ポケモンたちをアララギ博士の元へ残し、
故郷であるマーキャ地方へと向かった少年――アルト。
 しかし、彼は未だ――……イッシュの上空を飛んでいた。

 

「いやー、助かっちゃったよスーちゃん」
『お前、考えなしにも程がないか?』

 

 呆れた様子でアルトに苦言を向けるのは、イッシュ地方で伝えられる伝説のポケモンの一体――トルネロス。
 トルネロス――ストームの苦言を、
彼の体の一部である雲に乗っているアルトは、まるで気にしていない様子で「あははー」と笑い飛ばす。
 あっけらかん――というか、まるで反省する様子もなく
ストームの言葉を笑い飛ばしたアルトに、ストームは呆れを含んだため息を漏らす。
だが、自分の指摘をアルトが笑い飛ばしたことに対して憤りなどは感じていないようで、
呆れながらもアルトを雲から振り落とすようなことはしなかった。

 

「はー…人間って不便だよなぁ〜」
『なんだ、改まって』
「いや、ほら、こうやって移動するにしても、
ポケモンや機械の力を借りないと早く遠くへ行けないだろ?
だから、人間って不便だなぁ〜と」
『…まぁ、人間よりも動きの遅いポケモンもいるけどな』
「まー、スーちゃんったらヤな子〜」
『普段、人の揚げ足取ってんの誰だよ』
「俺!」
『…………』

 

 まるで悪びれる様子のないアルトに、ストームはげんなりとした表情を見せる。
だが、このふざけきったアルトの調子にもなれているのか、ストームは呆れはしても怒りをあらわにすることはなく、
疲れきったため息をついてアルトから前方へと視線を移した。
 ストームの眼下に広がるのは、美しいイッシュの地。
一度は奪われかけた――それを思うと、ストームはアルトの考えを、やはり肯定できそうになかった。

 

『なぁ、本当に――Nとやらを探すのか?』
「ん?あれ??納得してくれたんじゃないの?」
『…やっぱりさ、イッシュの地を守る役目を負った者として――今回の大騒動は許せるもんじゃない』

 

 数週間前に集結した――プラズマ団のイッシュ侵略。
それは、多くの人を、ポケモンを巻き込んで、イッシュの地で繰り広げられた戦いだった。
 Nと呼ばれる青年を王と――「英雄」と呼び、人心を掌握することでイッシュを支配しようとしたプラズマ団。
しかし、アルトをはじめとしたトレーナーたちと、ジムリーダーや四天王やチャンピオンたちの活躍によって、
プラズマ団の野望は儚くも崩れ去り――最後はプラズマ団の敗北で事態は終幕した。
 普段こそ、ストームはイッシュ地方を気ままに飛び回っては、
気ままに暴風を起こして遊んでいる――間違っても「良い」伝説のポケモンではない。
しかし、普段はそうであっても、いざ非常時となればストームも身を挺してイッシュの地を守る役目を負っている。
実際、今回の騒動でも、「もしも」の事態を想定したランドロスの召集に応え、
相方であるボルトロスと共に最悪の事態に備えていた。
 結局は、ランドロスの心配は杞憂に終わり、この騒動の余波も、ポケモンたちにはほぼないに等しく、
終わってしまえばポケモンたちにはさしたる影響のない騒動――ではあった。
 が、イッシュの地に生きる命の営みを狂わせようとした――
プラズマ団の傲慢が、ストームには許せなかった。

 

「――とはいえ、イッシュの大将がいつまでも不在ってのも、問題あるだろ?」
『…………』

 

 イッシュを守る柱であり、
イッシュに暮らす伝説のポケモンたちをまとめる存在――ゼクロムとレシラム。
 ゼクロムはプラズマ団の野望を阻止した少女トレーナー――ノイのポケモンとなり、
レシラムはプラズマ団の王であるNのポケモンとなった。
 ゼクロムは主人であるノイがイッシュに留まっていることもあり、イッシュの地で己の役目を果たしている。
だが、Nと共にイッシュの地を離れてしまったレシラムに関しては消息すら掴めていない状況だった。
 他の土地――ジョウトやホウエンであれば、
土地を守るポケモンのうちの片方が欠けても、大きな問題にはならない。
だが、イッシュの地ではそういうわけにはいかなかった。
 レシラムとゼクロムが欠けてはいけない原因――
それというのが、ジャイアントホールに封じられている灰色の龍――キュレムの存在。
 本来であれば、キュレムもゼクロムたちと同様にイッシュの地を守るポケモンとなるはずだった。
しかし、キュレムは本能のままに大地を凍りつかせ、ポケモンや人を襲い、
イッシュの地を守るどころかイッシュの地に混乱をもたらしたのだ。
 レシラムたちにとって、キュレムは分身のようであり、兄弟のような存在――
だが、イッシュの地に混乱をもたらすのであれば、それは排除しなくてはならない。
しかし、それでもキュレムもまた欠けてはいけない存在であり、レシラムたちにとっては大切な存在であったため、
レシラムたちはキュレムをジャイアントホールに「封印」という形で眠りにつかせることで、「排除」を完了としたのだった。
 そう、レシラムとゼクロムは、イッシュの地を守るという役目だけではなく、
キュレムの封印を守るという役目も同時に担っている。
だからこそ、また多くのポケモンや人が苦しむ惨劇を繰り返さないためにも――
レシラムたちが揃ってイッシュを守る絶対的必要があるのだ。

 

「こっちから探しに出向かなくたって、いずれは帰ってくるとは思うけどさ――」
『2年前のシンオウの一件か』
「そうそう。あの一件がなけりゃ――こんなわざわざなこと、しないしない」

 

 イッシュから遠く離れたシンオウ地方。
その地で2年前に起きたギンガ団による事件――
それは、新たな世界を作り出そうという目的の元、シンオウ地方の伝説のポケモンたちの柱である
ディアルガ、パルキア、ギラティナの三体のポケモンを利用しようとするもの。
だが、この事件も最後には、ギンガ団の野望が打ち砕かる形で終わってはいた。
 
 事件に巻き込まれたディアルガたちは、それぞれ特別な力を有している。
ディアルガは時間を操る力を持ち、パルキアは空間を操る能力を持ち、ギラティナは反物質を操る力を持っている。
そして、ディアルガとパルキアの能力によって成されているのが――キュレムの封印だった。
 未遂――であったとはいえ、キュレムの封印を成したディアルガたちを脅かす事件が起きたことは事実。
彼らの身に負担がかかり、キュレムの封印になんからの影響を与えたとしても何の不思議はない。
そんな状況でのレシラムの不在だ。過敏になるなという方が無理な相談だった。

 

『……ったく、マタン様もなんだってあんな人間についたんだか…』
「まぁ、俺もプラズマ団は嫌いだが――Nのことは嫌いじゃない」
『はぁ?』
「こーいう言い方はよくないが――Nも、ゲーチスに利用されていたわけだからな」

 

 プラズマ団の王として祭り上げられていたN。
しかし、実際のところは、胸のうちにドス黒い野望を秘めたゲーチスが、
自分の計画を成し遂げるために「用意きょういく」した操り人形。
 彼を作り上げてきたもの、彼を突き動かしてきたもの――その全てが、ゲーチスの計画の内。
それを考えると――Nもまた、ゲーチスの野望に組み込まれた被害者と言えた。
 最終決戦の地でノイに敗れたNを、
ゲーチスに見捨てられたNの姿を見ていたからこそ――アルトは、彼を加害者とは思えなかった。

 

「――それに、アイツは自分の間違いに気づいたわけだしなっ。
やっぱこう――悩める若人の力になってやりたいじゃーないかー!」
『…………なーにが若人だよ。お前、Nより年下だろ』
「はっはっはー。アルトくんは年齢関係なく、みんなのお兄さんなのさ!」
『……お兄さんっていうよか、おっさんだろ』
「うわっ、スーちゃんノイより酷い!!」

 

 自分をおっさん呼ばわりするストームに、
アルトはぎゃいぎゃいと文句をたれるが、それをストームは涼しい顔でシカトする。
 清々しいくらいに無視を決め込むストームに、
さすがのアルトも文句を言うだけ無駄と理解したのか、つまらなそうに「ちえー」と不満げに声を上げた。
 そんなアルトを尻目に――ストームが不意に口を開いた。

 

『オレがアルトに協力するのは、
イッシュにマタン様が帰ってきて欲しいから――であって、Nなんぞはどうでもいい』
「うむ」
『でも、マタン様がNのことで苦心するのは本位じゃない。――だから、人間のことはアルトに任せる』
「お――う゛ぅ゛〜!?
『つーことで!ヒウンシティまでぶっ飛ばすぞアルトー!!』

 

 アルトの返答を待つこともせず、急に移動スピードを上げたストーム。
人間の許容限界を超えたスピードに、抵抗は愚か、悲鳴を上げることすらもままならないアルトは――

 

『ヒャッホーイ!』
「―――――――!!!!」

 

 移動をストームではなく、ランドロスに頼むべきだったのではないか――と、心の中で若干、後悔するのだった。