資料として配られた書類と、独自に集めた資料を眺めながら、
ノートパソコンに形式的な文章を打ち込んでいく。
冷静に考えると、この文書を自分が作成するのはおかしいのだが、
この事態を生徒にとっていい形で終わらせるには、自分が動くほか選択肢はなかった。
教師や理事たちに任せておいけば、あたり触りのない処理で済むだろう。
しかし、それでは生徒の信用を失う可能性がある。
生徒の信用を失えば、保護者の信用を失う――その可能性もあながち否定できたものではない。
もし、この事態は現実のものとなった場合には、学校自体の信用を失うという可能性も浮上してくるのだ。
ただの一般生徒ならば、このまま傍観するところだが、
経営に携わる一族に属する人間としては、学校の評判を落とすという事態だけは絶対に避けたい。
それだけに、この一件はあたり触りのない処理だけでは終わらせるわけにはいかなかった。

 

コンコン

 

部屋と廊下をつなぐドアがノックされる。
心の中で「来たか」とつぶやき、散らかった書類を片付けながら、
ドアに向かって「どうぞ」と言葉を投げた。
一間空いて「失礼します」と言う台詞と同時にガチャとドアノブが回る音が響く。
そして、ドアの開く音の後にドアの向こうから二人の少年が姿を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長の言うことにゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御影専農中の生徒会室。
そこにサッカー部キャプテンの杉森威と副キャプテンの下鶴改が呼び出されていた。
2人の顔に浮かぶ表情をこわばっており、これから伝えられる事の顛末に身構えているようにも見える。
そんな緊張した面持ちのまま、2人は自分たちを呼び出した人物が座っているデスクの前へと進み出た。
生徒会室に設置されたデスクの中でも特に大きく立派なデスク。
そのデスクを占領しているのは、2人を呼び出した御影専農中の生徒会会長――御麟
学生の身分でありながら学校経営にまで進言力を持った下手な教師よりも権力を持った彼女。
それはなぜかといえば、彼女は生徒会会長である前に、理事長の孫娘だということが一番の理由。
この事実は御影中においては周知のこと。
そして、彼女が人一倍愛校心を持っていることも、また誰もが知っていることだった。

 

「フットボールフロンティア、お疲れ様でした」
「……満足な結果を残せず申し訳ありません…」

 

が形式的な労いの言葉をかける。
ところが、杉森は礼を言うよりも先に頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
一年ほど前からサッカー部へ力を入れてきた御影中。
サッカー部専用のトレーニング施設を設置したりと多額の資金をかけたにもかかわらず、
目標としていたフットボールフロンティアは2回戦敗退。
2回戦に戦った雷門中は弱小校と呼ばれていたが、
今期のフットボールフロンティア地区大会では無敗と呼ばれた帝国学園を破って優勝に輝いている。
相手が悪かった――と言っても言い訳は通るが、それよりも問題となっていたのは――

 

「――それよりも、あなたたちは富山先生と影山氏が繋がっていたことを知っていたのですね?」

 

真剣な表情でが口にしたのは、御影中サッカー部の元監督である富山と、
帝国学園総帥兼サッカー部の監督であり――
フットボールフロンティア決勝で起きた傷害未遂事件の容疑者とされている影山の存在。
一気にその場の空気が張り詰め、杉森と下鶴の顔に苦々しい色がさした。
それでも、は表情を変えずに2人の答えを黙って待っている。
答えを急かすことはしないが、答えを得られるまでは開放するつもりがないことは見て取れた。
そして、意を決した杉森がしっかりと意思を持って口を開いた。

 

「…知っていました」

 

富山と影山が繋がっていた――それどころか、富山は影山に付き従っていた。
それを杉森たちは知っていた。
しかし、洗脳状態にあった彼らに「それ」を疑問に思うことは不可能な話。
だが、彼らが洗脳されていたをいくら説明しても、適当に処理されることが毎度だった。
この洗脳されていたという事実が明るみに出れば、学校側のずさんな経営状態をさらすようなもの。
その事態を危惧した関係者たちは、洗脳されていたという事実を受け止めようとはせずにただ受け流すだけだった。
このままいけば、当たりざわりのない処置として、サッカー部の活動停止などを言い渡されることは確実。
だが、やっと自分たちのやりたいサッカーを見つけた杉森たちには堪ったものではない。
このまま黙って状況に流されるわけにはいかなかった。

 

「――ですが、黙って影山氏の提案を受け入れていた学校側の経営にも問題があったはずです!」
「改…!」
「自分たちは洗脳されていたんです!富山監督の操り人形に――…ッ!」

 

杉森の静止も聞かず、主張を続けた下鶴だったが、
不意にキッと睨んできたの威圧に怯み、思わず言葉を飲み込んだ。
大人しくなった下鶴をは無表情で睨むと、
下鶴は気まずそうにから目を逸らすと「申し訳ありません…」と小さな声で謝罪した。
下鶴の弱々しい謝罪の言葉を聞いたは、
突然大げさなため息をつき、呆れかえった表情で下鶴に向って言葉を放った。

 

「そんなこと、わかっているわ。
でも、大金積まれて権力振りかざされたら――逆らえるわけがないじゃない」

 

急激に砕けたの言葉遣い。
だが、下鶴も杉森もそれ大しては大きな動揺は見せていない。
元々、下鶴とは幼い頃からの馴染みで、こういった砕けた口調で言葉を交わすことの方が多い。
どちらかというと先ほどまでの言葉遣いの方が違和感があるぐらいだった。
完全に「いつも」のペースとなった3人。
しかし、こちらの方が自分たちにとって分が悪いことを杉森は知っていた。

 

「子供よりも、大人の方が大きな力に逆らう力がないのよ。
先人も言葉を残しているじゃない。『長いものには巻かれろ』――って」
「…だからって俺たちに責任を全部かぶせて終わりにしようとするのは強引すぎる!」
「強引だけど妥当じゃない。それに、問題を起こしたサッカー部に何のお咎めなしなんて示しがつかないわ」
「べ、別にサッカー部を咎めるなとは言ってない!
ただ、サッカー部だけを咎めるのはおかしいって言ってるんだ!」
「ええ、それはそうよ。
だから今、御影にとっての諸悪の根源――富山を探してるわ。一番に重い罪を被るべきでしょう?」

 

最もな意見を言われ、勢いで攻勢に出ていた下鶴は言葉に詰まった。
確かにの意見は尤もだが、
結局のところは、サッカー部関係者にすべての罪をかぶせてしまおうということには変わりない。
平行線をたどり続ける話し合いだが、なんとしてもその均衡を崩し、
サッカー部の活動停止だけは阻止しなくてはと決心している下鶴は、再度に意見しようとしたが、
それを杉森が困ったような表情で制した。

 

「やめろ改」
「だが!」
「今は御麟を責めるべきじゃない。今は御麟の協力を得ることが最善だ」
「!」
「――さすが杉森くん。阿呆の改と違って大局を見てるわね」
「なっ…!阿呆とはなんだ!!」

 

阿呆呼ばわりされ、下鶴は烈火のごとくに噛み付くが、
それをまったく気にした様子のないは涼しい表情で「事実じゃない」と挑発するように下鶴に言葉を返す。
あまりにも露骨な挑発に、冷静さを失っている下鶴でもさすがに挑発に乗るべきではないと考えたのか、
不満げな表情ではありながらも、の言葉を真に受けることはせずにぐっと押し黙った。
そんな下鶴の様子を見たは、あえて追撃の言葉を放つことはせず、
ごく自然な調子で杉森へ視線を移した。

 

「私の協力――と言ったけれど、私になにをしろと?」
「…サッカー部の活動停止、それを防ぐための力添えをしてもらいたい」

 

不安の色が混じりながらも、真剣な表情でに協力を求める杉森。
その杉森の提案を聞いたは酷く迷惑そうな表情を見せる。
そして、二度目となる大きなため息をついた。

 

「もちろん――最善を尽くさせてもらうわ」
「…うそ……?!」

 

まさかが協力を申し出るとは思っていなかった下鶴。
思わず本音がポロリと漏れ、自分の耳に入った信じられない事実を否定すると、
威圧を含んだ笑みをニッコリと浮かべたが口を開いた。

 

「冗談の方がいいのかしら?下鶴くん?」
「そ、そんなことはない!
…ただ、お前のことだから学校の評判を落とすような選択はしないと思っていたから……」
「…だから大局を見てないって言うのよ」
「なっ!?」

 

威圧の笑顔を解き、次にが見せた表情は呆れを強く含んだ表情。
やや小馬鹿にしたような色も含んでいたの表情に、下鶴はまた食って掛かりそうになったが、
それよりも先にの方が口を開いていた。

 

「生徒の大半がサッカー部に対して温情的で、サッカー部の活動停止を望んでいない。
なのに、生徒の会である生徒会がサッカー部の活動停止を肯定しては、
生徒会としての役割を果たせていないことになる」
「…だが、学校の評判を落とすことに繋がるんだぞ…?」
「だとしても、生徒の信用をなくすことは、
今回の事実を明るみに出した場合よりも、保護者や社会的な信用を失う可能性がある。
――それに、黒い話題が上がっている今こそ、誠実な対応が求められるものよ」
…」

 

目先の評判だけを求めず、先のことを見据えたの考えに、下鶴は素直に感心した。
理事の孫娘としてではなく、御影中の生徒会会長としての責任をしっかりと自覚して、
困難に立ち向かうことを決めたの選択には尊敬の念すら抱く。
――だが、そんな感動も次の一言であっという間に崩壊した。

 

「ホント、改は浅はかね」
「このっ…!!」
「改、ここは抑えてくれ…」

 

完全に馬鹿にした様子で下鶴に向って「浅はか」と言葉を向ける
当然、馬鹿にされた下鶴は憤った様子でを睨むが、
杉森に止められている手前、直接に向っていくことはできず、不満げな様子でを睨んでいた。
協力者である自分に対して敵意にも近い線を向ける下鶴だが、
そうなるように仕向けたという自覚のあるは、
自分の思う通りに下鶴が表情を変えたことに満足しているようで、楽しげな表情を浮かべている。
もちろん、その笑みが下鶴の怒りのボルテージを更に上昇させていることも承知している。
だが、それすらもにとっては喜ばしいことだった。

 

「しばらくの間は、活動を我慢してちょうだい。富山さえ見つかれば活動再開は容易だから」
「ああ、活動を続けるための我慢なら」

 

そう言って杉森はの言葉にうなずく。
だが、未だにに対しての不満を胸に抱えている下鶴は不機嫌そうな表情でをから目を逸らしていた。
間違ってもへの反発心でサッカー部として活動を――
なんてことはないだろうが、けじめとしては下鶴に「改もいいわね?」と返事を求めると、
やはり不機嫌そうながらも「ああ」と同意を示す返事を返してきた。
下鶴の返事を聞き、は2人に下がっていいと言葉を投げる。
その言葉を受け、杉森は頭を下げて「失礼します」と言ってに背中を向ける。
それに倣って下鶴も頭を下げるのかとは見守っていたが、
やはり――というかなんというかで、下鶴に頭を下げる様子はなかった。
だが、不意に一気に息を吸い込み――数秒間があってから口を開いた。

 

「ありがとう……感謝している…っ」

 

耳を澄まさなくては聞こえないぐらいの小声で下鶴はそう言うと、
そそくさと会釈程度に頭を下げ、先にドアに向っていた杉森よりも先に生徒会室を出て行った。
そんな下鶴の様子を見て杉森は優しげな笑みを浮かべた後、
に向って会釈をすると生徒会室から出て行った。
ひとり生徒会室に残された。なにをするわけでもなく、ノートパソコンをコンと指で叩く。
すると、一気におかしさがこみ上げてきた。

 

「くっ……くふふ……!改ったら…もう……!」

 

いつも自分の後にくっついて、自分の後ろに隠れていた下鶴。
だというのに、今日は自分に逆らい、仲間と自分自身のために、自分の意見を口にした。
ただただ大人しいだけの下鶴を知っているとしては、寂しくもあるが――なにより嬉しくもあった。

 

「幼馴染の健やかな成長を、
こんなことで妨げるなんて勿体無いものね」

 

そう言うの顔には、優しげでありながらも――
――楽しげな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 念願の改くん夢(?)でした!改くん、公式では大人しい設定ですが、
杉森や砂木沼を叱咤する姿が脳裏に焼きついてしまっていて、ついつい気の強い子に…(苦笑)
でも、個人的には理想の改くんは書けたので、その点に関しては満足しています。
いつかまた、この設定で御影中夢を書きたいです!支援よろしくお願いします(笑)