用件だけを伝え、足早に部室を出て行く冬海。
幽霊顧問ともいえる彼の背中を雷門サッカー部の部員たちは、
何の気なしに視線だけで見送ると、不意に冬海の背中がびくんと震えた。
だが、冬海はその驚きから早々に立ち直ったのか、
慌てた様子で部室のドアを閉めて去って行った。

 

「……アイツが帰ってきたらしいな」
「だな」

 

嬉しそうな笑みを薄っすらと浮かべて顔を見合わせる染岡と半田。
その二人の様子を見た一年組は急に嬉しそうに表情を輝かせた。
急に広がりだした喜び。だが、その輪に入っていないものもいる。
それは帝国戦を気に入部した影野と目金、そしてつい先日入部した豪炎寺と今入部したばかりの土門。
しかし、彼らと同じく最近入部した風丸と松野は、染岡たちと同様に嬉しそうな表情を見せており、
この状況を理解しているようだった。
急に湧き上がってきた疎外感と好奇心。
彼らの話題の中心にあり、自分の知らないところにある「なにか」。
それがどうにも気になった豪炎寺は、染岡たちよりも明らかに嬉しそうな表情を見せている円堂に声をかけた。

 

「いったい誰が帰ってきたというんだ?」
「うちの監督だ!」

 

思いがけない円堂の返答に、思わず固まる豪炎寺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ってきた砦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワイワイと盛り上がっているサッカー部の部室。
だが、ドアが動き出したその瞬間。一気に部室は静まり返った。
ドアが開いた先にいたのは、山吹茶のロングヘアーが印象的な女子生徒。
肩に黒のスポーツバッグをかけており、ただの女子生徒ではないということは一目でわかった。

 

「ただいまー」
「「「「御麟先ぱーいっ!!」」」」

 

そう声を上げながら部室に入ってきた少女に抱きついたのは一年組。
突然のことだったはずなのだが、少女は一年たちのこの歓迎に慣れているのか、笑顔で一年たちに対応していた。

 

「用事とかいうのは片、ついたのか?」
「それはもちろん」
「なら、学校にも戻ってくるんだろ?」
「ええ、明日からね。今日はとりあえずアンタたちの様子だけ見にきたのよ。
――なんか大変だったみたいじゃない」
「そりゃ、廃部の危機だぞ?大変に決まってるだろ…」

 

ケタケタと笑いながら言う少女を尻目に、呆れた様子で半田はため息交じりに言葉を漏らす。
だが、相当大変な目にあったことが一目でわかる半田の様子を目にしながらも、
少女は半田を気遣うような表情ひとつ見せなかった。
しかし、その少女の反応も、雷門サッカー部にとっては「当たり前」のもののようで、
気の短い染岡でさえ少女に食って掛かるようなことはなかった。

 

「でもまあ、正式に部として学校側に認められたんだから結果オーライだったじゃない」
「簡単に言ってくれるぜ。俺たちがどんだけ苦労したと……」
「はァ?私は約一年間、身を粉にしてサッカー部を守ってきたんですけどねェ」
「う゛っ……」
「あはは、これは染岡の負けだね」
「あら松野?ついにサッカー部に入ってくれたの?」

 

笑いながら染岡にダメ押しをした松野。
その松野の姿を見た少女は意外そうな表情を浮かべて松野に言葉を投げる。
すると、松野は「まぁね」と切り出した。

 

「サッカー部の廃部の危機、見過ごせるわけないでしょ?」
「そう言ってもらえるなんて嬉しいわ」
「ん?なんだよ、松野と知り合いだったのか?」
「同じクラスだったのと、助っ人仲間ってことでね」

 

少女が「ねー」と松野にふると、松野も「ねー」と返す。
その様子は10人中10人が「仲いいな」と思うほど、仲のよさそうな様子だった。
しかし、不意に少女の興味は松野から松野の隣にいる風丸に移る。
好奇心を含んだ少女の視線を受けた風丸は、なんとも気まずそうな表情を浮かべながらも、
少女に答えるように片手を上げた。

 

「へぇ〜〜」
「……そういうことでよろしく頼むよ…」
「ま、本人がこれでいいならいいんだけど――ねェ?」
「くどい」

 

呆れた様子で少女をたしなめるように風丸がそう言うと、
少女は苦笑いを浮かべながら「ゴメン、ゴメン」と謝罪の言葉を口にする。
そんな簡単な謝罪ではあったが、風丸はそれ以上少女に責めることはしなかった。
それから少女は風丸から視線をはずすと、影野、目金と視線を向け、豪炎寺で視線を止めた。
豪炎寺を見る少女の目は先ほどの松野や風丸の時とは比にならないほど大きく見開いており、
かなり驚いているということがわかる。
しかし、基本的にこの少女は立ち直りが早いようで、表情を冷静なものに戻すと、最後に土門に視線を向けた。

 

「…………」
「…今回の新入部員も上々ね。面白くなりそうじゃない」

 

満足げな笑みを浮かべて少女はそう言うと、
コホンと改まった様子で咳払いをひとつして豪炎寺たちに視線を向けた。

 

「私はサッカー部副部長の御麟。これから同じサッカー部としてよろしく」

 

御麟と名乗った少女――なんと彼女は、サッカー部の副部長なのだという。
漠然と副部長も男だと思っていた豪炎寺たちにとっては思っても見ない事実だったためか、
に帰ってくる言葉は戸惑ったような調子のものばかり。
だが、それを端から見越していたらしいには動揺の色は一切なかった。

 

「――ところで、実のところ完全には廃部の危機を脱してないらしいじゃない」
あ゛
「次の試合――野生中に勝てなきゃ廃部だったな…」
「…御麟、どうにかできないのか?」
「なに言ってるの、勝てば完全に廃部の危機とはさよならできるのよ?ここは尻込みしている場合じゃないでしょ」

 

廃部を免れる策はないかと半田はに意見を求めたが、
は真っ向から半田の考えを却下する答えを返した。
確かに、の意見も尤もと言えば尤もではあるのだが、いかんせん次の対戦相手が悪い。
相手は昨年のFF地区大会で帝国学園と決勝戦を戦った野生中。
帝国に勝つことはなかったが、相手は全国区の実力の持ち主。
生半可な力では勝つことなどできないのだ。

 

「力が及ばないのであれば、特訓すればいい。それでも及ばないのなら、頭で勝てばいい。
幸い、野生中は個の突出をよしとするチームプレーにやや欠けのあるチーム――
そこをつけば勝算のない相手じゃないわよ」
「さすが御麟先輩!もうそこまで考えてるなんて!」
「本当に御麟先輩が帰ってきてくれてよかったですよー!」

 

理由を伴った野生中戦への勝算に、一年組はワイワイと盛り上がる。
二年組も、部に戻ってきたばかりだというのに、
すでに野生中戦へ向けての対策を考えていたに感心したような視線を向けていた。
しかし、当のといえば、それほど明るい表情は浮かべていなかった。

 

「とはいえ、最終的にゴールを割れないと勝てないのよねぇ」
「んだよ、俺と豪炎寺じゃ力不足だって言いたいのかよ」

 

突如として決定力の不足を提示してきたに、染岡は不機嫌そうな表情でを睨む。
しかし、染岡の睨みなどすっかり慣れてしまっているのか、
は平然とした表情で「そうよ」と染岡の言葉を肯定した。

 

「染岡は純粋に力不足。豪炎寺くんは――シュートを打てない可能性が高い」
「…はぁ?俺はともかく豪炎寺の――って、なんでお前が豪炎寺のシュート云々を…」
「去年のFFの試合は一通り網羅したもの。豪炎寺くんのことを知っていても何の不思議はないでしょ。
――それより今は今年の話よ。豪炎寺くんを主軸とするなら、なんらかの高さ対策をしないとどうにもならないわよ?」
「…高さ対策??」
「野生中は高さ勝負に強い。無策で突っ込めば、豪炎寺くんを上から押さえ込まれておしまいよ」

 

豪炎寺の必殺技――ファイアトルネード。この技は空中からのシュート技。
本来であれば、空中と言う一切の邪魔者がない場所だが、
驚異的な跳躍力を持つ野生中との試合において、空中は逆に邪魔者だらけの空間だ。
そんな空間でファイアトルネードを確実に放てるかと問われれば微妙なところ。
これはの指摘どおりに、なんらかの高さ対策を練る必要がありそうだった。

 

「高さ対策……かぁ…。ぱっと思いつくのはジャンプ力の強化だよな」
「それか、新しい必殺技――か、連携技…だな」
「連携技は無理じゃないですか?もう染岡さんと豪炎寺さんでドラゴントルネードが完成してるじゃないですか」
「…となると新しい必殺技を編み出すしか――」
「逆にしてみたらどうッスか?」
「「逆?」」
「そうッス。豪炎寺さんから染岡さんにつなぐんスよ」
「あ!それはいいでヤンス!」
「でも、はじめからファイアトルネードが打てたらそれですむんじゃないの?」
「あ」
「らちあかだねー。、なんか対策案があるんじゃないの?」

 

埒が明かない壁山たちの話をさえぎって松野がに話を振ると、
は視線を自身の携帯電話から雷門イレブンに移して少し彼らを眺めた後、不意にクイと後ろのドアを指差した。

 

「うちの新人マネージャーが図書室でいいもの見つけてきたからとりあえず行ってきなさい」
「?音無が??」
「つか、なんで音無がマネージャーになったこと御麟が知ってんだよ?」
「彼女とは個人的に付き合いがあってね。まぁそれはどうでもいいから――さっさと図書室行け」

 

あれやこれやと説明するのが面倒になったのか、は威圧するようににっこりと笑って再度ドアを指す。
このの笑顔が意味しているものを知っている染岡と半田たちの表情が引きつる。
だが、それに気づいていながらもは威圧をやめることはしなかった。
久しぶりに食らったの威圧に耐え切れず半田が円堂の腕を掴んで「図書室行くぞ!」と言って部室を飛び出す。
それを皮切りに、一目散とでも言うかの様子で部室はあっという間に空っぽになった。
一人部室に残ったは困ったような笑みを少し浮かべたが、
不意に何かを企んだような楽しげな笑みを浮かべていた。

 

「イレギュラー揃いでなかなか楽しいことになったじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 キャラとの絡みの重視すると、やはりアニメ版よりもこちらの方が楽しいです(笑)
加えて各キャラの解釈も深められるのも魅力的ですね。俺色が強くなって原形留めない可能性もありますが(汗)
今回は俺ブンっ子は登場させませんでしたが、企画とは別に生産してみたい所存です!