本日、二度目となる浮遊感――ともなれば、さすがに慣れる。
同様に諦めが勝り、冷静になって態勢を整え、放り出された「場」に着地する――と、そこは砂利の敷かれた日本庭園を思わせる場所。
ただ、試合ために作られただろう場所だけに「裏庭」の規模には収まっておらず、かなりの広さがある。
…ただ、この広さを活かした戦いはできないだろうけれども……。

 この広さ、利用するべきか否か――と、頭を回したところで響いた砂利の音。
反射で音の聞こえた方へと振り返れば、そこにはなんともバツの悪そうな表情をした幸虎さんの姿。
…先ほどの、鋼西様とのやり取りを――蒼介さんの挑発に乗って、私に私闘を仕掛けたことをあれこれ考えているんだろう。
…ただ、幸虎さんはバツが悪そうだけれど――試合コレを取り下げるつもりはないらしい。
微妙な表情で唸りながら――得物、用意してるっ…!!

 

「…幸虎さん……」

「……ん?」

「…本当に……闘るんですか…?」

「………イヤか?」

「…いえ…嫌ということはないんですが……。
…何分、実戦から離れて長いので……その…闘ったところでなにもないと……」

「なにもない、わけないだろ。変わったんだろ――お前は」

「それは…まぁ……」

「なら、その『変わった』ところ、見せてみろよ――俺たち・・・に」

「…」

 

 少し、楽しそうに笑って言う幸虎さん――に、今度はこっちがバツが悪くなって、表情が渋くなる。
おそらく、この意図は副産物――なんだろう。
けれどそれは、幸虎さんが行動を起こした本来の目的よりもずっとずっと重要だ――私にとっては。

 雪ぐことのできない汚名を背負い、嘲笑を、叱責を浴びせられようとも前へ進む――
――その決意と覚悟を表明する場を、大々的に与えられたのだから。

 

「――いいのか、そのまま・・・・で」

「はい、問題ありません」

「……ないのかよ…」

「幸虎さんたちが相手だと、諸刃の剣なんですよ――一応、真逆の位置にある力ですから」

「あぁ〜…」

「…とは言っても、使わないつもりはないですよ――でないと、一矢も報えませんから」

「……一矢、なぁ?…正直、一矢で済んでた記憶が一切ないんですけどー?」

「ははは、では――『窮鼠、虎を噛む』ということで」

「…、………――…変わった、っつーか……似てきた、っつーか…なぁ〜…」

 

 呆れたような渋い表情を浮かべて、幸虎さんはそう言う――と、腰に差した日本刀えものを引き抜いた。

 好戦的に輝く白刃に、本能が畏れを覚えて背筋に震えが奔る。
怖くはない――が、戦意というものが少しも湧き上がってこない。
端から本能が自身の敗北を認め、目の前にある「力」に刃を向けることを無駄と断じていた。

 私の本能が下した敗北と無駄という判断は間違っていない。しかしそれを、私は覆さなくてはならなかった。
それが求められている――ということもあるけれど、それができなくては泥を塗ってしまうのだ。我が主君たる鍛神の神子の顔に。
そしてそれは同時に、一派の一員と認めてくれた――白虎の神子に対しても同様だった。

 

「――行きますッ」

 

 宣戦して、否応もないうちに――幸虎さんに向かって、丸腰で突っ込んでいく。
深く集中することで世界がややスローがかかり、幸虎さんが愉しげに笑ったのが見え――
――ああ、これはヤバい、と思ったのが先か後か、意識が混濁するほどの覇気が身を襲った。

 陰陽術でもなんでもなく、ただただ気合のそれ――なのにこの衝撃。
ホントにこの神子ヒトは規格外だな――と、今更なことを頭の片隅で思いながら、掌に感じた柄を握った。

 

ガキン!

 

 ――と、金属同士がぶつかる音が大きく響く。
そして、交わった刃がギチギチと競り合う――ことはなかった。

 あの音は刀同士がぶつかり合った音――ではなく、刀が刀を叩き割った音。
そこに驚きは――ない。端からすべてわかっていたこと――
――人の域にあるモノが、神の域にあるモノに太刀打ちできるわけがない、なんていうことは。
…ただ、少し期待していた部分があったのだ――…強度チカラを抑えてくれるのでは、と…。

 私が手にしていた刀を叩き割り、そのまま私の体も叩き切ろうと迫る幸虎さんの得物――白虎ノ神の矛の神格武装・白双牙。
二刀一対の双剣ではあるものの、その性能はたとえ一振りであっても容易に鋼を断つ――
――のだから、私の体なんて豆腐のようなものだろう。――要するに、これを避けなくては一発退場だった。

 

「…どうして気力、込めなかったんだ?」

「込めたところで…折れますからねぇ……」

 

 刀――ではなく、足の裏に集中させていた気力を暴発させ、幸虎さんの攻撃が身に迫るすんでのところでそれを回避する。
そして一度幸虎さんと距離を置き、若干不満げな様子の幸虎さんに思ったことを返す――と、幸虎さんは何とも渋い顔をする。
おそらく「これ」を事実とは認めたけれど、それに納得できないのかもしれない――正々堂々を好む幸虎さんだけに。

 

「……これはアレか?抑えると『侮辱』になるヤツか?」

「そーだろうよ。昔は抑えてなかったんだからなぁ」

「………ならな――……あ、もしかして武蔵のヤツ……」

「ま、ある意味、武蔵の『優しさ』ってヤツだったんだろうけどなァ」

 

 いつかの過去の中で、私は幸虎さんと手合わせした経験がある。
その時は同じ刀でも、気力に集中させれば一撃程度なら幸虎さんの攻撃を耐えることができた。
なのに今回、私が幸虎さんの攻撃を耐えることができなかったのは、
幸虎さんが以前より増して強くなった、ということもあるけれど――私がただのヒトになったというのが何よりの原因だろう。

 

「………お前、わかってたよな?」

「はい…それは……」

「ならなんで何も言わなかったんだよ」

「……これも試練かな、と…」

 

 幸虎さんの問いかけに、素直に自分の見解を返せば、幸虎さんはなんとも呆れたような表情を見せる。
真面目だと思われているのか、素直と思われているのか――戦闘狂と思われているのか…。
いずれにせよ、呆れられていることには変わりない。
この「差」を当然と受け入れる方が、間違いなく「おかしい」のだ――人が覆すことができない「差」を当然と。
…ただそれだけに、「抗議するだけ無駄」と判断したことはおかしくはないと思う。この差を、神が「当然」としたのだから。

 ふと、身をヒリヒリと焼く神気が消え、ハッとして幸虎さんを見れば、その顔には呆れが浮かんでいる。
それに思わず苦笑いして「すみません…」と謝れば、
幸虎さんは小さなため息をついて「いきなり吹っ掛けた俺も悪かった」と言う――と、急に後ろへ振り返った。
…たぶん、鋼西様に何か言われたんだろうなぁ…。

 

「ったく……――けどまぁ、これで『準備』はできたな」

「そう…ですね。これなら窮鼠としてではなく、子の末席のモノとして牙を立てられそうです」

「…………俺、舐められてる?」

「な、舐めてませんよ…っ。
ただ、幸虎さんとは真っ正面からぶつかり合える分、子のモノの名に恥じないだけの力が出せる、という話で…」

「…俺とは――な…」

「器用な小技ができない分、物量で圧倒するのが私たちではないですか」

「…そりゃそうだけど……いや、うん……今ここで、どうにかなるもんじゃないよな――お前が相手じゃ」

 

 幸虎さんの顔に笑みが浮かび――その目に好戦的な光が宿る。
恐ろしい――が、血の沸く熱に、こちらの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
四神の神子を前にして、畏れを知らぬなんとも不敬な行為――だが、それを私は許されている。
それは私が子の神子の従者である――からではなく、私が一人の強者として認められているからだ。

 掛け声一つなく、飛び出してきた幸虎さん――の胴っ腹を狙って、新たに出現させた刀を居合抜きの要領で抜く。
妖が相手であれば一撃必殺のそれも、幸虎さんが相手ではただの一閃――
――ただこれも、白双牙の出力が抑えられているから受け止められている・・・・・・・・・が、先ほどまでの状態であれば、またこちらが折れていただろう。

 上からかかる力に敗北の色を覚え、力比べを嫌って一瞬だけ力の均衡を破って一旦幸虎さんと距離をとる。
だがここで間をおいては、また幸虎さんが攻めてくる。
そうなってはただただこちらが消耗させられるだけ――となれば、相手の出方をうかがう、なんて優雅な戦法は取れなかった。

 得意な居合を捨て、苦手な義手の構築をとって――とにかく手数で攻める。
現状の自分に火力が見込めない以上は、それ以外のモノで攻めるほかない。
幸虎さんのお株を奪う二刀使いで攻めていくけれど、幸虎さんがそれに圧倒されている様子はひとかけらほどもない。
じゃれつく子虎の成長を慈しむ親虎――のように、私の攻撃を脅威とは思ってはいない。
もしかすれば、攻撃とすら思われていないかもしれない。――だが、それでもかまわない。
私も、この「攻撃」で幸虎さんをどうこうできるとは端から思っていない。…なにぶん、段階というものが必要なのだ――並の強者には。

 

「(…しかも、ブランク持ちに対して幸虎さんは――)」

 

 ほとんどの神子が特定の組織に所属し、その組織の要職についている。
だが、幸虎さんは組織に縛られることを嫌い、フリーランスの退魔士として活動している。
未来の犠牲よりも、今の犠牲を減らすために、ずっと最前線に立ち続けている歴戦の神子なのだ。
…おそらく、場数だけで言ったら誰よりも踏んでいるだろう――幸虎さんじぶんよりも長く時間を重ねる退魔士よりも多く戦いを。

 正直なところ、いつかの時分には幸虎さんは私より弱かった。
ただ厳密なところ、それは戦闘能力に限った話――ではあったけれど。
しかしそれはそれとして、試合をすれば私が幸虎さんを打ち負かす――ということは多々あったのだ。
…でもそれも、長くは続かなかったけれど。地力が違う――とでもいうのか、あっという間に幸虎さんは強くなって、私を追い抜いていった。

 なにぶん、幼い頃から獣神に見込まれた人間のバケモノじみた「地力」を目の当たりにしていたこともあって、
幸虎さんに追い抜かれたことに対する悔しさや劣等感のようなものはなかった。
寧ろ、実戦の中で恐怖を感じながらも敵に立ち向かい、それに打ち勝ち、
実力をつけていく幸虎さんには憧れすら覚えていた――だけに、幸虎さんに負けることに対してはなにも感じない。
もう「負けて当たり前」という考えが定着してしまっている――のに、
なぜか私の中に「負けられない」という無謀なばかげた感情が芽生えていた。

 

「――二刀」

 

 ポツリとつぶやけば、宙に姿を見せる刀の柄――だがそれは私の注文通りに二振り分。
それを片手で無理やり掴み、薙ぎ払うようにして力任せに揮う。
力任せ――大雑把な私の攻撃を、幸虎さんは余裕をもって回避する――が、

 

「ぅお?!」

 

 その先で幸虎さんを待っていたのは――刀の切っ先。
音もなく現れたそれを、幸虎さんはすんでのところでまた避ける――が、
そこで生まれた隙を放置する義理は私にはなく、好機とばかりに追撃した。

 

「っ…おいおい、しばらく見ない間に随分行儀悪くなったな…!」

「…元々、東郷の剣術は行儀が悪いんです――勝つためだけに鍛えられた剣術モノなので…ッ!」

 

 かわす隙を与えず、連続で斬撃を叩きこむ――中で、足元に姿を見せた短刀を、幸虎さんの首を狙って蹴り放つ。
それをまた幸虎さんはギリギリのところで気付き、体をそらすことで避ける――が、
また先ほどと同じく隙ができ、それを狙ってがら空きの幸虎さんのわき腹目掛けて刀を振るった。

 

「おお」

「…っおい、バカにしてんのかっ」

「し、してませんよっ。寧ろ感心してたくらいで……」

「…よーは俺じゃ対処できないって思ってたってことだろ」

「……」

 

 今の一撃は通ると思っていた、幸虎さんでは対処しきれないと思っていた――確かにその通り。
完全に隙を突いたし、わき腹そこはがら空きだった。
加えて次の行動へ移るまでのラグを狙ったのだから――多少なり、ダメージを与えられると思った。
実際、極々少量のダメージは与えられた――が、正直、それはもうないに等しいものだった。

 

「あのなぁ、もう『苦手だから』で済まされる立場じゃないんだよ」

 

 私の想定外――幸虎さんの身を守ったのは気の力。
私の攻撃が身に迫ったその瞬間、咄嗟に幸虎さんはわき腹に気を集中させ、一瞬だけそこに鋼鉄にも勝る防御力を生み出していて。
それによって私の攻撃は幸虎さんには通らず、ただ幸虎さんを吹き飛ばすだけに終わったのだった。

 いつかの幸虎さんであれば、あの一瞬の間にここまでの防御力を発揮できるだけの気を、わき腹には集中することはできなかった。
幸虎さんが数年に亘る戦いの中で、更なる力を得ているだろうとは思っていた――が、
苦手な分野をここまで克服しているとは思っていなかった。
…正直、この半分くらいと思っていたのですが……。

 ――さて、隙を突いての急所への攻撃が通らないとなると、更に攻めに転じることが難しくなる。
今のままでは圧倒的に火力不足――だが、未だほとんど消耗していない幸虎さんを相手に切り札を使ったところで、
仮に互いに削り合うことになったとしても、既に消耗しているこちらがジリ貧で追い込まれて敗北するオチしかない。
となれば、ここはまた火力の不足を手数で補う――急所を狙った攻撃を、複数個所同時に叩き込めばいい――
――わけだが、そんなことに頭を回したのが失敗だった。

 

「そろそろ、お前の本気――見せてもらおーかっ…!」

 

 幸虎さんが、腰に差したもう一振りの白双牙を抜く。
両手に刀を持ち、火力と手数の多さを両立した二刀流――
――生半可な才能ではモノにできない攻撃重視のそれが、幸虎さん本来の戦闘スタイル。
…一振りだけの状態でもあのバ火力だったっていうのに――…!

 

「ッ…!!」

 

 ぐうの音もでない――いや、出せない。
叩き込まれる攻撃は強烈な上に、かわすことも受け流すこともできないほど――連続で放たれる。
そんな強烈な攻撃を耐えきるには、愚痴も泣き言も、言っても思ってもいられなかった。

 全神経を攻撃を受けきることに集中し、攻撃を防ぐ刀――その攻撃が直撃する部分に気を集中させ、一時的に耐久力をブーストする。
今、この刀が折れたらなにより不味いのだ――次の刀を出す間なんて与えられない以上は。
今手にしている刀が折れたなら、その次の攻撃は無様に喰らう以外の選択肢はない――ほぼ間違いなく死ぬおわる

 …しかし、その「終わる」可能性はほぼ・・100%だった。
ほぼ――0.の世界に終わらない可能性はある。ただ、その先に勝利が待っている可能性は更に0.0の世界へ突入しているが。

 

――全力を出さずに喫す敗北ほど、無様なものはありませんよ。

 

 それは尤も――だが、およそ皆無に等しい勝利の可能性にすがって無謀に戦うことを選ぶこともまた無様ではないだろうか?
ならば己の不出来を認めて首を差し出す方が潔くはないだろうか?

 

――あらあら、随分と利口なことを…。
――無様に無様を塗り重ね、ここまで生き長らえた狗の言うことですか。

 

 ……いや、うん。それも尤もなんだけど………改めて言われるとズシンとくるなぁ…。

 失態を犯し、仲間の命を犠牲にして生き長らえ続けた――実に無様だろう。
そして、その事実から目を背け、逃げ回っていた――なんて、更に無様だ。
無様に無様を塗り重ねている――それに返す言葉、反論の余地はない。
私は本当に無様だ――なら、更なる無様を重ねたところでなんだというのか。

 幸虎さんの攻撃に耐え切れず刀が叩き切られる。
私の刀を叩き切った白双牙が次に両断しようとしているのは私の体――だが、抵抗するはある。

 

「ッ…」

 

 幸虎さんの顔が引きつる。
ほんの少し、心に陰りさすけれど、すぐにそれを払って――白双牙を受け止めた手に力を込め、幸虎さんを力任せに投げ飛ばした。

 …が、幸虎さんは投げ飛ばされた中でも見事に体勢を立て直し、
何事もなかったかのように着地する――が、その顔には未だに苦いものが浮かんでいる。
でもそれは、私に投げ飛ばされたことに対するものじゃなかった。

 

「見苦しいですか」

「……ああ、そうだな」

「すみません、こればかりは勘弁してください――こうすることでしか、生き残れなかったんです」

 

 過去の失態で失った左腕。
それを再現するのは、気で構築した義手――ではなく、青い肌のそれ。
人のものとは思えない青のそれは――見た目そのまま、人間のものではない。
それは私の腕と愛刀を喰らい、共に戦ってきた仲間たちの命を奪った――鬼のそれ。
己の命を懸けて封じ、共に果てる――はずだった、土地神かみを喰らう異法のオニチカラだった。

 

「…別に責めるつもりはない――
…っつーか、俺も同じだしな…生き残るために、力にすがったっていうのは」

「………まったくモノが違いますが……」

「…そーいう意味じゃ、お前たちのことは『尊敬』するって――
――…仇を生かしてでも、生きる道を選んだんだからな」

 

 生き続けるため――いや、死にたくない一心で選んだのは、私からすべてを奪った仇敵――鬼神・神斬姫と共に生きる道。
…けれど、初めから、共存の道を選んでいたわけじゃない。
なんとしても殺すつもりだった、葬り去るつもりだった――二度と世に放つものかと、自分の魂と共に消し去ってやると、そう思っていた。
…でも、長く長く恨みをぶつけあっているうち、神斬姫――鬼姫が狂った。

 おめおめと生き長らえ、自責と、仇を殺せぬ己の身勝手に苦しむがいい――と。
台詞だけならなんともまぁ恨みが篭もっているが――
――…それの台詞を口にした鬼姫の表情と口調は、まるで癇癪を起こした子供をあやす母親のように穏やかで…。
本当に今でも思う――つい数秒前まで本気で殺し合ってた退魔士てんてきに、どうしてそんな気がまわったんだ?と。

 因みに、本人に理由を聞いても「気が触れたのです」とはぐらかされるばかりで。
最初は何かしらの企みがあるのでは――と疑っていたけれど、私が弱って――肉体を乗っ取れるだろう程に消耗した時、
体を乗っ取ることもせず、叱咤することで私の闘志を鼓舞した彼女に――当人が言う通り、彼女は「狂った」んだと納得した。
そしてその時が――仇敵が、恩じんにもなった瞬間だった。

 

「尊敬すべきではないですよ。
幸虎さんは人で、神子なんですから――こんな外法に手を出すくらいなら死んでください。ホントに」

「…………」

「…まぁ、ないとは思いますが――…絶対のない業界せかいですから」

 

 重苦しい現実を口にして――左腕を持ち上げ、宙に向かって手を伸ばす。
「来い」と静かに命じれば、左腕がズクと疼き――闇色の炎が宙に奔ったかと思えば、そこには一振りの刀があった。

 異様な「気」を放つその刀は、武蔵様が私のために打ってくださった霊核武装――験進ノ麗けんしんのれい
獣神の打った神剣ながら、オニの妖気に侵された――妖刀一歩手前の我が愛刀。
鬼姫を自分の中に封じる際に、その封印の核としたために鬼の妖気に侵され、
鬼姫を自分の身に降ろした時しか手にすることができない――が、唯一無二の、代替えのきかない私の愛刀あいぼうだ。

 験進ノ麗あいぼうを手に取れば、服装が改められる。
白と灰の袴に、白の羽織――その羽織の背に刻まれているのは狗族の印。
それを、堂々と背にすることは、けして褒められたものではない――が、もう今更だ。
醜態をさらした証を背負っている――からこそ、なりふり構っていられない。
手にできる力があるのなら、なんであろうと――使うだけだ。

 

「では、全力の一撃――叩き込ませてもらいます」

「…――できるもんならなッ」

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 ひたすらにうちの子たちが殴りあいーの、言いあいーのする話でした。恥ずかしさと申し訳なさでハゲげる!!