「さて、そんじゃNくんの今後について考えようと思いまーす」
『はーい』
「え…あの……その………」

 

 大きめのちゃぶ台をNとポケモンたちと共に囲んでいたアルトがそう宣言すると、
急に話題の中心におかれた当の本人――Nが酷く戸惑った様子で、まったく抵抗になっていない抗議(?)の声を漏らす。
しかし、まったく抗議になっていないそれなのだから、それを気にしてアルトが話をやめることはなかった。
 当事者なのに完全に置いてけぼりを食らったNを無視して――
アルトとアルトのポケモンたちはスムーズに話し合いを進めていった。

 

「一般的なポケモンと人間の関係を知るためにはマーキャは不向きなので、どこか別の地方へ行くのがいいと思いまーす」
『…イッシュではいけないのですか?』
「ああ、ダメだな。結構イッシュじゃNの顔は割れてるし……騒ぎになったら色々面倒だからな」

 

 イッシュでのNの行動――いや、プラズマ団の一件は既にアルビレオたちにも伝えられている。
彼らもプラズマ団の横暴には嫌悪感を示したが、Nに対しては温情的で、
彼に対して態度を改めるようなことはなく、初対面となんら変わらず接してくれていた。
 Nが利用されていた――とはいえ、罪を犯したことには変わりない。
だが、それでも自分に対して嫌悪を示すこともなければ、気を使うこともなく、
自然体で接してくれる彼らの存在は――Nにとって嬉しいものだった。
 ただまぁ、少々遠慮がなさ過ぎる気が――マタンはしたが。

 

『それじゃあどこに行くー?アタシはシンオウがいいー!』
「うわー、それはオレが絶対にイヤー!」
『…何故』
「いやっ、ほらっ、だって!シンオウ寒いじゃん!?オレ、寒さに弱いし?!」
『…なにを言ってるんですか。寒さに弱い人間は、真冬に薄着で雪合戦なんてしません』
『そうですよ。アルト、ボクよりよっぽど寒さに強いじゃないですか』
「そっ、そんなことはないぞー!?」
『…で、でも、寒いところは私も…イヤ、かな……』
『まぁ、そういう意味ではボクも寒い地方は勘弁願いたいですね』
『えー!モノセの湿原に行きたいー!』
「いやいやいやいや、どーせだから思いっきり遠くでホウエン行こうよホウエン!」
『ホウエン……』
『ホウエン〜?……あ、でも、ホウエンのオボンゼリー美味しかった!』
「えっ、オボンゼリー!?なにそれ!」
『何年か前にシセンじーさまがホウエンに行ったときにお土産として買ってきてくださったんですよ。
そういえば、あれは美味しかったですね』
『わっ、私もホウエンに賛成…!』
『あれ?珍しいね、ポルがそんなに積極的なんてー』
『だっ、だって、ホウエンにはシレーヌコリエの本店があるんだよっ…!』
『え!そうなの!?だったら行きたい!行きたい!』
「しれーぬこりえ??なにそれ?」
『老舗ジュエリーショップなの!
マーキャにもビロウドタウンの外れに支店があるんだけど、ホウエンにはその本店があるんだって!』
「へー」
『まったく興味がないといった感じですね』
「うんだって、アルトくんマリちゃんとポルにジュエリー貢げるほど甲斐性のある男じゃないから」
『ですよねー』
「メディくん、肯定に躊躇がないね!」
『事実ですからー』
『…それで、どうするんですか――Nさん』
「え…?」

 

 今の今まで完全に存在を無視されていたというのに、唐突に話題を――しかも、結論を求められたN。
あまりにも急なアルビレオの問いに、どう答えていいかわからずNがオロオロとしていると、ぴょんっとポリマがNに近づいた。

 

『ホウエン!ホウエンに行こうよ!ホウエンはー…えーとーぉ……』
『あ、暖かいんだよ…!あと、海が広くて…火山もあって……あ、あとは……!』
『2人とも、それはずるいですよ。
そんな風に言われたら――Nさんに選択肢がないじゃないですか』
「つか、その前にN、イッシュ以外の土地なんて知らないんじゃね?」
「…………」
『…そのようですね』

 

 Nの無言の肯定に、小さなため息をつくアルビレオ。
義父によって、都合のいい情報(ちしき)しか与えられていなかったとは聞いていたが、
自分の暮らしている土地しか知らないというのは――さすがに想像もしていなかった。
 普通に生活していれば、何もしなくとも他地方の情報というものは自然と入ってくる。
だが、世界から隔絶された「世界」の中で生きていた彼には――その常識は通用しないらしい。
考えを改めなくては――と思いながら、アルビレオはNに選択肢を提示しようとしたが、それよりも先にNが口を開いた。

 

「ポリマとポルックスは……その、ホウエンというところに…行きたいのかい…?」
『うん!行きたい!』
『う、うん…!』
「…なら、ボクも2人が行きたいホウエン地方に行きたい」

 

 薄っすらと笑みを浮かべてNがそう言うと、
ポリマがパァッと嬉しそうな笑顔を見せ、「N大好きー!」と声を上げてNの胸に飛び込む。
自分の胸に飛び込んできたポリマに、Nは一瞬は驚いていた様子だったが、
ポリマが喜んでくれたことは彼にとっても嬉しいことだったようで、Nは笑顔を浮かべてポリマの頭を撫でていた。
 選択肢を与えるよりも先に、自分の意思を決めてしまったN。
だが、おそらく彼に選択肢を与えたところで、彼はこれ以外の選択肢選ぶことはなかっただろう。
仮に彼の興味を惹く選択肢があったとしても、
ポリマたちの気持ちをないがしろにしてまで、自分の気持ちを押し通すことができるほど――

 

『…少しは、主もNさんを見習って欲しいものです』
「え?逆でなく??」
『………躊躇なくそういう事が言える主の思考構造がわかりません』
「えへへ、照れるなぁ〜」

 

 「褒めてません」と、突っ込みたいところだったが、
わざわざ突っ込むのも面倒になってきたので、アルビレオはそのままあえてアルトの言葉を訂正しなかった。
 すると、アルビレオの隣に座っていたメディアがポンとアルビレオの背を叩いた。

 

『おサボり厳禁ですよ』
『…今回ぐらいは見逃して欲しいのですが』

 

 目ざとくアルビレオの突っ込み放棄を見逃さなかったメディア。
笑顔で面倒なことを言ってくれるメディアに、アルビレオは面倒そうな表情で見逃してくれるよう言うと――
意外にも、メディアはあっさりとアルビレオの言葉を受け入れた。

 

『でも、あまりサボらないでくさいね――アルトはつけ上がったら最後、面倒この上ないですから』
「メディくん酷い!」