
胸がもやもやする変な感覚に若干戸惑いながらも、木の上から飛び降りる。
そうすると、私の元へ駆け寄ってくるのは思ったとおりの人物――この世界 の主人公である円堂守。
…ただ、どういうわけだか彼が着ているジャージは、
青と白を基調にしたイナズマジャパンのジャージではなく、雷門中の青と黄色を基調としたジャージ。
……というか、そもそも戻ってくる場所もおかしかった。
本来なら私が戻るべき場所は稲妻町ではなく――FFI本選の舞台 だ。
思いがけず至った結論に、嫌な汗が流れる。
無意識に表情を引きつった顔に、円堂が「大丈夫か?」と心配してくるので、とりあえず「大丈夫」と返す。
すると円堂は納得した様子で「そうか!」とニコっと笑顔を浮かべる。
…ただ、私の方は色々と納得ができていないので、円堂に「今日っていつ?」と日にちを尋ねると――
「ん?今日?今日は――」
一瞬、迷う様子を見せたものの、
次の瞬間にはすんなりと答えを返してきた円堂――の、その答えはある意味で私が一番敬遠していたもの。
FF開催前――それどころか雷門と帝国の練習試合が組まれるそれ以前の時間に、私は戻ってきていた。
戻ってきた時間 に意味があるのするのなら、私がこの時間に戻ってきたことには何らかの意味があるんだろう。
ただ、正直なところその意味を理解したいとは思わなかった。
だって理解すれば、私は一番に避けたい可能性とぶつかることになるから。
…とはいえ、こんなところに長居するのも胸糞悪いので、本当はさっさと自分の居場所に戻りたいんけれど。
「……なぁ、本当に大丈夫か?…なんか、凄い顔してるけど……」
「あー……大丈夫よ。ちょっと面倒なこと思い出しただけだから」
よほど酷い顔をしていたのか、円堂はまた心配して声をかけてくる――けれど、
もう表情をつくろう余力すら残っていなくて、とりあえずわかりやすい苦笑いで「大丈夫」と返せば、
さすがの円堂もこれは大丈夫ではないとわかったのか苦笑いを浮かべていた。だが、不意に「そうだ!」と言って円堂はピッと空を――いや、広場の上にある稲妻町のシンボルである鉄塔を指差した。
「あそこに登ると、嫌なことが全部吹っ飛ぶんだ――登ってみたらどうだ?」
「…ああ確かに…それはいいアイディア――なんだけど」
「けど?」
「――あそこ、居心地よすぎて全部嫌になるのよね、逆に」
「ええー…」
呆れのような、困惑のような声を漏らす円堂――だけれど、私の体質はそういうものだから仕方ない。
――発散してもなお余りあるんだろう。ネガティブな感情が。
…いい加減、克服したと思っていたんだけど――まだ先は遠いのかも。
「…でも、キミと話せたおかげで少し気はまぎれた。ありがとう」
「! そっか、ならよかった!」
ニカッと笑顔を見せる円堂に、思わず心がほっこりする。
ああ、どこにいても円堂守は円堂守で――私は彼に弱いらしい。でもまぁ、変な話それでいいのだ。
彼は一級フラグ建築士なのだから――初対面の、平行世界の人間とフラグが立っても何の不思議はないだろう。
胸に湧いた暖かい感覚を隠すことはせず、
ぽんぽんと円堂を頭を撫でてから「じゃあね」と言って私は鉄塔広場を後にした。
円堂と出会った鉄塔広場を後にして、電車に揺られやってきたのは隣町――のシンボルともいえる帝国学園。
私にとってはいつまでたっても苦手意識の抜けない場所だ。
校門からまばらに下校していく少年たちはみんな同じジャージ、もしくは制服に身を包んでいる。
そしてその少年たちの中に見知った顔がいくつかあることから――彼らが帝国学園サッカー部の部員であることは間違いなかった。
…いや、別部活も混じっているかもしれないけれど。
まぁそれはそれとして、サッカー部員たちが下校しているということは、サッカー部の本日の練習は終了したということ。
私が確認したかったことはそこ。部活が終わって、人が引けば――私の目的はより達成しやすくなるのだから。
だいぶ、人が引いたところで私は帝国学園へと侵入する。
私服ということもあり、行き違う少年たちの訝しげな視線は受けるものの、
ただそれだけで警備員の詰め所にしょっ引かれるようなことはなく――また、
私を不信に思った警備員が詰め掛けてくるようなこともなかった。…それもこれも、この男装のおかげだろうか?
馴れてはいない――けれど、知ってはいるルートを通って目的地へと急ぐ。
けれど、あくまでその歩調は急ぎすぎず、遅すぎずな、自然な歩調。
本当は走って行きたいぐらいなのだけれど、そんなことをしてはさすがに不信すぎるのでそれは止めておいた。
「(遠い…)」
本当に遠いのか、ただ億劫さから遠く感じているのか、何気に両方な気もするから笑えない。
そんなことを思っている中でも歩調も表情も崩さずに私は歩をとにかく進める。
頭にネガティブなことばかりが浮かぶけれど、だからといって立ち止まるわけにもいかないし、
急ぎすぎて面倒なことになってもこれはこれで厄介だった。
内心でため息をつきながら、私はとにかく歩いていく――と、その途中で4人の少年たちとすれ違う。
けれど私はそれに対するリアクションなく彼らの横を通り過ぎる――つもりだったのだけれど、
それより先に僅かに緑が混じった水色セミロングの少年――帝国サッカー部の参謀役佐久間次郎が私の肩を掴んだ。
「なにか?」
「……なんだ、お前」
「なんだ、とは不躾だねぇ」
「…ふざけていないでこちらの質問に答えろ。返答によっては同行願うぞ」
「いやだねぇ。男4人にしょっ引かれて、なんてさ。――妹の方がまだマシだわ」
「「妹ォ?!」」
「ま、まさか君は……?!」
「ん?そりゃまぁ知ってるか。そうよ、アイツのお兄ちゃんです」
兄だと言った私に、驚きであんぐりと口を開けている――鬼道、佐久間くん、源田くん、辺見くん。
普段であれば見られないその姿に思わず笑ってしまうと、
一番初めに我に返ったらしい佐久間くんが「なにがおかしい!」と吠えた。
「いや、予想以上に盛大に驚かれたらさぁ」
「お、驚いてなんか――……」
「いや、驚いただろ。普通に。アイツに兄妹いるとか眉唾モノだって」
「辺見っ……」
「いやいや、事実眉唾モノだろ?兄がいる――ってな上にチャラ男 だし」
「「「…………」」」
「あれ?フォローなし?」
「――…それで、貴様はここへなにをしに来たんだ」
「ん?そりゃもちろん、妹に会うためですけど?」
「…なら何故わざわざ帝国 へ来た」
「ここでないと、二人っきり出会えないからな――…アイツの所在考えればわかんだろ?」
そう言うと、鬼道たちが黙る。やはりそこはわかっているらしい――
――そして、そこから私たち兄妹の間に何らかの事情があると思ってくれたらしく、私を引きとめようとする空気が消える。
それを現金に感じ取った私は、ふっと笑みを浮かべて「じゃ」と手を挙げた。
「今後も妹をよろしくー」
天井から降りそそぐのは白い光。
それを浴びるのは緑の人工芝――広いサッカーグラウンドに視線を向け――
――それから視線をベンチへ移せば、そこにはノートパソコンをパタンと丁度閉じた少女の姿があった。
軍服を思わせる黒いの帝国学園の制服――はズボンではなく、ロングスカートをはき、
ゆるくウェーブのかかった山吹茶色のロングヘア――それがベンチに座っている少女の特徴。
非常に気持ちの悪い話だが、その姿は本当に私そっくりだった。…いや、厳密に言えばまったく同じなのだ。
ただ、それにまでに積み上げてきた経験の違いで人相やらに多少の差異が生じているだけで。
「お疲れ様――と、言うべきかしら?」
「思ってもないことは言わんでいい」
「そう」
そこで止まる会話。要するに、私を労う気持ちは一つもない――ということ。
普通なら、「少しは労えやー!」となるところだけれど、相手が相手だけに諦めが勝ってその感情は引っ込む。
彼女が私に程近い存在――ということもあるけれど、彼女の鬱屈した環境を思えば、またそれも仕方ないと諦めがついたからだ。
そう、ここはイナズマイレブンの世界――ではあるが、もっと言えば、
私が過去の騒動の中で影山への恐怖に屈し、影山の軍門へと下った――その後の世界。
要するにこれもまた一つの平行世界 の中。
吸血鬼パラレルは限りなく私に近い「私」だったが、
帝国パラレル の「私」は私とは別物となってしまい――私と「私」で分裂したんだろう。
「…原作沿い の」
「!」
「アナタの物語 を見てきたけれど――」
「……なんだよ」
「――…幸せそうね」
平然と、言って寄越す「私」に思わず言葉が詰まる。
けれど、なんとか頭を回して言葉を見つけて口にする。
「…嫌な思いも……それなりにしてるけどな」
「――それでも、アナタは笑っている。私らしい顔で」
「っ…」
「でも、勘違いしないで。
私は不幸でも、不幸せでもない――私は、アナタの知らない幸福を得ているのだから」
「…幸福……ね。…まぁ、絶対の安全は『幸福』かもだが」
「……浅はかね」
「あ゛?!」
呆れたような表情で「浅はか」と言って寄越す「私」を、反射的に睨んでしまう――けれど、所詮「私」は私だ。
自分に睨まれて自分に怯む阿呆などいないのだから、
「私」は少しも表情を変えずに膝の上においていたパソコンをベンチに置き、おもむろに立ち上がった。
「私から言わせれば、アナタの方がよっぽど――不幸な目にあってきた」
「……それは…なぁ……」
「ええ、それはアナタが私であり続けたが故のもの――だから、それは私が経験しなかった不幸」
「…要するに、不幸な分俺は幸せで、不幸がない分お前は幸せじゃない――って話か…」
私の要約に「私」は頷く。
自分で要約しておいてなんだけれど、実にわかりやすい話だと思う。
棚からぼた餅――なんて、そんな幸福はそう訪れるものじゃない。
困難や不幸を乗り越えてやっと、人は喜びや幸福を手に入れることができるもの――
――であれば、不幸を経験しなければ幸せは訪れない、ということになる。
…変な話が、守っていれば負けはしないが、勝てもしないという例えにも近いだろう。
――でも、本当に「私」は不幸でもなければ、幸せもないんだろうか?
「…なに?」
「いや、本当なのかと思ってさ――不幸でも、幸せでもないって」
「どちらかに見える?」
「……いんや、どっちにも見えない――が、ただのグレーには見えない」
「…………」
「…ああ、そりゃそうか。お前、俺の知らない幸福を得てんだもんな」
「……ええ」
「私」の顔に浮かんだ陰りに、思わず笑みが浮かぶ。
別に、感情の揺れを見せない「私」が動揺にていることが嬉しいとか、面白いとか言うわけじゃない――ただ、
彼女の感情が完全に死んでしまっていないことが嬉しかった。
まだ、彼女には私に還る可能性が残っている――という証でもあるのだから。
別次元の「私」――とはいえ、ただただ波のない物語を歩まされ、
最後の最後までそのまま終幕を迎えるなんて――見過ごせたものじゃなかった。
たとえ不幸になる展開でもいい――それでも私たちには次回作 が残されている。
無印 は不幸で終わっても、GO に幸福が待っていれば――それでいいではないか。
ゴホンと大きく咳払いをしてから、「私」との距離を詰める。
唐突に自分との距離をつめてきた私に、「私」は嫌な予感でも覚えたのか後退しようとする――が、
それを当然私はわかっていたので腕を取り逃亡を阻止する。
ニッと笑って機嫌を伺えば、「私」は僅かに迷惑そうな色をその顔に浮かべていた。
「ふぅ…――お互い、頑張りましょーうっ」
「…………」
「ほーらっ、反抗しない」
「っ…」
片手を挙げてハイタッチを待つ――も、まったく答えてくれる気配がないので、
無理やり掴んでいる手を私の手の前まで持ってきて――こちらからパチンと叩く。
その感触に、「私」は顔を真っ赤にして泣きそうな顔をしていたけれど、そこは突っ込むことはせずに掴んでいた「私」の腕を開放した。
「それじゃ、もういくわ――」
淡い光を放つセンターサークル――おそらく、それが私の旅のゴール。
とんでもなく大変な旅だったけれど、それでも全部ひっくるめればいい旅だったし、実りの多いものだったとも思う。
特にこの最後の出会いは――何気にずっと心に刺さっていた棘が抜けるものだった。
さぁ、帰ろう。私がいるべき場所へ――唯一無二の仲間たちが待つ私の居場所 へ。
■あとがき
長丁場のお付き合い、ありがとうございました!これにて、12周年企画は終了です!
正直、本編主と帝国主がちゃんと絡んでくれるか心配だったのですが、それも杞憂ですみました(苦笑)
…しかし、男装バージョンの夢主は書きやすいッスね〜。