ワタルと再会し、ジョウトリーグへの挑戦を進められたキラは、
早速自分の母――ヒイナにジョウトへ渡るための相談をしていた。
ヒイナはキラの説明をただ黙って聞いており、肯定もしなければ、否定もせずに沈黙を貫いている。
いつもであれば相槌ぐらいは打ってくれるというのに、ずっと黙っているヒイナ。
ヒイナのパートナーであるマンムーのアイラや、ジュゴンのフリアたちもずっと黙っており、空気は酷く悪いものだった。
粗方の説明を終えたところで、キラはヒイナに「……というわけなんだけど…」とヒイナの発言を促すと、
ヒイナはキラに向けていた視線をデリバードのクリスに向けて「あの子たちを」と言うと、
クリスはこくんと頷いて廊下へと消えていった。
ヒイナの意図の理解できない行動に、キラは不安げな表情で「お母さん?」とヒイナを呼ぶと、
ヒイナは少し呆れたような表情を浮かべて小さなため息をついた。

 

「アナタのジョウト行きを否定するわけじゃないわ。
ただ、そのついでに頼みたいことがあるだけよ」
「……頼みたいこと??」
「そう、きっとキラにしかできないことね、これは」
「??」

 

ヒイナの頼みごとの検討もつかなければ、自分にできることの検討も付かないキラ。
なにを任せられるのかと不思議に思っていると、
クリスが「持ってきたよ〜」と暢気な様子でリビングに戻ってきた。
そして、ヒイナが持ってくるように頼んだのであろう
3つのモンスターボールをヒイナに渡すと、適当なソファーに座った。
クリスからモンスターボールを受け取ったヒイナは、
1つのモンスターボールだけを残して、2つのモンスターボールを軽く宙に放る。
放られたモンスターボールは適当なところで開くとポケモンが飛び出してくる。
が、飛び出してきた影は、出てきて早々アイラの陰に隠れたしまったのだった。

 

「今出した2体はアチャモとキモリ。この間、保護した子たちよ」
「怪我……してたの?」
「…ええ、密輸業者に追われてね」

 

リビングに緊張感が走った。
重苦しい空気の中、
ヒイナの言葉に続くかのようにアイラは呆れたような口調で言葉を続けた。

 

『妙に外が騒がしいと思ったら、変な連中がウロウロしてるんだもの。
追われてるこの子たちの話を聞いたら案の定よ』
『ああ、もちろんその密輸業者はとっ捕まえてケーサツに引き渡したよ』
『…まさか、シンオウにまでこのような業者が進出しているとは思いませんでしたね』
「まったくね」

 

呆れた様子でヒイナたちはその時の状況を語る。
ポケモンを生き物として扱わず、道具としてしか見ていない密輸業者のやり方は酷いの一言では言い尽くせないものだった。
沈んだ空気の中、不意に「あの」と切り出したのは、普段は沈黙を守っている翠葉。
意外な存在の発言にキラと一軍のメンバーは驚いているようだが、
ヒイナは驚いていないようで「なにかしら」と翠葉の言葉を促した。

 

『その密輸業者の話とキラへの頼みごとの話が繋がらないですけど』

 

いつの間にやら密輸業者の話へと変わっていた話題。
しかし、本来キラとヒイナたちが話していたのは、ジョウトへ行くついでの頼みごとの話。
翠葉の質問によってキラたちも繋がらない2つの話に疑問を持ったのか、不思議そうな表情でヒイナに注目した。
キラたちの注目を受けたヒイナは、アイラに自分の元へ来るように言うと、それに従ってアイラはヒイナの元へやってくる。
自分の元へやってきたアイラにヒイナは礼を言うと、今度はキラにアイラの元へ行くように言った。
相変わらずヒイナの人が分からないながらも、キラは言うとおりにアイラの元へと近づく。
何の変化もない――そう思ったそのときだった。

 

『おーっと、危ない』
『放せよッ!!』

 

アイラに近づいたキラに、突然飛び掛ってきたのは1匹のミズゴロウ。
テーブルにおいてあったはずのモンスターボールが床に落ちているところを見ると、
残していたモンスターボールの中から出てきたのだろう。
間一髪のところでクリスがキラとミズゴロウの間に入り、事なきを得たが、
未だにミズゴロウはキラに対して敵意を剥き出しにしていた。

 

「…………」
「この子たち、人間不信になっているの。
……まぁ、あんな怖い思いをすれば、当然のことなのだけれど」
『…ん?「たち」ってことは、アイラ姐さんに隠れてるそこの2体もなのか?』
『そうよ、この子たちもね。ただ、その子よりはかなり軽度だけれど』
『なんだよね〜、ワタシたちが間に立っても――ってコラ!暴れないでくれるかな!?あたたたた!!?』
『放せって言ってるんだよ!』
『…これはかなり酷いわね……』

 

クリスに首根っこを掴まれながらも、ミズゴロウはがむしゃらに暴れる。
そこには人間への嫌悪だけがあり、一秒たりともこの空間にいたくないといわんばかりだった。
暴れ続けるミズゴロウを前にしてどうしたものかと困り果てる面々であったが、
不意に心地よい音色が響き、甘い香りが漂う。
怒りで我を忘れているミズゴロウはそれに気づかなかったようだが、効果は発揮されたようで、
徐々に声のボリュームが下がっていき、最後には小さな寝息が聞こえた。

 

「…ありがとう、翠葉、黄妃」

 

そう言ってミズゴロウを眠りに誘った翠葉と黄妃に言葉をかけるのはキラ。
2人に礼を言うキラの笑顔には強い悲しみがあり、ミズゴロウの反応を酷く悲しんでいるようだった。

 

「キラ、アナタにはこの子たちの世話を頼みたいの。難しいけれど、アナタならできるはずよ」
「………うん、このまま…人間を憎む子たちにはしたくない…。だから何とかしてみせる」
「いい返事よ。それじゃあ、ジョウトへの飛行船の手続きをしておくから、お父さんに頼んで紺優を呼んでおきなさい」
『えっ、ヒイナ様?どうして紺優…?』

 

久しく聞いていなかった紺優――キラのラプラスの名前を聞いた緑翼は、思わずヒイナに聞き返す。
しかし、緑翼の疑問も最もだと判断したのか、ヒイナは表情を一切変えることなく緑翼の疑問に答えを返した。

 

「移動手段兼、用心棒兼、お目付け役兼、歌う係よ。
この子たちの面倒を見るなら、歌うは必須だわ」
『確かに、あのミズゴロウの場合は力でねじ伏せるのはマズイな』
『…まぁ、紺優は冷静だし、我慢強いし……「もしも」の事態が起きる可能性は低いわね…』
『べ、別の「もしも」はどうなるのよ…!?』
『だいじょーぶ、だいじょーぶ。あの紺優だよ?そんな根性絶対ないない。
……それに、キュールの息子だよ?』

 

軽く笑顔で言ってくれるクリス。
だが、その一言は絶対的確信を緑翼たちに与えてくれる一言だった。
ヒイナのラプラス――キュールの息子である以上、
ヒイナの逆鱗についてもよく理解しているはずなのだから。

 

『…大変な旅になりそうだの』
「うん、でも大丈夫。ちゃんと、笑顔で帰ってくるよ」
『うむ、当然じゃ。お主は妾の主なのだからな』

 

自信満々に言う紅霧を見てキラは照れくさそうに笑みを浮かべるのだった。