虎次郎様たちがいた大広間を後にして、私は仲間たちがいる冬梅ノ間へと向かう。
双葉さん――と、未だ不機嫌そうな様子の少女と共に。
「あのさぁ――…いつまで引きずってんの」
呆れたような様子で双葉さんは自分の前を行く少女に声をかける。
その言葉を受けた少女はピタと歩みを止め、その場に立ち止まる。
けれど双葉さんは足を止めず、そのまま進んで――少女の横に来たところで足を止める。
そして私も、彼女の隣で足を止めた。
隣の少女の顔をそぅ…っと覗ってみれば、その顔に浮かんでいるのはなんとも不機嫌そうな表情――
――…ただその原因は双葉さん、ではなく、少女自身だろう。
強者としての自負が強く、傲慢な彼女だけに。
「俺たちだけならともかく、そうじゃないんだから――頭、冷やしてきたら」
呆れた調子のまま言って、双葉さんは私を見て「行くよ」と言うと、そのまま何事もなかったかのように歩き出す。
何とも言えない状況の彼女を放っておくわけにも――とは思うものの、
私がなにを言ったところで今の彼女には苦痛でしかないだろう。
自分よりも先に進んだ部下にフォローされる、なんていうのは。
心配すら彼女にとっては侮辱か――と内心で苦笑いしながら、私は先を歩いている双葉さんの後を追う。
今は彼女を一人にすることが最良――と自分に言い聞かせ、生意気な心配を頭の中から追い出した。
「……まったく、武蔵も今突かなくたっていいだろうに……」
「はは…ははは……」
鍛神の神子である双葉さんも、
楽しい宴の場でわざわざあの少女の「傷」を突いた武蔵様の行動に思うところがあったらしい。
私も、双葉さんと同意見――ではあるけれど、鍛神の神子の従者である私が、
武蔵様の行動を否定するようなことを言えるわけがなく、苦笑いするしかできない。
けれどまぁ、察しのいい双葉さんのこと、私も同じことを思っていることはわかっているだろう。
「…まぁ、の前――っていうのが、一番のお灸になるってのはわか――」
「びゃーー!!?!」
「っ?!」
不意に後方から聞こえた少女の絶叫――それは言うまでもなくあの少女のモノ。
可憐な姿とは裏腹に、肝の据わった実力者である彼女が上げたのは、恐怖を孕んだ叫び声。
一体何事だ――と、声のした方へと走りだ――す前に、はしと腕を取られる。
反射的に後ろに顔を向ければ、そこには面倒そうな表情をした双葉さんの顔があった。
「……大方、輝稲にでも会ったんでしょ…」
「…………ピンポイントに…ですか……」
「…その辺りのカラクリは知らないよ――…誰の差し金だかね」
「……」
ため息を吐き、双葉さんは再度歩き出す。
因みに、腕を掴まれたままなので、自動的に私も歩き出す格好になった。
おそらく、今一番会いたくないだろう刀剣と遭遇した彼女のことを思うと、
なんとも言えない気持ちになる――けれど、私が駆け付けたところで、彼女を助けることはまずできない。
…いつかの私であれば、その権限もあったけれど――今はねじ伏せられる側なのだから、どうにもしようがなかった。
廊下と冬梅ノ間を別つ障子戸を引き、中へ入ると、
仲間たちの視線がこちらに向き、短刀たちが笑顔で「おかえり〜」と迎えてくれる。
それにこちらも笑顔で「ただいま」と答える――と、なぜか短刀たちの表情が引きずる。
あれ、私の笑顔って気持ち悪いのか?――と、思っていると、背後で気配が動く。
ふとそちらへ視線を向ければ、そこには平然と上座に向かう双葉さんの姿――…ああ、双葉さんに驚いていたのか…。
…なんとなし、銃使いには苦手意識があるのかなぁ……刀剣の本能的に…。
なんとも言えない状況に、苦笑いしつつ、自分の席として割り振られた上座の席へと移動する。
するとそこには伊達家に伝わる刀剣たちが陣取っていた――ようだが、
双葉さんの登場に礼を払った氷虎の掛け声で、ワイワイと楽しげな調子のまま席を空け、元居た自分たちの席へと戻っていった。
表の世界の名刀である光忠たち――ではあるけれど、刀剣男士となった今は、およそ裏の世界の住人だ。
であれば、裏の世界の刀剣である火虎たちと縁を結んで、仲を深めることは、きっと非難されることではないだろう。
彼らが、歴史修正主義者との戦いに関与してくることはない――だろうが、彼らと関わって伸びる力というものもあるだろう。
…なにせ火虎たちは付喪神としては光忠たちよりもずっと先輩なのだから。
「――いつまで突っ立ってんの」
火虎たちと楽しげな様子で会話に花を咲かせている光忠たちを、
いい傾向だと思いながら眺めている――と、下から呆れを含んだ声をがかかる。
反射的に視線を下げれば、そこには既に座椅子に腰掛けている双葉さんの姿。
「ああ」と内心で納得して、「隣を――」と断ってから双葉さんの隣に腰を下ろした。
「……また増えた?」
前を見据えたまま、若干げんなりとした様子で刀剣が増えたのかと尋ねてくる双葉さん。
いつかのデータ採取のことを思い出しているのかな――と、思うと苦笑いが漏れたけれど、とりあえず「はい」と肯定を返した。
「…どんだけ増えるんだか……」
「…まだまだ先は長そうですから……。…きっとまた、新たな仲間が加わると思います」
「………それで?養っていけるの――無職が」
「……」
平然と、何の気なしに、双葉さんが物凄く恐ろしい話題を持ち出した。
考えたくない――が、絶対に考えなくてはならない超現実的問題。
ここは、「なんとかやっていけますよ」――と、答えるべきだとわかっているけれど、
触れられたくない部分だけに言葉が詰まってしまい――無言のまま、「やっていけません」と答える格好になってしまっていた。
私と、双葉さんの間に若干重い空気が流れる――…いや、重いと感じているのは私だけだろう。
双葉さんからすれば、ふと浮かんだ疑問を口にしただけ――
――勝手にこっちが落ち込んでいるのだから、双葉さんが気を使う理由はなかった。
「…出稼ぎにでも行かせたら?」
「………え?」
また、平然と双葉さんは言う――が、「出稼ぎ」とはなにか。
行けば――と言われたなら、私が現世に戻って、妖退治の任務をこなしまくれば――と意味が分かる。
けれど、行かせたら――となると意味が分からない。みんなを、出稼ぎに行かせる――とは??
「…検非違使は厳しいだろうけど、千刃衆なら雇ってくれるんじゃない?」
「………」
「稼ぎもあって、修行にもなる――悪くないと思うけど?」
「……」
確かに、悪く――ない。
雇ってもらえるか、という大きな問題はあるけれど、
雇ってもらえたなら、それは非常にありがたい――財政的にも、戦力強化的にも。
ただ――それだけは、やってはいけないコトだろう。
自分の元から、大切な仲間たちを、手の届かないところへ送り出すというのは。
「財政も戦力も、自分たちでなんとかやってみせます――…それに、千刃衆に私を助ける義理もないですから」
「…そこは俺たちの一声でどうとでもなるんだけど」
「それは…そうですが……気持ちだけで十分です。
…周りに甘えてばかりでは、主として示しがつきませんから」
苦笑いして答えれば、双葉さんは不機嫌そう――
――だが、それ以外の感情も孕んだなにか複雑そうな表情を浮かべて、値踏みするように「ふーん…」と漏らす。
そのなんとも言えない反応に、ふと生意気が過ぎたか――と思ったが、それでも自分の発言を取り下げるつもりはなかった。
…確かに、双葉さんから見れば私は頼りなく、非力で弱い存在だけれど――そこに甘えてはいけない。
こんな私でも、慕ってくれる仲間がいて、ついてきてくれる仲間がいる。
彼らの信頼に応えるためにも、「主になるための修行」というのは必要だ――…それで、潰れていたら本末転倒だけれども…。
脳裏をよぎった有り得なくはない顛末に、なにが気持ち悪いモノが喉に迫る――が、
それを気合いで呑み込んで、自分に言い聞かせるように「大丈夫です!」と双葉さんに答える。
それに双葉さんはより不機嫌そうな表情を見せた――けれど、不意に大きなため息を吐き、表情を呆れ一色のそれに変えた。
「……まったく…どいつもこいつもっていうかなんていうか…」
「……」
不機嫌そうな双葉さんを宥める言葉は――ない。
大変申し訳ないが、これはもう諦めてもらうほかない――折れる気が、私にまったくないので。
不満げにため息を吐きながら、双葉さんは自分の前にある膳にある箸を取り、テキトーに料理を口の中に運んでいく。
その姿を見ていると、どうにも申し訳ない気持ちになる――
――けれど、それを「仕方ない」と切り捨てて、私も箸を取り、膳に箸を伸ばす。
まずは――今日の晩ご飯を節約しよう。そしてできれば、余った料理は持ち帰って明日の朝ご飯に――
「邪魔するぞー」
気楽な調子の男の声が聞こえて、廊下につながる障子戸が開く。
反射で声の聞こえた方へ視線を向ければ、そこには鉄錆色の短い髪が特徴的な男性の姿――
「――う゛ぐっ!!」
「あ、おいっ、大丈夫か?!双葉っ、水水!」
「はいはい…」
思いがけ――なくないけれど、ないだろうと思っていた人物の登場に、口の中のシイタケが喉につっかえる。
絶妙に呼吸を止めるシイタケに、死すら予感した――が、双葉さんにポンッと背を叩かれ、
更にそれから渡された水を飲んだことで、なんとかシイタケの恐怖から解放される。
思わず「死ぬ…」と漏らす――と、上から「相変わらずだな」と、どこか嬉しそうな声が聞こえた。
「遅かったね?」
「ああ、泰河たち送ってきたからさ」
遅かった、という双葉さんに、明るい表情で答えを返す鉄錆色の男性。
会いたくなかった――わけではないけれど、会わずに済むのなら気持ちが楽だったのは事実。
ふと湧き上がる猛烈な居心地の悪さに、一気に息苦しくなる――それは先ほどのシイタケの強襲と同等。
ただ、所詮は心的要因からくる錯覚でしかないので――
「…………お、久しぶり…です……幸虎、さん……」
「……お前………ホントに相変わらずだな…」
鉄錆色の男性――宮田幸虎さんの顔を見て、なんとか顔に笑みを張り付けて挨拶を口にすれば、
幸虎さんは呆れと困惑を含んだ苦笑いを浮かべて「相変わらず」と言う。
…いえ、おそらく「相変わらず」ではないと思います…。たぶん――
「幸兄、間違いなく悪化してるから」
「…そうか?」
「そうだよ。昔のだったら返事もしないで他人の陰に隠れてるから」
「……ん?それだったら成長してるんじゃないのか?」
「違うよ。謙虚が狗としての立場と卑下で歪んで、自分を殺すことを覚えただけだから」
「……」
歯に衣着せぬ双葉さんの解説に、居心地の悪さを覚えている――
――と、私を見下ろしている幸虎さんの顔が僅かに不満で歪む。
…正直、幸虎さんとの接点というのはそれほどないけれど、
仲間を思う心の深さと広さを持つ幸虎さんからすれば、弟分の妹分は自分の妹分のようなもの――なのかもしれない。
でなければ、こんな反応はしないだろう――怒りを滲ませるなんて、どうでもいい存在のために。
「…………心皇の方針に…あんまりとやかくは言いたくないんだけどさ……」
「そも言っても無駄だから」
「…そーだけどさ……」
「更に言うと、自身に言っても無駄だから」
「……」
「ぁ、う……。…そ、の………ですね…?
罰は受けるべき…ですし――……今は、それを償う場を……貰っている、と…思っている、ので…っ……」
言葉を途切れさせながらも、なんとか自分の考えを口にする。
それを幸虎さんは黙って聞いてくれた――けれど、
納得はしがたいようで、眉間にしわを寄せ、なんとも難しい表情をしている。
……もしかすると、そもそも私が狗に堕とされたこと自体に納得がいっていないのかもしれない。
…心皇の方針に――…と言っていたし……。
「これでも、成長したんだよ――…大体、澪理よりマシでしょ」
「……………」
「ふた…ば……さん……!」
ああ、やっぱりあの獣神にこの神子ありだな――とか思う。
本人がいない――とはいえ、はっきりとそれを言ってしまうのはどうなんだろうか…!
「澪理も、こっち来てだいぶ元に戻ってきたけど――
――…それでもまだまだまだ、グッタグタだからね。全っ然、みたいにしゃっきりしてないからね」
「あーあーわかったわかった……お前が不満なのはわか――」
「…こっち?」
ふと耳に入った合点のいかない言葉に、
思わずそれを口にした双葉さんに向かって首をかしげて同じ単語を繰り返す。
すると双葉さんは「は?」と怪訝そうな表情を見せた――
――けれど、数秒もしないうちに「ああ」と表情を平常なものに戻すと、そのまま私の疑問に答えてくれた。
「澪理、東京にいるんだよ」
「………………ほあ!?!」
「荒々木さんに呼ばれて――ってことになってるけど、十中八九、大師匠の差し金でしょ」
「だっ…!だとしても!!おっ、おお、お嬢様が首都になんて……!だだっ大進歩なのでは!!?」
「んー…まぁ…なぁ〜……」
「…ただ、それを超える大後退してるから『元』にすら戻ってないけどね」
「そっ…それでも大きく前に踏み出したのは事実ですよ?!」
「……まぁ、そりゃそうだけど…」
過去の出来事から首都・東京に寄り付くことを一切しなかった――独立機動部隊の中心人物・御麟澪理。
その彼女が、因縁の地へ戻ってきた――その行動は、きっと彼女にとって大きな決断だっただろう。
…私以上に幼い時に、私以上の命を背負った彼女――…人格の出来が根本的に違っているとはいえ、
人の死を悼み、残された者の悲嘆に心を痛める彼女の心には、大きな傷跡を残したはずなのだから。
規模が違い過ぎる――とはいえ、私と澪理お嬢様が犯した失態というのは近いモノがある。
だからお嬢様を苦しめる苦悩や自責の念というものに対して、私は理解できる部分がある。
…ただ、圧倒的に規模が――背負っていた命の数が違うことを考えると、
きっとお嬢様は私の何十倍も重い自責の念に駆られていたことだろう。
自分に厳しい――強者としての矜持・責任を真摯に背負うお嬢様のことだし……。
「…ただ、なぁ…。澪理の場合、褒めても叱っても、励ましても責めたてても――…悪化、するんだよな…」
「悪化…」
「アイツ、冷静になればなるほど頭でっかちになるから、言葉でどうにかしようとすると自責に駆られて――
――…余計に自分の殻に篭もるんだよ…。…かといって、ヘタに俺たちが傍にいると……自立、しないしなぁ…」
「…だから超災所属にして、足手まとい括りつけて、その上で大仕事押し付けて――
――無言で尻に火をつけて走らせるのがベスト、…って考えたんじゃないの?あの鬼畜師匠」
「……」
おそらく大師匠の見当は間違っていなかった――
――なにせ、私も似たような「策」でここまで立ち直ったわけなので。
さすがと言うしかない大師匠の采配には畏敬の念を抱く――が、ふと頭の片隅をよぎった嫌な予感に、強い不安感を覚えた。
「………なにか、あるんですか…」
「…一応、天ノ歌が『淀み』を予んでる。
…あの人がなにを視たのかは知らないけど、お前たちを表舞台に引っ張り出そうとしてるってことは――
――ま、それなりに大事になるんじゃない?」
「おま…軽く言うな……」
「あくまで『それなりに』――だよ。
霧姉が動かないってことは、『澪理のリハビリ』にちょうどいい程度の大事、なんだと思うよ」
「…………はぁ…人の営みを…なんだと思ってんだか……」
「仕方ないよ。心皇はそもそも人の営みを守る義務も義理もないし、霧姉は先見過ぎて『生みの苦しみ』に鈍感だから」
「……」
「でも、霧姉は澪理のことわかってるからね――
――…その辺りの勘定は、澪理も気づいてるだろうから……
…今は内心グタグタになりながら立ち上がろうとしてるんじゃない?」
平然と言う双葉さん――だけれど、
きっとここまで落ち着くまでには相応の時間が必要だったんじゃないだろうか。
お嬢様が心に傷を負った事件――
――それは同じ部隊の隊員であり、仲間であった双葉さんの心にも傷を作っている。
その傷を、自責を――そしてお嬢様に覚えた心配を払拭することは、きっと簡単ではなかったはずだ。
…死を悲嘆し、己の不出来を責め続けるお嬢様の姿は――…見ていられるものではなかった、と聞いているし…。
「はぁ…まずは俺たちが澪理のこと、信じてやらないきゃ――ってのはわかるけど……」
「…人間的には幸兄の『感覚』が正しいからそれでいいと思うよ。
じゃないと、澪理の肩持つ人いなくなるし」
「……」
「大丈夫だよ、幸兄の分の『否定』は蒼介兄が請け負ってくれるから。
…だからその分、幸兄が『肯定』しないとバランス悪い」
「…ホント、なんだかなぁ〜……」
神子という存在は、普通と括られる退魔士が千人束になっても敵わない――絶対的強者だ。
だからこそ、その肩にかかる命の数もただの退魔士の比ではない――そう、故にその存在の有無は何より重要なのだ。
たとえ、数百の一般人の犠牲を払ったとしても、
それで神子が生まれるのなら――おつりがくるほどの「成果」なのだ。人類にとって――は。
…おそらく、人間であって人でない者という存在にとって、
この生みの苦しみは「当然」と受け入れるのが正しいのかもしれない。
神子の力は世界を変えることのできる力――
――そんな強大な力を、人の視点、人のワガママで揮わないためには、人の「良識」に縛られていてはいけないのだから。
――…とはいえ、人生の大半を「人」として生きてきた幸虎さんが、「人」を見捨てるという判断を「是」とできないのは当然だ。
幸虎さんは四神の神子ではあるけれど、その原点は「一般人」――妖云々どころか、人間の裏の世界さえ無縁の「ただの人」。
いつか一緒に笑い合った隣人が、犠牲になるかもしれない――
――そう思い至って、犠牲を「否」と拒絶するのは、心ある人として当然の感情だから。
「…はぁ…、……やっぱダメだな、俺――…考えて、どーにかなる気がしない…」
「だから、大丈夫だってば。考えるのは蒼介兄とオズ兄の仕事だから」
「……俺に、考えるのを放棄しろって?」
「まさか。幸兄、自分の意思以外で動かないでしょ――だから、利他的な方向に頭はまわさなくていいって話だよ」
「……」
平然と言う双葉さんに、幸虎さんは渋面になる。
ただ、双葉さんに対してどうこう思っているわけではなく、自分自身のありように頭を痛めているんだろう。
…幸虎さん、「兄貴分」とか「年上」とかそういう部分、気にするか――
「――よし、考えんのはやめだ。
独善だろうと前に押し進むのが『自分に求められているモノ』――なら、闘るぞ!」
「へ、ぇえ?!」
「思いっきり話脱線したけど、そもそも俺がここに来たの、と試合するためだからさ」
「ぇ、いやっ、だから…っ?!な、なぜにそうなりますか?!」
「……蒼介が『今のなら、お前に勝つかもな』って言うから…気にな――」
「――ったってのは建前で、蒼介のヤツに『俺は勝ったがな』って挑発されて、
まんまとそれに乗っかって――手負いの小狗に私闘吹っ掛けに来たワケよ」
ひょこと、苦い表情を浮かべた幸虎さんの肩の上に姿を見せたのは、白い小虎。
その愛らしい姿に似つかわしくない意地の悪い愉しげな表情をその顔に浮かべ、白と黒の尾は楽しげにユラユラと揺れている。
その姿、そして纏う神気からは想像しにくいが、あの方は四神の一柱たる白虎ノ神――鋼西様。
幸虎さんと契約を結んだ獣神――だからこそ、なのか……幸虎さんをからかうことが好きな方だった。
「悪いな公、でけぇガキのワガママに付き合わせて」
「ぃ、いえ……仕向けられたこと…でしょうから……」
「そぉだなあ〜思いっきり――そーすけの掌の上で踊らされてるなあ〜」
「………」
ケラケラと、愉快そうに笑う鋼西様――を、不機嫌この上ない様子で睨みつける幸虎さん。
言葉での否定をせず、無言で不満をぶつけるに留まっている幸虎さん――は、
おそらく鋼西様の指摘に心当たり――というのか、自覚というのか、そういったものがあるんだろう。
…そしてそれがあるから、何も言わずにいるんだろう――「大人気無い」と。
上機嫌な鋼西様と、そのおよそ真逆を行く幸虎さん。
どちらの肩を持つわけにもいかず、「どうしたら」と、助けを求めるように双葉さんに視線を向ける――と、
双葉さんは平然とした表情で「じゃ」と言ってパッと片手を上げた。
…次の瞬間、本日二度目となる突然の浮遊感に襲われた。
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