「アルト」

 

 青白い月明かりの下、自宅のベランダからトポス湖を眺めていたアルトに声がかかる。
声に呼ばれ、反射的に声の聞こえた方へとアルトが視線を向ければ――そこには全身を白に包まれた長身の男の姿があった。

 

「…どったの、マタン」
「どうした――か、…聞きたいことがあった」
「は?聞きたいこと??」
「ああ――どうして、ホウエンを選んだ?」

 

 白い男――マタンに問いを投げられたアルト。
一瞬、わけがわからないといった表情を見せたが、不意に納得した様子で「ああ」と声を漏らすと、
マタンに自分の隣に腰を下ろすように勧め――彼が自分の横に座ってから彼の問いに答えを返した。

 

「シンオウにどーしても行きたくなかったのと、
ホウエンはイッシュとの親交が深い土地じゃないから――と、あとついで程度に――」
「ランドたちか?」
「まっ、ついで、だけどな」

 

 「ははは」とアルトが軽く笑いながらそうマタンに返すと、マタンは「はぁ」と呆れたようなため息をつく。
しかし、そのため息はアルトに向けられているわけではなかった。

 

「…どうにも、我々の力を利用したがる人間が多すぎやしないか」
「そー言われてもねぇ〜」
「4年前のホウエンの一件からはじまり、シンオウ、イッシュ――次の可能性も否めまい」
「わーってますよぉ〜――でも、どーにも止められない『流れ』ってもんもあるだろ」
「……父上の…戯れだというのか?」
「わからんよ、んなこと。――つーか、だったらどーすんだよお前は」
「…どうもできんが」
「ですよねー」

 

 諦め一色のマタンの返答に、アルトは乾いた笑みを浮かべて肯定の言葉を返す。
なんともいたたまれない空気に、アルトが「あははー」と色々を誤魔化すように笑う――と、不意に空気がゆれた。
 その次の瞬間――アルトとマタンの前に一人の少女が何の前触れもなく姿を見せた。

 

「…………」
「なっ、なんですか!お2人とも!」
「…いや、急だなぁ〜と思って……」
「なに、便利な能力を持っていると思ってな」
「うぅ…アルトのことを思って飛んできたのに……」

 

 突如、アルトたちの前に姿を見せたのは、ターコイズの長い軍服風の服を身にまとった少女。
そんな唐突な少女の登場に、アルトとマタンが素直な感想を返すと、
彼らを思って飛んできたらしい彼女は酷く落胆した様子で肩を落とした。
 しかし、彼女が肩を落とすと同時に吐き出した言葉に、血相を変えて――アルトが立ち上がった。

 

「な、に……!?ま、まさか、ヤツか!ヤツが動いたのか!!?」
「だ、大丈夫よ。まだ兄さんはビロウドにいるし、どうやらそのままグランドギニョールへ向かうみたいだから…」

 

 血相を変えて詰め寄ってきたアルトを押さえ、少女は苦笑いを浮かべながらアルトに問題ないと答える。
そして、その答えを受けたアルトは、安堵の息をつきながらその場に座り込んだ。

 

「あ゛ーぅお゛〜……マジ助かったぁ〜…」
「…でも、兄さんに会いたくないなら長居はお勧めできないわ。……兄さんだから…」
「おうとも、わかってますともよ。アイツは気まぐれ大魔王だかんな!」
「…私から言わせれば、お前たち3人は全員が全員、気まぐれだと思うがな」
「えー?んなことないよなー?」
「えっ…そ、の……わ、私の口からはなんとも………」
「ほれみたことか」

 

 呆れた様子できっぱりと少女の言葉を肯定と受け取ったマタン。
そして少女の方も、図星だったのか、答えを濁すという意図含んでいるのかはわからないが、マタンの言葉を一向に否定しない。
 その少女の様子に、アルトは彼女の意図を肯定と受け取ったようで、
本気でショックを受けた様子で「マジでか!」と声を上げた。

 

「…ただ、お前に関してはもう『我侭きまぐれ』が許される立場だがな」
「…………」
「つっても、それが許されたくてこーなったわけじゃないだろー」
「わかっている。…こうなった原因は、私にも一因があるからな」

 

 そう、毅然とした様子でマタンは言い捨てるとスクと立ち上がる。
そして、アルトたちに声をかけもせずにベランダから部屋へと戻って行く。
 そのマタンの様子を少女は不安げな表情で見守っていると、不意にアルトは苦笑いを漏らした。

 

「ったく、マタンは真面目だよなー」
「まじ、め…って……」
「イッシュと、イッシュに暮らす命を守るために、多くを考え、たくさん傷ついて…。
マタンは精一杯のことをしたってのに、結果だけしか事実しんじつと認めない――ホント、とんだ真面目やろーだよ」
「アルト……」
「でもな、それがアイツの信念だって言うなら、俺はそれを受け入れる――
――俺も、こうして受け入れてもらったわけだからな」

 

 ニカッと笑ってアルトはそう少女に言うと、
「んじゃ、おやすみー」と言葉を残してベランダから部屋へと入って行く。
 そのアルトの姿を少女は呆然と見つめていたが、不意に大きなため息をつくと――諦めを含んだ苦笑いを漏らした。