アルトがイッシュ地方に留学して――早数ヶ月。
特に不自由な思いもせず、アルトは平穏を通り越して暇な日々をただただすごしていた。

 

「アララギパパンについて歩くべきたっだかなぁ…」
『まぁ、その方が暇な思いはせずにすんだだろうけど、
いざ旅に出たときのワクワク感は半減だろうな』
「だよねぇ…」

 

 アルトの祖父であるシセンの友人であるアララギ博士(父)――ことイチイ博士。
彼の研究方法は研究所に篭って行うものではなく、自らの足で歩き、自身の目や耳で見聞きするというものだった。
そのため、カノコタウンにある娘の研究所にとどまっていることはほとんどなく、
研究所には数名の研究員と、イチイ博士の娘であり、
同じくポケモン博士であるアララギ博士がいるだけだった。
 アルトも、全面的にかまってもらえるとは思っていない。
あくまでアルトは旅行中のゲストではなく、これから数年は同じ屋根の下で暮らす「家族」なのだ。
そんな存在に彼らがわざわざもてなすような事はするわけはないし、されたいともアルトは思っていなかった。
 しかし――だ。
こうも暇な毎日が続いてはさすがのアルトも嫌気が差してくる。
ロクショウタウンにいた頃は、「暇になれ〜、暇になれ〜」と呪文のようにつぶやいていたというのに、
実際に暇になってみると、「暇」というものも、存外いいものではないとアルトは知った。

 

「あーあ。イッシュ地方もライセンス制度になればいいのになー」
『そーいうわけにはいかないんだろうさ。人間が多い分、人為的な危険が多いってことだからな』
「はぁ〜人が多いってのも考えもんだなぁ〜」

 

 悪態をもらしてアルトは草原に寝転がる。
青くさい香りがアルトの鼻を撫で、アルトはやはり自分は暇なのだと再認識した。
 そして、どこまでもこの町は平和なのだと。

 

「(のんびり……できるなんて――な)」

 

 青空を流れる真白い雲をぼんやりと眺めながらアルトは心の中でつぶやく。
そこから何かを考えようと思っていたのだが、暖かな日差しと、柔らかな自然のベッド、
そしてさわやかな若葉の香りに、アルトの意識はゆっくりと沈んで――

 

「アルトくーん!遊ぼうよー!」
「………元気だのー…」

 

 寝転んでいたアルトにかかったのは、
数ヶ月前からすっかり聞きなれてしまった少女の声。
 苦笑いをもらしながらアルトは起き上がり、声の聞こえた方へ視線を向ければ、
そこには2人の少女と1人の少年の姿があった。

 

「またそんなところで寝ていたの?」
「アルトくんって、いっつも寝てるよね」
「でも、今日は一緒に遊ぼう!」
「…ノイたちが遊びたいのはオレじゃなくて、リゲルとだろ?」
「えへへ…半分あたり!」

 

 悪びれる様子もなく、笑顔でアルトの言葉を半分肯定するのは、海を思わせる青い髪の少女――ノイ。
そんなノイの様子を呆れた表情で見つめているのは、短い黒髪に赤ふちの眼鏡をかけた少年――チェレン。
そして、そんなチェレンと相変わらずのノイを苦笑いで見守っているのは、金色の柔らかな髪が印象的な少女――ベル。
 いつもと変わらない3人の様子にアルトは心の中で苦笑いをこぼすと、
自分の横に控えていたミジュマル――リゲルに「行こう」と声をかけると土手を降りてノイたちの下へと近づいて行った。
 
 彼女たちと親しくなったのは、アルトがマーキャ地方から留学して、
アララギ博士の研究所に居候することになった――その日のことだった。
 たまたま、研究所の近くに住んでいたノイ。そしてたまたまアルトとノイは同い年。
個を主張するものが少ない子供にとって、年齢が同じということは大きなつながりと言える。
それ故に、ノイとアルトが仲良くなるまでにはそう時間はかからなかった。
 まぁ、ノイのずば抜けて明るいというか、
無邪気というなか性格も、一因だったかもしれないが。
 
 なんにしても、あっという間にノイと仲良くなったアルトは、
その次の日にはノイからチェレンとベルを紹介され、これまたあっという間に仲良くなってしまっていた。
 これも、ノイの無邪気な性格がチェレンたちと
アルトの関係をスムーズにする潤滑油となっていたことも、早く仲良くなれた大きな要因ではある。
だが、アルトが少しの時間でチェレンたちと仲良くなれた一番の功労者は――リゲルだった。

 

「リーゲルっ、おはよう!」
ミジュおはよう

 

 13歳になるまで自分のポケモンを持つことが許されないイッシュ地方。
当然、ノイたちは自分のポケモンを持っていなかった。
 しかし、誰にとっても身近であるポケモンは、ノイたちにとっては喉から手が出るくらい欲しいもの
――なのだから、それを持っているアルトに対して興味を持つことは当然のことで、
それをきっかけに仲良くなることはいくらでも可能なことだった。

 

「あーあ、わたしもアルトくんと同じ町で生まれたかったなー」
「ねー、そうだったら、わたしたちもポケモンもらえたのにね!」

 

 リゲルと抱きしめながら、うらやましそうに言うのはベル。
そして、その言葉を肯定するのはリゲルの頭を撫でているノイだった。
 イッシュ地方では、13歳になるまではポケモントレーナーになることはできないが、
マーキャ地方では試験さえパスしてしまえば、何歳でもなることができる。
しかし、逆に言うと試験をパスできなければ何歳になっても
ポケモントレーナーになれないのがマーキャ地方のトレーナーの掟。
 正直なところ、アルトから言わせてみれば、
イッシュ地方のトレーナー制度の方がよっぽど楽だと思った。
 ――まぁ、年齢制限があるのはなんだが。

 

「あのなー、オレはちゃんと勉強して、試験に合格したからトレーナーになれたんだぞ」
「アルトが合格できる試験なら、ボクたちだって合格できるよ」
「うわっ、さらりとチェレンが失礼なこと言った!」

 

 冗談――ではない。
チェレンのアルトに対する言葉は本気だ。
だが、それも致し方ないこと。
アルトは3人の前では道化役――お調子者として振舞っているのだから。
 ロクショウタウンにいた頃は、周りにいた人間すべてがアルトよりも年上。
一番近くても3つは離れていた。
そんな年上ばかりに囲まれた環境で生活してきたアルトの精神年齢は、
普通に暮らしてきた同年代よりも明らかに成熟していた。
 しかし、新参者という現在の立場で兄貴面をしても爪弾きにされるのがオチ。
まぁ、ノイたちに限ってそんなことはしないとは思うが、
1年か2年はでしゃばらずにいた方がいい――というのがアルトの結論だった。
 そんなわけで、お調子者として振舞っているアルトが
知識人としてチェレンたちに認識されるわけもなく、扱いが散々なのは毎度のことだった。

 

「なぁ、リゲルもなんとか言ってくれよー」
ミジュ、ミージュジュ自分でどーにかしなよ
「リゲル、呆れてるよ」
「はー、なんだかなぁ〜」
「あはは、アルトくんおじさんくさい!」
「うわ!ノイまでひどいこと言ったよ!」
「あはははっ」

 

穏やかだか、賑やかに流れて行く時間。
アルトがイッシュの大地を歩くことが許される日は――そう遠くないだろう。