―ちょっと、マーキャに行ってきます。
追伸・野性に還らない程度に各自自由行動で。
アララギ研究所のリビングのテーブルに、そう書かれたメモが一枚残されていた。
誰が残したのか――それは考えるまでもない。
なんの前置きもなく、なんの前触れもなく、こんな突拍子もないことをしでかす存在など――
極々限られたものしか存在しないのだから。
「ったく〜……」
頭が痛いといった様子で頭を抑えるのは、擬人化の姿をとったダイケンキのリゲル。
大きなため息をつきながらリゲルがリビングのソファーにどかりと腰を下ろすと、
ピョンとズルズキンのミザールがソファーへと飛び乗った。
『アタシにも読ませてよ!』
「……ああ」
少しむくれた表情でミザールがリゲルにメモを渡すように言うと、リゲルはすんなりとミザールにメモを渡す。
それをミザールは笑顔で受け取ると、ソファーから離れて、
シビルドンのラカーユとウルガモスのジュバがいる方へと小走りでかけて行った。
『オジーサマカラ呼ビ出サレタワケデハナイノデスネ?』
「ああ、そんな様子はなかった。
……隠れて連絡を受けていたようでもなかったし………」
『気マグレ、デスカ』
「そう考えるのが妥当なんじゃないのか…」
冷静に状況を分析するシンボラーのアルナイルに、リゲルはやや不機嫌そうに肯定の言葉を返す。
すると、リゲルのピリピリとした空気を敏感に感じたドリュウズのトゥバンが苦笑いを浮かべながら、「まぁまぁ」とリゲルを宥めた。
トゥバンに宥められ、リゲルは再度大きなため息をつくと、
メモ――自分たちの主人であるアルトが残した書置きを囲んでいる女子軍に視線を向けた。
『急にもほどがあるよね!』
『今までにもアルトの「急遽」にはつき合わされてきたけど、今回はその比じゃあないね』
『せめて、私たちにちゃんと言ってから行くのが礼儀じゃない!』
『ぉわちゃあぁ?!』
急に燃え上がったメモ。
それに瞬時に気づいたミザールは、即座にメモを放り投げたおかげで大事はない様子。だが、大事がなかったからといって、それでよかったとはなるわけがなかった。
「おいジュバ!メモ燃やすな!」
『いいじゃない、あんなメモ燃やしたって。あったらあったで腹立たしいんだから』
「そうじゃない!室内でメモを燃やすなって言ってるんだ!火事にでもなったらどうすんだ!」
『そうなったらリゲルが消火すればいいじゃない。
なに?たったあの程度の火を消せないほど、アタナの力は軟弱なの?』
「このっ……!」
『リ、リゲルさんっ!お、抑えて抑えて…!』
生意気――というか、自己中心的なジュバの物言いに、堪忍袋の緒が切れかけるリゲル。
とっさにトゥバンがリゲルに抱きついて止めにかかったおかげで何事もなく済んだが、
これが度々繰り返されるかと思うと――リゲルはげっそりしそうだった。
誰に似たやら――な、ジュバの今後に、リゲルが頭を悩ませていると、不意にミザールがドンドンと地団駄を踏んだ。
『ジュバ!ホントに危ない!危うくアタシ火傷するとこだった!!』
まるで絵に描いたかのように――プンスカと怒っているミザール。
そんな怒りむき出しのミザールに、もしジュバが自分勝手なことを言ったら――考えずとも大変なことになるのは確定。
もし、この室内で本気のバトルでもはじめられた日には、冗談ではなく火事なりなんなりで部屋――
どころか、家丸ごとをどうにかしてしまう可能性さえある。
嫌な可能性が脳裏に浮かび、冷や冷やしながらリゲルがジュバの言動を見守っていると――意外なことが起きた。
『……それは悪かったわ。…ごめんなさい、ミザール』
『うんっ、今度からは気をつけてよ!』
面白いぐらいにすんなりとミザールに対して自分の非を詫びたジュバ。気位の高いジュバの性格からは考えられないほど何事もなく収まった状況に、
思わずリゲルがポカーンと口を上げていると、不意にアルナイルがリゲルの傍に近寄ってきた。
『アレデイテ、じゅばハ素直ナノデス――♀ニ対シテハ』
「……なんだよ、それ…」
『アノ子ハ女王デスカラネ、♀ニ対シテ甘クナルノモ当然デショウ』
「…はぁ〜……早くアルト帰って来い…」
急激に何もかもがめんどくさくなったリゲルは、
この状況を作った原因――アルトの帰還が本気で待ち遠しくなのだった。