『人間を信用しろとは言わん。だが、今ここから逃げ出したところで、無駄死にするだけだということを覚えておけ。
所詮お前たちは研究室育ちの野生に帰ることができないポケモンだ。
人間の匂いの染み付いたポケモンは野生のポケモンからつまはじきにされるのが関の山、
最低限――野生で生き延びることができる力を手にするまでは馬鹿なことはするな』
『…あのー……葉?その言い方だとまるである程度の力がついたら逃げろって言ってるようなもんじゃ……』
『言ってるような――じゃない。そう言っている』
『はぁ!?』
『それに――キラなら『野性に返す』という選択肢もはじめから視野に入れているだろう。
ソウキと一緒で、束縛や無理強いを嫌うからな』
『あ〜もうー…葉もソウキに似てるッスよ!その変なネガティブ!!』
『ネガディブではない…!慎重といえ慎重と…!』
プンスカと怒る水に対して、怒りをかみ殺しながら水の言葉を否定する葉。
一触即発な空気の中、不意に扉が開いた。
「ああっ!やっぱり喧嘩してる!?!」
「ふ、ふ、2人とも落ち着いて!
まずは俺に二人の言い分を聞かせてくれないか!?お、俺がちゃんと中立の立場で――」
「どーせソウキのヘタれ具合が原因じゃないの?」
「なっ、ちょ!?」
『ははは〜変なところで鋭いッスね〜ユイは』
『大当たりだ。よかったなソウキ、そうそうに解決したぞ』
「…それ……素直に喜べないよ……!」
『当たり前だ。喜ぶべきところじゃないからな』
「!!」
「(いや〜…、ソウキのいじられっぷりはすさまじいなぁ…。
……いや、私もペッパといたらこれより酷いのか…?)」
ぐたぐたと収拾のつかない状況になってしまったポケモンセンターの一室。
なんともいえない状況に紺優は不意にパンパンと手を打つと全員の注目を自分に集めた。
「もうソウキくんをイジめるのは十分でしょう。いい加減にやめないと……」
『悪かった。からかいが過ぎた!』
『(やっぱり紺優もヒイナ先生産ッスねぇ…)』
片手に冷気のエネルギー体を構えて注意と脅しの境目ぐらいの行動を起こす紺優に、葉は間髪いれずに即座に謝る。
すぐに頭を下げられた紺優もすぐにエネルギー体を消滅させると、スッと後方へと下がった。キラの母親――ヒイナのラプラスの息子である紺優。
キラのポケモンになる前は確実にヒイナの元で育ってきたのだから、
ヒイナの特徴が無意識のうちに染み付いてしまっていても何の不思議はない。
やはり幼い頃の記憶は根深いんだなーと水は思っていると、不意にキラが「あの」と切り出した。
「ユイさんとソウキ兄さんに……この子たちを…預かってもらえませんか…?
水や葉がいれば、この子たちも気が楽だと思うから…」
キラの意見は尤もだろう。まったく信用の置けない存在だけがいる場所よりも、
少しだけでも信頼のおける存在がいる場所の方が精神的な負担も少なくてすむ。
まだミズゴロウたちは幼い。
できるだけ負担はかけたくなかったし、嫌な思いをさせたくないという気持ちもキラにはあった。キラの意図を酌んだソウキは笑顔でキラの頼みを受け入れようとしたが、それを水が遮った。
『オイラは賛成できないッス。
オイラたちがいればミスケたちはオイラたちに傾く一方で絶対に人間側に傾かないッス』
「……あ…確かにその可能性も否定できないな…」
『可能性じゃなくてそうなるッス。
特にミスケに関しては絶対ッスよ。ねーちゃんに似てミスケは頑固者ッスから』
『…NGだそうだキラ』
冷静に断りの言葉を返してくる葉にキラはこくりと頷く。
ミズゴロウの性格をよく知る水が言っているのだから、大人しく受け入れるのが最良だろう。ただ、ミズゴロウとは逆に人間に対して心を開く可能性のあるアチャモの方であれば、
預けても問題ないのではないかと思ったキラはユイに視線を移すと、
ユイは平然とした様子でキラの考えを受け入れる体制にあった。
「私の方は大丈夫だと思うけど?多分チャモ呼んだらすぐ来るだろうし」
「じゃあ…」
『待って…ボクの兄さんって……ジンマル…兄さん…だよね……?』
『ああ、そうだ』
『なら……、ボクはジンマル兄さんに会いたくないからここにいる』
突然、耳を疑うような言葉を吐いたアチャモ。
血の繋がった兄弟に会いたくない。
だから会うことになるくらいならば、知らない人間と一緒にいた方がいい――
軽度とはいえ、人間不信に陥っているポケモンの言葉とは思えなかった。
「ええぇ??なに?ちょっと。
チャモってばバイオレンスなドメスティックでもしてたの!?!??」
「ぎゃ、ぎゃ、逆!ドメスティックなバイオレンス!っていうか、そういう話じゃないよ!!」
『落ち着け馬鹿共。単にチャモが人間に対して依存度が高いことが原因だろう。
昔からチャモは人間に無条件で従ってきた。どんな人間にでも無条件で従うポケモン――それが怖いんだろう』
「えー、チャモは私の言うことしか聞かないよー?」
『それはお前が主人だからだ。お前の手を離れれば別のトレーナーの言うことでもすんなり受け入れる。
…普通のポケモンよりも早い段階でな』
葉に冷静に言を返されユイは「ふむ」と声を洩らしてふと考える。
確かに、今は自分のポケモンとしてチャモは戦ってくれているが、
交換によって他のトレーナーの手に渡ってもしっかりと自分の役目を果たすだろう。そう考えると、確かにチャモはどんな人間にでも無条件に従うタイプなのかもしれない。
「まっ、私がチャモを手放すことは絶対にないから、チャモのトレーナーは一生私だけどねっ!」
『お前がチャモを手放したら、ペッパの恐怖政治が寄り一層酷くなるからな』
「そ、そういうことじゃないわい!!」
葉の嫌味にギーギーと騒ぐユイ。
そんなどうしようもない状態を苦笑いでソウキは見守っていると、
いつの間にかキラがアチャモたちの元へ近づいていた。
「改めまして…だけど、私の名前はキラ。後ろにいるのはラプラスの紺優で…この子は……」
ゴソゴソとキラは腰のベルトを探ると、お目当てのものを見つけたようで、
スッとアチャモたちから少し距離を置いたところにモンスターボールをおき、ボールの開閉スイッチを押す。
するとボールが開き、ベッドの上に一体のサンダースが姿を見せた。
「サンダースの黄夏。みんなよりも後に私の所にきたけど、仲良くしてね」
『は、はじめまして!ボク黄夏です!これからよろしくお願いします!』
「では、私もご挨拶を…。私はラプラスの紺優。見ての通り、最年長者ですので、何かあったときには私を頼ってくださいね」
「……紺優も黄夏も優しい子だから――」
『に、人間の息がかかったポケモンなんて――い゛っ!?』
「す、す、す、水――!?」
キラに飛び掛ろうとしたミズゴロウをむずんと掴んだのは水。
珍しいことにその表情には厳しいものがある。
滅多に本気で怒ったりなどしない水。だというのに、珍しくご立腹のようだ。そのままミズゴロウを握りつぶすのでは――
と、思ったソウキは大慌てで水を止めようとしたが、それをなぜか葉が止めた。
「(なんで止めるの!?水が本気で怒ったら危険だって葉も知ってるだろ!?)」
『(実の甥の前で子供のようなことをするほどアイツも馬鹿じゃない。叔父らしく諭して――)』
『ふふふ〜、ならオイラも人間の息がかかった悪いポケモンッスよ〜。
オイラが悪者じゃないならか紺優たちも悪者じゃないと思うッスよ〜〜!』
「水、手!手!!口は諭しているけど、手は見事な実力行使だよ!!」
ある意味でお約束な展開になってしまった水。
果てしない脱力感に襲われながらも、葉は水に向かってリーフブレードをぶち込んだ。水タイプと地面タイプを持ち合わせる水にとって、草タイプの技は唯一の天敵にして、最大の天敵。
抵抗する暇もなく攻撃をぶち込まれた水は、叫び声をあげることなくバタンと倒れた。哀れな末路をたどった水を哀れというか、申し訳ない気持ちになりながらも、ソウキは水をボールに戻した。残念な顛末だったが、水の言っていることは間違っていたわけではない。
水の犠牲(?)を無駄にしないためにも、ソウキはミズゴロウたちに笑顔を向けた。
「決断は急かずに自分の気持ちに素直にね」
『…さて、もう俺たちの役目は終わったな。
帰るぞ、ソウキ。研究所に収める食事が仕上がっていないんだからな』
「ああっ、そうだった!急がないと間に合わない…!!」
『安心しろ、元凶を連れて行く』
「ぅおっ!?葉!なにをするのかー!!」
ソウキと葉のやりとりなど無関係のつもりでいたユイだったが、
無関係では済みそうにないようで、ユイはガッチリと葉に確保される。
関わりたくないユイはジタバタと葉の腕の中で暴れるが、
葉によってユイの抵抗など抵抗にもないっていないようで、涼しい顔で正論を返した。
『お前に呼ばれたせいで、くいっぱぐれそうなんだ。手伝うのは当然だろう』
「っち!しっかたないわね〜。それじゃあキラ!しっかりやんなさいよ!」
「焦らずゆっくりやるんだよ」
「うん…!」
励ましの言葉を残してくれたユイとソウキに、
キラは笑顔で答えると、2人は「じゃ」と返してジョウトを後にするのだった。