「じじいはちゃんとジムリーダーやってんのね?」
『おーう、最近はぁめっきり呼び出しがないぞお』
「そうかそうか、ならよかですよかです」

 

 潮男の言葉にうんうんと頷きながら、
アルトは潮男の背を滑り降りてマーキャ地方最大の都市――クガネシティの、港の外れに降り立った。

 

「んじゃ、帰りも頼むかもしんないから――そのときはよろしく」
『おーう』

 

 ザパーン!と大波を立てて港を離れていく潮男。
もちろん、アルトはその大波を無抵抗に浴びているため――びっしょびしょに濡れた。
 頭の片隅で、次に潮男に会ったときには、もう少し波を立てないように動くよう注意しよう――
そう、思いながら、アルトは「さて」と言って人が集まるクガネシティの中心部へと目を向ける。
しかし、このびしょ濡れの状態で街へ行ったら、否が応にも人の目を集めることになるだろう。
 他者に注目されることが苦手とかいうわけではないが、
やはり人に奇異の目で見られるというのは誰でも精神的に堪える。
しかし、マーキャを移動するにはとりあえず街の中心へ行って移動手段を確保しなくてはならない――
さて、どうしたものかとアルトが頭を悩ませていると、不意にバチンと思いっきりアルトの頭が引っ叩かれた。

 

「あで!」
『………なにやってるのよ…』

 

 アルトの頭上でフワフワと浮いているのは、シンオウ地方に伝わる伝説のポケモン――エムリット。
 どうやら、アルトの頭を思いっきり叩いたのはこのエムリットのようで、アルトを見るエムリットの表情はこの上なく不機嫌そう。
しかし、そんなエムリットの期限などまったく気にしていないらしいアルトは、「おー!」と嬉しそうに声を上げた。

 

「エモシー!いいところにきてくれたー!」
『ちょっ!?汚い手で触らないでよ!』
「えー、汚いってなんだよー。ちょっと海水まみれなだけだろー?」
『それは、十二分に汚いっていうの!』

 

 そう言ってエムリットはアルトを切り捨てると、
感情に任せた様子で尻尾を振るい――今度はアルトの頬を思いっきり引っ叩いた。
当然、エムリットがそんな行動に出るとは思っていなかったアルトは、それを無抵抗に喰らい、「ぶべっ」と情けない声を上げた。
 エムリットに引っ叩かれ、頬真っ赤に腫らせたアルトだが、その表情はまったくもって晴れやか。
自分を引っ叩いたエムリットをまったく気にした様子はなく、のんきに「あははー」と笑う。
そして、それを見ていたエムリットは――とめどなく疲れた様子でため息をついた。

 

「なんだよエモシオン。疲れたため息なんてついちゃって」
『…誰が原因よ……』
「俺?」
『わかってるなら疲れさせるなぁ!!』
「おぶっ!」

 

 今度はアッパーの要領で、あごを叩き上げられたアルト。
今回の一撃は相当の威力を秘めていたようで、「ぅお〜…!」と呻き声を漏らしながらアルトは小さくなって小刻みに震えていた。
 それを、そうなった原因であるエムリット――エモシオンは不機嫌そうに「ふんっ」と一蹴すると、
相変わらずイライラとした様子で――アルトの頭の上にちょこんと座った。

 

『…竜王の塒でいいんでしょ』
「――ってことは、マタンのヤツ来てんだな?」
『ええ、変な人間と一緒にね』
「変な人間…ねぇ……」
『だって人間なのに、人間らしくないんだもの』

 

 躊躇なくそう言いきるエモシオンに、アルトは苦笑いを浮かべる。
しかし、エモシオンの言い分も尤もだろう。彼は――そういう「存在」に育てられてしまったのだから。
 相変わらずらしい「彼」の姿を思い、アルトが苦笑いを浮かべていると、不意にアルトの首に何かが巻きつく。
「なんだ?」と思ってアルトが視線を下ろすと、アルトの首にはエモシオンの尻尾が巻きついている。
予想もしないエモシオンの行動に、アルトは少し驚いた様子で「どったの?」とエモシオンに声をかけると――
なぜかエモシオンはこの上なく楽しそうな笑みを浮かべた。

 

『マタン様の他に、もう一方いらしてるの』
「…………」

 

 先ほどまでの気楽な様子はどこへやら、これでもかというほど真っ青に変わったアルトの表情。
それをエモシオンはこの上なく楽しそうに眺めると、嬉々とした様子で「わかったみたいね!」と嬉しそうに言った。

 

『そーよ!ファースト様がいらしてるのよ!』
「イヤー!帰るー!!
イッシュに帰るぅううぅうぅうう〜〜〜〜〜!!!
『バカ言うんじゃないの!今のあんたの故郷はマーキャでしょうがッ!!』
いやああぁあぁぁ!!!
ファーストに消し炭にされるぅううぅう〜〜〜!!!!」
『嫌だったらっ、精々ファースト様の機嫌が悪くならないことを祈りなさい!』
「無理だし!そんなん無理だし!!
俺がアイツの前に出てった時点で
アウトォオオォォ!!!
『なら――諦めなさい!』
「いやああぁああぁあぁ〜〜〜〜〜!!!!!」

 

 アルトの絶叫は、エモシオンのテレポートによって、一瞬にしてクガネシティから消えるのだった。