ビーダルの背に乗り、ロクショウジムへ向かってトポス湖を渡るアルトとN。
その道すがら、Nはこのマーキャ地方の特殊な文化についての説明を、アルトから受けていた。

 

「マーキャには、ポケモンが人の姿を取れる――っていう文化っつーか、風習っつーか……
まぁとにかく、マーキャに暮らすポケモン全部ができるわけじゃないが、それができるポケモンたちもいるんだ」
「………なんの…ために…?」
「さぁ?マーキャでは昔からのことだからな。さすがに理由までは知らんて」

 

 Nの疑問に、あっけらかんとアルトはわからないと答えを返す。
 だが、こんな特殊な文化(?)なのだから、何か特別な事情があるはず――
そう考えたNは、ボールにしまっていたマタンに事情を聞こうとした――が、
それは急にビーダルが動きを止めたことによって中断されてしまった。

 

『あーあーあーあーはじめちゃったよ!』
『うーわー…派手にやって……』
『ほれ!お前がウダウダしやがったからー!!』
「えー?俺のせいー?」

 

 Nたちの前方に見える小島から吹き上がる水柱。
しかも、それは一度ならず二度、三度――でも済まず、無数に繰り返された。
 それから導き出される答えは、
ビーダルたちが危惧していた問題――あの小島で、大規模な戦いがはじまってしまったということ。
それはNを含め、全員がわかっていることだが、
最悪の展開に酷く取り乱しているビーダルたちは、現状を嘆くかのようにアルトに当たった。

 

「キミたち、アルトを責めるよりも、早くあの島へ向かった方がいいんじゃないかな」
『!?な、なんでイッシュの人間が…?!』
「――それよりも、急ごう」
『あ、ああ!ユウタ、ヨウタ、急ぐぞ!』

 

 Nに促される形で、ビールダルたちは再度、小島に向かって泳ぎだす。
その姿を見つめながら、Nはまず自分の目の前にある問題を解決しようと心に決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小島へと到着したNたちを出迎えたのは、多くの水タイプのポケモンたちだった。
 彼らは、アルトの存在と、Nがポケモンの言葉を理解することに、一瞬は驚いた。
が、それよりもこの島の中で繰り広げられている戦いの方がよっぽど問題のようで、
そうそうに二人の存在を受け入れると、問題の起きている現場へと2人を案内した。
 そして、Nとアルトが前にした問題とは――

 

『くどいっ!!次の副頭領はオレだ!』
『なにを言うか!貴様のような単細胞に副頭領など勤まるわけがなかろう!!』
『なにぃ!!?』
『それには俺も同意権だが――頭の固いお前では、頭領の足を引っ張るだけじゃないのか?』
『ふんっ、足を引っ張る――ではない。足りない部分を補うと言うんだ!!』

 

 お互いを否定しながら、
派手な技の押収戦を繰り広げる――オーダイルとカメックスとラグラージ。
 そして、その3体の戦いを、多くのポケモンたちがオロオロとした様子で見守っていた。

 

「えーと、簡単に状況を説明すると――」
「いや、それよりも、彼らを止める方が先だよ」
「…Nは真面目だのー」

 

 状況を説明しようとしたアルトをNは止め、
自分に状況を説明するよりも、まず先にオーダイルたちを止めようとアルトに提案する。
 それを受けたアルトは苦笑いを浮かべたが、
Nの意を汲んだようで、徐に前へ進み出たかと思うと、のんきな調子で――

 

「お前らじゃーダメだろー」

 

 ――バッサリと彼らを切り捨てた。
 完全に止まる空気。
あんまりにもあんまりなアルトのものの言いように、
Nも周りのポケモンたちも顔を青くしてアルトとオーダイルたちを見守っていると――
不意に、オーダイルたちが大きく息を吸い込んだ。
 これはあれだ。
大声で叫ぶか――ハイドロポンプを放つ体勢だ。

 

「アルト!!」

 

 放たれたのは4本の水泡――ハイドロポンプ。
 オーダイルたちが放った水泡は、一切の迷いなくアルトへと向かう。
その危険を知らせるようにNは大声でアルトの名を呼ぶが――それはほとんど警告の意味を成してはいなかった。
 既に水泡はアルトの目の前にまで迫っている。
これをどうにかすることは――

 

「ほーれ、だめじゃん」

 

 そう言って笑うアルトの前に立っているのは一体のニョロボン。
 オーダイルたちのハイドロポンプを真正面から受けながらも、
そのダメージをまったく受けていないらしいニョロボンは、平然とした様子で防御の体勢を解く。
 そして、ゆらりと視線を――
先ほどの勢いどこへやらといった様子の、真っ青になったオーダイルたちに向けた。

 

『アンタたちィイイィィイ!!!!!』
ぎゃあああ―――!!!

 

 怒鳴ったかと思うと、全速力でオーダイルたちに襲い掛かるニョロボン。
 悲鳴を上げ、オーダイルたちは蜘蛛の子を散らしたようにその場から逃げ出すが、
そのスピードを優に上回ったニョロボンは、彼らの頭に渾身の――ゲンコツを放った。

 

「おー、さすが泰子ちゃん」
『…なにがさすが、ですか。こんな無茶をして……』
「無茶なんてしてませんて、お前らがきてるって――わかってたからなー」
『…はぁ……相変わらずすぎますよ――主』

 

 強い呆れを含んだ声が降ってきたかと思うと、
バサリと羽音を立てて空から降りてきたのは――一羽のペリッパー。
そのペリッパーの姿を捉えると、アルトは嬉しそうに笑顔を浮かべ
――たと思ったら、急にアルトの顔面に泥の塊が命中した。
 数秒の沈黙の後、その場からペリッパーが退避すると――
アルトに向かって、無数の泥の塊がものすごい勢いで投げつけられた。

 

『アルトー、それがボクたちの7年分の思いですよー。十二分に噛み締めてくださいねー』
『暴力で訴えるのはどうかとは思ったのですが――主にはこれでちょうどいいかと』
「ぶべっ!!」

 

 最後に強烈な一撃がアルトの顔面に決まる。
すると、少し離れた小さな沼から――満面の笑みを浮かべたナマズンがひょこりと姿をみせた。

 

『あ〜、スッキリしたーっ!』
『満足しましたか、ポリマ』
『うん!もー気分爽快!ポルもやればよかったのにー!』
『で、できないよ…!こんなこと…っ』
『まぁ、多少やりすぎの感はありますが――我々の思いを伝えられてよかったと思いますよ』

 

 そう言って笑顔を見せるのは、一匹のカメール。
穏やかそうな口調の割りに、アルトに泥をぶつけまくったナマズン――ポリマと同意見のようで、その表情は満足げ。
それをペリッパーはやや諦めた様子で、
そしてポリマにポルと呼ばれてたニョロゾはオロオロと、泥まみれになった主人――アルトに視線を向けた。
 半ば、人としての原形を失い、ほぼ泥でできた人型の像のような状況になっているアルト。
あまりにもショッキングな光景に、Nはあわあわと言葉を失っていると――
――アルトはまったく堪えた様子もなく喜びだした。

 

「熱烈歓迎ありがとーぅ!たっだいまー!
『おかえりー!』
『ボクには抱きつかないでくださいね、汚れますから』
『右に同じく』
『わ、私は…えぇと…!』
「わーお!いつの間に進化したんだー!?ポルックスー!」
『はうっ!?』

 

 胸に飛び込んでくる――泥まみれになった原因であるポリマを嬉しそうに抱きとめたかと思うと、
オロオロと自分の身の振りようを迷っていたニョロゾ――ポルックスも笑顔全開で抱き上げるアルト。
 しかし、ポリマとポルックスの2人を同時に抱えるのはさすがに無理があったようで――

 

「わー」

 

 ――重さに耐え切れず、アルトは思い切りしりもちをついた。
 非の打ち所なく「相変わらず」のアルトに、
ポリマはどこか嬉しげに呆れた表情を浮かべ、「もー」と言いながらアルトを起こしにかかった。

 

『ポルは昔みたいに軽くないんだよー?』
『ポ、ポリマっ!その言い方なんかヤダよ!』
「はははー、気にすることないぞーポルー?それはお前が大きくなったって証拠だからなー」
『横にじゃないといいけどねー』
『ポーリーマー!』
「あははは〜」

 

 アルトと、ポケモンたちの嵐のような再会に――Nはひたすらにショックを受け続けるのだった。