ロクショウジムのジムリーダー――シセン。
マーキャのポケモンリーグのジムリーダーの大半が経験の浅い新人が多い中、
ジムリーダーとして30年近い経歴を持つベテラン中のベテランジムリーダーだ。
ポケモントレーナーとしての実力はもちろん、
豊富な人生経験からなる指導者としての能力にも長け、
マーキャジムリーダーズの中ではご意見番的な位置に立っているほど。…しかし、彼には唯一にして最大の欠点があった。
「アルト、ジムはどうだった?」
「あー…っと……。…確か、初挑戦者が20人くらい来て、再挑戦者が3人来て……。
あと、センジュさんとゲンちゃんから交流戦の申し込みがあった」
「…そうか。……センジュとゲンゴロウか…またランク差の激しい」
「どっちも蹴ればいーんじゃない?」
「できるならワシもそうしたい。
……しかし、最低限センジュの挑戦は受けなくてはならんなぁ」
そう言って食卓に出された漬物を口に放り込むのは、
やや面倒くさそうな表情を浮かべた老人――シセン。
そんなシセンに「あの人、真面目だからねー」と相槌を打つのは、
食卓を挟んでシセンの向かい側に座っている少年――アルト。
シセンが「面倒だのー」ともらせば、アルトが「ホントだのー」と返し、
穏やかに「あはは」と話が進みそうだったのだが――
『お前らが不真面目っつーか、緊張感がなさ過ぎるんだよ!』
急にシセンとアルトの話に割り込んできたのは1体のニョロボン。
急に話に割り込んできたニョロボンだったが、
それはシセンたちにとって日常的なことなのか驚いた様子はなく、
平然とシセンとアルトは「そうかねー?」と暢気にニョロボンに言葉を返す。そんな暢気なシセンとアルトの返事を受けたニョロボンは諦めた様子で盛大にため息をつくと、
こめかみを押さえながらシセンとアルトの間に収まる形で食卓の前にドスンと腰をおろした。
『一応な、このロクショウジムはSランク相当で、マーキャじゃ難関ジムってことで知られてるんだぞ?
だっていうのに…!なんでこうもジムリーダーにその自覚がないかな!?』
ドンッとニョロボンが畳に拳を叩きつけると、部屋全体に振動が走り、
食卓に乗っていた食器たちがカチャカチャと音を立てる。絶妙なバランスで叩いているのか、音はたったが食器が倒れることはない。
「お〜」とアルトが感心していると、それすら気にしていないらしいシセンは
「まぁ、落ち着け」と言ってニョロボンをなだめた。
しかし、その程度ではニョロボンの怒りは収まらないようで、
「だから――」と再度怒鳴ろうとしたときだった。突如、1人の女性がニョロボンの頭上に拳骨を振り下ろした。
『あ゛〜〜〜〜〜!!!!!』
「先生の食事中にうるさいよ、滝丸」
『ぅお〜〜〜〜!!!』
ゴロゴロと部屋中をのた打ち回るニョロボン――滝丸。
それを無視してスッと女性はシセンの横でひざをつくと、
申し訳なさそうな表情で謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ありません先生。うちのバカ息子が生意気言って…」
「なに、かまわんよ。滝丸の言っていることにも一理あるからな」
「たいちゃん、ご飯おかわりー」
「はいはい、ちょっと待っておくれね」
シセンの滝丸へのフォローに納得はいっていないようだったが、
アルトにおかわりを主張され、滝丸の母親であり、シセンのニョロボンである泰子は苦笑いを漏らしながらも、
アルトから茶碗を受け取り、台所へと下がっていった。
そんな泰子の姿を見送ったあと、
アルトは未だにのた打ち回り続ける滝丸の手を掴んでその動きを止めると、「よしよし」と滝丸の頭を撫でる。
すると、今までジタバタとのた打ち回っていた滝丸が急に静かになった。
本当に今のアルトの行動で泰子に殴られた滝丸の頭の痛みが治まったわけではない。
痛みが収まらない上に、子供に子供扱いされた恥ずかしさ――
先ほどのようにキレてしまっても何もおかしくない状況だ。だが、滝丸はキレてはいけなかった。
自分の身を護るためにも、滝丸はこの痛みと恥ずかしさを耐えなくてはいけない。
もし、絶えずにキレた場合――また泰子の拳骨を喰らって本当に死んでしまう可能性があるのだから。
『(くっそぉ〜〜〜〜…!!)』
泰子からご飯の盛られた茶碗を受け取るアルトの姿を尻目に、
滝丸は悔しさに身悶えながら、心の中で大暴れするのだった。