双葉さんと共に、お嬢様と幸虎さんを相手取った試合は――それはもう、熾烈を極めた。
互いに出し惜しみなしの本気の戦いだった――…ただまぁ、幸虎さんと双葉さんに能力限定を施されていたからこそ、ではあったけれど…。
まず、奥の手を使ったのは私だった。
定石通りに行けば後衛に回るはずのお嬢様が、その場の勢いで前衛に回り、
幸虎さんと共に突撃してきた――が、そのお嬢様の相手を、双葉さんはしてくれなかった。
幸虎さん一人が相手でも、まともに攻勢に出ることができなかったというのに、
挙句、そこにお嬢様まで加わったら間違いなく一発退場――だというのに、双葉さんは前へ出てくれなかった。
…まぁ、そもそも双葉さんは前衛タイプではないけれど……。
お嬢様が隙を作って、その隙に幸虎さんが強烈な一撃を見舞って――終了。
その間を、双葉さんが有益に利用して、二人を一網打尽にできる策があれば、悪足掻きせずに役割に徹するけれど――
――…その策を伝えられなかったということは、そういった策がないということ。
…であれば、私の役目は変わらず「時間稼ぎ」となる――ので、相棒の力を借りることにした。麗の、刀剣男士としての力を。
付喪神としての麗を、戦力に数えるのは反則――とは判断されなかった。
…麗がどう思うかが心配だけれど、麗の存在は「式神」という形で容認されたらしい。
陰陽師にとって式神は大切なパートナーであり武器――なのだから、
その「武器」を戦いに持ち出すのは当たり前のこと――なのだから、反則とはならない。…し、心皇ルール的に…??
人形となった麗と共に幸虎さんたちを迎え撃ち、とにかく防衛に徹して時間を稼いだ。
天変地異レベルの大事が起きない限り、私と麗がお嬢様たちを圧倒することはない――のだから、
この戦いの決着は双葉さんが放つ一撃が決めることになる。
一撃必殺の、圧倒的な火力を誇る――我流奥義で。
当然、双葉さんの考えを読んでいるお嬢様と幸虎さんは、
私と麗を越えて双葉さんに攻撃を通そうとする――が、それに私も麗も、必死になって抵抗した。
それでも打ち消すことのできなかった攻撃――は、双葉さんが自力で処理し、時には私たちの援護にも回ってくれた。
双葉さんの支援を受け、時間を伸ばしに伸ばして――
――双葉さんが組み上げたのは、双葉さんが編み出した奥義の中で最も火力のある攻撃術――千集絡砕。
千に迫るライフルから同時に放たれる光が絡み合い、束となって敵を圧し焼く――
――大妖怪であろうとまともに喰らえば致命の一撃になるだろう強烈な一撃だ。
…しかし、相手は大妖怪であろうと余裕でいなす神子――な上に、攻撃に特化した幸虎さん。
そしてその横に控えるのは攻撃、防御、そして補助までこなすお嬢様。
この二人が組んで、まともに力比べをすれば――…おそらく、お嬢様たちに軍配が上がる。
そも、双葉さんは火力で勝負する人ではないし、この短時間で組み上げられる術では、
あの二人を圧倒するだけの火力は見込めない――のだが、そこで双葉さんが奥の手を使った。
千集絡砕は、最大で千の銃口が敵に向けられる。
しかし、今回稼ぐことのできた時間では、五百そこらというところ――のはずなのに、
双葉さんの背後に広がる方陣から覗く銃口は――大真面目に千に迫る。
「なんで?!」と味方のことながら大いに驚いた――が、これなら勝てるかもしれない、と勝機を見出し、
薩摩の空間転移能力で麗と共にその場を離脱すれば――千の光が結集した光の束が、お嬢様と幸虎さんに向かって放たれた。
千の光に圧倒され――なかったとしても、最低限どちらか一人は大きく消耗する。
油断はせず、確実に相手側の戦力を削り、勝利を手にするための次手――不意を突いての特攻のために集中力を高め、
戦況を見守って――いると、予想もしない、というか思い至るわけもない事態になっていた。
お嬢様たちに襲い掛かった光の束――を、受け止めたのは双剣を構えた巨大な鎧の剣士。
白銀の鎧をまとったそれは、お嬢様の霊格式神・アルバ――のはずだが、以前見たアルバとは印象が異なっていて。
お嬢様が本来得物とし、アルバもまた得物としているのは、双剣ではなく槍――で、双剣を得物としているのは本来幸虎さんで――
――と考えて、堂々とアルバを従えるお嬢様の式服を目にすれば、その答えには見当がついた。
そして、自分たちが絶望的なピンチに直面していることにも、気づいた。
未だ術を放つための態勢を解けず、無防備なままの双葉さん。
そんな双葉さんに襲い掛かってくる――のは、空間転移によって予兆無くこちらの領域に姿を現した幸虎さん。
足の裏に気力を蓄積し、それを爆発させて一気に幸虎さんとの距離を詰める。
そして双葉さんに攻撃を加えようとしている幸虎さんをすんでのところで止める――が、
幸虎さんの目的は双葉さんを無力化することではなかった。
幸虎さんの目的は私たち二人を同時に無力化する――ための、布石を敷くことだった。
幸虎さんが放った――というよりはばら撒いたのは、華蘭扇のものだろう扇の骨。
分解された華蘭扇はナイフのよう――ではあるけれど、それは投げ放たれたではなく、ばら撒かれただけ。
なにを――と思うより先に腹部に違和感が奔り、体が浮遊感に襲われる。
無意識に顔を上げれば、そこには珍しく苦しげとも悔しげともとれる苦々しい表情を浮かべた双葉さんの顔。
その双葉さんの表情に、まるで他人事であるかのように、自分たちがある状況は酷く悪い――
――と理解した、のが後か先か、突如として全身に鋭利な激痛が奔った。
「あのさ、澪理に羞恥心とか、外聞を気にする繊細さはないわけ?」
「……ふ、双葉しか知らないしっ…!!」
「………まぁそれはそうだけど、あの幸兄の様子見たら恥ずかしい目にあったことは一目瞭然だと思うんだけど」
「…っ、幸!いい大人があの程度で恥ずかしがらないでくださいます?!」
「うっさいな!お前と違ってほいほいキスで――」
「言うなアホー!!」
「――ぅおおおお??!!!」
幸虎さんが、お嬢様が伏せておきたかったんだろう「事実」を口にして――お嬢様からキャメルクラッチを見舞われる。
…あの短時間で主従契約をどうやって結んだのかと思ったら………そう…ですか……。
…まぁ……お嬢様、詠地の女だから免疫あるのかな…。
お嬢様が使った奥の手は、幸虎さんと従者契約を結ぶこと。
それによって鋼西様から気力のバックアップを受け、能力限定を受けた双葉さんを圧倒できるだけの出力を得て――
――地力の差を見せつけるかのように余裕をもって勝利をもぎ取っていた。
…ただ、その代償が現在の……惨状、だけれど…。
「……随分と、明るくなったもんだな」
「………ああそうか…薬研は……あれ以来、か…」
苦笑いしながらそう言って私の傍にやって来たのは薬研。
本家での修業時代に私が目覚めさせ、縁あって…半ば保護者のような立ち位置で、
私が本家を出るまでずっと一緒にいた兄のような存在――だったのだから、当然修業時代のお嬢様のことも薬研は知っている。
あの、感情の起伏に乏しく、意思を感じない人形のようであった――お嬢様を。
「明るくなったのはいいんだが――…あれはどうなんだかなぁ…」
「い、いや、うん…。今回は少々アレな方向に発露してるが、
ここぞという時に見せるお嬢様の行動力と牽引力の大本だから……あれもお嬢様の大事な一面なんだぞ…!」
「……お前、ホントにお嬢のこと好きだよなぁ…」
本当のことを言っただけ――なのに、呆れられた。
確かに薬研の指摘通り、私はお嬢様のことが好き――というか尊敬しているけれど、だからといって盲目的に慕っているわけじゃない。
――ただ、自分程度の思考能力と経験では、それを優に上回るモノを持つお嬢様に対して意見する権利はない、と思って沈黙しているだけで。
………ん?あれ?これを盲目的っていうのか…?
「………お、お嬢様…?」
「なに?!」
「ぇえと……とりあえず、今の話を聞いていたのはこの場にいる者だけですから……そこまで幸虎さんを責める必要はないかと…」
「……このやり場のない恥ずかしさをお開きになるまで抱え込んでいろと…!」
「…………このままだと我に返った時に更なる羞恥心に苛まれることになると思うのですが……」
「………」
思い切って口した私の意見に、お嬢様はなんとも複雑な表情を見せ――ながらも、
幸虎さんの腰の骨を折らんばかりの勢いだった力をゆっくりと緩めていく。
そして幸虎さんを完全に開放した――ところで、チッとこの上なく不機嫌そうに舌打ちすると、ガスと一発幸虎さんの背中を殴った。
気が済んだ――わけではないだろうけれど、とりあえずの気持ちの整理がついたらしいお嬢様。
深いため息を吐きながら立ち上がると、頭を冷やすためか、広間と廊下をつなぐ障子戸に向かっていく――が、不意に足を止める。
そしてぎぎぎ…と効果音がつきそうなほどぎこちなく首を回し、私に顔を向ける。…どうやら気付いたらしい。
スパン――!と開け放たれた障子戸。その向こうにいるのは、
洋装の上に白地に金の模様が入った羽織を肩にかけた男――の姿をした刀剣・輝稲正久。
獣神・四皇をモチーフとした刀剣で、多くの宝剣やら神剣が収められている華戸神社を仕切る刀剣の一人――で、
「「…………」」
仕える獣神の関係で、お嬢様に対して1から10まで厳しい小姑――
――いや、姑…よりなお厳しい……北欧の文学作品に登場する家政婦長のような…――
「ッ――ぅっ?……お、うぇ??!」
この上なく苦手とする輝稲殿を前にして、お嬢様はなにかを決意した様子で、
その場から跳び退こうとした――ようだが、それはどういうわけか叶わなかった。
それどころか、おそらくお嬢様が意図した方向とは真逆の方向に彼女の体は飛んで行き――
――藤黄を基調とした着物に身にまとった男――の姿をした刀剣・輝望海帝に受け止められる格好になっていた。
「きぼう………」
「すまんな、一足遅かった」
「っうそつ――ぅんぐ?!」
間に合わなかったと言う輝望殿に、お嬢様は「ウソを言うな」と言い――きるより先に輝稲殿がお嬢様の服の襟をむんずと掴む。
そしてお嬢様が苦しがっているのも気にせず、ずりずりとお嬢様を引きずりながらその場から去って行く。
その様子に、本日二度目――な上に、一度目以上に大目玉を喰らうことになるだろうお嬢様のメンタルを心配している――と、
「我が弟の主よ」
「!」
「噂には聞いていたが――なんとも、醜かったな」
嘲笑を浮かべ言う輝望殿――だが、それに敵意を向ける者はいない。
彼の指摘に「尤も」と納得しているのか、それとも――彼が纏う神気に怯んでいるのか。
…だが何であれ、彼に対して反論する存在がいないことはよか――
「ぅ、お…?!」
ないはずの左腕が疼いた――と思ったら、自分の隣に姿を見せていた麗。
ふと自分の左側に目を向ければ青黒い人外の腕――…どうやら鬼姫が勝手に憑いたらしい。
そしてその鬼姫の支援を受けて、麗は限界したんだろう。
……にしても、私の体の支配率って端から鬼姫が優勢なの?
「…輝望様、前言を撤回してください」
「ほう――お前も、醜くなったな。
獣神の加護を受ける神剣が、妖気に侵されるとは――情けない」
「…それは、輝望様のおっしゃる通りです――
――ですが、それ故に我が主に非はありません。私が至らなかったばかりに主は……」
「それは――どうだかな。『報告』では『油断した』とあったぞ?その時点で『事』はそこの狗の不出来故、だろう」
「っ…それは……!」
「――麗、もういいよ、ありがとう」
ぽんと麗の背を叩いて、苦笑いしながら感謝の言葉を口にすれば、麗はなんとも悔しげで、悲しげな顔をする。
彼にそんな顔をさせてしまったことを申し訳なく――思いながらも、それを仕方ないと呑み込む。
麗の気持ちは嬉しいが、今更どんな言葉を並べたところで過ぎたこと――であり、遺された事実は変わらない。だから――
「己の不出来を認め、犯した罪を背負い、生き続ける――か。…――実に、見苦しいな」
「…自分でもそう思います。…ですが、こうして私が生き続けることを『良し』としてくれて、
その恩に報える力と役目があるうちは、見苦しくとも生き続けます――輝望殿が何と言おうと」
「――フッ、それはそうだろう。貴様は我らが父の加護を受ける者――な上、我らの姫の大事な友だからな。
…それに、貴様の生き方は確かに『醜い』――が、それ故に心皇モノ然として、嫌いではない」
「「…………え?」」
醜い――と、言い放っておきながら、最後に「嫌いでは」と言って――こちらの返事も聞かず去っていく輝望殿。
………なにが言いたかったんだ、あの方は…?!
「……初めて会った時からから思っていたが…輝望殿の思考が読めない……」
「…齢千年を超えた神剣…ですからね…。読めなくて当然かと……」
「――…そうでもないよ、今回は」
「…へ?」
「最後の一言はともかく、が鍛神の加護を得ていて、神子が生きることを望んでる以上、
誰にどんな理由があったとしても、の死を望むことは許されない――それは獣神の意に逆らうってことだから、って話だよ」
………………。
「…………そんな…壮大な話……なんですか…」
「まぁ、理屈の上の話――ではあるけど、道理は通ってるよ」
…確かに、双葉さん…というか輝望殿の話は理屈が通っている――
――…が、自分の話だけに、なんとも申し訳ないというか、畏れ多いというか……。
「…さらに言うと――さ」
「?」
「俺の従者である時点で――金属類付喪神に頭下げる必要ないんだけど」
「………」
「…双葉、その発言は金属性付喪神蔑視発言に聞こえるぞ…」
「別に蔑視はしてないよ。これは当然の権限――武蔵は鍛冶の神様、だからね。…俺はほとんど恩恵ないけど」
「――しかし、我らの主にその『権限』は必要あるまい。
そのような力がなくとも、主の生き様を侮辱する者はおるまいよ――もし、仮にいたとしても我が末の子が切り伏せるだろうしな」
「そっ…そこまで乱暴ではないんだが…?!」
「…いや、どうだかな。兄弟とはいえ、あの輝望海帝に口答えするあたり……ここの頭領でも噛みついたんじゃないか?」
「……」
「…麗、それだけはやめてくれよ…」
からかいを含んだ小烏丸の言葉受けた麗は「そんなことは」と否定する――が、薬研の指摘に麗は沈黙する。
…麗の、私を思ってくれる気持ちはとても嬉しい――んだが、後先考えずに格上の神剣に噛みつくのはとても困る。
…おそらく、一団の長クラスともなれば、麗が噛みついたところで若者のわんぱくと、
歯牙にもかけない面々がほとんど――とは思うけれど、彼らに追従する存在がなんと思うかが心配なわけで……。
今は彼らと距離を置いた「場所」で活動しているからいいけれど――
――…いつか、また彼らと交わって活動していくとなったら――すごく…困る…。特に幽雅亭とのいざこざは困るぞぉ…。
「……ま、大丈夫じゃない?麗が鍛金子の名前に泥塗るような真似――するわけないし?」
「はっ、はいっ。もちろんですっ」
「…まぁそもそものこと、バカにするヤツなんて――」
「おー!この狗公ー!!
どの面下げてウチの敷居跨ぎやがったー!!」
いた!
「………鏡華様…?ここは鏡華様の『ウチ』ではないのですが…」
「おう、話はノー物理だ番子。コイツは潤神一派の領域侵したの!
土足で不法侵入した――上に!ウチの末妹攫ってったのよー!?マジちょっとどう思うよ?!」
「……………攫…った?…アレ、心皇の当主の一存…じゃ?」
「火っ虎ちゃん!はじまりそうでも狗の自覚あったら返却すると思うんだー。
過去の栄光全消去――の上での狗、なのよ?狗!」
「……いや…それ言ったらそもそも綺羅の元主が狗族……」
「氷っ虎ちゃん!後なんで!!二代嬢が狗族になったの…――綺羅を手放した後なんでー!!」
「「屁理屈……」」
障子戸を蹴破り現れたのは、蒼銀の長い髪が目を引く男――の姿をした刀剣・鏡泉守清華。
武蔵様と同じく【十二支】の一柱である潤神様――の、子神を宿し、その神官となっている神剣。
…そして、私に仕えてくれている――主と慕ってくれて、共に戦いに身を投じてくれている刀剣・綺羅もまた、
鏡華様と同じく潤神様の子神に仕える巫女――…おそらく、自分と同じく神の加護を受ける武器である彼女が、
組織の底辺である狗族の私の元にいることが、鏡華様には納得できないんだろう。
…まったくもって、鏡華様の言い分は尤もだ。
心皇――大師匠から送られた刃材、と思って、当たり前に仲間の一員として勘定していたけれど――
――これは、話を通すべきところに話を通さなくてはならない。
一度はその存在を拒絶したけれど、今はもう、私たちにとって綺羅、そして白羅は、かけがえのない仲間なのだから。
「……なんだよ」
「篝蛇様のところへ行ってきます」
「………なにを致しに…」
「この戦いが終わるまで、綺羅を私に預けて欲しい――そう、嘆願します」
潤神一派のは、平安より以前に魂を得た銅鏡の付喪神――篝蛇鏡様。
潤神様の長子の巫女として潤神一派を統率する権力者――
――おそらく、彼女の了承を得ることができれば、鏡華様も――いや、潤神一派の全員が納得してくれるだろう。
…篝蛇様は気難しい上に人間嫌い…らしいから……一筋縄ではいかないだろうけれど――…それでも、だ。
わずかに脳裏をよぎった暗い未来を、頭を振ることで振り払う。
そして心の中で鬼姫に「何があっても麗を出さないでくれ」と頼めば、
少し困った様子の「わかりました」という鬼姫の声が聞こえ――ぉうっ?
「……聞きに行くまでもないだろ…」
「…というと……?」
「……ウチの、神子様の――身内への甘さ具合、知っておりますゥ?」
潤神一派の神子様――正しくは潤神様の神子は、双葉さんの銃を使った戦闘術の師匠――である遠岡愛理さん。
双葉さんとは獣神における派閥が違うけれど、双葉さんを弟子としてとても可愛がっていて――
――その流れで、私も稽古をつけてもらったりとお世話になっている。
ただ、拠点を欧州とする愛理さんとは滅多に会うことがなく、
弟子の部下という立場から親しいとは言えない関係…と、思っているのですが――
――…身内を大事にする愛理さん、の場合、弟子の部下でも庇護の対象になる――…のかな…?
自分の頭の中に浮かんだ仮説に確証が持てず、振り返って双葉さんに視線を向ければ、
双葉さんはなぜか面倒そうな表情を浮かべて「あ〜…」と納得したような声を漏らし、そのまま言葉を続けた。
「愛理姉なら二つ返事で了解してくれるよ。
…だからってのもあるけど、綺羅が望んでる――なら、たぶんまず綺羅の意思を尊重するだろうからね」
「………ああ……愛理さんの武器…だったん、でしたか…」
いつかに聞いて――死ぬほどビックリした話を思い出す。
愛理さんが潤神の神子となる以前――神核武装を得るまでの僅かな間、
綺羅は愛理さんの武器として彼女と共に闘いの日々を送っていたという。
…その上、天ノ歌流銃術の手ほどきもしたとかしないとか…?
…とはいえ、仮にそれがなかったとしても、自分の得物であった――という過去だけで、
綺羅の意思を尊重したいと思うにはおそらく十分だろう。特別、身内に甘くなくとも――…とは思ったものの、
「オイ、どこ行くのっ」
「いえ、やはり篝蛇様に一言断るべきかと…」
「ちょっと、やめてくださいます?!
んなことしたら俺が篝蛇姉様に睨まれて――血反吐吐く思いするんですけどー?!」
「――考えるまでもなく、鏡華サマの癇癪だからなァ〜コレー」
「あっ、ちょ!東郷!!髪まで掴むな!引っ張るなっ!」
やはり、一言断りを入れるべきだろうと思ったのだが、それは鏡華様に却下された――と思ったら、
不意に現れた東郷殿が「癇癪」と口にして、まるで鏡華様の回収にでもやって来た――かのように首根っこ掴む。
そして抵抗する鏡華様をまったく気にした様子を見せず、なぜか私に視線を向けた。
「公」
「…なん……でしょうか」
「お前の『真面目』は長所だが――…じじいどもが、寂しがってるぞ?」
「ぇ」
「ほーれ鏡華サマー。撤収しますよーィ」
「だーっ!引っ張るなっつのに!お前のボサ頭と違ってこちとら真面目にケアしてんだからなー?!」
「ぇ、泉夜様の加護で保ってんじゃ?」
「ちーがーいーまーすー!努力の賜物ですぅー!」
わーぎゃーと、掛け合いを続けながら去っていく鏡華様と東郷殿。
なんとも嵐のようなコンビに苦笑いが浮かんだ――が、色々と、改めて考えなおす必要のある「事」に気付けたのは二人のおかげだ。
…とはいえ、もうしばらく顔を合わせたくはないかなー…特に鏡華様はご勘弁いただきたい…。
皆のこと考えると、東郷殿の方が勘弁願いたいけれども…。
「…行くの?」
「ああ言われては行かないわけには」
「あっそ――…じゃあついでに澪理救出してきてよ」
「それは無理ですよ…」
いつかの日に顔を合わせた面々に会いに行こうと決心した――が、お嬢様の救出は無理だ。
あの怒り心頭の輝稲殿を宥めて説得するなんて、とてもではないが私には荷が重すぎる――というか役者が違い過ぎてまず太刀打ちできない。
もし、あの状態の輝稲殿を説得できるとすれば、双葉さん――か、被害者だろう。
「………その…大丈夫…?」
「ぅんー…なんとも言えないな。きっと今みたいに拒絶される場面もあるだろうからなぁ」
「それは……ないんじゃないか?頭領たちが受け入れてるとこ、空気読まずに拒絶するバカは……」
「ん…いたら既に殴り込んできてる――鏡華さまみたいに」
「かなぁ…?」
「――主よ、不安ならばまた共をしてやるぞ?
先の神気に比べれば、同じ付喪神の気など春の日差しも同じだからなぁ」
「ぇえと……怒ってる?怒ってるのか?三日月??」
ははは、といつもの調子で笑って言う三日月――だけれど、持ち出した話題が話題だけに含みがあるように聞こえてしまう。
つい不安になって「怒って――」と思わず尋ねれば、三日月は変わらず「そんなことはないぞー」と言うが……、…ホントか…?!
「――!」
「はっ、はい?」
「ボクが一緒に行く!」
「ぇ?」
「が辛くなったらボクが励ましてあげる!
…のこと、悪く言われたらムカつくけど……を困らせたくないから我慢するっ。だから――」
「でしたら僕たちも!」
「一番近くで主さまを守り、支えるのが僕たちの役目です!」
「それに、味方は多い方がいいからな!」
「…と言いながら、乱だけにいいかっこさせたくないだけじゃないの?」
「なっ、ちげーよ!乱一人だけじゃ心配だから…!」
「ちょっとなにそれ!ボクじゃ頼りないってことー?!
「…いや、真面目な話、乱だけじゃ無理だろ。相手は千年生きた付喪神だぞ?
全員がそうってわけじゃないが――検非違使みたいな連中に会いに行くんだ、俺たちが束になったところでどうだかなぁ?」
「……なんか冷静…っていうか………薬研、ビビってないか?」
「おう、ビビってるぜ――俺っちも、現世でヤバい連中に会ってるからな」
「……ああ…双玄さんか…」
ついて行く――と言ってくれた乱。そしてそれに続いた平野たちに制止をかけたのは薬研。
これから私が会いに行く存在が、自分たちとは格の違う存在であることを身をもって知っている薬研だけに――説得力が凄い。
肝の据わった薬研に、躊躇なくビビっている――臆している告白されては、乱たちも恐れを覚えたようでオロオロした様子で沈黙している。
…ああ、ここは一人で行ってこよう――大事な仲間に無理はさせたくないし、楽しいはずの宴会を嫌な思い出にしたくもないし。
「ぃよーし!ここはワシの出番じゃ――」
「――すまん、陸奥は遠慮してくれ」
「なんでがか?!」
「…いや、ほら………陸奥…は……私のこと信頼してくれてるだろう?
だから……嫌な思いをする可能性が高いだろうから……」
「ううむ…それはそうじゃろうが――」
「…――言葉を濁さずはっきり言ったらどうだ」
「…大倶利伽羅……」
「彼の言う通りだよ。それを言ったところで、壊れる信頼じゃないだろう?」
「歌仙…」
普段、多くを語らない大倶利伽羅に言われ、更にいつも的確な助言をくれる歌仙がそれに続く。
第一部隊に席を置き、長い付き合いになる二人に背を押され――そんな彼らよりも長い付き合いになる陸奥を見る。
何を言われるのかと、少し困惑したような表情を見せている陸奥――を見ると、なんとかく心苦しいものがある――が、言わなくてはならない。
言わなくては――彼らの信頼を無下にすることになってしまう。
「陸奥」
「な、なんじゃ?」
「お前は――…ちょっとカッとなりやすいところがあるから連れていけない…!!」
陸奥の顔を見て、本音を口にする――と、陸奥はなんとも不機嫌そうな表情を見せる。
言わなきゃよかった――と、内心で泣き言を漏らしていると、不意に陸奥がため息を漏らす。
そして、怒りを宿さない――が、落ち込んだ様子で「わかった」と納得の言葉を口にした。
「…自覚がないわけじゃあないんじゃが……」
「いや、それが悪いと言ってるわけじゃないんだっ。
それは陸奥の良いところだと私は思ってる――…んだが、今回に限ってはいい方向に作用しないと思うんだ…」
「うむ…わかった。ワシはここで大人しく待っちゅう――だから戻ったら、愚痴くらいは聞かせてくれっ」
「………ああ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
陸奥の優しさに、嬉しくも照れのようなものを覚えた――けれど、やはり嬉しさの方が強くて、笑ってその言葉に甘える。
そして、自分を心配して同行を申し出てくれた乱たちに自信をもって「心配いらないよ」と言い、
更に「行ってくるよ」と皆に伝え、広間を出る――前に、
「……番頭守…コレ、…どうしたらいいかな……」
鏡華様に蹴破られ、無残な姿となった障子戸――
――に、「修理代」というキーワードが浮かんで、思わず振り返ってしまう私だった。
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