連日のように降っては積もりを繰り返し、世界を白銀に変えた雪の勢力は今――
――ゆっくりと、だけれど確実に衰退の一途をたどっている。
新たな雪が積もる――どころか降ることさえ減り、
不意に勢力を強める日差し、それによる気温上昇によって溶け始めた雪は美しさを失い、
その領域も徐々に失っている――が、
それでもまだ、今日の気温は私にとって十二分に寒いと言えるものだった。
そもそも私は寒がりである――が、
それにしても今はまだ暦上であっても冬に分類される時期なのだから、寒くても何の不思議はない。
ほんのりと、春の気配は近づいてきている――としても、今はまだ雪残る冬。
手袋やマフラー、それどころか上着すら要らないと思えるほど暖かな陽気に恵まれた日――
――の翌日に、雪が降り、そして積もったとしても、異常はないのである。…不満はあるけど。
オンボロ寮の裏の林の奥に拓かれた磐座は、
10年近くに亘って放置されていた――が、今は社としての機能を果たしている。
となれば磐座の神域の環境整備――境内の除雪作業は社を守る神職の役目。
積雪どころか降雪さえ珍しい都市の生まれだけれど、
幼少期に1年ほど北国で生活していたことがあったおかげで、
雪かき作業に苦労はしていなかった――疲労はしているけれど。
春の気配を無視して降る雪は、微妙に水分を含んでいて重い。
真冬のフワフワサラサラとした雪とは違い、スノースコップを持ち上げる時に力が必要になるので、
筋力も体力も必要になる――が、その大変さは一度経験したことのある既知のモノ。
それだけに肉体労働に対する覚悟はできていた――が、
「…豊作村みたいな豪雪地帯だったらさすがに泣いてたな…」
磐座の周囲に積もった雪を、スノースコップを使って敷地外へと押し出しながら――
――心の底から賢者の島が豪雪地帯でなくてよかったと思う。
降雪の頻度、そして量が、先日足を運んだあの雪深い山村と同等であったなら――…
……矜持もへったくれもなく魔法に頼ってたかもなあ…。
魔法の力を以てすれば雪かきなど、自らがスコップを握り、汗水を垂らすことなく終わらせることが可能――
――だが、神の御前でその魔法は果たして許されるものだろうか?
…いや、許してくれると思うけどね。よっぽど偏屈か、お高く留まった神でもない限り――ヒトの立場にかかわらず。
「――お嬢様?」
不意に、わずかな陽炎と共に磐座から姿を現したのは、
ボルドーの髪を緩く束ね、牧歌的な服を纏った男性――の姿をした賢者の森の精霊の長・シャルルさん。
思ってもみない存在の、思ってもみないタイミング&場所からの登場に驚いた――のは私だけではなかったようで、
シャルルさんは私の存在を認識しながらも、不思議そうに首をかしげていた。
「ええと…なにかあった、んですか…?」
「――ぁあいえ…いえ………『なにか』…あり、ます…」
「ぇ」
形式的に投げた質問に、シャルルさんが返してた答えは、まさかの肯定――
…いや、なにかあったんだろうとは思っていたのだけれど、
まさかシャルルさんがどストレートに「大変だ」と返してくるとは思っていなかった。
悪戯に相手の不安を煽るようなヒトではない――からこそ、
このシャルルさんの返答には身構えるものがある。
どれほど深刻な問題であるのかは、さすがに察しきれないが――
「落ち着いてお話を伺いたいので、移動しましょうか」
「ぇ、ええ――………ところで…何故お嬢様が雪かきを……」
「……ぇ?…社の管理は巫女の仕事なので………」
「……まさかとは思いますが、それを理由にオーヴェスたちに『やらなくていい』と……」
「…ぇえ…と…そこまで…は――…というか、…特に何もお願いしては………」
「――ふむ」
ピシ、と一瞬、彼方を見つめるシャルルさんの纏う空気が冷えた――が、それは瞬きひとつの間に解ける。
そしてシャルルさんが改めて私に顔を向けた時には、彼が纏う空気は平時の落ち着いたものに戻り、
その表情も穏やかなものになっていた――が、浮かんでいるのはなぜか苦笑いだった。
「…社がこのままでは心地が悪いので……雪かき、済ませてしまいませんか?」
「――………………是非ともよろしくお願い致します……!」
…ここは、ご厚意に甘えてもいい場面だとは思うんだけど――タイミングが良すぎてなんだかなぁ!
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