木々の間を抜けて地上に届く僅かな光――まぶしくは、ない。
だが、遮るものをかいくぐって地上に届く光は、妙にキラキラと光って見えた。
 いつもとなんら変わりない――これが日常というもの。
平穏で穏やかな時間が、当たり前のように過ぎていく。
その時間を享受する者を、「幸せ者」と呼ぶのか、
「腑抜け」と呼ぶのか――どちらかはわからない。
 だが、誰になんと呼ばれようと、
この穏やかな時間を手放したいと――少年は思わなかった。

 

『主』

 

 空から少年に降ってきた声。
 反射的に少年が顔を上げれば、
少年が寄りかかっている大木の枝に一羽のペリッパーがバサッバサッと音を立てて留まった。
 この土地――ロクショウタウンでキャモメやペリッパーといった海鳥は、
あまり見かけることのできないポケモンだ。
 ロクショウタウンは大きな湖を中心とした土地であり、
周りは山と森に囲まれた――海とは縁遠い土地環境にある。
それ故に、海鳥であるペリッパーがこのロクショウタウンに訪れることは極々稀であり、
訪れることがあってもそれはただの迷い鳥だ。

 

『……主、返事ぐらいしてください』

 

 ――しかし、このペリッパーは迷い鳥ではない。
このペリッパーは列記とした少年のポケモンだ。
 数年前に迷い鳥としてロクショウタウンに迷い込んできた一羽のキャモメ。
わけあって保護の意味で少年がゲットし、野生に還ることができるようになるまで――
と、育てていたのだが、育てているうちにキャモメはペリッパーに進化し、
すっかりロクショウタウンでの生活に馴染んでしまったので、
そのまま少年のポケモンとなっていたのだった。
 ボーっと少年がこのペリッパーとの出会いを思い返していると、
また聞きなれたバサッバサッという羽音が聞こえる。
 今度は――だいぶ近い。

 

『あーるーじー』
「はいはいはいはい、ビオちゃん重いよー」

 

 いつまで経っても返事をしない少年に痺れを切らせたのか、
木に留まっていたペリッパーが少年の腹の上に留まって、ぐいと顔を近づける。
 なんとも言えないそのペリッパーの威圧感と、腹部にかかる重さに耐えかねて、
苦笑いを漏らしながら少年はペリッパーにやっと返事を返した。

 

『…主、無視を決め込んだところで、
やらなくてはならないことは、やらなくてはいけないのですよ?』
「別に無視してたわけじゃないって、
ただボーっとしてて頭が正常に働いてなかったってだけ」
『……本当でしょうかねぇ…』
「あらー、信用ないー」

 

 主人の言葉を疑るポケモンの言動に、少年は苦笑いを漏らす。
だが、それは「悪い事」ではないようで、少年がペリッパーに腹から降りるように優しく言うと、
ペリッパーは文句1つ言わずに大人しく少年の腹から降りた。
 自分の腹の上から降りたペリッパーに少年は「ありがとう」と言葉をかけると、
「よっこいしょ」といいながらおもむろに立ち上がった。
 相変わらずキラキラと輝く木漏れ日――だが、先ほどよりはまぶしく感じない。
少年の目が木漏れ日の光に慣れてしまったわけではない。
 ただ――地上の光が眩しすぎたのだ。