「……翠葉が…?」
『う、うん。ハミ――じゃなくて翠葉からキラがジョウトに来るって聞いてたから、
キラを探してジョウト中を逃げ回ってたんだ…』
「なんとも驚きですね…。こうも運よくキラと出会えたとは…」

 

イーブイから事情を聞いた紺優は驚いたような声を洩らした。
マシロたちと分かれたキラたちは、当初の目的どおりにポケモンセンターへと足を踏み入れ、
ポケモンセンターの一室を借りてイーブイから詳しい事情を聞いていた。

 

『実は逃げてる途中にネイティオに出会って、
そのネイティオにコガネシティでボクの運命が決まるって予言を受けたんだ。
だからすがるおもいでコガネに来たらユカリたちに会って…!!』
「い、一度は諦めたんですね…」
『だって…だって…!ユカリたちから逃げ切れたためしなんてないモン!!』
「ですが、こうしてキラと出会えて、キラのポケモンになれたのですから――
信じたのでしょう?自分の運命を」
『う、うん…』

 

微笑みながら紺優がーブイに問うと、イーブイが少し照れくさそうな表情を浮かべながら頷く。
そんなイーブイを見たキラは小さく笑みを浮かべるとひょいとイーブイを抱き上げた。

 

「イーブイが頑張ってくれた――だから今度は私がキミのために頑張る番。
大丈夫、お姉さんたちを見返せる子にしてみせるから」
『キラ……』

 

キラの宣言にイーブイは驚きと喜びを含んだ表情を浮かべる。
だが、ふいに我に返ったように自嘲を含んだ笑みを浮かべた。

 

『でもそれは…難しいと思うよ……ねーちゃんたち…本当に強いから…精神的な部分で』
「………」

 

イーブイの言葉に何も言い返せなくなるキラ。
幼少の頃に染み付いた苦手意識やトラウマというものはそう簡単には克服できるものではない。
抵抗できる力を持ったとしても、過去の記憶が恐怖を呼び起こし抵抗する意志を削ぎ取っていく。
おそらく、イーブイに染み付いた実姉たちへの恐怖は相当根深いものなのだろう。

 

「と、とにかく、肉体的な部分だけでも補えれば、
あなたを取り巻く環境にも変化が現れるでしょう。はじめから諦めてはいけません」
「…うん。それもそう…だね」
『うん…諦めずに頑張るよ……。…あの……、今更だけど…キラ、これからよろし――』
「いよぉーッス!キラ〜!!」
『みぎゃああぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーゴメンゴメン。まさか新入りがいるとは思ってなくてねー。いつも通りに見知ったメンツかと〜」
『あわわわわわわ……!』
「…失礼だねぇ。別に突然襲い掛かったってわけでもないのにさー」

 

怯えるイーブイにやや不機嫌そうな視線を向けるのは、
突如部屋に入ってきたキラの先輩トレーナーである少女――ユイ。
いつも通りの高めのテンションで、いつも通りな登場の仕方ではあったのだが、
如何せんその場にいたのはユイのことなどまったくならない臆病なイーブイ。
そんなイーブイにユイの登場を驚くな、ユイを怖がるなという方が無理というもので、
場が収まってもイーブイはキラの側を片時も離れようとはせず、ずっと震えたままだった。

 

「…見知った顔が皆無だけど――キラも仲間探しの旅?」
「…も……?ユイさん…も?」
「そ、私も新たな出会いを求めて遠路遥々ジョウトへやってきたのさっ。
――つか、単にチョウジのヤナギのじっちゃんに会いたかったのが発端だったんだけどさ」

 

「あはは」と笑って自分には大した理由はないと告げたユイは、キラがジョウトにやってきた理由を尋ねた。
事情が事情だけにそう簡単に口外していいものではないのだが、ユイは信頼のおける存在だ。
事情を話しても問題ないと判断したキラは深呼吸をひとつするとユイに事情の説明を始めた。

 

「……なるほど、リハビリをしたいっていうのはその子たちがいるからってわけか」
「うん…人間になれていない子に、いきなりポケモンと戦わせるわけにはいかないから…」
「だね。そんなことしたら、余計に懐かなくなるもんね。
……こりゃ、私よりもソウキの方が力になれそうだね、ムカつくけど」

 

「チッ」と不機嫌そうにユイは舌を打つと、ゴソゴソと鞄の中からポケナビを取り出す。
そして、ポチポチとボタンを押していくとピピピ…ピピピ…と呼び出し音であろう音が鳴り響いた。
ポケナビについての知識を持ち合わせていないキラは不思議そうに小首をかしげていると、
不意にユイのポケギアから聞きなれた声が聞こえた。

 

「もしもし?ユイ??どうしたの?キラに会えたの??」

 

聞こえたのはキラの従兄であるソウキの声。
あえてユイにはどうして自分の居場所がわかったのか聞きはしなかったが、
どうやらソウキがキラの存在をユイに教えたようだ。
直接は言葉を交わさなかったが、それでも自分を心配してくれていたソウキをキラはありがたく思った。
――ところが、そんなキラとは対照的に、ユイのソウキに対する感情はマイナスな方向へ向かっているようで――

 

「ジョウトのヒワダタウンに集合。以上」
「へ?ちょっとま――」

 

ソウキの台詞が終わる前に断ち切られたポケナビの通信。
プープーと音が響いていたが、ユイがとあるボタンを押すと一瞬にして音は途絶えた。

 

「と、いうことでヒワダに行こうよー!」
「ユイ…さん……」
「事情を話せばすっ飛んでくるとは思うけど――事情がややこしいから説明するのがめんどくさい」

 

キッパリと真顔でそう言いきったユイに、キラは困ったような諦めたような苦笑いを浮かべた。
改めて実感するが、ユイにとってペッパやエナといったストッパー役は、絶対的に必要なものなのかもしれない。
ずっとこのままいない状態が続けば、ソウキに掛かる負担が尋常ではないものになりそうな気がキラにはした。

 

「出発は明日!さっ、その前に準備済ませるよ!」
「キラ、私はここで留守番をしていますからイーブイを連れて行ってきてください」
「う、うん…。お願いするね、紺優」
「よーし!コガネ百貨店で買い物だー!!」

 

そう声を上げるとユイはキラの手を引っつかむとキラの返事も聞かずに部屋を飛び出して行く。
それを苦笑いで紺優は見送ると、本来のラプラスの姿に戻ると自分のボールの中へと戻っていった。