時の流れを守るため、刀剣の付喪神――刀剣男士を率い、過去へ飛び、
歴史修正主義者の手先たる刀剣魍魎を討伐する――
――それが日常と、自分の役目となって随分と月日が経過していた。
初めは、自ら力を振るうことができず、
ただ刀剣たちの戦う姿を見守るしかできない状況に苛立ちにも似た焦りを感じていたが、今ではその焦燥も影を潜めている。
それもすべては、こんな欠陥だらけの私を信じ、支え、そして一緒に戦い続けてくれた――刀剣たちがいてくれたから、だ。
…それでも、時間遡行軍との戦いに一切の不安がないわけじゃない。
修行に旅立ち、極の力を手に入れた刀剣たちは目を見張る強さを誇る――が、
それに対抗してか、相手も強い力を有した刀剣魍魎を差し向けるようになってきている。
この脅威に対抗するためには刀剣たちの練度を上げ、更に修行に送り出すことで極の力を修める――のが一番の早道だろう。
極の力は強力無比――だが、修行に必要な「道具」の数に限りがあり、
誰でも彼でも旅立たせることはできない以上、極の力だけを頼りにすることはできない。
それ故に日々の訓練、そして実戦経験の中で培う経験や連携というものはとても重要なモノ――と私は思っている。
それに、いくら強力な力でも、それを十全に発揮できる能力がなくては、宝の持ち腐れ――の前に、生き残れもしないのだから。
既に今日の分の任務は完了している。
戦国時代に放たれた時間遡行軍の残党を討伐する、という内容の任務だったが、
十分な練度を積んだ刀剣たちには役不足だったと感じるくらい、難なく任務を完遂することができていた。
これも日々の積み重ね――刀剣たちの努力の賜物と思えば、何とも言えない嬉しさと満足感があった。
みんなの努力の着実を、練度の向上を、日々主である私は実感している――が、
敵と直に相対しているからこそ、なのか、彼らは今に満足することをしない。
更なる高みを目指し、多くの刀剣が自らの意思で鍛錬に励んでいる――
――…ただそれは焦りとか恐怖とか、そういったマイナスなものに突き動させれてではなく、
前向きな向上心から、なので、無理な鍛錬をするんじゃ――とか、そういう心配はあまりしていなかった。
自分の精神状態も落ち着いて、みんなの精神状態もおおむね落ち着いている。
そして今は政府からの大規模な任務も訓練もなく――ある意味で、平穏な日々が続いている。
一日たりとも休み――戦場に赴かない日はないが、
無理のない範囲でのことなので、負傷者もおよそないこともあり、辛いということはない。
…まぁ、私が戦いを常とする世界で育った人間だから、というせいもあるかもしれないが。
――とにもかくにも、今この本丸はとても平和だった。そう、だった――………過去系、だ…。
……なので、平和な、穏やかな空気と時間が流れていたのは、もうすでに過去のこと――
――今は……何と、いうか……なぁ………。
「ちょっとちょっと!なんでこんなに殺気立ってるわけー?!」
困惑したようなセリフを口にしている――のは、迷惑そうな表情を浮かべ、
自分に刃を向ける短刀たちと私を交互に見る少年――の姿をした、妖刀の付喪神である旬才敏則。
妖刀といえど刀の付喪神なのだから、彼も刀剣男士――かと思うが、そうじゃない。
彼は人工的に生み出された付喪神――そう、この本丸で戦ってきた多くの刀剣たちに苦戦を強い、
時には敗北を味合わせた――時間遡行軍よりも厄介な敵、検非違使と呼ばれるソレだった。
「………みんな、刃と殺気を引っ込めてくれ…」
みんなが旬才に殺気を向けずにいられないのはわかる。
強敵と、その身に植え付けられたプレッシャーにも似た「妖気」を前にしては、警戒するのが当然のこと。
…私も、妖狐の妖気を前にすると無意識に身構えてしまうので、みんなの気持ちというかなんというかはとてもよくわかる。
どうみても、相手にこちらへ対する害意がなくとも――「もしや」と身構えてしまうのは。
…だから、みんなに色々を引っ込めるように催促することはできなかった。
「はぁ〜……ちょっとコレ、甘やかしすぎじゃないのー?」
「………甘やかす、とは…」
「チビちゃんの言うこと全然聞かないじゃんっ。それともまだ上手くやれてないの?」
「……………いきなり、常闇の幹部が現れた、…と思っていただければ」
「………ぁあ〜、そなの」
なんとなく、私が言いたいことを理解してくれたらしい旬才は「ああ」と納得してくれる。
…が、だからといって大人しく――というか、こちらの都合に合わせてくれるつもりはないらしく、
「まぁいいや」と言うと、平然と私が腰かける縁側に近づいてきた――が、
私の前に立つより先に、短刀を構える秋田と五虎退に行く手を塞がれた。
秋田たちからはわずかに恐れの色を感じる――が、だからといって引くつもりはないらしく、無言で旬才を睨んでいる。
敵を恐れながらも、主を守るために退くことをしない秋田たちの心の強さに感動する――が、
余計な心労を負わせているかと思うと申し訳なく思ってしまい、なんとも静止の言葉が出てこない。
ああ、なんて言ったらいいんだ――と、困惑していると、不意に後方から「刃を収めろ」と、酷く冷静な声がかかった。
「…薬研兄さん……」
「安心しろ。ソイツはの敵じゃあない」
「………ん?なんか含みのある言い方だね?」
「……いつ、理性が切れるかわからんからな、アンタらは」
「…ちょっ!失礼!しっつれーだねキミ!?
フォローしてくれたのはありがたかったけど、それ差し引いても失礼ー!オレ列記とした名持ちなんだけどー?!」
検非違使がなんであるか知っている薬研――ではあるが、
やはりその身に染みついてしまった検非違使への警戒心を払いきることはできなかったらしく、
旬才に対して挑発的な言葉を向ける――と、それを受けた旬才はスルーせず、律儀に薬研に吼えてかかる。
しかし、このまま薬研と旬才の口喧嘩の勃発を許すわけにはいかず、
私は縁側から立ち上がると、「何用だ」と旬才がここへ来た理由を問いながら秋田と五虎退の間を通って彼の元へ近づいた。
不機嫌、というか、腹立たしそうな表情を浮かべている旬才――だが、ふと大きく息を吐くと、
なんとも不満げな表情で「もぉ〜」と漏らす――が、
それ以上不満を引きずることはせず、「ん」と懐から取り出した封筒を私に差し出した。
「……これは?」
「とーりょーから」
「………な、なにごとかな…」
「だいじょーぶだいじょーぶー。ただの飲みのお誘いだからー」
「……………は?」
「じゃ、ちゃんと来てよー?」
「いや、ちょっ……」
背を向けた――かと思った次の瞬間に、旬才は自身の刃で空を一閃する。
すると空にピシリとヒビが入り、崩壊した空間の先にある黒へ旬才が飛び込む――と、
その黒はものの数秒で消滅――空に入ったはずのヒビは綺麗に塞がっていた。
なにごともなかった――ようだが、私の手の中に納まっている封筒が、何事もなかった、ことにはしてくれない。
これを届けた旬才曰く、差出人は検非違使の頭領で、その内容は飲みの誘い――だというが……。
「(私に何の用だと……)」
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