充心祭へ向け、日々研究と研鑽を重ねて過ごしていた――ら、
雪はとうに融け、暖かな陽気が草花の芽吹きを促す――春を、迎えていた。
…そう、芽吹きある春を願い、精霊たちが芸術を披露するその祭は――もう明日に迫っていた。
「何事もないと思いますが――いつも以上に寮生の監督、お願いしますね」
「はいっ、もちろんです!」
ぐっとガッツポーズをとり、自信を持った表情で「もちろん」と応えてくれたのはユウ。
寮母として、寮生を監督するのは常の事――ではあるけれど、
目障りな副寮長の不在にテンションが上がって
無意味にイキった挙句にトラブルを起こしかねない寮生が、オンボロ寮にはいるわけで。
…まぁ私の不在分、いつも以上にジェームズさんが目を光らせてくれると思うから、
よっぽどとんでもない程度、そして方向でグリムくんが問題児ムーブをかまさなければ大丈夫だと思うんだけど――
…こーゆー時に限ってやらかしてくれるのが本物のモンスターだからなぁ………。
「(――と言って、連れてはいけないし、ドタキャンなんてもってのほかだけど)」
目の届かないところで問題を起こされる――
――くらいなら、いっそ自分の目の届くところでやらかされた方がマシ。
…そんな諦めはあるけれど、今回の会場はその力技は通らない。
そもそも人間――に限らず、全ての生命にとって、精霊の里とは危険な領域。
精霊には人の常識も、良識も道徳も通用しない――という以前に、
非魔法士では気が触れるほど、魔力濃度が高い環境なのだ。
…ただの観光であれば、ノイ姐さんなりの力を借りてユウたちを連れて行くことも可能なのだけれど――
…観光、なんてお気楽な旅行じゃあないんだ、コレは。
これは命を懸けた仕事――ってレベルに、自分の演目でいっぱいいっぱいの状態の私では、
仮にグリムくんが良い子だったとしても、精霊の森での引率の任は無理だった。
「――お嬢様、来客です」
「はい?」
軽いノックのあと、耳に届いたジェームズさんからの想像もしない来客に、
思わず立ち上がって声の聞こえた方へ向き返れば――
「………レオナさん?」
ガチャと開かれたドアの向こうから姿を見せたのは、
いつもと同じく着崩した制服――の上に、制服のジャケットを羽織ったレオナさん。
見慣れている――ようで見慣れないレオナさんの制服姿に、
突然の来客の混乱も加わって、間抜けにただ目の前にいる人物の名を呼べば――
「なんだ」
――とまぁぶっきらぼうなお応え。
…とはいえ、私もほぼ反射で名前を読んだだけで、なにを尋ねたわけではないのだから
まぁ「なんだ」と質問促されただけ上々――って、
なんで私がレオナさん相手にそこまで下手に出なきゃならなんか。
「…なんだはこっちのセリフですよ――…何用です?」
「……聞いてねぇのか」
「………誰にです?」
「…義姉から」
「ほア?!」
想像の斜め上をかっ飛んだ大物の提示に、さすがに変な声が出た。
このタイミングに、制服のジャケットを羽織ったレオナさんが来訪した――時点で、
この訪問がレオナさんの意思によるものではないと、よくよく考えていれば察しがつくはずだった。
けれど混乱で鈍った私の頭では気付くことができず、
「聞いてないのか」とレオナさんから特大のヒントを貰ったことで、
うちの兄さんかノイ姐さんあたりが声をかけたのだろうと思った――
――のだけれどまさかラフィア王妃サマの名前が出てくるとは?!
「夕焼けの草原の精霊たちの様子を見てこい――とのご達しでな」
「な、なるほど……?…………………ぅんん?王族顔パス??」
「…違う――白獅子ノ神の口利きだ」
「…っつーことは兄さんも一枚噛んでるやつですね」
「……だろーな」
精霊うんぬんという会話の中で、唐突に名前が挙がったレオナさんの義姉――ラフィア王妃。
場面が場面だけに冷静さを失うくらい驚いた――けれど、
その裏にいる存在が明らかになれば、なにも突飛なことはなかった。
ウチの兄さんと仲がいいのはファレナ陛下――ではなく、同い年のラフィアさんの方で。
レオナさんのことを気にかけている兄さんは、
同じくレオナさんのことを気にかけているラフィアさんのこともわかっている――のだから、
繋がっていても、共謀して波紋を起こしたとしても、何の不思議もないのである。
――…ただお節介で、尻を突っつかれてレオナさんが腰を上げたのは意外だったけれど。
「フフフ…」
「…――お前、年間にどれだけの人間が精霊の神隠しに合うか知ってるか?」
「、」
……あ、なんか結構真面目な理由で送り込まれた感じです??
「…立ち入り禁止を無視しているのですから自業自得と思いますが」
「「……」」
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