空中でのぬいゾリごっごを楽しみ、到着したのは賢者の森――の中にある、
物々しい「off limitsたちいりきんし」の看板やら行方不明者のリストが掲示されたフェンスの前だった。

 人間の世界と精霊の世界を別つ境界には、人間と精霊の「命」の違いを物語るように、
なんとも居心地の悪い独特の緊張感が流れている――…はずなのだけれど、
既に精霊世界なかに足を踏み入れたことがあるせいなのか、
HWWにかつて感じたなんとも言い難い緊張感はすっかり消え去っていた――
…というか、その感覚を知覚する間が無かった、と言った方が適当かもしれない。
 

 尋常ではないソリの走行スピード――故に受ける強烈な風圧に体力を削られ、
元々青白い顔を更に青くしているイデアさんのケアをしている――と、一瞬頭上の陽光が遮られる。
不意の事に、反射的に状況を確かめようと顔を上げたものの、
既に日を遮った影を空に見つけることは叶わず――また不意に奔った強風に、その発生源へと視線を向ければ――

 

「リュビさん!」

 

 うつぶせの体勢からむくりと起き上がるのは、
濃い赤色の鱗を持つ大きなドラゴン――賢者の森の精霊たちの長・シャルルさんの娘であるリュビさん。
知った姿かおに思わず笑顔が浮かんで彼女の名を呼ぶと、
赤色のドラゴンの薄ら細められた目が緩く弧を描いた――…と思ったら不意にリュビさんの目に困惑の色が奔った。

 

「――精霊の里こんなところに連れて来てんだ、知ってるのは前提とうぜんだろ」

「ぅん?」

 

 呆れを含んだ台詞と一緒に、リュビさんの背からひょこと姿を見せたのは、
オフホワイトの小さなワイバーン――精霊の長リュビさん息子おとうとのネフラ。
またしても叶った再会に笑顔が浮かぶ――より先にネフラの呆れ、もといリュビさんの困惑に疑問いしきが向いて、
思わず首をかしげる――と、ネフラは呆れを顔に浮かべたまま、私から視線を斜め下に移した。

 

「ぁあ〜………そういえば同行者の連絡…してなかったね…」

「…ノイ様が許可してんなら精霊だれも文句は言えねー…けど………」

「ん?」

「……そちらのお方はどちら様だよ……」

 

 リュビさんの背から飛び出して、流れるような滑空の末に私の肩に乗ったネフラが、
身をかがめ小さな声で「誰だ」と尋ねている相手とは、
イデアさんの横でぽてと足を開き座っている白の小熊――かつて獣神であった怜熊しんれい・ブルースのこと、だった。

 ブルースが獣神の座についていた時代、おそらくネフラは生まれていた――
――と思うのだけれど、だからといって面識があったとは限らない。
身近過ぎて失念しがちだが、獣神とは本来、簡単に会える存在ではない。
それは、たとえ精霊の里の長――獣神にとって配下しんかんたる存在であったとしても。
そしてもし仮に、幼いネフラがブルースと対面していた――としても、
獣神が相手とはいえ幼い子供じぶんのことでは忘れてしまっていても不思議はない。
――のだから、ここは初めましてのテイで紹介してもいいと思う――のだけれど、

 

「思いがけず――母親に似たね?」

 

 小熊おなさい顔に意地の悪い笑みを浮かべ、おもむろに言葉を投げたのは子熊の姿のままのブルース。
思ってみないブルースの「母親に」という指摘に首をかしげる――
――と、ブルースの正面にいたリュビさんが慌てた様子で起こしたはずのは上体を下げ――
…真白な小熊の前に、その十数倍は大きな体躯の赤色のドラゴンがひれ伏している――という、
なんともわけの分からない構図が出来上がった。あ、リュビさんはブルースとの記憶めんしきあるんだ。

 

「顔を上げなよリュビ。自分はそこの巫女の案内でここに来たんだから」

「…ブルース様……」

「…せっかくドラゴンははおや寄ったんだから、もっと威張ったらいいのに――…案の定、中身はシャルルに似たね」

「ぇ…ぇえとぉ……そっ、…の……!」

「ま、シャルル的にはありがたい案配だったとは思うけどね――
…エトが1.5人もいたら、シャルルだけじゃ足りないだろうからねぇ」

「足りない…?」

「傲慢と書いてドラゴンと読む――くらいの最強種いきものだからね、
強力なストッパーがいなくちゃ有象無象たしゅぞくとの共生は成り立たないのさ」

 

 無意識に口に出ていた私の疑問に、含むモノのある笑みをニヨと浮かべながらも、ブルースは答えを返してくれる。
…おそらく本当に、嘘でも誇張でもなくドラゴンとは傲慢なそういう生き物なんだろう――と思う。
だけれどなんとなしブルースが言う「ドラゴン」が、この世界に生きるドラゴン族を指している――
…ように思えないから、どうにも苦い表情モノが浮かんでしまった。
 

 …別にね、ドラゴンがドラゴン然として傲慢であることは問題じゃないんだよ。
人間如きではまともに抵抗することさえ叶わない、それほどのトンでもないポテンシャルをドラゴン族が有していることを、
私は寮対抗マジフト大会けいけんを以て知っている――
…だから、ドラゴンは仕方ないいいの、そういういきものだから。

 ……でも、ドラゴンじゃあないのにドラゴン然として生きる人間れんちゅうがいてだねぇ?
もし彼らにも、人間たしゃと共生するためにストッパーという存在モノが必要なのだとしたら――……色んな意味で頭痛ぃ〜…!

 

「まさか…カイチョーの事を心配する日が来るなんて思ってなかったよ……」

「へぇー龍相手に心配なんて余裕だねぇ――自分の演目ことでキャパ一杯だったんじゃないの?」

「………」

 

 腑に落ちない――が、やはりブルースの言葉から覚えた私の不安はまんまとだただしかった。
どういうワケかはわからないけれど、ブルースが指摘したドラゴンは――

 

「――というより、いもしない龍への心配自体が無意味ムダなのさ」

「!」

 

 すっきりとした声音で私の不安しんぱいを「無駄」と言い切ったのは――ふわと光と共に私の横に姿を現したノイ姐さん。
無駄とすっぱり言い切られ、「そんな」と言い返した――い、衝動に駆られたのはものの一瞬。
ふと冷静になれば、ノイ姐さんの言い分はなにより尤もだった。

 

「…それより――…私は真龍の縁者の方が、心配だなぁ…」

「あー……」

「…え、縁者??」

「………そういった要素ことの説明も、会場へ向かう前に必要ですから――」

「――ぇ、ええ!ま、まずは里へ――庵へお連れいたします!!――さあお嬢様!私の背に!」

「…そっちの二人はコチラへどーぞー」