【 偽りの平穏 】

 

【レイリ】
 はい、できあがり。
【ユーカ】
 わぁ〜!レイリお姉ちゃんありがとう!
【シューヤ】
 ……よかったな、ユーカ。
【ユーカ】
 うん!
 
 ユーカの髪を結い終わると、嬉々とした様子でユーカが礼を言う。
そんなユーカの姿を愛おしそうに眺めながら、シューヤがユーカに言葉をかけると、
ユーカはこの上なく嬉しそうな笑顔を見せてシューヤの言葉にうなずいた。
 
【レイリ】
 いいわねユーカ、優しいお兄さんがいて。
【ユーカ】
 うん!お兄ちゃんは私の自慢のお兄ちゃんだもん!
【レイリ】
 ふふ、兄弟仲がよくて本当にうらやましいわ。
【シューヤ】
 ……そこまで羨ましがられるほどのことではないと思うが。
【レイリ】
 兄弟のいない身としては、なんでも羨ましいんですよ。
 
 優しい兄と愛らしい妹。
本当にこの二人は絵に描いたような仲のよい兄妹。
今まで兄妹なんて欲しいとも思ったこののなかった私が、
「欲しい」と思ってしまうほど、この兄妹は魅力的な兄妹だった。
 ただ、「優しい兄」の理由を考えると――少し哀れだが。
 
【ユーカ】
 じゃあ、ユーカがレイリお姉ちゃんの妹になってあげる!
【レイリ】
 あら、いいの?
【ユーカ】
 うん!だってユーカ、レイリお姉ちゃんのこと大好きだもん!
【レイリ】
 ありがとうユーカ。とっても嬉しいわ。
――でも、なんだかシューヤさんに悪い気がするわ。
【シューヤ】
 そんなことはない。
俺としても、レイリさんがユーカを妹のように思ってくれるのは嬉しい。
……俺は常にユーカの傍にいられないから。
 
 シューヤの陰りの中に渦巻くのは色の深い憎しみ。
それは彼らの母親を殺した仇――吸血鬼に向けられていた。
 だが、彼が憎んでいるのは「仇の吸血鬼」ではない。
彼が憎んでいるのは、数多の悲劇の基となる罪悪の元凶――
――この世に生けるすべての吸血鬼だ。
 
【レイリ】
 じゃあ、シューヤさんが留守のときは、ユーカのお姉ちゃんになろうかな?
【ユーカ】
 え〜!ずっとお姉ちゃんでいいのにー!
【シューヤ】
 ユ、ユーカ、わがままを言っちゃだめだろ。
【ユーカ】
 む〜!
【シューヤ】
 …すまない、レイリさん。
【レイリ】
 いえいえ、嬉しいですから。
 
 柔らかで平穏な時間。
 だが、これは偽りの平穏。
真実が明らかになれば、この平穏は一瞬にして崩れて憎しみに染まる。
それだけ、彼が胸に抱く憎しみが強いのだ。
 
【レイリ】
 (彼が真実を知ったとき――どうなるか見物ね)
 
 ヴァンパイアハンターと吸血鬼の午後は、
何事もなくまた過ぎていく。

 

 

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