戦いの中――であっても、切迫した戦況でなければ、その中に「平穏な日常」というモノは生まれる。

 白綺羅綺の消失と私の現界。
そして主の、剣士にとって魂とも言える刀を折ってでも勝利に喰らいつく歪んだ執念。
この本丸が抱えていた膿のような歪み――は、既にある程度解消されている。
一度は本丸の解体を、主は覚悟していたようだけれど、それは気配すら匂わせずにあっさりと収束した。

 刀を折る――自分たちを折ってまで、勝利に固執する――その主の在り方には、誰もが思うところがあったはず。
けれどもし、自分が人形を取れないただの刀であったなら、
自分を折らないために主が敗北を、死を選んだとしたのなら――きっと私たちの胸に残るのは不快なモノ。
主が死ぬくらいなら、自分が折れた方がマシ――…きっと、そう思った刀剣ヒトばかりだったんだろう。

 主にとっての、私たちに対する最大の引け目――は、小言や苦言はあったものの、全ての刀剣に受け入れられた。
そうして私たちと主の間にあった「見えない壁」は消失し、本丸は主を中心として結束力を高め、
一つの軍ようなまとまりを以て、時間遡行軍討伐の任に当たっていた――…ところに、さらなる一悶着とは気が早い。

 唐突に、何の前触れもなく、主の下に――この本丸にやって来たのは、一振りの妖刀――の付喪神。
彼が纏う異質な妖気は、幾度となく私たちを苦しめてきた検非違使のモノ。
そして実際、彼は――旬才敏則殿は【検非違使】に所属する刀剣で、なおかつ幹部に数えられる五刃将の一員。
そんな彼がやってきた理由は、検非違使の頭領たる東郷貴色様からの手紙――宴会への参加を呼び掛けるソレ、を届けることだった。

 過去の失態により、「狗族」と呼ばれる一族の底辺にある主。
心皇からの命が絶対であるのは当然のこと、それに連なる組織についても同様で。
心皇直轄の検非違使ともなればその強制力は十二分――である前に、主にとっては色々・・とある一団…。
今の主であれば・・・・・・断れないのは当然で、主を心配してついて行くという短刀たちを宥め――切れなかったものの、
私の仕切りでなんとか薬研くんだけを伴って主は呼び出された場所――妖世界にある幽雅亭へと赴いていた。

 幽雅亭での大宴会――は、検非違使主催と思いきや、武器の神である獣神の一柱――武神様が催したもので。
武神様が主催者となれば、一大組織から末端組織まで、武器の付喪神で構成された一団は全団集合――ということで、
一部の刀剣は宴に参加せず、自主的に本丸での留守番係となっていた。

 

「どーしてこぎつねまるはのこったんですか?」

「おそらくあちらには本霊がいる。会うことはないだろうが…『もしも』があれば面倒だからな」

「たけがみさまのくらに――ですか?」

「…いや、私は華戸の所有だ」

「ほお?華戸、とな?あそこは獣神にまつわるモノが集まると聞くが――どうしてそこにお主が?」

「…我が母は九尾の大妖狐――であると同時に獣神の子でな」

「だいようこ……あべけをのろったというようこですか?」

「いや、それは別の娘――…伯母上だ。…母上は表舞台に出る前に封印されてな。
妖の歴史では、その肩書きに恥じぬ悪行を重ねている――…が、人の歴史の中では名すら知られていない」

「ふむふむ。ということは、こぎつねまるはわるいきつねがうったかたなとしてかいしゅうされた――というわけですね!」

「………まぁ、要約すればそういうコトだ」

 

 この本丸に残ったのは、小狐丸殿と今剣くんと岩融殿。
三条の刀が揃っている――けれど、三日月殿と石切丸殿は宴に参加している。でもそれに不思議はない。
時の流れの中で消失したとされる刀の多くは、武神様が所有していて――もしかすれば、自分の本霊と鉢合わせる可能性がある。
本霊――本体オリジナルが表の世界で管理されている刀剣であれば「ソレ」は起きないのだから、宴に参加することになんの不都合もななかった。
……それを考えると、清光たちを送り出したのはよかったのかしら…。

 長曽祢さんと和泉は現世に残っているけれど、
沖田さんの愛刀である清光と安定、そして土方さんの脇差であった国広は時の経過の中で「失われている」。
名と物語、そしてそれを残すだけの性能ちからをもった清光たちであれば、
消失の間際で武神様に回収されていてもおかしくない――…となれば、あの場に彼らの本霊がいても何もおかしくは……。

 

?むずかしいかおをしてどうしたんですか?」

「ぇ…あ、ああ…。…ちょっと清光たちのことが気になって……」

「? けびいしたちにけんかをうらないか――ですか?」

「……それは…売りたくても売れないだろうから心配していないのだけど……。…本霊と、鉢合わせないか心配で…」

「おお、それならば心配は無用よ。武神様の蔵に収蔵された表の刀剣の多くは、眠ったまま――だ」

「………そう…なのですか?」

「うむ。付喪神として目覚める以前に蔵に収納されてしまえば、蔵の中で眠り続けたまま――
――そこで記憶が途切れておるから、己が消失した刀剣だと思っておる。…まぁ、『ソレ』の良し悪しはそれぞれだが」

 

 武神様によって収集された武器たちの多くは眠っている――よく考えれば、それは当然かもしれなかった。
武神様は武器の性能や美しさを評価し、その中で気にった物を愛でる――であれば、武器たちに意思は不要だろう。

 武神様の世話を焼く武器――は、裏のモノが多くいる。
人員が足りているのに手を増やす理由はない――…妖としての自由を許せばお金もかかるし、統括も一苦労のはず。
そういったことを考えると――…眠っていてもらった方が、なにかと都合がいいのは当然だった。

 

「……なら、お前たちは蔵とやらに入る前に付喪神として目覚めたのか?」

「うむ。幸か不幸か――陰陽師の手に渡ったせいでな」

「……なるほど。心皇に煮え湯を飲まされた口か」

 

 なんということでもないように言った小狐丸殿。
だけれど、その言葉を受けた岩融殿は苦笑いを浮かべ――今剣くんに至っては、その幼い姿に似つかわしくない苦々しい表情を浮かべている。
…きっと、過去の出来事を未だ消化しきれていないのだろう――それだけ、その陰陽師は彼らの主を手酷く裏切った、…のかもしれない。

 …もし、いつかの主が正しい・・・選択をしていたなら――…私は、きっと和泉たちに恨まれていた。
新撰組を裏切り、その未来を閉ざし――志を否定した裏切り者の武器、として。

 

「くく…よ、お主が気に病む必要はあるまい?お主の主は心皇を裏切った――のだろう?」

「…それは…そうなのですが…」

「であれば己を、主を恥じることはない――して、心皇のモノであることも気にするな。
大体だ、我らが未だに心皇を嫌っていたなら、を主と認めるわけがなかろう」

「……ぁ」

「…今剣の反応を見ては、とてもそうは思えんがな」

「ぅーむ…あれは、なぁ……」

「………しんおうは、いまだにすきじゃありません…。
…でも、かれらは『わるいひと』じゃない――…だからのことも、きらったりしません。
……けど…こじんてきに、ゆるせないやつがいるんです――…」

 

 そう言って、今剣くんは静かに目を伏せる。
…今、あの小さな体には複雑で、苦しみを伴う感情が渦巻いているのだろう。
それはどんなものか――それは想像はできても、きっと私には実感として共有することはできないだろう。

 私は裏切り者の武器――それ故に利くハナが同類の匂いを敏感に嗅ぎつける。
そうして見つけた裏切り者は、最悪を生む前に排除する――
――この役目いちにある限り、私が裏切られる苦痛と悲しみを味わうことは――きっとない。
…それを、味合わせることはあっても――。

 

「許せない――のなら、恨み続ければいい。
お前を軽んじているわけではないが、恨んだところで『呪い』にまではならんだろう。
…というか、なった方が危ないだろうな――相手は陰陽師の、なのだろう?」

「…うむ」

「あ、ああ…じゅ、呪詛返しで打ち返されては大変ですからね…」

「ああ、確実に連中は――倍にして返してくる、からな」

「………経験があるのか」

「………………………聞くな」

 

 酷く不機嫌そうな表情を浮かべ、途方もなく遠くを見つめる小狐丸殿――…ああ…もしかすると……狐断殿に………。

 小狐丸殿――厳密に言うのなら、大妖狐・三尾ノ廻枝と心皇の闘いの顛末、を思うと、
小狐丸殿が恨みを抱き、心皇を呪うのは当然とさえ言える。
恨んで、呪って当然――と思うからこそ疑念を抱いてしまう。彼はどうして――

 

「ッ…?!」

 

 ふと、本丸の周囲に張り巡らせている結界が揺らぐ・・・
己惚れている――わけではなく、白羅の力を借りたこの結界は、並の術者では破ることは不可能。
そして力尽くの破壊ではなく、溶かすように穴を開けるなんて――

 裏庭に、音もなく生じたのは――水鏡。
私にとってなにより身近な触媒それ――から、するりと姿を見せるのは、青みかかった長い白髪をなびかせる男性――の、姿をした、

 

「きょ、鏡華兄様?!」

「おおー!ー!我が家の可愛い可愛い末妹よ〜!!」

 

 予想もしない人物の登場に、慌てて鏡華兄様――鏡泉守清華様の下へ駆け寄る。
すると鏡華兄様はニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべて私の頭を撫でる。
久しぶりの再会を喜んでくださっている――ことはとても嬉しいのだけれど、

 

「鏡華兄様っ、武神様の宴はどうされたんですかっ…?!」

「………………いや、ちゃんと顔は出してきたから問題ない――…はずだから!
…それに武神様はおおざ――いや、心が広いからなっ」

「………武神様は許してくださるとして…………篝蛟姉様たちは……」

「あー、うん、大丈夫じゃないカナー?かごちゃんたちいるしー」

「…兄様、こちらを見て言ってください…」

 

 私から思い切り視線をそらし、半ば棒読みといった調子で「大丈夫」という鏡華兄様。
これは間違いなく大丈夫ではない気が……。

 

「……お戻りになられた方がいいのでは…?」

「えー……」

「なにか、あってからでは遅いですよ…?」

「そーだけどさぁー……俺だって宴会したいしぃー…」

「……天駕様、のところへ行かれては?」

「え、ヤダ。あんなむさ苦しいとこ」

「……」

 

 天駕様――初代千刃の愛刀にして、妖世界の自警団・千場衆の頭領である天駕丸様。
心皇直轄の組織ということもあって、天駕様の発言力は、私が属する潤神一派の頭領たる篝蛟姉様――篝蛟鏡様に並ぶ。
なので「天駕丸に呼ばれた」と言えば篝蛟姉様も納得してくださるはず――…なのに、鏡華兄様は「むさ苦しい」と一蹴。

 潤神一派の末席に名を連ねる私を引き合いに出したところで、毛の先ほども言い訳にならない――
――…あとから姉様方から大目玉を喰らうことになると思うのですが……。

 

「――黙って相手をしてやれ。八岐の神剣が、末席の正論に従うわけがないだろう」

「それは……」

「ぅんー?――お?おおー?あーらま、こぎちゃんでないの」

「そのあだ名はやめろというに……」

 

 鏡華兄様への説得を、無駄と言い切ったのは小狐丸殿。そしてその言葉に反応したのは私――と、鏡華兄様。
しかも鏡華兄様は小狐丸殿を「こぎちゃん」と親しげにあだ名で呼んでいて。
ただ、小狐丸殿はそのあだ名を気に入っていない――ようだけれど、
鏡華兄様自体を嫌っているわけではないようで、自分の元へやって来た鏡華兄様の顔を見てため息を吐きながらも、
自分の隣に腰を下ろした鏡華兄様に嫌悪や拒絶といった感情を向けることはしなかった。

 

「んで?なんでこぎーがここにいるの」

「…………………私を打ったのは三条宗近――表の刀工だからな」

「ぁあ〜、そーいえばそだったわねぇ…。付き合い長すぎてすっかりこっち側認定してたわ」

「…まぁ、私もあの小娘に呼ばれるまでは裏側だと思っていたからな…」

「ま、付喪神の小狐丸――は、そーだろうさな」

「……付喪神、の?」

「そーそー。付喪神のこぎーと、とーけん男士の小狐丸殿は別物なんじゃー?って話――
…だっておま……天地ひっくり返っても子神だいようこの眷属とは思えないくらい……霊格低いじゃない…」

「………反論の余地がないのが腹正しいところだッ」

 

 霊格が低い――と、なんともド直球な鏡華兄様の指摘に、小狐丸殿はそれを認め――ながらも、酷く不機嫌そうに表情を歪めて舌を打つ。
どうやら華戸神社に席を置く本霊と、審神者の力によって顕現した分霊では大きく格が違うようだ。

 本霊と分霊――その能力、出力に差があるのだろうとは思っていたけれど、
無数に分かれた分霊モノではないのだから、そこまで大きな差はない――…と思っていたのだけれど、そうではないらしい。

 

「そんなにこぎつねまるはよわくなってるんですか?」

「おい」

「うん。めっちゃ弱くなってる」

「おいっ」

「…確かに考えてみれば、獣神に所縁ある武器モノが、天下五剣であろうと人の作った武器モノに劣るわけがない――な」

「待てっ、いつ私が奴らに後れをとった!」

「…こぎつねまる、きょせいはかっこわるいですよ」

「虚勢言うなッ」

「まーまー、今のこぎーは表の刀剣分類なワケだし――天下の名刀に後れとってもしゃーないって」

「だから!とっておらんというに!」

 

 永狐の一派に名を連ねる武器モノとしてのプライドか、
それとも本来持つ力とのギャップを未だ呑み込めていない――のか、小狐丸殿は「弱い」という単語に反応して否定を吼える。
確かに現状、小狐丸殿は天下五剣――兄弟である三日月殿、そして数珠丸殿たちにも遅れは取っていない。
…けれど、地力の差――というのは……。

 …おそらく小狐丸殿もそれを理解している――
――…たとえ出力が落ちようとも、これまでに培ってきた「経験」が失われていないのであれば、自分と相手の実力差を計ることは容易。
それだけに…わかりたくなくともわかってしまう――…と思うと、何とも言い難い気持ちになってしまう。
小狐丸殿の気持ちを考えれば、思ってはいけないことなのに…。

 

「……しーかしまぁ…昔の記憶残ってんのにあのワン公に尾っぽ振るとか……」

「…振っておらん。これは成り行き上――…いや、己の役目を果たしているだけだ」

「…………は?役目ぇ??」

 

 主に仕えている――いや、おそらく「共に戦っている」理由を「役目」と言った小狐丸殿。
その言葉に、鏡華兄様はまったく理解できないといった様子で聞き返し、今剣くんと岩融殿は不思議そうな表情で小狐丸殿を見ていた。

 小狐丸殿が主を主と認めていない――それは誰もが知るところ。
だから先の騒動で小狐丸殿が主の下から去らなかったことを不思議に思っている人も多かった――けれど、
どこぞの誰かさんのように「を主以外の形で受け入れたのでは?」という仮説が立ったことで「そうなのだろう」と誰もが思っていた――
――…のだけれど、その真相は、小狐丸殿の内心というのは私たちの想像を随分違うらしい。

 

「永狐の者として、あれに力を貸すのは当然――…個人としては気に入らずともな」

「……………鍛神様――つーか白虎一派に気に入られてるから?」

「…強いて言ったら違う。それも一因ではあるが」

「じゃあなに?なにが大要因なのよゥ」

 

 本気で合点がいかならしい鏡華兄様の怪訝そうな表情を受け、
小狐丸殿は面倒そうな表情を浮かべ、一度顔を鏡華兄様から背ける――
――けれど、黙秘するつもりはないようで、深いため息をついてから、目だけを鏡華兄様たちに向け、面倒そうに口を開いた。

 

「あれは――……姫様の友、だ。…あれが死んだところで、私はなんとも思わんが………姫様が悲しまれる。
…永狐の者として――も、個人としても、姫様を泣かせたくはない――
――…霊格が落ちようとも……東郷の末裔に使役されようとも………なァ…」

「…ぅわあ…ウチよりブラックな一派あったぁー……」

「………そこは安心しろ。これは役目、ではあるが義務として強制されているわけはない。
…寧ろ、ごく個人的な感情で動いている、と言った方が適当かもしれん」

「…………獣神の呪いしばり、でなくゥ?」

「ふんっ、程度の低い神子であればそういう力も働く・・だろうが、
我らが姫は四皇の内、その三柱に契約を申し込まれた娘――だぞ?
なにをせずともそれ以上――…果てに鳳凰ノ神が嫉妬で『虫除け』した、ほどだ」

「…………噂通り…ホントにすんごいのね…。
ウチの神子サマも溺愛MAXでアレなことになってたけど………まぁ…四皇を、だもんねぇ…」

「…しおう?」

「ああ、獣神の序列において最上位の獣神モノ――乱暴に言えば鍛神様の上司の上司だ」

 

 四皇――その名は獣神、そしてその眷属にとって至上の存在。

 四皇の上に存在する・・・・神はなく、また並び立つ神もいない――総ての生死を掌握し、世界を変えることを許された獣神かみ
その力は第二位に就く四神を軽く凌駕し、第三位に就く十二支などその足下にすら及ばない――
――獣神という至上の神の中にあっても「規格外」と畏怖されるのが、獣神の皇たる四皇。
そしてそんな四皇、その三柱の寵愛を受けているのが、件の神子ひめ様――で、小狐丸殿がいうには主の友人、らしい。
…でもきっと、主に確認したら「違う」と言うんだろう――「畏れ多い」と。

 

「…そんなすごいみこさまと、あるじさまはごゆうじんなんですね」

「四皇が他の獣神をまとめるように、姫様もまた神子をまとめ率いて――…おられたのだ」

「………そ…過去系、…なのよねぇ……。
…ただまぁ、それで・・・逆にまとまりが出た――…とか聞くけど…」

「…それも姫様の『才能』なのだろうさなぁー……」

「こぎー?口調変わってますけどー??」

「……うるさいっ。
必要であった・・・・・・としても、不愉快なものは不愉快なのだっ…」

 

 神に愛された神子であろうとも、時に間違いを犯し、失態を演じる。
そして背負ったものの重さに膝を折り、挫折を味わうこともある。
そして神であろうとなかろうと、愛する者が苦しむ姿など見たくはない――それが、結果的に当人の成長の糧となる事件ことがらだったとしても。

 「起きなければ」と過去に苦みを覚えて表情を歪めるのは、きっと誰かを想う優しさを持つ者なら当然の感情。
常に悠然とした小狐丸殿が見せた熱のある感情に、安堵のような嬉しさを覚えた――
――…けれど、それだけの傷を、小狐丸殿でさえ負ったというのなら――…。

 

「? ?どうかしましたか?」

「…お主も件の姫巫女と顔見知り、なのか?」

「あ、そういえばはふたばさまとなかよしでしたね!」

「ああ、いえ…麒麟の神子様との面識はなくて……その、心配になった…のは……潤神様の神子、のことなんです…。
………ものすごく今更…とは思うのですが……」

 

 白羅の母上様――潤神様の神子であるのが、
私がほんの一時ではあるけれど得物として仕えた少女――今は美しい女性となっているだろう遠岡愛理様。

 外敵には非情な顔を見せながら、仲間身内と認めた相手には情をもって守り、時に剣となって敵を穿つ。
情が深い故に敵に対して非情に徹することができる強い心の持ち主――だけれど、
大切なモノを失うことには精神的な部分に少々の脆さがあって……。
姫巫女――麒麟の神子を一つの柱に結成された神子の一団に、
愛理様は麒麟の神子の呼びかけに応える形で、彼女と共に平和な未来を作るために加わった。
…だからきっと………彼女は酷く傷ついたはずだ――優しく、責任感強い彼女のことだから…。

 

「あー…愛理嬢、なぁ…。
…当時は霧嬢含めて相当にヤバかったらしいが――同年男衆が頑張ったらしい」

「……勇くんと仁くん…に、海慈くんが――ですか…」

「うしろ2人は年長者として――って部分が大きかったと思うんだが――…勇ちゃんは、なぁ……」

 

 困ったような苦笑いを浮かべながら言う鏡華兄様――に、同調するように私も苦笑いする。
岳神様の神子であり、愛理様にとっては幼馴染みでもある――堵火那勇くん。
淡泊な印象を受ける彼だけれど、その内側には温かい思いがあり、誰かを守るために前へ出ることを躊躇しない強さを持っている。
…そんな彼だからこそ、悲しみに足を止めることを良しとせず、悲しみを抱えながらもその歩みを止めることをしなかったのだろう。

 そして、そんな勇くんに触発される形で海慈くんも、仁くんも立ち上がって――
――愛理様や霧美様、そして多くの後輩たちを悲しみの沼から引き上げたんだろう。
いつかのデコボコな少年たちが、足並みを揃えて仲間たちの導となった――
――その事実は彼らの修行時代を知る身としては嬉しくもあり、誇らしくもあった。

 

「……このじだいには、たくさんみこさまがいるんですね」

「あー…そうねぇ…天変地異の前触れレベルにいっぱいいるねぇ…――まぁ、仮に起きても止められるだろうけど」

「…………確かに…な。四皇…いや、四神四柱だけでも十分だろうに……」

「ほぼほぼ不死の身としてはあとが怖いよねー」

「ああ…あの数が一気に代替わりなどしたら………今の世界を支え切れるかどうか…」

「…まぁ、最低でも鳳凰ノ神は残ってくれるだろうし…鳥さん一派が頑張ってくれるのでは?」

「…そうなると、輝望も『じじいだから』と奥に引っ込んでいられなくなるだろうな」

「そうねぇ…そうなるわなぁ……。
…はぁ……アイツ…仕事となると人変わるからなぁ〜…あーめんどくせぇ」

「………輝稲よりも、か?」

「アレよりも――+神剣の凄みで威圧してくんのよ?今で言ったらパワハラだっての!」

「……貴公も相当の神気を宿した神剣、であろう?そんな貴公ですら圧される、のか?」

「…まあね?確かに俺、神剣ではあるのよ?
でも元はただの刀剣、なの。泉夜の神官になるまでは、ね――
――…対して件の神剣サマは、生まれた時から神剣サマ!だって打ったの鍛神様ですんで!」

「…ということは、れいのあにうえなんですか?」

「うんまぁ確かに兄弟ではあるけど、千年以上の歳?の差あるからねぇ――アレはもう別格。
大妖怪――ってかそこらの神仏ならぶった切れるよな」

「……知らん。あの男が表立って戦っているところなど見たことがないからな」

「え、マジで?常闇強襲でも引っ込んでたの?えー??」

「俺が出張るまでもあるまい?相手は妖――獣神の加護を受けたお前たちには役不足だろう?
……と言って毎度――指揮うんぬんの採点をしているらしい」

「ぅわお。さすがの神剣サマー」

 

 乾いた笑みを顔に張り付け、棒読みで「さすが」と口にする鏡華兄様。
…一緒になって笑えはしないけれど、妖の一団において最大の勢力を持つ
【常闇】の襲撃を受けても前線に出ないというのは……正直、どうなんだろうとは思う…。
千年を優に超える時を過ごし、その中で培った経験で「問題のない判断」をしている――のかもしれないけれど、
獣神に仕える神剣が獣神を祀る社を守るために腰を上げないというのは…?

 

「…して、んな傲岸不遜な神剣サマでさえ頭を垂れるのが――」

「我らが姫――……もしすれば、あの小娘に力を貸すことすらいとわぬかもしれんな…」

「あー…まぁその気持ちはわからんでも――…ん?こぎーはそこまで、ってこと?」

「…姫様のお力になれるのであれば、あれに仕えること事態は問題ない――だが、あれの態度が気に喰わんのだっ」

「それはこぎつねまるもですよ!がすがたをみせただけで『ふきげんおーら』をだして!」

「それはあちらも同じこと――寧ろ、明確に線を引いているのはあちらだぞ」

「…それは……まぁ…しかたねーべ。
…大妖狐の力を身をもって知ってんだ、それを畏れてビビるのは……まぁ、しゃーないわ」

「貴様…あれを嫌っているのではなかったのか…」

「あ゛?そりゃ嫌いよ?現在進行形で嫌いだわよ?
だけどもこぎーのそれはちょいと理不尽じゃん?しかもあれ側の『線』を壊す方法わかってんのに――放置、してんだろ?」

「…ほー」

「…へー」

「……」

 

 鏡華兄様の指摘に、岩融殿と今剣くんが小狐丸殿に向かって責めるよう視線と相槌を向ける。
そしてそれらを受けた小狐丸殿は眉間にしわを寄せて居心地悪そうに三人から視線をそらした。

 

「ええと…きょうかさま?」

「ああ、呼び捨てでよろしいよ?こぎーと兄弟なら大体同年だし」

「はい!ではきょうか――とこぎつねまるがなかよくなるにはどうしたらいいんですか?」

「ん、そりゃ簡単――どっちかが勝つまで戦り合えばいいの」

「………随分と、簡単…だな?」

「まぁ要はあの狗公のトラウマを払拭――つか、こぎーと一尾は別物っつーことをわからせればいいだけだからな。
…ただ、万全を期すなら本霊と戦り合った方がいいわけだけども……」

「私でさえこう・・だぞ?…本霊が応じるわけがな――」

「おひーさんの一声でどうとでもなるのでは?」

「だろうな」

「「……」」

 

 否定を口にする寸前――のところで入った鏡華兄様の指摘に、小狐丸殿は躊躇なく肯定を口にする。
…ただ、その顔には若干不満げな色が浮かんでいる。
個人的な感情を超え、なんであれ是としてしまう――この説明しがたい感覚は、私にも覚えがあって。
それだけに、小狐丸殿の納得しきれない心境にはつい苦笑いが浮かんでしまう。…どうにも、覆せないんですよね…どうにも……。

 

「…さぁて…コレをどーやっておひーさんに伝えたもんかねぇ…」

「? きょうかはきりんのみこさまとしりあいじゃないんですか?」

「まぁチラっとは見たことあるけど、面識・・はないねぇ。
…ウチの神子様は欧州だし…霧嬢は北だし…海坊は所在不明だし……。
……勇ちゃんに関しては自分で殴――伝えに行きそうだし…」

「オイっ!それだけはやめろ!!間違いなく折れる!」

「はいはい――…ぅんー…やっぱ無難にあたり頼るかぁ…」

「………ハッ、応じはする――だろうが、いつに伝わるかわからんぞ?」

「…ぇ、なにそれ」

「…あれは、誰に似たやら執着心が強くてな。
毎度毎度、姫様を捕まえては説教しているのも――他の者の元へやらぬため…。
…おかげで姫様に私の存在を認識されているかどうかすら怪しいところだ…!」

「ぅわあ」

「……あれ?ということは、こぎつねまるはじぶんをしっているかもわからないあいてのために――…がまん、しているんですか?」

「…まぁな。姫様が覚えてらっしゃるかはわからんが…
…顔を合わせて、言葉を交わしたことはある――…それだけでも、忠義を尽くしたいと思うには十分な時間だった」

「…………それ、一歩間違えると怖くない?」

「………愛執一派がなにを言う」

「フッ――それ、女子だから!女子メンツに限ったことですからー!!」

「じょ…」

「し……」

「ぇ、あ……そのっ…ぇえ…と……?」

 

 愛情深いが故に、時にそれが重い――一歩間違えれば狂気すら孕みかねない愛情を、
一途に、執念深く注ぎ続ける――…俗に「ヤンデレ」と表現されるあり方に、潤神一派に属する武器…特に巫女は、確かにこの傾向が強い。
だから「愛執一派」と呼ばれることに抵抗や反論はない――…のだけれど、私もそうかと言われると……
…じ、自覚がないだけで私も重い女なのかしら……。

 

「あー…は違うと思うよー?二代嬢の影響、強く受けてるだろうからなぁ…
……ただ、抑圧されてるものが爆発したらヤバそうだけど…」

「…何をぶつぶつ言っている…」

「ぅんー……いや、人間の影響を受けるってのは大変だなーと…」

「……きょうかはひとのてにわたったことがないんですか?」

「そーなの。端から泉夜と人間の橋渡し役として打たれたモンだからねぇ。
すぐに付喪神…つか人形を得たもんだから、正直『刀剣』としての意識ってのがそもそも薄いのよねー。…こぎーはどーなのよ?」

「…私も、どちらかと言えばお前に近い。ただの刀剣であった時分に主はいたが、武器として振るわれたことはほぼなかった――
――戦いに駆り出されるようになったのは妖となって以降、だからな」

「ははー懐かしー。こぎー超イキっててさー」

「…貴様はもうだいぶ落ち着きがあったな――なにがどうなってこんな調子の軽い阿呆に仕上がった」

「はぁー?アホー?こぎー知らないのー?能ある鷹は爪を隠すって言うのよー?」

「…隠す爪などないだろう。そも鷹でもないしな」

「上げ足とらなーい!もー!600年もあれば性格くらい変わるっつーの!」

「………時代の移り変わり…人間の女の好みに合わせて変わっていった、んじゃなかろうな?」

「はっはーそんなわけないじゃなーい」

「こちらを見て言え」

 

 軽口をたたき合う様子から、そして600年という長い歳月を聞けば、小狐丸殿と鏡華兄様が本当に親しい関係だというのがわかる。
「獣神に所縁ある刀剣」という共通点から親しいのだろう――と、思っていたのだけれど、
どうにも鏡華兄様の言葉が引っかかって納得できなくて。
好奇心という悪い虫にそそのかされて、親しくなったきっかけを聞いてみれば――
――小狐丸殿は酷く苦々しい顔を、そして鏡華兄様は困ったような苦笑いを浮かべた。

 

「うーんまぁなんていうかぁ?
カウンセリングしてるうちにこっちが愚痴聞いてもらってる格好になってたー、てな感じかねぇ…」

「「「カウンセリング??」」」

「あー…うん…いや、こぎーね?封印?回収?された当初はウニかイガグリみたいな状態でね?
ふつーはこういうの抱えてる家でどーにかすんだけど、輝望のヤツが『お前の仕事だ』とか言って押し付けてきてさー?
『はぁ〜?なにゆえー?』とは思ったけど、ガチ神剣のめーれーじゃあ無視するわけにいかんし、
しかたなーく敗北にプライドを傷つけられて荒れてたこぎーの――サンドバッグになってたってワーケ」

「敗北………心皇の陰陽師…いや、退魔士か?」

「…まぁ、そんなとこねぇ〜…」

 

 岩融殿の問いかけに、鏡華兄様は苦笑いしながら肯定を返す――けれど、不意に私の肩の上に姿を現した白羅が「違うそうだぞ」と言う。
否定を口にした白羅を思わず見れば、白羅は「やれやれ」といった様子で首を振り、そのまま何事もなかったかのように姿を消す。
よくわからない白羅の様子に、半ば反射で改めて鏡華兄様に視線を向ける――と、鏡華兄様の目が「黙ってて」と悲しげに訴えていた。
……いったい何があったんですか……。

 

「…んで、そんな感じで殴り合ってるうちにポツポツ喋るようになって――
――女尊男卑一派の男子同士ちょっと共感する部分が多くて一気にこう、心の垣根がね!撤去されちゃってね!!」

「……うちはそこまで・・・・ではないんだが」

「は?なに言っちゃてんのこぎー。
ならなによ?いっくん様のアレはいっくん様の人格的な問題だとでも??」

「…だから、お前のところほどでは、という話だ…」

「…………………かどーしてないもんなぁー…」

 

 小狐丸殿の返答に、鏡華兄様はここではない遠くを見つめながら感情なく反論のような肯定を返す。
鏡華兄様の言葉は、おそらく小狐丸殿の気に障る発言だった――…はずなのだけれど、
…鏡華兄様の状態に苛立ちすら覚えなかったらしい小狐丸殿は、ため息交じりに「そうだな…」と鏡華兄様の言葉を静かに肯定した。
…これは……逆に辛いやつですね……。

 なんとも居た堪れない空気――を、なんとか振り払おうと、勇気を振り絞って「飲みましょうか!」と提案する。
するとその私の提案にほんの少し空気が淀んだ――けれど、すぐに岩融殿が苦笑いしながら「そうだな」と肯定してくれて、
今剣くんは「おてつだいします!」と言って立ち上がり、私の元へやってくると、そのまま手を引いて台所へ向かって歩き出し――

 

「……優しい妹がいたものだな」

「ははー!羨ましいだろー!ふははははははー――うわーん!!

 

 ――私は手を引かれるまま今剣くんのあとに続き、
後ろから聞こえる声は聞かなかったことにようと心に決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 お留守番組+訪問者のお話でした。色々と捏造設定が飛び出しておりましたが……まぁうん、まぁ!!
 我が家の小狐丸は半ばオリキャラと化しておりまして……その関係でオリキャラ勢とバリバリ絡むのですが……。
…とりあえず、狐断と輝稲との絡みは書いてみたいところ……。ただ、小狐丸のキャラが崩壊することの確定ですがっ(逃)