「――要するに私のせい、だって?」
「い、いえ…あの……」
「これは八双が総意――姫巫女たる貴女と戯れたいのです」
不機嫌丸出しの私に対し、シャルルさんは申し訳なさそうな反応を見せる――
――が、相変わらず私の膝の上を陣取っているブレシドは、まったく全然何も気に病んだ風もなく笑顔で望みを
――充心祭の開催地が急遽変更になった原因を口にした。
獣神に「芽吹きある春」を乞い願う神事・充心祭の開催地となるのは、8つの精霊の里――の何処か。
…と言っても、開催地となる順番は既に固定化されており、
余程の事が無い限りはローテーション通りに開催地は決定する――…のだけれど、
主賓である獣神の我が儘というか、彼らの呼びたい私の実力と所在というかで、
起こるはずのないイレギュラー――順番を無視した挙句の、唐突な開催地変更が発生してしまった…のである。
理不尽な理由によって、いきなり充心祭の開催地に指定されてしまったのは――賢者の森。
突然ふってきた開催地の役目を前に、森に暮らす精霊たちは上を下への大混乱に見舞われた――ものの、
元祖としてこれまでに培ってきたノウハウ、そしてブレシドの助言によってなんとかかんとか祭りの準備を進めており、
この分であれば問題なく開催することができるだろう――
――とは、賢者の森の精霊の長、もとい充心祭実行委員長となったシャルルさんの見解だった。
舞台が何処であろうと、私の芸術に揺るぎはない――
…そう断言できたならよかったのに、とは思う。
そう言えたのであれば、私が舞台を選ばずとも最大限のポテンシャルを発揮できていれば、
開催地変更が起きることは無かった――転じて、
急遽の開催地として賢者の森に白羽の矢が立つことも無かった、…のだから。
「戯れたいって…なあ………」
ただの奉納舞――いわゆる神楽であれば、場所はそこまで問題にならない――
――獣神と縁深い、精霊の里を会場とする充心祭であればなおのこと。
だけれどこの度、獣神たちから降ってきた要望は「戯れ」――で、それが意味するところは、
詠地流奉納舞における極点の一様【神戯引舞】の披露、…だから大問題だった。
我が一族が祖――初代鳳凰の神子がその様式を作り上げ、後世に伝える――ことなく、
文献だけが残って、文字通りの「伝説」となっていた技芸――それが神戯引舞。
…そんな、荒唐無稽なモノだからこそ、演者、奏者、舞台それら以外の諸々も含めて、一切の不備は認められなかった。
……そもそも、元の世界であっても極まった伝統芸能である奉納舞を、
文化ゼロの異世界で演れっていう注文自体が荒唐無稽なんだよね――幻想空間の中でならともかく。
「――…演るしかない――よねぇ……」
正直言って、今のままでは演りきれる気さえしない――神戯引舞は、それくらいの大業だから。
そしてもし、今から全力で備えたとしても、完璧に演りきることは不可能だ――
――なにせそもそも演目の半分を担う弟が、いないのだから。
どうしようもなく高みの芸に、
しようのない大きすぎる欠けを抱えて挑む――…我ながら、無謀な判断だと思う。
――でもこれは、完璧をもとめなければ、死ぬ気でやればどうにかできる範囲、ではあった。
肉体を限界まで酷使し、精神を極限にまで削り澄まし、時を重ねれば実現できること――
そう思えば、何を犠牲にしても叶うかわからない帰還を掲げる私たちの無謀を思えば――
――努力と根性で覆せるというなら、どうということはない、そう思えた。
やれば叶う――なら、やればいい。
でも、いくら頑張っても叶わない願いもある――のだから、神戯引舞への挑戦はチャンスなのだ。
人では起こすことの叶わない――稀跡を起こすための。
「…モルン山の一件が片付いた後でよかったよ…」
「おかげで一節増えましたがね」
「……………前後にしても増えるでしょっ」
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