「ははは、天下五剣の名がこんな形で役立つとはなぁ」
「…いや、うーん………私は『助かった』、けど……みんなは寿命を縮めかねないぞ…?」
「………縮めるだけで済むなら儲けものだろう…」
「ええ、その通り…彼の神の神気はただあるだけで弱きモノを淘汰する――
――…我々が未熟であれば、一瞬で無に帰すでしょう…」
「……二人とも、冷静に恐ろしいことを言わないでくれるか…?!」
いつも通りに呑気な三日月と、いつも通りにネガティブな大典太と、やっぱりいつも通りに冷静に悟っている数珠丸。
この先に待つ「モノ」を前に、いつもと変わらない調子でいてくれることは
心強い、というか安心というか――だが、後2名の発言はいただけない。
消失の陰を、冗談抜きで冷静にでちらつかせるなんて――
――本当に、やめてくれ…!否定できないからなお辛い――…いや、吐き気が酷い…!
「……そもそも、俺たちが『手土産』になるのか?
俺たちはあくまで分霊――本物だが、実物ではないんだぞ」
「その上――見せるだけ、だからなぁ」
やっぱりいつも通りの大包平の尤も過ぎる指摘に、三日月が更に続いて――心臓がのどに迫る。
確かに、彼らは正真正銘の本物――だが、その刀剣に宿る魂が分裂したうちの一片、でしかない。
なので、彼らの姿は紛れもない本物――だが、それはあくまで霊的な技術でそれを再現しているだけのモノ。
彼らの魂は分霊でも間違いなく本物だが、その刀は仮初――偽りのモノと言われれば、それは強くは否定できない。
そんな彼を見せることが「手土産」になるのか――…人、だったらなるだろう。
博物館やらで厳重に保管された国宝級の刀剣を間近で――どころか、触れることさえ許されるのだから。
…でも、今挨拶に向かっているのは人、ではなく神。
しかも、神仏ではなく――獣神だった。
「……菓子折り持って行くよりはマシ、のはずだよ…」
「くく、いつぞや綺羅の兄から貰った秘蔵の酒は、次郎と日本号が空けてしまったしな」
「ああ…あれが手付かずだったら……みんなを危険な目に合わせることもなかったんだが…」
「ふんっ、今更悔やんでも仕方ないだろうっ。
…それに、俺たちが強く気を持てばどうにか――…………」
「………なるか?」
「…この程度であれば問題ないでしょう…。…この程度であれば……」
歩を進めるうち、不意に感じたのは身を焦がすような神気。
まだ目的の部屋まで距離があるというのに、もうすでに本能が「近づくな」と警鐘を鳴らしていた。
…この感じからするに、一切神気を抑えていないんだろう――
――ただ、もし本当にそうだったとしたら、幽雅亭一帯がまともなモノが近づけない状態になっているはず…。
そう…考えると、既に何者かの力によって制限されている――のではないだろうか?
誰か――神の力を抑えられる誰か、によって。
「――…どうした?」
不意に沸いた後ろめたさに負けて足を止めれば、
私の隣を歩いていた大包平、そしてその後ろを歩いていた三日月たちも足を止める。
唐突に足を止めた私に、大包平の怪訝そうな声がかかり、更に天下五剣の不思議そうな視線が集まる。
彼らの戸惑い、疑問は尤も――ではあるものの、その答えが情けないので、応えるには少々の勇気が必要だった。
「……いや………その……行きたく、ない……なと……」
「「「「…………」」」」
勇気を持って、正直に答えたら――物凄く微妙な顔をされた。
…まぁ、当然の反応――「こっちの方が」と思うのは当然とは思うけ――
「――どっほぉ?!」
「のわあ゛!?」
思考を遮ったのは、背中を襲った強烈な衝撃。
前置きどころか、その気配すら感じられなかった突然のそれに、抵抗も何も叶わなかった――が、抵抗しなかったわけではない。
一応、とっさの抵抗――というかなんというかで、隣にいた大包平の腕を掴んだものの、
私の背中を襲った衝撃はかなりのモノだったようで、大包平もその衝撃に耐え切れず体のバランスを崩していた。
大包平を巻き込んで、板張りの床に全身を強打する――はずだったのに、私の目の前には床がない。
代わりにあるのは見慣れた白い光――薩摩が作る空間移動のためのゲート。
――ということは、このゲートに飛び込んだ次の瞬間には、私たちはどこかへ飛ばされているんだろう。
まぁ、それはいい――私だけならば。でも、大包平も一緒――というのはまずい。ホントに。
大包平の腕を掴んだ右手に力を込める――と、小さく大包平が唸った次の瞬間には彼の姿を消えていた。
その代わりに私の手に収まっていたのは――刀剣の横綱とも呼ばれる名刀・大包平。
審神者には、自らが顕現させた刀剣男士を強制的に従わせる権限がある――これは割と最近知ったことで、
必要ないと思っていたことだったけれど、今は知っていて良かったと本当に思っている。
このことを知らなかったらきっと、私は大包平を守ることができなかった――この、前にするだけで身を焼く神気から。
――ゴっと畳に額を強打して、そのままバターン!と胸から全身を強打する。
大包平を守ることに気を取られ、着地にまで気が回らなかった――その結果、だった。
打ち付けたデコと胸と腹が痛い――が、それに負けてはいられず、
痛みの奔る体を動かし、なんとか起き上がる――が、頭は下げたままった。
「おいおい、随分と無礼な参上じゃねぇか」
「……我が子の気遣い故だ。…大目に見てやってくれ」
「ははは、貴公に似ず大胆な子だね」
「…育て方が良かったのだろう」
下げた頭の先で交わされるのは――神々の会話。
神の前へとしては無礼極まりない私の参上に苦言を向ける武神様に、
それを自分の子のせいだからとフォローしてくれる鍛神様。そして同輩の子の大胆さに感心するのは鉱神様。
世界を造った神――獣神が三柱も揃っているこの状況、
すぐにでも無礼な参上であったことへ対する謝罪と、面会できたことへの感謝と挨拶、
そしてこの宴に参加させてもらっていることへ対する感謝を述べるべき――とは思っているのだけれど、
神々の会話が途切れないことには、ただの人でしかない私では口を開けなかった。そう、私では――
「……虎次郎、まずはの『話』聞いてあげなよ…」
「ぅん?」
「…いつまでもそこにうずくまらせてるの可哀想でしょ…」
呆れを含んだ少女の指摘に、武神様は「おお」と納得の声を漏らす。
そして改まった様子で「よく来たな」と私に言葉を投げた。
「…十二支たる皆様の御前に――」
「あーあーいらんいらん。んな堅っ苦しいご挨拶なんざ、刀剣どものソレで十分だ」
「……しかし…」
「あ?んだよ、オレ様に意見するってか?」
「………そのようなつもりは…ない、のですが……」
「――そも、お前に非はないと言っているだろう」
堅苦しい形式的なやりとりを嫌う武神様が「いらない」と言っているのだから、
形式的な挨拶はいらない――免除されている、というのは納得できる。
けれど、武神様たちの前で無様を――無礼を働いたのは事実。
であれば、それについて謝罪するのは当然の礼儀――なのだが、そも私に「非」がないとなると、それは当然のことではない。
私に非がないのに口にする謝罪の言葉というのは、ただの自己満足でしかない。
そして、そんなものに彼らを付き合わせる方がよっぽど――罰当たりだろう。
「――お久しぶりです、虎次郎様。そして笑栄様、武蔵様」
顔を上げ、笑みを浮かべて、獣の姿をした神たちに、再会を喜んだ挨拶をする。
それに対して鍛神様――武蔵様は無反応だったけれど、鉱神様――笑栄様は笑みを見せてくれた。
そして、その宴の主催者である武神様――虎次郎様は、試すような笑みを浮かべて「本当によく来たな」と言った。
「…少し、東郷の策にハマったところはありますが……
皆に支えられ、ここまで来ることができました」
以前までの私であったなら、武神様が主催する宴――と聞いたその瞬間に、本丸へと逃げ帰っていただろう。
狗の立場を言い訳に、過去の無様、過ち、不出来を恥じて、お目通り願うなど畏れ多い――なんて尤もな理由をつけて。
もちろん今でもあの日のことは恥じている。
恥じてはいる――が、その過去の仇をそれに勝る功で報いたい、という思いの方が強い。
だからどんな叱責を、嘲笑を、冷評を受けようとも、私は彼らの前に立つ――
――それが、いつか受けた恩に報いる未来につながるから。
そのためならば、命を削る神威にさらされることも止む無しだ――…巻き込んでしまった大包平には申し訳ないけれど…。
「ハッ、ようやっと――か。ったくまぁ長ぇモラトリアムだったなぁ?」
「こらこら、意地の悪いことを言ってはいけないよ虎次郎。
たとえ時間を長く要そうとも、挫折より立ち直り、再度歩み出したことは賞賛に値する――
――挫折に死した勇者を多く見てきた我々ならなおのこと、ね」
「ああ、は挫折から立ち直り、前へ進んでいる――もう既に、な」
虎次郎様の言葉に苦笑いして、笑栄様の言葉に照れを覚えて――武蔵様の言葉に若干の悪寒が奔る。
…いや、武蔵様の言葉に悪寒を覚えたわけじゃない――私が悪寒を感じたのは、一度ほど下がったこの場の空気にだった。
なんとも言い難い――が、とりあえずとてつもなく居心地が悪い状況に、思わずこの場から下がろうと口を開く。
しかし虎次郎様がニヤニヤと愉しげな笑みを浮かべながら「遠慮すんなよぉ」と引き留めるようなことを言う。
正直、遠慮なんてしていない。本当に一切の遠慮なんてしていない。
一切の遠慮のない本音が「帰りたい」なので。だからここは――遠慮してこの場に留まるしかなかった。
…とはいえ、ずっと虎次郎様たちの前――
――主賓席の前に設けられた謁見の場にいるわけにも…いや、留まり続けるのは辛いので、
そろりと助けを求めるように横に視線を逸らせば、
この上なく呆れた表情を浮かべた短い灰色の髪の男性がため息を吐き、その手がこいこいと招く。
その救助の策に乗り、私は虎次郎様たちに一言と断ってから灰色の男性の元へと移動した。…が、悪寒は逆に強くなったが。
「…」
「は、はい」
「それなに」
ふと、隣に座る灰色の男性――武蔵様の神子である木ノ花双葉さんが私の手元を指さす。
指差されるまま視線を自分の手元へ向ければ、そこには一振りの刀があった。
「ぇえと…大包平、です」
「大包平………ああ、あの緑の刀剣が言ってたヤツか」
「緑の……鶯丸ですか?」
「ああ、そんな感じの色だったかな。……で、なんでソイツ連れてきたの」
「ぁ…ああぇえと………虎次郎様の目の保養になるかと思って……伴ってきたんですが…」
「くくっ、まぁ形は『本物』だしなぁ?」
「…なに?表の刀に興味あるわけ?」
「そらあらぁよ。最上位のモンになってくりゃあ表のモンでも北上に並ぶ――し、手元に置けねぇから貴重だしなあ」
「……献上させないんだ?」
「そりゃあできることならそーしたいんだが、人間どもの技術と文化向上のために必要なんだとよぉ〜」
「ふーん…」
虎次郎様に興味なさげな返事を返した双葉さん――が、手を差し出す。
おそらく、その手が求めているのは大包平――なんだろうけれど、双葉さんが大包平を求める理由がわからなくて思わず躊躇する。
しかし、若干不機嫌そうにな様子で「ん」と催促されては応えないわけにはいかず、ためらいながらも双葉さんに大包平を預けた。
私から大包平を受け取った双葉さんは、その柄を握り、鞘から大包平を引き抜く――こともなく、
しばし大包平を見つめたかと思うと、「はい」と言って大包平を虎次郎様に向かって放り投げる。
――が、大包平が虎次郎様の元へ届くことはなかった。とっさに私が確保したから。
「……んだよ、オレ様の目の保養のために連れてきたんだろーが」
「そ…それはそうなのですが……。
…千年の時を経た名刀とはいえ…虎次郎様の神気を間近で受けては………」
「…ちゃんと保護のための術、かけてるよ。
…虎次郎が力抑えるとかめんどくさいことするわけないからね――
――…というか、既にこの部屋、神気抑える結界、五重に張り巡らせてるんだけど?」
「ご、じゅう…………これ、で………」
「――すまんな、十二支の神子と元神子ではこれが精一杯でな」
…また、部屋の温度が1℃下がる。
自分の失言に、内心で自分をタコ殴りにし――ながら、わざと地雷を踏み抜きに行った武蔵様に「鬼…!」と悪態をつく。
神たる武蔵様に対して悪態をつくなど天に唾するようなもの――だが、それでもつかずにはいられなかった。
ああもう…!楽しい宴の場なんですから、そーゆーところをわざわざつつかずともぉ…!!
内心で泣き言と悪態を並べ――ていると、虎次郎様から大包平を寄越すように言われる。
半ば反射的に双葉さんへ視線を向けると、双葉さんは呆れた表情で「大丈夫だから」と言う。
その言葉に、不安はすべて払拭――できなかったが、大方が拭われたことで決心が決まり、虎次郎様に大包平を差し出した。
差し出した大包平――に、わずかな力がかかる。それを感じて私が大包平から手を離せば、
大包平はふわりと宙に浮いた――かと思ったら流れるような動きで虎次郎様の前へと移動する。
そして虎次郎様がご機嫌な様子で「よし」と言うと、独りでに鞘からその刃が引き抜かれた。
「ぅ〜ん…何度見てもイイねぇ」
「ああまったく――嫉妬を覚えるな」
「おやおや、鍛冶の神が嫉妬するとは畏ろしい刀だねぇ」
「カカッ!いつまで『ガキ』の話して――ごふ!!」
「…職人として、初心を忘れないことは大事だからねぇ」
虎次郎様の脳天に鋼の塊が直撃した――が……まぁ…大丈夫、かな…。
若干、不穏な気配がするけれど、虎次郎様も武蔵様も刀剣を大切に思っている――はずだ。
だから、一悶着あっても、大包平の安全は確保されると思うんだ…!――と、
とめどなく湧き上がる不安を無理やり抑えつけながら虎次郎様たちの様子を見守っていると、
不意に笑栄様が「大丈夫だよ」と言ってくれる。
その笑栄様の言葉にふっと不安が霧散して、「よろしくお願いいたします」と頭を下げて、
私は一度双葉さんの元へ――戻る前に、肩に慣れた重さがかかった。
ふと重さのかかった方の肩を見れば、そこには薩摩の姿。
それにふと思うところがあり、気配を探ってみれば――近くに知った気配が3つある。
…これ以上、「目の保養」を用意する必要はない――ような気もするけれど、
大包平だけに大変な思いをさせるのもなんだか不公平な気もした――し、
苦境はそれを共にした仲間との絆を深めるので、これをきっかけに大包平と天下五剣には仲良くなってもらおう。
……三日月たちにとっては、ただの巻き込まれ事故にしかならないとはわかっているが。
笑栄様に一言断り、一度宴会場を出る。
それから薩摩に導かれるまま廊下を進んでいけば――
「おお主よ、無事だったか」
「ああ、いきなり失踪してすまない」
「いえ、謝る必要はありません。主の意思ではないことはわかっていましたから」
「……ところで大包平はどうした」
「ああ今――武神様たちの目の保養をしている」
「「「…………」」」
「………酷な事とはわかっているが、
大包平一人にこの大役を任せるお前たちじゃないと信じているよ」
…我ながら、なんとも卑怯なことを言っている――とは思うが、それに対する三日月たちからの非難はない。
大典太が深いため息を吐いた――ものの、数珠丸は「彼一人に無理はさせません」と言い、
三日月は「あとが大変そうだからなぁ」と言って笑い、私が歩いてきた方へと歩き出した。
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