良くも悪くも相変わらずの賢者の森のドラゴンと精霊たちに苦笑いしつつ、今夜宿泊することになる庵に不要な荷物を置き、
簡単に精霊の社会についての解説を聞いてから向かったのは――充心祭の会場となる広場。
既に様々な土地の精霊たちが事前準備のために森に入り、
一年をかけて作り上げてきた作品が最高の完成に至るための最終準備に入っている――
…がために、広場の空気はややピリついているという。
…ただそれは、毎年何処の里であっても起きること――…と聞いてちょっと安心した。
…とはいえ、急な会場変更に対して少なからず不満を覚えた者もいたはず――
…まぁ、その原因は獣神の要望ってことになってるだろうから、
私に直接的な非難が向けられることは無い――としても、そもそもの原因が私であることは確かなわけでね??
明日の裏の主役たる精霊たちに対して申し訳ないものを覚えつつ、
先送りにしていたレオナさんたちのことをシャルルさんたちに紹介しながら森の中を進み、
ふと視界が開けた先に見えたのは――
「……祭礼??」
円を描くようにまとめて設置されたテーブルセットのエリアを中心に、
左右に長く、前後に短く展開しているのは――いわゆる屋台。
準備中のところもあれば、既に営業しているものもあり――
――また取り扱っている商品も、食べ物であったり工芸品と思わしき物だったりと様々だった。
これは、なんとも見覚えのある光景――神社仏閣等々で催される祭礼・縁日のそれに似ている。
しかし、参加者がほぼ精霊だけに限られるこの神事の性質を考えると、
この規模の出店は利が薄い――通り越して赤字になると思うんだけど………。
「…充心祭の本義はあくまで獣神への祈願――
――ですが、それと同時に精霊の里同士の交流の機会でもあるのです」
「…ほー」
「充心祭が興るまで八大郷ってライバル意識が強くてけっこーギスギスしてたのよ?
そのせいで規模の小さい里は委縮したり、大きな里に恭順を示したり――
…こういう精霊同士の不和も、自然の魔力バランスを崩す遠因だったんじゃないか――
――って、ワディーウおじちゃんは言ってたわ」
「…ワディーウ?」
エトさんの口から出た聞き覚えのない名前に思わず首をかしげた――ら、
…本当に、誇張なく全員から若干残念な子でも見るような目で見られた。
…精霊+ドラゴン他一同からそういうリアクションを貰うのは分かる――のだけれど、
なんでレオナさんとイデアさんまで彼らと同じリアクションなのか。ぇ、なに?そんなに有名な――
「ワディーウ・カッパーニはルーファス様の数少ない弟子の一人。
魔法災害を専攻する研究者で――…旧灰魔の七団長の一人、です」
「……ぅん?!」
わあ!これは!ホントに――知ってて当然レベルの有名人!――だったっぽい…!
…たぶん、一回くらい資料なりなんなりで名前を目にしたことはあるはずなんだけど――
…ざっくりと、自分が今在る世界を理解するために読んだだけだったから……名前が、頭に定着しなかったかな…。
……コレ、戻ったらちゃんと一回頭に入れ直した方がいいな――
…HWWの強襲も、旧灰魔の残党の尻尾だったっていうし…。
我欲のために悪徳を重ね、灰色の魔法士団を根の底から腐敗させた旧き七団長たち――
――彼らが積み重ねた「悪」の清算者となったのは先代七団長。
先人が積み上げた罪、そして塗り重ねてきた嘘――それらの清算のため、
贄として断罪された先代もまた、悪き灰魔の犠牲者――…ではなかった。
彼らは、悪しき因習を排することなく己が権力と受け入れ、揮い――
――更なる罪を重ね、嘘を吐き通したのだから、同情の余地などはない。
それぞれが己の欲望を満たすために、灰魔という力を身勝手に利用した――
…そのフレコミに、誇張はないはずなのだけれど、
「でもねっ、ワディーウおじちゃんはいいヒトなのよっ――こないだも熱砂の国のスパイス送ってくれたし!」
悪徳の権化として断罪された旧七団長――だが、
その一人であるワディーウ氏を必死にフォローするのはエトさんだった。
義父の弟子――であれば、おそらくエトさんとワディーウ氏の接点は多く、
その中で彼の人格をエトさんは見抜いていた――はず。
そんなエトさんが「いいヒト」というのだから、きっとワディーウ氏は本当はいいヒトなのだと思う――
…間違っても、エトさんが贈り物で懐柔されての判断、ではないと思っているのだけれど、
「…確かにワディーウは、他の七団長と違い悪人ではありませんでした――
…が、他七団長の悪を見て見ぬふりをしした、という悪があります」
「…ま、それを言うと三献人もほぼ同罪なんだがな――灰魔を野放しにしたって話では」
「時代が違う――とはいえ、既に灰魔の腐敗は始まっていたからな」
ワディーウ氏の犯した悪――それはある種の怠惰。
同列の行いが悪と、正すべきことと知りながら、己が損得を鑑みて他者の悪を見逃した――
――これは、間違いなく「悪」と呼ばれる判断だろう。
…たとえ、誰しもが当たり前に選ぶ、普遍的な――自衛の手段、であったとしても。
そしてその悪は、同じ時を生きた三献人にもいえた悪――で、
「…――結果論だが、彼女らの台頭、そして亡失が――灰魔の膿みを助長したことは間違いなかろうな」
不意に、威厳に満ちた女性の声によって、三献人に対する痛烈な見解が放たれる。
人の世で語るならばまだしも、よりにもよって獣神と縁深い精霊の里で三献人批判――
――転じて、神子批判とは命知らずにもほどがある――のだが、
それをやらかしているのが知った顔――煙のようにうねるクラウドの髪に褐色の肌、
そしてエキゾチックな衣装を纏った男性――の肩に乗る2m級サラマンダーなものだから、
「っ、ちょ――…シヴァちゃん!」
「なんだ小娘。まさか彼の遣人の結論に異を唱えるつもりか?」
「ぬぐ…ぐぬぬぬぬぅ〜…!」
無表情――だったはずの顔に「ふふん」と嘲笑を浮かべ、
真龍を小娘と呼んだ挙句、件の遣人の存在を持ち出し反論を封じるのは――
――ソロウ王国の守護精霊たるサラマンダー一族の女王・シヴァ。
……きっと、シヴァの言っていることは何一つとして間違っていない――と思うんだけど、
だとしてもなかなかに不敬極まってると思うんだけど大丈夫??
「――しかし、あれだけ膿んだからこそ、
レーイチもやり易かった――もとい、腰を上げた、とは思うがな」
「……恐ろしい結果論だな。
もしあの神子が降り立たなければ、今も灰魔の悪行は続いていた――ということだろう?」
「…フェガリには悪いが、そうであったろうな――
…ただ彼奴の事だ、ワディーウほど大人しい選択はできんかったろうがなァ?」
なぜか愉しげにニヨニヨと笑みを浮かべるシヴァ――を前に、
ヴァインさんたちは苦い笑いを漏らし、エトさんは「うわ」と言いたげに眉間にしわを寄せ、
シャルルさんとその子供たちはドン引きといった風で表情を死なせ――
契約主であるパーシヴァルさんは感情の宿らない笑みを浮かべて――シヴァの口を閉じた。手で、物理的に。
「言葉を慎んでください――女王陛下」
「むぅ…」
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