思い立ったが吉日――という言葉がある。
思い立ったらその日のうちに行動を起こしてしまった方がいい――ということを言ったことわざだ。
 確かに、あれやこれやと悩んで無駄な時間を過ごすよりは、考えが浅くとも動き出した方がいい場合もある。
それは最もなのだが、それに「巻き込まれる側」としては、迷惑この上ないというのが本音だった。

 

『………はぁ…』

 

 1人――大樹の枝の上でため息をつくのは、アルトのペリッパー――アルビレオ。
 いつもであれば、無表情にしか見えないその顔に、
疲れたような、呆れたような表情を浮かべていた。

 

『(…急にも程があるでしょうに……)』

 

 アルビレオのため息の原因――それはアルトだった。
 数ヶ月前に初めて聞かされたアルトのイッシュ地方への留学。
それはイッシュ地方でポケモントレーナーとして認められる年齢――
13歳になった時の話だとアルビレオは思っていた。
 しかし、アルビレオの予想に反して、
アルトのイッシュ地方への留学はかなり早い段階で実行されることになった。
が、それは端から決まっていたことではなく、
シセンとアルトのその場の思い付きによる決定だった。

 

『(あの時、主と話せたのも――必然だったのでしょうか…)』

 

 もし、あの時アルトからイッシュ地方への留学の話を聞いていなかったら――
と、考えると、アルビレオは頭が痛かった。
 最終的には、アルビレオ自身も含めた全員がアルトのイッシュ行きを認めただろうが、
そこに至るまでのパニックに陥った自分たちの姿を思うと――恥ずかしいというか、情けないというか。
 らしくもなく熱くなっていたのだろうと思うと――アルビレオはなんともいえない気持ちになった。

 

『ビレオ、なにをしょげているのかしら?』
『…ノーブルさん……』

 

 不意にアルビレオに降ってきたのは女性の声。
 反射的に声の聞こえた方向へと視線を向ければ、
そこにはスワンナのノーブルが優雅に宙に浮いていた。
 うわごとのようにアルビレオが彼女の名を口にすると、
ノーブルは「あらあら」と言いながら苦笑いを浮かべると、スゥっとアルビレオの横に降り立った。

 

『ふふ、アルトがいなくて寂しいのかしら?』
『……寂しいわけではありませんよ』
『私には、そうは見えないけれど?』

 

 アルビレオをからかうかのようにクスクスと笑いながら言うノーブル。
そんな彼女を横目に、アルビレオは疲れたようなため息をついた。
 寂しくない――ノーブルに返したこの言葉に嘘はない。
照れ隠しでもなければ、強がりと言うわけでもない。
ただ、もっと先だと思っていた話が、こうも急に訪れたものだから――
リアクションが追いつかない、というのが本音だった。
 おそらく、これは他のメンバーにもいえることだろう。

 

『年末年始は――帰って来てくれるといいわね』
『…それは無理でしょう。マーキャは他地方との好まない土地ですから』
『なら、会いに行けばいいんじゃないかしら?
あなたの種族は渡りができるのだから、できないことはないはずよ?』
『…そうまでして会いたいとは思いませんし、
仲間を残してそんなことができるほど、性根は腐っていません』
『ふふっ、そうね、アルトに似ないで、あなたは真面目だものね』

 

 アルビレオの反応を本当に楽しそうに眺めるノーブル。
さすがのアルビレオも嫌気が差したのか、少し不機嫌そうな表情を見せる。
しかし、それを見たノーブルが楽しげな笑みを消すことはなく、変わらずニコニコと笑みを浮かべていた。
 その場を立ち去る――という選択肢もアルビレオの中にはある。
しかし、ここで立ち去ってはまるで子供。
ノーブルから見ればアルビレオは十分に子供ではあるが、それでもアルビレオにも「大人」としての立場がある。
それを守るためにも、アルビレオはぐっとこらえようとしたが――

 

『ノーブルー、挑戦者がダウンしたー、迎えに行ってくれだとー』

 

 突然、ノーブルに声をかけてきたのはフローゼル。
暢気な声音でフローゼルはノーブルに要件を告げると、つまらなそうに「はぁ」とノーブルがため息をついた。

 

『随分と根性のないチャレンジャーね。――ではね、ビレオ』

 

 そう、一言告げるとノーブルは大きく翼を羽ばたかせて空へと飛び立つ。
それを内心ホッとしながら見送っていると、今度は「ビレオー」とフローゼルが声をかけてきた。
 一瞬、適当にあしらおうかと思ったが、それもまた大人気ない――
と、自分をぐっと抑えると、アルビレオは「なんですか?」とフローゼルに答えた。

 

『やっぱ、アルトいないと寂し――げふっ!
『うるさいですよ』

 

本日、5度目となる質問に思わずアルビレオの堪忍袋の緒が切れるのだった。