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       検非違使――とは、平安時代に創設された法、治安を守るための武力組織。 
      それが一般的な認識だが、私たちにとって身近な「検非違使」は、 
      その本質こそ、ある意味で変わりはないものの―― 
      ――人が組織するモノではなく、また人を凌駕する武力を持った組織だった。 
       ……いやまぁ、仮に彼らが心皇に逆らったら―― 
      ――…間違いなく全員、滅されるだろうけど……ね…。 
      生み出した人間だから――ではなく、ただただ単純に武力的問題で。 
       激動の、戦国時代において心皇一門を統率していたのは、 
      千の刃に勝る者――二代目千刃を襲名した剣豪でもある七代目当主。 
      その実力は歴代当主の中でも上位に食い込む――が、 
      激動の、歴史のターニングポイントが乱立する戦国時代の正史を守るには、七代目の力は足りなかった。 
      質――ではなく、頭数が。 
       戦によって人が死に、それによって生産力が衰え飢饉が起きる―― 
      ――そんな悪い流れによって生じた人の負によって、妖たちは力をつけ、悪行を働いた。 
      ただそれで、それだけで済めばまだよかったのだが、 
      勢いづいた妖の軍勢は人に憑りつき、影から人の世を支配しようとした。 
      もちろんそれを陰陽宮が許すわけもなく、妖の目論見を打ち砕かんと戦った――が、時代を味方につけ、 
      勢力を増した妖たちに打ち勝つことも、その力を抑えることも彼らにはできず―― 
      ――その結果、人の世と縁を切ったはずの心皇が、人の営みを守るためにその腰を上げることになったのだった。 
       そうして、妖の鎮圧に人員を割いたがために、 
      未来からの脅威――歴史を改めんとする刺客に対処するための人員が不足した。 
      このままではどちらも破綻する――と、いう結論に至った結果、 
      心皇の人間に代わって歴史の流れを守る特別な存在――検非違使が生み出され、 
      彼らが歴史の守護を担うようになったのだった。 
        
        
       歴史の流れを守る一団、検非違使をまとめる頭領――とは、 
      検非違使を組織した七代目の愛刀であった元退魔刀で、現妖刀の付喪神である――東郷貴色。 
      主である七代目の剣士としての才能を受け継ぎ、 
      更に未来からの脅威を云百年にも亘って退ける中で積んだ経験から成るその力は強烈の一言――…なのだが、 
      誰に似たやらやや不真面目なところがあり、七代目とその子である八代目が没して以降は、 
      組織運営に対して非積極的になり――今ではすっかり流浪の身…らしいかった。 
       検非違使の大将でありながら、指揮うんぬんの役目を部下に押し付け、 
      その行方をくらませている東郷殿――が、私を呼びつけた張本人。 
      しかも何を考えているやら、宴会を催していて、なおかつ刀剣たちを連れてこい――とのこと。 
      …本当に、何を考えているんだ…あの人は……。 
       ただの宴会――なら、戦い漬けの日々を送っているみんなの息抜きに、とも思うが、 
      それを共にするのが検非違使――とあっては、もうそれは新手の修行だろう。 
      労うどころか、更なる心労をかけるだろう宴会に付き合わせるのはさすがに――と思い、 
      一人で東郷殿の元へ向かおうとしたものの、ドきっぱりと薬研に「ついてくからな」と宣言された。 
      そしてそこから更に秋田や五虎退、その場にいた短刀たちからも「ついていく」と言われ――収拾がつかなくなった末、 
      騒ぎを聞きつけた綺羅の仕切りで、とりあえず薬研だけが私に同行し、 
      私と薬研の動向は薩摩の目を通してリアルタイムで中継する――ということに落ち着いた。 
        
        
        
        
        
       検非違使の拠点は、現世と地獄の間――に、あるらしい妖世界に存在する。 
      妖世界、と聞くと、なんともおどろおどしい風景を思い浮かべてしまうが、案外そうでもない。 
      地獄に近い場所は、それに近い不気味というか、恐ろしい雰囲気だが、 
      それ以外の多くの地域はおよそ現世と変わらない。 
      建物や街並みは、妖世界の住民たる妖たちの趣味で旧時代的な和風建築うんぬんだったりするが、 
      それ以上に変わったモノは――…まぁ、なくはない……んだよな…。 
      所詮ここは妖の――人ならざるモノの世界、だからなぁ…。 
       私と薬研が見上げる先にあるのは、優に10mはあろう巨大な朱色の門。 
      雷門にも似たそれだが、左右に収まっているのが木彫りの雷神風神の像――ではなく、 
      3mはあろうか狛犬、という時点でまったくの別物だ。しかも動くし。 
       開店休業中――なのか、いつもであれば不届き者はいないかと目を光らせている狛犬たちが、 
      今は少しも気を張った様子もなく、腹ばいになって目をつぶっている。 
      気配から察するに、目をつぶっているはいるものの、 
      眠ってまではいない――が、これほど油断している彼らの姿は珍しい。 
      …それだけ、今日は「中」が物騒だ――と、いうことだろうか。 
        
      「――敵前逃亡、か?」 
      「いや…そんなつもりはない…が……」 
        
       嫌な予感に、後退しようとした足――が、地に着くより先に、薬研がポンと私の背を叩いて言う。 
      相手は敵ではないし、逃亡するつもりもない――が、 
      この先に待つだろう「騒ぎ」を思うと、近寄りたくないと切に思った。ホントに。 
       思わず湧き上がった嫌な予感に、中に入ることを躊躇している――と、不意に門の先に人影がザンッと、降りてくる。 
      前置きのない登場に、思わず若干身を引く――と、それと入れ替わる形で薬研が前に出る。 
      「あ、まずいかも」と思って薬研の腰のベルトを掴むと、薬研が「離せ」とばかりに私の足を踏み――と、 
      私と薬研があれこれ攻防している――ことに気付いていないらしい問題の人物は、 
      着地した状態から立ち上がると、不機嫌そうな表情で「やっと来やがったか」と言った。 
        
      「ぇえと……特に時間は指定されていなかったんだが……」 
      「あぁ?なに生意気言ってやがんだ――狗の分際で」 
      「…………」 
      「ああうん――そう、そうだな。呼ばれたら即参上――が、狗の義務だな」 
        
       狗、その単語に薬研が怒りを滲ませる――が、それを落ち着けるためにポンポンと薬研の背を叩きながら、 
      私を狗と呼んだ少年――の姿をした刀剣の付喪神、無頼乙久に肯定を返す。 
      そしてその答えを受けた無頼は「わかってんなら――」と面倒くさそうに、自分のあとについてくるように言うと、 
      こちらの返事もきかずに私たちに背を向け、さっさと歩き出していた。 
       勝手――な、無頼の態度に、薬研は不満げな様子だったが、 
      私が「行こう」と促せば、その不満を引きずりながらも「おう」と応じて、私のあとに続いてくれた。 
       …私を信頼してくれている薬研からすれば、 
      私が一族の底辺である狗と扱われるのは気分はよくない――かもしれないが、 
      なにをどう言ったところで、私が過去に犯した罪は消えない。 
      今でこそ、それを心の底から償おうと生きているが―― 
      ――…いつかの落ちぶれた私までしか知らない無頼からすれば―― 
      ――厳しく接するのは逆に同情なのかもしれない。 
      優しさが、苦痛にしかならない私に対する。 
       口が悪く、態度も横暴――だが、実のところ、無頼は人の気持ちを汲むことのできる人格者だ。 
      態度がああなので誤解されがちだが、無頼乙久は正真正銘の江戸崎当主の証――の内の一振り。 
      歴代の江戸崎当主、そして次期当主たちと共に歩んだ歴史の中で培われただろうヒトを見る目は本物だ。 
      …ただ、任侠集団の刀――という要素が強く出すぎて、なんだかチンピラというか……子分感が出ているが…。 
       ――とは思うものの、この無頼の子分感――というの名の弟気質が、 
      部下に慕われる要素になっている――らしいので、あえて無頼が変わる必要はないんだろう。 
      …人のように、いつか無頼が多くの仲間を背負って、この邸を率いる――というのなら、変わっていく必要があるが、 
      まず間違いなくこの邸の主が変わることはないのだから――このままでいいんだろう、色々と。 
        
      「無頼」 
      「あ?」 
      「えーと……今日は貸し切り――なんじゃないのか?その…検非違使、の……」 
        
       無頼のあとに続いて邸の奥へ奥と進んでいく――中で、あちらこちらから聞こえる賑やかな笑い声。 
      前門の狛犬たちの様子から、今日は検非違使たちがこの邸を貸し切って大宴会を――と思っていたが、 
      検非違使たちだけ――にしてはこの声の数と音量はおかしい。 
      無銘たちも含めれば、数としては不思議はない――が、そもそも無名たちには宴会を楽しむ知性がない。 
      故に、彼らが宴の場にいたとしても――うふふ、あはは、とこんな楽しげな声を上げることはない、のだ。 
       なんとも合点のいかない不思議な状況に、 
      思わず疑問を無頼に投げかければ、無頼はどこか気まずそうに「あー…」声を漏らした。 
        
      「今日ウチを貸し切ってんのは武神様だ」 
      「……ほぉ?!」 
      「んで、その誘いで鍛神様と鉱神様も来てる」 
      「ぅおおぅおぅ……っ」 
        
       想像もしていなかった――というか、想像するわけもない主催者に、思わず変な声が出た。 
       武神、鍛神、鉱神――と言えば、 
      獣神と呼ばれる至上の神の序列において、第三位の地位にある十二支に名を連ねる神たち。 
      武神様は寅を模す武器の神で、鍛神様は子を模す鍛冶の神で、鉱神様は亥を模す鉱物の神―― 
      ――…彼らは四神である白虎ノ神に仕える神々なわけだが――……。 
        
      「…………まさか…白虎ノ神まで……?」 
      「来てねーよ、今は――な」 
      「………なら…来る予定、が…?」 
      「んな話にゃなってねーが――…てめぇが来たから、な」 
      「……はぃ?」 
      「…もしかすりゃあ、ぞろぞろ集まってくんぞ――お前に会いたい神子が」 
        
       無頼が振り向き、やや険しい表情で言う。 
      迷惑とは思っていないが、混沌としそうな展開に不安がないわけではない―― 
      ――と、いったところだろうか、無頼の心境は。 
        
      「だ…大丈夫……じゃ、ないか…?皆さん忙しい…だろうし……」 
      「だといーんだが、なぁ〜…」 
        
       思いっきり、ため息をつきながら言う無頼に、 
      彼の心配がどんぴしゃで的中する気がしてならない私だった。 
        
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