「充心祭――ですか」
オンボロ寮裏の林の社の雪かきをシャルルさんと共に済ませてオンボロ寮へと戻り、
一旦応接室でジェームズさんが用意してくれていた冷えた体を温めるココアを飲んで一息をつき、
それから落ち着いてシャルルさんの話を聞く――と、
まず説明されたのは【充心祭】という祭事ついてだった。
「精霊が担う、その年の『芽吹きある春』を獣神に乞い願う――
――その願いの対価として『芸術』を奉納する神事、それが充心祭です」
なまじ元の世界で大社を仕切っていただけに、
シャルルさんの言う神事・充心祭の形式というのには当たりがつく。
祀る神が獣神であるという時点で、神事のアレコレについて引っ掛かるものを覚えない――のだけれど、
神事を担う精霊たちの「願い」には、正直なところをいうと疑問を覚えていた。
「精霊が『芽吹きある春』を願う必要――とは?」
世界を構築する生命力が凝縮したモノ――に、魂が宿った存在を「精霊」と呼ぶ。
…ただこれは、極めて原始的な精霊についての解説であって、
現代を生きる大多数の精霊はここまで単純な存在ではない――が、
だとしても獣神の眷属としてその威の下に身を置き、対価を以てその恩恵を受けることが許されている――
――のだから、世界の理を成す原初的な存在であることには間違いない
――からこそ、精霊が「芽吹きある春」を願う必要性がわからなかった。
精霊が、自身の根源である自然の旺盛を望むのは分かる。
だが、端から「豊かな自然」とか範囲の広い現象を願った方が効率的――という以前に、不公平がないと思うのだ。
芽吹きある春――だと、恩恵を受けるのは主に土属性とか木属性とか…、
あと長期的に見れば水属性にも益はあるだろうけど――…
…とにかく、全てのエレメントにとって公平ではないことは確かだろう。
…だというのに、数百年に亘ってこの儀式が途絶えも、廃れもしないのは――
「穢れを増やさないためには、実りを減らさないことが肝要――と」
「、」
くらと襲う眩暈に頭を押さえれば、次に襲い来るのは鈍い頭痛。
…なるほど。この儀式を発案した存在はとても――臆病だったようだ。
ある意味これはあれ、幸せになることよりも不幸せにならないことを第一とした考え――
…とはいえ何かの拍子で、実りを保証されていることも知らず人間が図に乗ってしまった時には、
トンでもない事になりそうだけれど――…まぁ、そこは自業自得か。
神秘が形骸化した元の世界ならともかく、
魔法という神秘が当たり前にあるこの世界で、神秘に対する不敬は――ただの無思慮、もしくは驕りだから。
「第一次産業の安定が人間性の維持に繋がる――
…理屈は分かるんですが…それは現代においても、ですか…?」
「…芽吹きある春とは『命の芽吹き』の比喩であって、
春――植物の芽吹き、ひいてはその先の豊穣を現す願いではないのです」
「ほ?」
「…命の芽吹き――…その前提となる愛の芽生えもまた」
「……そこまで網羅してるんだ?!」
なにか、獣神らしくない――ようで、ある意味で獣神らしい権能に、思わず声が出た――
――けれど、よく考えれば「芽吹き」というのは適度な落としどころだったと思う。
結果が保証される――のではなく、あくまで成功が保証されるのは芽生えまで。
順調なスタートに甘え、育むことを怠れば、心身を割くことを厭えば、容赦なく豊穣は遠退いていく――
…甘やかしすぎることなく平和の安定を後押ししつつ、
自然の害となる負の発生を抑制する――うん。これは実に甘い祭り事だ。
「興味本位で聞くんですが、この神事を始めたのは?」
「それはルーファス様です――
…ただ、最初期は賢梟ノ神への感謝を表すための発表会、…だったそうです」
「……なにがきっかけで賢者の森の発表会が、精霊族全体を巻き込む神事に……」
「――約200年前に起こった長期的な魔法災害。
それにより疲弊した自然と魂を守るため、三献人ノアの音頭で、
ルーファスが趣味で始めた森の発表会を前身とし、世界の未来を担う神事・充心祭は成ったのです」
「…突っ込みたいこと多すぎて困ったなあー」
突如として――…本当に、音どころか気配さえ無く、
いきなり私の膝の上に姿を見せたのは真白なフクロウ――の姿をした賢梟ノ神。
おそらく充心祭の全てを知っているだろうブレシドの登場――
――もとい、解説はとてもありがたい――…のだけれど、
1から100まで知っているブレシドが答えてくれる、となると今は無用の知識欲がうずうずしてしまうワケで…。
知らぬが仏、などとはよく言ったもの――知らなければ気にもならなかったんだけど、なあ!
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