戦いの中――であっても、切迫した戦況でなければ、その中に「平穏な日常」というモノは生まれる。 白綺羅綺の消失と私の現界。 刀を折る――自分たちを折ってまで、勝利に固執する――その主の在り方には、誰もが思うところがあったはず。 主にとっての、私たちに対する最大の引け目――は、小言や苦言はあったものの、全ての刀剣に受け入れられた。 唐突に、何の前触れもなく、主の下に――この本丸にやって来たのは、一振りの妖刀――の付喪神。 過去の失態により、「狗族」と呼ばれる一族の底辺にある主。 幽雅亭での大宴会――は、検非違使主催と思いきや、武器の神である獣神の一柱――武神様が催したもので。
「どーしてこぎつねまるはのこったんですか?」 「おそらくあちらには本霊がいる。会うことはないだろうが…『もしも』があれば面倒だからな」 「たけがみさまのくらに――ですか?」 「…いや、私は華戸の所有だ」 「ほお?華戸、とな?あそこは獣神にまつわるモノが集まると聞くが――どうしてそこにお主が?」 「…我が母は九尾の大妖狐――であると同時に獣神の子でな」 「だいようこ……あべけをのろったというようこですか?」 「いや、それは別の娘――…伯母上だ。…母上は表舞台に出る前に封印されてな。 「ふむふむ。ということは、こぎつねまるはわるいきつねがうったかたなとしてかいしゅうされた――というわけですね!」 「………まぁ、要約すればそういう
この本丸に残ったのは、小狐丸殿と今剣くんと岩融殿。 長曽祢さんと和泉は現世に残っているけれど、
「?むずかしいかおをしてどうしたんですか?」 「ぇ…あ、ああ…。…ちょっと清光たちのことが気になって……」 「? けびいしたちにけんかをうらないか――ですか?」 「……それは…売りたくても売れないだろうから心配していないのだけど……。…本霊と、鉢合わせないか心配で…」 「おお、それならば心配は無用よ。武神様の蔵に収蔵された表の刀剣の多くは、眠ったまま――だ」 「………そう…なのですか?」 「うむ。付喪神として目覚める以前に蔵に収納されてしまえば、蔵の中で眠り続けたまま――
武神様によって収集された武器たちの多くは眠っている――よく考えれば、それは当然かもしれなかった。 武神様の世話を焼く武器――は、裏のモノが多くいる。
「……なら、お前たちは蔵とやらに入る前に付喪神として目覚めたのか?」 「うむ。幸か不幸か――陰陽師の手に渡ったせいでな」 「……なるほど。心皇に煮え湯を飲まされた口か」
なんということでもないように言った小狐丸殿。 …もし、いつかの主が
「くく…よ、お主が気に病む必要はあるまい?お主の主は心皇を裏切った――のだろう?」 「…それは…そうなのですが…」 「であれば己を、主を恥じることはない――して、心皇のモノであることも気にするな。 「……ぁ」 「…今剣の反応を見ては、とてもそうは思えんがな」 「ぅーむ…あれは、なぁ……」 「………しんおうは、いまだにすきじゃありません…。
そう言って、今剣くんは静かに目を伏せる。 私は裏切り者の武器――それ故に利く
「許せない――のなら、恨み続ければいい。 「…うむ」 「あ、ああ…じゅ、呪詛返しで打ち返されては大変ですからね…」 「ああ、確実に連中は――倍にして返してくる、からな」 「………経験があるのか」 「………………………聞くな」
酷く不機嫌そうな表情を浮かべ、途方もなく遠くを見つめる小狐丸殿――…ああ…もしかすると……狐断殿に………。 小狐丸殿――厳密に言うのなら、大妖狐・三尾ノ廻枝と心皇の闘いの顛末、を思うと、
「ッ…?!」
ふと、本丸の周囲に張り巡らせている結界が 裏庭に、音もなく生じたのは――水鏡。
「きょ、鏡華兄様?!」 「おおー!ー!我が家の可愛い可愛い末妹よ〜!!」
予想もしない人物の登場に、慌てて鏡華兄様――鏡泉守清華様の下へ駆け寄る。
「鏡華兄様っ、武神様の宴はどうされたんですかっ…?!」 「………………いや、ちゃんと顔は出してきたから問題ない――…はずだから! 「………武神様は許してくださるとして…………篝蛟姉様たちは……」 「あー、うん、大丈夫じゃないカナー?かごちゃんたちいるしー」 「…兄様、こちらを見て言ってください…」
私から思い切り視線をそらし、半ば棒読みといった調子で「大丈夫」という鏡華兄様。
「……お戻りになられた方がいいのでは…?」 「えー……」 「なにか、あってからでは遅いですよ…?」 「そーだけどさぁー……俺だって宴会したいしぃー…」 「……天駕様、のところへ行かれては?」 「え、ヤダ。あんなむさ苦しいとこ」 「……」
天駕様――初代千刃の愛刀にして、妖世界の自警団・千場衆の頭領である天駕丸様。 潤神一派の末席に名を連ねる私を引き合いに出したところで、毛の先ほども言い訳にならない――
「――黙って相手をしてやれ。八岐の神剣が、末席の正論に従うわけがないだろう」 「それは……」 「ぅんー?――お?おおー?あーらま、こぎちゃんでないの」 「そのあだ名はやめろというに……」
鏡華兄様への説得を、無駄と言い切ったのは小狐丸殿。そしてその言葉に反応したのは私――と、鏡華兄様。
「んで?なんでこぎーがここにいるの」 「…………………私を打ったのは三条宗近――表の刀工だからな」 「ぁあ〜、そーいえばそだったわねぇ…。付き合い長すぎてすっかりこっち側認定してたわ」 「…まぁ、私もあの小娘に呼ばれるまでは裏側だと思っていたからな…」 「ま、付喪神の小狐丸――は、そーだろうさな」 「……付喪神、の?」 「そーそー。付喪神のこぎーと、とーけん男士の小狐丸殿は別物なんじゃー?って話―― 「………反論の余地がないのが腹正しいところだッ」
霊格が低い――と、なんともド直球な鏡華兄様の指摘に、小狐丸殿はそれを認め――ながらも、酷く不機嫌そうに表情を歪めて舌を打つ。 本霊と分霊――その能力、出力に差があるのだろうとは思っていたけれど、
「そんなにこぎつねまるはよわくなってるんですか?」 「おい」 「うん。めっちゃ弱くなってる」 「おいっ」 「…確かに考えてみれば、獣神に所縁ある 「待てっ、いつ私が奴らに後れをとった!」 「…こぎつねまる、きょせいはかっこわるいですよ」 「虚勢言うなッ」 「まーまー、今のこぎーは表の刀剣分類なワケだし――天下の名刀に後れとってもしゃーないって」 「だから!とっておらんというに!」
永狐の一派に名を連ねる …おそらく小狐丸殿もそれを理解している――
「……しーかしまぁ…昔の記憶残ってんのにあの 「…振っておらん。これは成り行き上――…いや、己の役目を果たしているだけだ」 「…………は?役目ぇ??」
主に仕えている――いや、おそらく「共に戦っている」理由を「役目」と言った小狐丸殿。 小狐丸殿が主を主と認めていない――それは誰もが知るところ。
「永狐の者として、あれに力を貸すのは当然――…個人としては気に入らずともな」 「……………鍛神様――つーか白虎一派に気に入られてるから?」 「…強いて言ったら違う。それも一因ではあるが」 「じゃあなに?なにが大要因なのよゥ」
本気で合点がいかならしい鏡華兄様の怪訝そうな表情を受け、
「あれは――……姫様の友、だ。…あれが死んだところで、私はなんとも思わんが………姫様が悲しまれる。 「…ぅわあ…ウチよりブラックな一派あったぁー……」 「………そこは安心しろ。これは役目、ではあるが義務として強制されているわけはない。 「…………獣神の 「ふんっ、程度の低い神子であればそういう力も 「…………噂通り…ホントにすんごいのね…。 「…しおう?」 「ああ、獣神の序列において最上位の
四皇――その名は獣神、そしてその眷属にとって至上の存在。 四皇の上に
「…そんなすごいみこさまと、あるじさまはごゆうじんなんですね」 「四皇が他の獣神をまとめるように、姫様もまた神子をまとめ率いて――…おられたのだ」 「………そ…過去系、…なのよねぇ……。 「…それも姫様の『才能』なのだろうさなぁー……」 「こぎー?口調変わってますけどー??」 「……うるさいっ。
神に愛された神子であろうとも、時に間違いを犯し、失態を演じる。 「起きなければ」と過去に苦みを覚えて表情を歪めるのは、きっと誰かを想う優しさを持つ者なら当然の感情。
「? ?どうかしましたか?」 「…お主も件の姫巫女と顔見知り、なのか?」 「あ、そういえばはふたばさまとなかよしでしたね!」 「ああ、いえ…麒麟の神子様との面識はなくて……その、心配になった…のは……潤神様の神子、のことなんです…。
白羅の母上様――潤神様の神子であるのが、 外敵には非情な顔を見せながら、仲間身内と認めた相手には情をもって守り、時に剣となって敵を穿つ。
「あー…愛理嬢、なぁ…。 「……勇くんと仁くん…に、海慈くんが――ですか…」 「うしろ2人は年長者として――って部分が大きかったと思うんだが――…勇ちゃんは、なぁ……」
困ったような苦笑いを浮かべながら言う鏡華兄様――に、同調するように私も苦笑いする。 そして、そんな勇くんに触発される形で海慈くんも、仁くんも立ち上がって――
「……このじだいには、たくさんみこさまがいるんですね」 「あー…そうねぇ…天変地異の前触れレベルにいっぱいいるねぇ…――まぁ、仮に起きても止められるだろうけど」 「…………確かに…な。四皇…いや、四神四柱だけでも十分だろうに……」 「ほぼほぼ不死の身としてはあとが怖いよねー」 「ああ…あの数が一気に代替わりなどしたら………今の世界を支え切れるかどうか…」 「…まぁ、最低でも鳳凰ノ神は残ってくれるだろうし…鳥さん一派が頑張ってくれるのでは?」 「…そうなると、輝望も『じじいだから』と奥に引っ込んでいられなくなるだろうな」 「そうねぇ…そうなるわなぁ……。 「………輝稲よりも、か?」 「アレよりも――+神剣の凄みで威圧してくんのよ?今で言ったらパワハラだっての!」 「……貴公も相当の神気を宿した神剣、であろう?そんな貴公ですら圧される、のか?」 「…まあね?確かに俺、神剣ではあるのよ? 「…ということは、れいのあにうえなんですか?」 「うんまぁ確かに兄弟ではあるけど、千年以上の歳?の差あるからねぇ――アレはもう別格。 「……知らん。あの男が表立って戦っているところなど見たことがないからな」 「え、マジで?常闇強襲でも引っ込んでたの?えー??」 「俺が出張るまでもあるまい?相手は妖――獣神の加護を受けたお前たちには役不足だろう? 「ぅわお。さすがの神剣サマー」
乾いた笑みを顔に張り付け、棒読みで「さすが」と口にする鏡華兄様。
「…して、んな傲岸不遜な神剣サマでさえ頭を垂れるのが――」 「我らが姫――……もしすれば、あの小娘に力を貸すことすらいとわぬかもしれんな…」 「あー…まぁその気持ちはわからんでも――…ん?こぎーはそこまで、ってこと?」 「…姫様のお力になれるのであれば、あれに仕えること事態は問題ない――だが、あれの態度が気に喰わんのだっ」 「それはこぎつねまるもですよ!がすがたをみせただけで『ふきげんおーら』をだして!」 「それはあちらも同じこと――寧ろ、明確に線を引いているのはあちらだぞ」 「…それは……まぁ…しかたねーべ。 「貴様…あれを嫌っているのではなかったのか…」 「あ゛?そりゃ嫌いよ?現在進行形で嫌いだわよ? 「…ほー」 「…へー」 「……」
鏡華兄様の指摘に、岩融殿と今剣くんが小狐丸殿に向かって責めるよう視線と相槌を向ける。
「ええと…きょうかさま?」 「ああ、呼び捨てでよろしいよ?こぎーと兄弟なら大体同年だし」 「はい!ではきょうか――とこぎつねまるがなかよくなるにはどうしたらいいんですか?」 「ん、そりゃ簡単――どっちかが勝つまで戦り合えばいいの」 「………随分と、簡単…だな?」 「まぁ要はあの狗公のトラウマを払拭――つか、こぎーと一尾は別物っつーことをわからせればいいだけだからな。 「私でさえ 「おひーさんの一声でどうとでもなるのでは?」 「だろうな」 「「……」」
否定を口にする寸前――のところで入った鏡華兄様の指摘に、小狐丸殿は躊躇なく肯定を口にする。
「…さぁて…コレをどーやっておひーさんに伝えたもんかねぇ…」 「? きょうかはきりんのみこさまとしりあいじゃないんですか?」 「まぁチラっとは見たことあるけど、 「オイっ!それだけはやめろ!!間違いなく折れる!」 「はいはい――…ぅんー…やっぱ無難に輝あたり頼るかぁ…」 「………ハッ、応じはする――だろうが、いつ 「…ぇ、なにそれ」 「…あれは、誰に似たやら執着心が強くてな。 「ぅわあ」 「……あれ?ということは、こぎつねまるはじぶんをしっているかもわからないあいてのために――…がまん、しているんですか?」 「…まぁな。姫様が覚えてらっしゃるかはわからんが… 「…………それ、一歩間違えると怖くない?」 「………愛執一派がなにを言う」 「フッ――それ、女子だから!女子メンツに限ったことですからー!!」 「じょ…」 「し……」 「ぇ、あ……そのっ…ぇえ…と……?」
愛情深いが故に、時にそれが重い――一歩間違えれば狂気すら孕みかねない愛情を、
「あー…は違うと思うよー?二代嬢の影響、強く受けてるだろうからなぁ… 「…何をぶつぶつ言っている…」 「ぅんー……いや、人間の影響を受けるってのは大変だなーと…」 「……きょうかはひとのてにわたったことがないんですか?」 「そーなの。端から泉夜と人間の橋渡し役として打たれた 「…私も、どちらかと言えばお前に近い。ただの刀剣であった時分に主はいたが、武器として振るわれたことはほぼなかった―― 「ははー懐かしー。こぎー超イキっててさー」 「…貴様はもうだいぶ落ち着きがあったな――なにがどうなってこんな調子の軽い阿呆に仕上がった」 「はぁー?アホー?こぎー知らないのー?能ある鷹は爪を隠すって言うのよー?」 「…隠す爪などないだろう。そも鷹でもないしな」 「上げ足とらなーい!もー!600年もあれば性格くらい変わるっつーの!」 「………時代の移り変わり…人間の女の好みに合わせて変わっていった、んじゃなかろうな?」 「はっはーそんなわけないじゃなーい」 「こちらを見て言え」
軽口をたたき合う様子から、そして600年という長い歳月を聞けば、小狐丸殿と鏡華兄様が本当に親しい関係だというのがわかる。
「うーんまぁなんていうかぁ? 「「「カウンセリング??」」」 「あー…うん…いや、こぎーね?封印?回収?された当初はウニかイガグリみたいな状態でね? 「敗北………心皇の陰陽師…いや、退魔士か?」 「…まぁ、そんなとこねぇ〜…」
岩融殿の問いかけに、鏡華兄様は苦笑いしながら肯定を返す――けれど、不意に私の肩の上に姿を現した白羅が「違うそうだぞ」と言う。
「…んで、そんな感じで殴り合ってるうちにポツポツ喋るようになって―― 「……うちは 「は?なに言っちゃてんのこぎー。 「…だから、お前のところほどでは、という話だ…」 「…………………かどーしてないもんなぁー…」
小狐丸殿の返答に、鏡華兄様はここではない遠くを見つめながら感情なく反論のような肯定を返す。 なんとも居た堪れない空気――を、なんとか振り払おうと、勇気を振り絞って「飲みましょうか!」と提案する。
「…… 「ははー!羨ましいだろー!ふははははははー――うわーん!!」
――私は手を引かれるまま今剣くんのあとに続き、
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■あとがき
お留守番組+訪問者のお話でした。色々と捏造設定が飛び出しておりましたが……まぁうん、まぁ!!
我が家の小狐丸は半ばオリキャラと化しておりまして……その関係でオリキャラ勢とバリバリ絡むのですが……。
…とりあえず、狐断と輝稲との絡みは書いてみたいところ……。ただ、小狐丸のキャラが崩壊することの確定ですがっ(逃)