人間のいなくなった部屋の中。
紺優は擬人化の姿から本来のラプラスの姿に戻ると、
サイコキネシスによってミズゴロウたちが入っているボールをベッドの上に移すと、
念の力によってボールの開閉スイッチを押した。
ボールから出てきたのは当然、ミズゴロウとアチャモとキモリ。
ボールから出す前と変わらずミズゴロウは威嚇、アチャモとキモリはただただ怯えていた。
そんな彼らを見た葉はため息をついた。

 

『相当根深いもののようだな』
『というか――飛姫とか電にも出てきてもらうべきだったッスかねー。
傍から見たら絶対コレ――オイラたちがイジめっ子ッスよ』
『当然ではあるのですが……大きいですからね、私たち…』

 

ほぼ2m近い体長を誇る水たち。
それと打って変わってミズゴロウたちは1mにも満たない小さなポケモン。
確かにこれでは大きなポケモンが小さなポケモンを苛めていると判断されても仕方ないだろう。
体格差によって威圧感を感じているのではないかと感じた葉と紺優は、
とりあえずはミズゴロウたちに近づくようなことはしなかった。
だが、不意に「ん?」と声を洩らした水は、
自分の大きさの事も忘れてずぃとミズゴロウたちに近寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オ、オイ!水!』
『怖がらせてどうするんですか!?』

 

小声で水を呼び戻そうとする葉たち。
しかし、そんな2人の言葉など無視して水は無遠慮に、
一番人間やトレーナーつきのポケモンに対して敵意を抱いているミズゴロウにずいと顔を近づけた。
葉たちは水の顔面に水鉄砲の一発もお見舞いされるだろうと思っていたのだが、
その予想に反してミズゴロウの反応は随分と大人しいものだった。

 

『世間は広いようで狭いッスね〜。葉、みんなオイラたちの知ってる顔ッスよ!』
『なに…?』
『ほら、博士のところに来る前――別の研究所でオイラたち暮らしてたときの!』

 

ニッコニコと笑顔で葉に伝える水であったが、
どうにも葉の記憶には見知った顔はないようで、ひたすらに渋い顔をしていた。
しかし、よく考えてみれば当然だったかもしれない。
小さい頃から単独行動を好んだ葉。同族にすら打ち解けようとはせず、
思えば葉と仲良くできていたのは水と、ユイのバシャーモであるチャモだけだった。
そんな葉が研究所時代の仲間の顔を覚えているわけがないだろう。
なんとなく物悲しい気持ちになりながらも、水はコホンと咳払いをすると、まずミズゴロウを指差した。

 

『このミズゴロウはオイラのねーちゃんの息子のミスケ。
んで、このキモリがニナねーちゃんの息子のシロウ。それで――このアチャモは――って、葉??』

 

ノリノリでミズゴロウたちを紹介していた水だったが、
アチャモの紹介をしようとアチャモに視線を向けたときだった。
いつの間にやら葉がアチャモに急接近していたのだ。
わけのわからない状況に水は「へ?へ?」と疑問符を乱舞させていると、
葉がスッとアチャモから離れてため息混じりに呟いた。

 

『チャモの弟……か』
『お!葉も思い出したッスか!』
『違う。思い出したのでなく、このアチャモがあの馬鹿に似ていただけだ』
『(じ、実の弟の前で兄貴を馬鹿呼ばわり…)』

 

綺麗さっぱり無神経な台詞を吐いた葉。
ソウキの言葉が頭にないのか、それとも端から彼らに気を使うつもりがないのかは不明だが、
とにもかくにもチャモの弟――シンマルの反応が心配だった。
だが、水の心配を余所に、アチャモの反応はないに等しかった。

 

『しかし、なぜ研究所産のポケモンが密輸業者に追われていた。
お前たち、研究所を逃げ出したわけではないだろうな?』
『違う!!オレたちは人間に売られたんだ!!!オレたちは…!』
『ボ、ボクたちだけ別の部屋に連れて行かれて…。
食事を食べたら急に眠くなって……気づいたら暗い檻の中にいて、人間がたくさんいて………』

 

怯えた様子でそのときの状況を説明してくれるキモリ。
相当怖い思いをしたのだろう。その大きな目には涙が溢れていた。

 

『…研究所の人間がこの子たちを業者に横流ししたようですね。
あなたたちのような初心者のパートナー用に育てられたポケモンは個体能力が高いですから業者も高値で取引すると聞きます』
『…まさかあの研究所にそんな外道がまぎれていたとはな』
『…違う……!紛れ込んでいたんじゃない…!人間はみんな悪い連中なんだ!!
オレたちをモノとしか見ていない最低の生き物なんだ!!』
『なっ!なんでそんなこと言う――べぶー!!』

 

ヒステリックに怒鳴るミズゴロウの言葉が許せなかった水は、ミズゴロウを問いただそうとしたが、
それをよしとしなかった葉は無言で水を尻尾でたたきつけて黙らせると、スッとミズゴロウに視線を向けた。

 

『ならば、その悪者たる人間と共に生活している俺たちも、お前にとっては悪ということか?』
『それ…は……。それはアンタたちが人間に騙されてるだけだ!
信用させておいて最後にあいつらはオレたちを裏切るんだ!!』
『…ソウキが………オイラたちを……騙す…………ブッ』

 

ゆっくりとなにかを確かめるように呟いていた水。
人間を疑い始めていると踏んだミズゴロウは「そうだ」と肯定しようとしたのだが、
それよりも先に水が急に噴出し、思わずキョトンとしてしまった。

 

『あはははははは!!絶対ないッス!ソウキがオイラたちを…!ぶはは…!!』
『ないな。お前はともかく、俺は絶対にありえん』
『えっ、ヒドい!!』
『な、なんでそんなこと言い切れるんだよ!人間なんてお金のためにポケモンを売るぐらい…!!』
『別にソウキはお金になんて困ってないッスよ?』
『な、なら地位とか名誉とかのために!!』
『あ〜そういうのには興味ないッスね〜。既にコーディネーターとしてそれなりの地位にいるし』

 

木の実の生産。ポケモンフードの調合などによって、実のところソウキはそれなりの報酬を得ている。
また、コンテスト5部門全てを制覇したソウキは、ポケモンコーディネーターとしてそれなりの地位を確立している。
が、ソウキは地位や名誉といったものに対する執着が薄すぎるため、どうでもいいものとなっていた。
よくよく考えてみれば、どこまでも無欲なソウキに思わず葉は呟いてしまった。

 

『…よく考えれば俺たちは随分と無欲――いや、つまらんトレーナーの下にいるようだな』
『…ちょ、なんでわざわざイヤなこと言うんスか……』
『事実――つまらんだろう。
まぁ、お前はあいつと同じで欲がない。だから一緒にいて苦にならないんだろう』
『んーそうかもしれないッスね。あ、ならユイのとこで――』
『真っ二つに斬ってやろうか貴様…!!』
『ギャー!!』
『お二人とも!いい加減にしてくださいっ。だらだらと身内のことを…!』
『悪かった、悪かったから冷凍ビームはやめてくれ』

 

水と葉の後ろでずっと傍観していた紺優。
しかし、ついに我慢の限界が来たようで、ドス黒い負のオーラを背負いながら葉と水に詰め寄る。
紺優の力量を知っているのか葉はすぐさま謝罪の言葉を向けると、
紺優は少しだけ不機嫌そうな表情は見せつつも、許してくれたようで、スッと後方へと引いた。

 

『話す相手を変える。お前たちはどうなんだ。
お前たちにとって人間はポケモンをモノとしか扱わない最低の生き物か?』

 

しばしの沈黙が続いた空気を断ち切ったのは葉。
ミズゴロウの人間への不信感はキラと紺優の説明どおりに相当根深いものだということはわかった。
だが、キモリとアチャモは軽度だと聞かされている。
もし、人間を恐れるあまり、自分たちを守ってくれるミズゴロウの意見に賛同するしかないだけなのであれば、
きちんと本人たちの意思を確認しておかなくてはならない。
手遅れになる前に――救えるものから救っておかなくてはならないのだ。

 

『ボクは……人間がすべて悪いものだとは思えない…。
ボクたち家族を育ててくれた人は一度もボクにイヤなことはしなかった』
『ボ、ボクはわからないよ…っ。
研究所の記憶はあやふやで……、でも、あの檻の中の記憶は鮮明なんだ…!』

 

どうやら人間に対する思いは幸いにも三者三様らしい。
ミズゴロウの心を開くには相当苦労しそうだが、アチャモの方はまだ十分に可能性がありそうだ。
キモリはおそらくアチャモが心を開けば、そこから糸口を掴むことも可能だろう。
十分な情報が得られたところで紺優が部屋を出て行く。
それを視線だけで水と葉が見送ると、すぐにミズゴロウたちに視線を移した。