「わー、マタンの背中に乗るとか、超新鮮ー」
『私も、お前を背に乗せるというのは――変な気分だ』
竜王の塒を後にして、ロクショウタウンへ向かうためマーキャの空を渡るマタン。
その彼の背には、主人であるNとアルトが乗っていた。
マタン――レシラムをイッシュ地方へ連れ帰ることを目的に、マーキャ地方へとやってきたアルト。
目的のマタンと会うことはできたが、Nの気持ちを優先するというマタンの方針によって、イッシュへの即座帰還とはならなかった。
――とはいえ、それはアルトも薄々わかっていたことなので、
それに対する落胆などはなく、寧ろそれを逆に利用して、マタンを移動手段にしている始末。
しかし、それをマタン当人は悪いものとは思っていなかった。
人間の世界を知らないN(主人)にとって、アルトの存在はいい刺激であり、いい教科書でもある。
利用し利用され――ギブアンドテイクの関係が成り立っているのなら、利用されるのも悪くはなかった。
「しかし――意外にNも優柔不断だよなー」
「ゆ、優柔不断って……」
「ほぼ丸一日かかってるぞ?レシラムの名前決めるのに」
「そ、それは……」
『ふふ、私はそれも嬉しいけれどね。それだけ、Nが私を思ってくれているということなのだから』
自分をフォローしてくれたマタンに、Nは困惑に染まっていた表情を柔らかい笑みに変える。
それを見ていたアルトは、心の中で「青春だの〜」とのんきに笑った。
レシラムに名前をつけることになったN。
しかし、思いがけずそれは難航し、その日のうちにマタンに新しい名は与えられなかった。
そして、Nがマタンの新しい名前を考えはじめてからおよそ丸一日――
しかしそれでも、Nはマタンにつける名前を決められずにいた。
名前は個の存在を表す特別で大切なもの。
それを、伝説のポケモンであるレシラムにつけるという大役を任されたのだから――Nが悩むのも仕方ない。だが、マタンからすれば、これはまったく重い話ではない。
マタンが欲しいのは、Nのレシラムとしての自分の名だ。
正直な話、そこまで真摯に考えてくれる必要はないのだが――
自分のために頭を悩ませるNの姿をみていると、悪い気はしなかった。
『今更な疑問だが――アルト、どうしてアルナイルたちをイッシュに残してきた?』
「いや、ほら、だって……動きづらいだろ?」
『そうか?アルナイルは移動手段として有能だと思うが…』
「まぁ…それも考えたんだけどさぁ……。アイツ、エモシオンと相性最悪なんだよ…」
『ああ…』
「ケンカはじまると長いから、思いっきり足止めされるんだよ……」
『それは確かに……動きづらいな…』
「贅沢な悩みではあるんだけどさぁー…」
『…それも、そうだな』
「…………」
にべもなくアルトを切り捨てたマタン。アルトも、それは想定していたことではあったが、
あまりにもズッパリと自分を切り捨てたマタンに、思わず苦笑いを漏らした。
マーキャ地方最大の湖――トポス湖。
それを抱えるのが、アルトの故郷である神秘と観光の町――ロクショウタウン。
町の敷地の大半を湖が占めており、ロクショウタウンの住人にとってトポス湖は生活の中心であり、
町としての経済面においては観光の名所として――なくてはならないもの。
そのトポス湖のおよそ中心にあるのが――ロクショウタウン、ひいてはトポス湖の守り手であるロクショウジムだった。
そして、そのジムを仕切るジムリーダーの孫であるアルトは――色々な意味でロクショウタウンでは有名だった。
「……キミは、たくさんの人に慕われているんだね…」
「俺――っていうか、俺のじじいが慕われてんだよ」
「そう…だろうか…」
道行く人からポケモンまで、そのほとんどに「おかえり」と声をかけられたアルト。
それを見たNは、素直にアルトの人望を賞賛したが、
照れているのか本気なのかわからないが、アルトはのんきに笑いながらNの言葉を否定した。
確かに、ジムリーダーの孫――という立場から、ある程度は無条件で好意を受けるかもしれない。
だが、Nの目に映った人やポケモンたちは、本当の意味でアルトを慕っているように見えた。
ジムリーダーの孫ではなく、アルトという一個人を慕っているように。
しかし、それをアルトは軽快に笑い飛ばし――トポス湖のほとりにある船乗り場へと歩を進めていた。
「さて、まずはジムにいかんとなー」
「…家に帰るのではなく…?」
「おう。じゃないと家に帰れないんだよ。タダで」
「……タダで??」
「俺の家、トポス湖の上にあるもんだから、船で帰るとなると船代がかかるのよ〜」
「いやよね〜」と手をパタパタと上下に振りながら、どこぞのオバさん風にアルトは言い、
「船乗り場」と大きく書かれた看板を掲げる小屋とへ入っていく。そのアルトのあとを、少し戸惑いながらもNは追いかける
――と、なぜかアルトは複数人の青年たちに詰め寄られていた。
「お前ジムリーダーの孫だろ!?」
「更にいうとジムトレーナーじゃないか!」
「同じ釜の飯を食った仲間の危機を見過ごすってのか?!」
青年たちのセリフを聞くと、どうやら彼らはロクショウジムのジムトレーナーらしい。
慌てた様子の彼らを見る限り、ロクショウジムでおそらく何らかの問題が起きたのだろう。――しかし、それにもかかわらずアルトの反応はこの上なく面倒くさそうなものだった。
「え〜、確かに俺、ジムリーダーの孫だけど、
今はジムトレーナーじゃないし――ジムの問題はジムの仲間で解決しろよー!」
「「「それができないから困ってんだよ!!」」」
面倒に巻き込まれたくない――
と、いうよりは、慌てている青年たちをからかって遊んでいるといった様子のアルト。
彼らとはまったくかかわりのないNだったが、どうにも彼らが不憫に思えてしまい――
成り行きを見守るつもりだったのだが、ついアルトに「どうしたんだい?」と声をかけてしまった。
「んー?ちょいとジムで問題がなー」
「ちょっとじゃねーよ」
「本当にエラいことになってるんだぞ」
「――というか、彼は?」
「弟!」
「「「明らかにお前の方が年下だろ!!」」」
笑顔でNを弟と称したアルトに、青年たちの総ツッコミが入る。
しかし、それを気にした様子のないアルトは、ただ楽しげに「あははー」と笑うだけ。自分の介入虚しく、相変わらずからかわれたままの青年たちをNが不憫に思っていると――
突然、中央にいる青年が「あーもー!」と声を上げた。
そしてその次の瞬間――Nの目の前で、ありえない展開が起きた。
『お前の勝手なんぞ知るか!もう強制連行じゃー!!』
「あらー、ビーダルに進化したんかー。ユウたん、おめっとさーん」
『ありがとよっ!!』
青年が光を放ったかと思えば、次の瞬間そこにいたのは青年ではなく――一匹のビーダル。
そして、そのビーダルは苛立った様子で、乱暴にアルトを肩に担ぐと、そのままノシノシと船乗り場から出て行く。すると、両端にいた青年たちも強い光を放ったかと思うと、
一瞬にしてビーダルへ姿を変え――Nの手を引いて先に出て行ったビーダルの後を追うのだった。