私の想像は、外れていなかった。
鬼姫の力を借り、愛刀である麗を抜けば、たとえ相手が幸虎さんであろうと対等に渡り合える。
…まぁ、白双牙の力が減退しているから――ではあるけれど。
先ほどまでは気を集中させなければ耐えることのできなかった幸虎さんの攻撃も、麗であれば気を込めずとも受け止められる。
そこに余裕を見出し、隙間を縫うようにして呼び出した刀で、場合によっては拳や蹴りを放つ。
…ただ残念ながら、いうほど攻勢には転じられていない。
改めて言うけれど、幸虎さんは攻撃重視の超アタッカーだ。
なんだから、守備に回るわけがない――イコール、永遠に幸虎さんのターン!なのだ。およそ。
幸虎さんと渡り合えるだけの力を手に入れた――が、渡り合えるだけで、それを超える力を手にしたわけじゃない。
同じ程度の力をぶつけあっての消耗戦――となれば、すでに消耗しているこちらが不利な上に、そも地力が違うわけで。
ホントのホントに勝利、なんてとんでもない話で、一撃叩き込めるかすらも0.の世界だった。
――とは思いつつ、心はとても軽い。
こちらの攻撃が通らない――のに、襲い来る攻撃は重く、鋭い。
一瞬でも気を抜けば、その瞬間が終わりの一間。
圧倒的不利、勝ち目などはなるでなし――でもその困難が、どうにも心地よかった。
「(ああ、悪い癖が出る…!)」
私が全力を出した場合、大概の妖は一撃で終わる。
…一番最近、それで終わらなかったのは――…数年前に相手にした大妖狐……。
…そもそも、まともに相対できなかったしなぁ…アレ……。
――まぁそれはそれとして、多くの場合、戦いは手応え無く終わる。
真っ当な話、手応えなんてない方がいい。それは苦戦を強いられなかった――何事もなく任務を完遂できた証拠なのだから。
…ところが心皇モノの性――なのか、どうにも私は闘争心に火が付きやすい性質で。
強敵を前にするとどうにも血が沸く――愉しくなってしまう。
油断以外のなんでもない傲慢な悪癖――と、わかっているけれど……、…………愉しいものは愉しかった。
そして、その傾向を幸虎さんも持っているから本当に――戦闘狂の気があらわになってしまう。
…きっと私のコレに、みんなは幻滅することだろう――
――…でも一度ついてしまった闘争心の火を消すことができるのは、勝利か敗北のみ。
この試合に決着がつくまで、私は――みんなの不安を煽ることになるんだろうなぁ…。
……だからって、どうもしないけれど――今更。
「――っとに…!単純な剣術だけなら…っ、明兄と同等じゃないか?!」
「ハッ、それは買い被りが過ぎますよ――
――そもそも正攻法でっ、勝てるわけないんです、よ――才能オバケにッ!!」
「オイそれっ、お前が言うことかぁ?!」
「私でも感じるって話です!」
幸虎さんの攻撃を受け止め、さばきながら本音を口にする。
生意気――とは思うが、命がけで、相手を選べば、どうにか十二支の神子なら勝てる見込みがある。
もっと言うと、獣神からの加護を排除すれば、命をかけずとも勝てる。…やっぱり相手は選ぶけれど。
だが、四神以上の神子は無理だ。絶対。
神子の力、そして武装さえ取り上げたとしても――絶対に勝てない。
それほどに、四神以上の神子たちはオバケなのだ――才能の塊という意味で。
「その、辺り――幸虎さんは自覚が薄い!」
「はぃ?!」
「人の底力に――期待、しすぎですっ!」
「ぅ、おっ」
渾身の力で麗を振るえば、動揺もあって幸虎さんは後方へと身を引く。
その一間で息を吐き、攻勢に出た。
「いくらっ、倍加したところで――元が小さければっ、どうにもならんの、です!!」
「んなこと…っ!」
「蒼介さんのように――とは言いません。ですが!もう少し――戦力差、見極めてくださいッ!!」
「ぅんぐ…!」
生意気、だが下につく者として――自分の命を守るために言う。
冷静に、個の戦力を計って欲しいと。
幸虎さんは人間的だ。だからこそ――なのか、人の力を信じている。誰しも、困難に打ち勝つ力を持っていると。
それは大事なことで、尊いこと――ではあるけれど、神子の基準で考えられては困る。非常に。
普通の人間は、力を得たとしても、いきなり目の前に現れた脅威に対して抵抗することはできない。
そしてそれができるのは、半数にも満たないだろう「勇気」を持っている人間だけ――で、
そこから更に一握りだけが脅威に打ち勝ち、生き残ることができる。
もし誰も彼もが脅威に対抗できたなら、千年以上も前から退魔士が必要とされ続ける理由がないのだから。
冷静に戦力を見ることができていない――という点は、幸虎さんも自覚があるらしい。
でなかったらあんな――喉に餅でも詰まったかのような苦しげな顔はしないだ――
「お?」
「ん?――ほがっ!?!」
「ぇ――んぶ!!」
幸虎さんの頭上、約1m程のところに何かが見えて、
なんだと視線を上げてみれば――そこには驚きの表情を浮かべているお嬢様。
私の視線に違和感を覚えた幸虎さんが顔を上げる――というところで、お嬢様が幸虎さんの上に落ちる。
そして「なんだ」と思った瞬間――私の背中に重量がかかる。それも、結構な衝撃を伴って。
「…………む…武蔵様、ですか…」
「………発端は澪理だけど、この惨状を演出したのは武蔵だろうね。間違いなく」
「……」
この上なく、不機嫌そうな様子で言うのは――私の背に座り込んでいる双葉さん。
なにがどうしたやらだが、お嬢様の一存で転移――ここへ飛ばされてしまったらしい。
…しかし、お嬢様の「衝動」には心当たりがある。
お嬢様は詠地の出――芸能家系の生まれだけれど、どういうわけかその個は好戦的――闘いを好む性質で。
なので私と幸虎さんの試合に触発されて乱入したくなった――んだろうと、察しはつく。
…とはいえ、こんな「乱入」をする方ではないんですが……。
不意に背が軽くなり、反射的に後ろを見れば、そこには相変わらず不機嫌そうな表情で立ち上がっている双葉さんの姿。
おそらく、お嬢様の勝手に巻き込まれた――ことには不満を感じていない。
これまた双葉さんも試合が好きな人で、強敵が相手ならなお喜ぶ人だから。
となると、双葉さんが怒りを向けているのは武蔵様……だと思うのだけれど――…。
「…なにあれ。新手の惚気?」
「の、ろ……?」
起き上がりながら双葉さんの視線を先――ギャーギャーと言い争っているお嬢様と幸虎さんに視線を向ける。
…おそらく、あの二人が顔を合わせるのはあの事件以来…なんだろう。…であれば、言い争いになってもおかしくはない。
仲間思いの幸虎さんと、自分ルールで生きる傲慢なお嬢様では――…しかし、あの強烈な言い争いが「惚気」……とは…?
「ああ、にはわからないか。
アレ、噛み砕いて簡潔に言えば――「自分の方が好きだからな!」ってお互いに言い合ってるだけだから。
確かにケンカはしてるけど――痴話喧嘩だから、アレ」
「「双葉ー!!」」
しれっと、平然と、真実なんだろう見解を淡々と口にする双葉さん――に、かかったのは、怒り一色に染まったお嬢様と幸虎さんの怒声。
並の人間であれば、その剣幕に気圧されて「ヒィ!」と悲鳴を漏らして逃げ腰になるところだけれど、
二人の怒りが一過性――本気で怒っているわけではないとわかっている双葉さんは平然と――
――…ではなく、呆れた表情のままお嬢様たちを見ている。
そんな双葉さんの視線を受けた二人は――
「誰が!どこで!痴話なの!」
「澪理と幸兄が最初から最後まで」
「どこがだよ?!俺は本気で――」
「本気、だったら顔あわせた時点で殴ってるでしょ」
「っ……そん、な…こと…は………」
双葉さんの指摘に、幸虎さんが勢いをなくす。…どうやら、双葉さんの指摘通りらしい。
普通であれば、女子相手に、年下相手に、と思い至ってすんなりと納得できないところだけれど、
お嬢様と幸虎さんはそういう部分で立場が上下しない関係、極めて対等に近い関係なので――おそらく幸虎さんが本気で怒っていたなら、
双葉さんに指摘された通り、幸虎さんはお嬢様を問答無用で殴っていたんだろ。自分の、一方的な感情に任せて。
私まで含めて「だろうな」と納得できてしまった双葉さんの指摘に、空気が居た堪れないものになり――膠着する。
なんとも居心地の悪い空気に、ある意味での原因である双葉さんに視線を向ける――と、双葉さんはいたって平然としている。
…だとは思っていましたけどね…。双葉さん…おそらく事実だろうことを言っただけですからね……。
「っ――!!」
「はっ、はい?!」
「組むよ!!」
「ぇ、あ、は――」
「――却下、は俺とコンビ」
「………そこな分からず屋と組めと!」
「…三つ巴でもいいけど――間違いなく、澪理がドベだよ?」
「……」
お嬢様に与えられた選択肢は二つ。
一つは幸虎さんと組んで戦う、そしてもう一つは幸虎さんと組まずに三つ巴の形で戦う、というもの。
全盛のお嬢様であったなら、三つ巴の形でも勝機はある。そして、一対一であったなら、私たち全員に対して勝機がある。
しかし、今のお嬢様はまったくもって全盛ではないし、この対戦が一対一の形になることもない。
なので、お嬢様が勝利を掴むためには、先ほどまで言い争っていた――幸虎さんと組んで、私と双葉さんと戦うしかない。…たぶん。
酷く不機嫌そうな表情で双葉さんを睨んでいるお嬢様――が、不意にバッと自分の横にいる幸虎さんの方へ顔を向ける。
相変わらず不機嫌そう、というか不満げな表情でお嬢様は幸虎さんをじぃーっと睨んでいた――
――が、ふと幸虎さんまで不機嫌そうな表情を見せた――その次の瞬間、
「でッ!!」
幸虎さんの拳がお嬢様の脳天に振り下ろされ――まぁまぁ本気だろう幸虎さんのげんこつを、お嬢様は無抵抗にくらっていた。
激痛に悶え苦しむお嬢様――を、幸虎さんも双葉さんも無視して、二人は試合のルールをどうするかと相談している。
ここは私がお嬢様の相手を――すると、お嬢様が余計に可哀想な立ち位置になってしまうので、
従者の私は黙って神子たちの結論を待つことにした。
何も言わずにぼーっとしていると、双葉さんがこちらへ戻ってくる。
そして仕切り直しとなった試合のルールを――一言で、伝えてくれた。全滅させた方が勝ち――と。
…ぇ、それだけですか。
「……幸兄は限定四式。で、俺は三式――これ以上の情報、お前に必要?」
「…いえ、必要なかったです」
幸虎さんと双葉さんにかけられた力の制限――さえわかれば、それ以上の情報は私には要らない。
情報を揃えることをせず、考える事を放棄して他人に思考を投げる――普通に考えればこの選択は愚かだが、
思考を放棄するのが私で、それを預かるのが双葉さんであればおよそ問題はない。
なにせ、双葉さんは私を私以上に上手く使えるのだから。
私に必要な事を伝え、双葉さんは後ろへと下がっていく。
そしてその途中に、自分の身長と同等の長さを持つライフル――神格武装・金繋ノ宝を手に取り、
ラフな服装から木賊色を基調とした戦闘装束へと服装を改める。
パッと見、興が乗っているようには見えないけれど――どうやら中々に乗り気らしい。
……久々の実戦、なのかな…。つわもの相手の…。
どんな奇策を練ってるんだろうなぁ…――と、心の中で少しだけ苦笑いしながら、
戦闘準備を整えている双葉さんの様子を見ている――と、
後で「澪理?」と怪訝な声でパートナーであるお嬢様を呼ぶ幸虎さんの声が聞こえる。
反射的に振り返ると、頭を抱えてしゃがみこんでいるお嬢様と、そんなお嬢様を首をかしげて見下ろしている幸虎さんの姿があった。
脳天にもらった幸虎さんのげんこつがまだ痛い――にしても、微動だにせずに固まっているのは少々合点がいかない。
おそらく頭の痛み以外の要因からお嬢様はしゃがみこんでいるはず――だけれど、
その要因に見当がつかず、思わず私も首をかしげる――と、
後から「ああ〜」という要因にたどり着いたらしい双葉さんの声が聞こえた。
「…別にそのままでもいいんじゃないの?それ、一応仕事着なんでしょ」
「………」
また、双葉さんの指摘に――お嬢様は不機嫌この上ない表情を見せる。
…どうやらお嬢様は、装束を改めることに躊躇しているらしい――…なんで?
神子の式服――戦闘装束は、一般的な式服、狩衣や巫女服などとは根本から「意味」が違う。
一般的な式服は、神に対して礼を払う正装であり、自身の霊的な力を引き上げるためのもの――
――だが、神子のそれは、自身を神好みに着飾ることで神を楽しませ、その加護を得るためのもの。
なので、加護を得たい神によっては――…端的に言って「派手」と言われる衣装を身につけなくてはならない場合がある。
そして件のお嬢様が纏う装束は、強いて言わずともそちらの方向に寄った式服――だ。
一般的な式服の概念から外れた派手な式服――と言ってしまうと、なんとも敬遠したくなってしまうが、
そもそもお嬢様自身が華やかな印象を与える端麗な容姿の持ち主なので、
衣装が派手であってもそれに負けず、大体の場合着こなして、自分の「色」にしてしまう――
――が、それ以前に似合わない衣装が「式服」と認められるはずがないので、着用を躊躇する理由がわからない。
私のように汚名を背負う装束――なんて、着せられるわけがないし……。
「くっそ…!虎次郎!中継切って!獣神様限定中継ー!!」
「あ〜そーなると、の頑張りが刀剣連中に伝わんねぇなァ〜」
「っ…!」
「ぇ、ぁ…いや、自分のことはお気になさ――」
「っ〜〜…バーカ!のバーカ!!
どう考えたって私のくっだらない自尊心が原因だってわかるでしょ!!そんなモンのために――…!」
お嬢様を納得させるために私を引き合いに出したのは鋼西様――ではあるものの、
酷く嫌がっているお嬢様の姿がいたたまれず、自分のことは――と言ったら「バカ」と言われた。
…確かに、バカなことを言っているのかもしれないけれど――…お、押し切った方がよかったかなぁ…?
立ち上がり、印を結んだお嬢様の手が空を一薙ぎする――と、お嬢様の服装が改められる。
数年前に見た比較的シンプルな戦闘装束――ではなく、非常に絢爛な戦、と……ぅ…?装束…とは、いい難い…のですが………。
…「神子の式服」だからいいのかな…。ほら、あの、お嬢様、舞を使った術使うし――…でも、あの…露出は……必要…なの、か…?
「おーおー随分見ない間に育ったなぁ」
「なんだ?!それはなんだ!?身長かっ?!身長のことかっ?!それとも胸のことかー!!?」
「お嬢様!!」
おそらく羞恥で、頭の大事なネジが外れてしまっているらしいお嬢様――に、思わず叫ぶようにして制止の言葉を投げる。
しかし、その程度でお嬢様の羞恥心が――いや、混乱が収まるはずもなく、
やけくそ気味に「ハッ」と自嘲を漏らすと、ビッと自身の胸を親指で指さした。
「武器だから!コレ!詠地の女の武器だからいーんですー!
見せて野郎どもが喜ぶんなら――万々歳なーんーでーすー!!」
とんでもないこと言っているお嬢様――だけれど、とんでもないことは言っているが、おそらく間違ったことは言っていない。
大鳳太夫と呼ばれた遊女が興した芸能の一族である詠地家の女性にとって………
……お嬢様の言う部分は武器、なんだとは思いますが……最後の一言は余計…というか……言わない方がよかったと思います…っ。
「ぁあもう…輝稲殿が何と言うやら………」
「……………………いいよもう。輝望に『首絞めて落とせ』って頼むから」
「な、なに言ってるんですか!今回に限っては輝稲殿なにも悪くないですからね?!」
「…うわー自分で掘った墓穴に無関係のヤツ叩き落とすとかサイテー」
「…………」
しれーっと、およそ棒読みで、双葉さんは非難の言葉をお嬢様にぶつける。
そしてそれを受けたお嬢様は黙り込み、しばらく沈黙していた――が、不意に「フッ」と不敵な笑みを漏らした。
「サイテーですとも、私が悪いんですとも――だというならば!
最悪の癇癪娘はっ倒して、捻じれ曲がった根性叩き直して見せろ――鍛神の神子とその従者!!」
「…………俺、根性ねじ曲がってなんだけどなぁ……」
「…根性の代わりに鑑識眼曲がってるんでしょ」
「……それ、双葉たちとやり合ってどうにかなるモンか?」
「どーにかするのが――あっちの仕事」
ニヤと好戦的な色を含んだ笑みを浮かべ、お嬢様はこちらを見る。
先ほどまで渦巻いていた混乱は完全に消え、代わりにまとっているのはヒリヒリとする戦意。
正気――を通り越し、また別の方向に偏っているお嬢様の感情。
平常心を欠いている相手は、双葉さんにとって組みやすい相手――だけれど、
好戦性が増すほどに戦闘センスが冴えるお嬢様の場合、これはこれで不味い。
平静に、まず定石通りな戦い方をしないのだから――
「ふ、双葉さん…」
「……何」
「さっ、さすがに一人であの二人の相手をするのは難しいのですが…?!」
「…………」
やる気満々といった様子で、幸虎さんの――隣、に立つお嬢様。
その手には鉄扇が握られており――…後衛に回るつもりがないことは火を見るよりも明らかだった。
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