ロクショウタウンの象徴――トポス湖。
 ロクショウタウンの大部分をこのトボス湖が占めており、
ロクショウタウンで暮らす人間とポケモンにとって、生活の中心ともなっている。
それと同時に、ロクショウタウンにおける大事な観光資源でもあり、
ロクショウタウンを守る伝説のポケモンが眠っているとされている場所でもあった。
 ロクショウタウンにとって要ともいえるトポス湖。
そんな場所だからこそ、ロクショウタウンの護り手たるロクショウジムはトポス湖の中心に建てられている。
――といっても、とても「建てられている」とは言い難い設計になっているが。

 

「よっと」

 

 ペリッパーの背から少年は、ジムにおける彼の定位置となっている木へと飛び移った。
 樹齢数百年の大木に、少年の重さなどあってないようなもので、
ギシとも、ザワとも言わずに大木は少年を受けとめる。
そして、彼のペリッパーが枝に止まろうとも、当然のように静かに受けとめていた。
 ペリッパーを従え、少年はゆっくりとあたりを見渡す。
ややまばらではあるものの、木々が生えている大地は人間の目では色々と見づらいものがある。
しかし、文句を言ったところでどうこうなるものでもないと知っている少年は、黙って目を凝らして耳を澄ませる。
 ――すると、聞き覚えのない男の声とポケモンの声が聞こえてきた。

 

「あらいやだ、しっかりウチ対策してきてるじゃないですか」
『ええ、ですから主がこうして駆り出されているのです』
「なに?みんなしてあのおにーさんにボコられたの?」
『まだ、全員ではありません。ですが、それも時間の問題でしょうね』
「はー、これじゃあジムランク降格も時間の問題ですか――あだぁ――――――ひでぶっ!

 

 スコーン!と気持ちよく響いた音。
その原因は、少年の後頭部にクリーンヒットした石だった。
 油断していた少年は、石が当たった衝撃で体のバランスを崩して木から真っ逆さまに落ちていく。
少年が地面に落ちるまでを、ペリッパーは他人事のように見守ったあと、
石の飛んできた方向へと視線を向けた。
 人間の目では、木々が邪魔して色々とよく見えないが、
特性「鋭い目」を持つペリッパーにとっては、この程度の木々は大した障害にはならない。
木々の間から見える自分の主人に向かって石を投げたであろう人物の姿も、はっきりと確認していた。

 

『(…石を投げたくなる気持ちもわかりますが――恐ろしい地獄耳ですね…)』

 

 ペリッパーの目に映っているのは、
不機嫌そうな表情でたたずんでいる少女と、
青ざめた表情であわあわと慌てている少女。
 どちらかが石を投げたわけだが――十中八九、
不機嫌な表情を見せている少女が石を投げたのだろう。
 少年の言動にも問題はある。
だが、元から少年とあの少女は相性が悪いのがそもそもの問題だ。
そして、少年にも少女にもお互いに歩み寄ろうという気持ちがないのだからどうしようもなかった。
 呆れを含んだため息をひとつつき、
ペリッパーは未だにうんともすんとも言わない少年に視線を戻した。

 

『もーご主人カッコわるーい』

 

 泥にまみれて倒れている少年を、
つんつんとヒゲで突きながら不機嫌そうに言葉をもらしたのは一匹のナマズン。
 無様な姿をさらす少年――自分の主人に少しの不満はあるようだが、
愛想まではついていないようで、「もー」と文句は言いながらも少年が立ち上がるのを手助けしているようだった。
 ナマズンの力を借りて、何とか立ち上がることができた少年。
しかし、少年の不運はそこで尽きるものではないらしい。
立ち上がったと思ったら、先ほど木の上で見つけた聞き覚えのない声の男――
ジムへの挑戦者がジュカインを連れて少年の前へと現れた。

 

「い、いけ!ジュカイン!」
『イエス、マスター!』
「マリちゃん、頑張って」
『んもー仕方ないなー』

 

 泥だらけの少年を気遣うこともなく開始されたバトル。
この挑戦者、よっぽどジムバッチが欲しいのか――と思ってしまうが、
これはこのジムにおけるジムトレーナー戦のルールに則ったものだった。
 如何なる状況にあっても、トレーナー同士の目が合ったら即勝負を開始とする――
それがこのロクショウジムにおいて絶対厳守とされるルール。
 これをジムのルールと取り決めたのは、著名な冒険家であり、
このジムのリーダーでもあるシセンだった。
 自然の中でのバトル――ポケモンらしいポケモンバトルを好むシセン。
故に、ロクショウジムは一般的なジムの様にしっかりとした建物はなく、
トポス湖のほぼ中央に存在する小島そのものが丸々ジム。
その中に建物といえるのは、ジムトレーナーと挑戦者が食事や休憩などをするための二つの休憩所だけ。
そして、ジムバトルを行うバトルフィールドもまた、小島全体だった。
 一般的なジムからは考えられない、奇天烈なルールとジムの設計だが、
これがロクショウジム良さであり、ジムトレーナーの強さの秘訣でもあった。

 

『さっきまでの子たちと一緒にしないでねー。
アタシはこのジム生まれのジム育ちなんだからっ』
『ぐぅっ…!!』
「ジュカイン!しっかりするんだ!」

 

 地形を最大限利用して、ナマズンはジュカインと一定の距離を置きながらも、確実にジュカインの体力を削る。
そして、ジュカインの命中率などを下げながら、
自分は「ど忘れ」で特防を強化し、ナマズンはすでに決着のときに備えている。
しかし、それに気付いていない挑戦者は、なんとかナマズンに攻撃を当てようと、
必死になってナマズンの影を追って攻撃を続けていた。
 タイプでの相性の悪さを地形と経験で覆す――
これがロクショウジムのトレーナーに求められるもの。
 そして、ロクショウジムに訪れる挑戦者が試されているものは――
未知の世界を恐れない冒険心と、その世界に馴染む適応能力のこの2つ。
この2つを身につけていれば、ロクショウジム攻略はそれほど難しいものではない。
だが、逆にこの2つを持っていなければ、ロクショウジムの攻略は困難を極めるだろう。

 

『く…っ、申し訳…ありません……ますたぁ…っ』

 

 ドサッと音を立てて大地に倒れこむジュカイン。
 最後の最後にナマズンが繰り出した「飛び跳ねる」。
これが決め手となり、ジュカインは体力の前回を向かえ、戦闘不能となった。

 

「はーい!これにてジム戦しゅーりょーでーす!
チャレンジャーさんはポケモンを回収して第一休憩所に戻ってくださーい!」

 

 頭上から降ってくるジム戦の終了を告げる声。
 少年と戦っていた青年は一瞬悔しそうな表情を見せたが、
この結果を自分の実力を受けとめたようで、
大地に倒れているジュカインに「よく頑張ってくれたね」と労いの言葉をかけてからジュカインをボールに戻した。
 できるトレーナーには当たり前のことだが、
できないトレーナーにとっては絶対にできないポケモンたちへの労い。
これができていることを考えると、この青年が3ヵ月後にこのジムを訪れたときには――
このジムを攻略できるかもしれない。
 そう考えると、自分もうかうかしていられないな――と思いながら、
少年は木の上に待機しているペリッパーに青年を第一休憩所まで運ぶように頼んだ。