「(あー…マジで酷い目にあったわ〜……)」
トルネロスのストームの力を借り、
カノコタウンから文字通り一気にヒウンシティにまでやってきたアルト。ストームの飛行スピードに、危うく気を失う――どころか、死にかけたアルトだったが、
そこはなんとか堪えきり、アルトはその日の内にマーキャ地方行きの船に乗り込むことができていた。
マーキャと他の地方を行き来できる人間は限られている。
それだけに、マーキャ地方と他地方をつなぐ交通機関は非常に限られている――
が、アルトは非常に楽な特典の持ち主だった。
「(じじい、ちゃんとリーダーやってんのかねぇ〜?)」
アルトの祖父――シセン。
彼はアルトの故郷であるロクショウタウンにあるロクショウジムのジムリーダーであり、
様々な地方の様々な土地を冒険している有名な冒険家でもあった。
様々な土地を冒険家として旅したことにより、シセンは様々な地方の船乗りに顔が利く。
もちろん、イッシュ地方にもシセンと親しい船乗りはおり――
その孫であるアルトの一声で船を出してくれるほど、シセンは彼らから慕われていた。
「アルト、イッシュ留学はどうだったよ?」
「いやー、得るものの多い有意義な留学でしたー」
「そうか、そうか、ならよかった!――んで、ロクショウに戻って、またシセン先生の手伝いか?」
「いやいや、今回は一時的な帰郷っつーか、なんつーか…」
「帰郷って……また変な時期にだなぁ」
そう言って、豪快に笑う船乗りの男。
それにつられるようにして、アルトも「ですよねー」と言いながら笑った。
しかし、そもそもシセンが突拍子のない行動力の持ち主であるため、
アルトの意図の見えない行動に男は疑問を持っていないようで、アルトに帰郷の理由を尋ねたりすることはなかった。
「…そういやアルト。お前、ポケモンは?」
「あー、みんな置いてきた」
「どうして?」
「ロクショウに残してきたみんなを迎えに行くために!」
「お〜、感動的な話だなぁ」
ロクショウタウンに残してきたアルトのポケモンたち。
イッシュ地方では13歳になるまでは、ポケモントレーナーとなることができないため、全員を連れてくることができなかった。
だが、晴れて13歳となり、ポケモントレーナーとして認められたアルトは、
ロクショウタウンに残してきたポケモンたちを向かえに行こうとしていた――建前上は。
実際のところ、一番の目的はNの捜索であって、
ロクショウに残してきたポケモンたちを迎えに行くのは、あくまでついで。
――というか、ジムから彼らを連れ出すことができるかどうかすら、正直定かではないのだ。
「(ビレオあたりは、ジムポケの中堅になってジム仕切ってるだろうなぁ……)」
アルトのポケモンであると同時に、ロクショウジムに属するジムポケモンでもあるアルトのポケモンたち。
アルトと一緒に生活していた時点で、ジムの中でもそれなりの実力者として認められていた者が多かったことを考えると――
ジムポケモンの戦力減退を防ぐため、連れ出しを却下される可能性がある。――寧ろ、それが濃厚か。
――とはいえ、何度もう言うようだが、それはあくまで「ついで」なので、上手くいかなくても問題はない。
アルトにとっての、一番の目的さえ達成できれば――この帰郷はそれだけで十分な成果なのだ。
「さて、そろそろファーロ島につくぞ」
「おお〜、早いなぁ」
「…ところで、マーキャまでの足はあるんだろうな?」
「ああ、大丈夫大丈夫」
「ならいいが」
マーキャ地方と他地方を直接つなぐ船はない。
というのも、マーキャ地方を囲うようにして荒れた海域が存在しており、船が横転するという危険性があるからだ。
それは、飛行機にもいえることで、マーキャへ亘る全ての便は必ずファーロ島に着陸する。
そして、ファーロ島へ到着した人や物資は、海底トンネルを通って、
もしくはファーロ島とマーキャ地方のちょうど中ほどにある中継地点から船や飛行機を使ってマーキャ地方へと渡るのだった。
ファーロ島から海底トンネルを通ってマーキャ地方へ移動する手段として利用されているのが、海底トンネルを走る海底列車だ。
この海底列車は、船や飛行機よりも多い本数が定期的に走っている――
が、それでも一ヶ月に何回というペースであることには変わりがないため、
相当運がよくなければ、運行ダイアに偶然あたるということはない。
もちろん、アルトは海底列車の運行ダイアうんぬんなどまったく考えずに来たので――
ぶっちゃけ、マーキャまで移動するための足はなかった。
――だが、それはアルトにとって大した問題ではなかった。
ヒウンシティの港から数時間をかけ、やっと到着したマーキャ地方の玄関――ファーロ島。
ヒウンシティからアルトを運んでくれた船乗りに礼と別れを告げ、
アルトはマーキャ地方への入地許可を申請した後――ファート島の最北端へと向かっていた。
通常は――ポケモンの力を借りてマーキャに渡るにしても、大概は中継地点までは海底トンネルを使う。
だが、深海を渡る力を持つポケモンの力を借りられるなら――
その力を借りた方が、海底トンネルを使うよりもずっと早く移動することが可能だった。
そして、アルトはそのポケモンの力を容易に借りることができるわけだった。
「うーしおぉ〜〜〜〜〜!!!!」
腹の底から出した声で、目的の存在の名を呼ぶアルト。
最初は大きかったアルトの声だったが、ゆっくりとフェードアウトしていき、
その声が聞こえなくなるかならないかのところで――アルトの眼前に大きな水飛沫があがった。
『アールトぉ、呼んだかあ?』
「………おう。……呼んだ、けど………さぁ…」
吹き上げられた海水によってびしょびしょになったアルトの前に現れたのは、
シセンのポケモンであるホエルオーの潮男。
海に落ちたばりにびしょびしょのアルトだが、その原因となった潮男に悪気はまったくない。
ただ、彼は呼ばれたから出てきただけ――その巨体で水を噴き上げてしまうのは、自然現象なのだから仕方ないのだ。
――そうやって、アルトはとりあえず自分を納得させると、
かかった海水を適当にはらいながら、潮男にマーキャまで運んで欲しいと頼んだ。
『リゲルは、まぁだミジュマルなのかあ?』
「いんや、もう立派なダイケンキだよ。――でも、イッシュにおいてきた」
『そぉかあ〜、次は会いたいなあ』
「おう、今度はみんな連れて帰ってくるよ」
アルトはそう潮男に言葉を返すと、体勢を低くしてくれた潮男の背へと飛び移る。
そして、潮男に「いいぞー」と声をかけると、潮男は「いくぞお」と声を上げて、
また大きな水飛沫を上げながら海底へと潜る技――ダイビングを使って海底へと潜っていった。