鬱蒼と生い茂る木々。
それはシンオウのハクタイの森や、ホウエンのトウカの森に近い雰囲気がある。
昼間だというのに、木々によって日差しを遮られた薄暗い森――それがウバメの森だった。
そんなウバメの森をキラは勘だけを頼りに走っている。
肌に感じるざわめきを慎重に見極めながら、キラは黙々と先へと進んだ。

 

「(この感じ……黒鴉の時と似てる気がする)」

 

ざわめきを感じ取りながら進むキラの脳裏にふと浮かんだのは、
自分のポケモンであるドンカラス――黒鴉との出会いの場面。
重傷を負いぐったりとしていた黒鴉の周りで騒ぎ立てていたヤミカラスたち。
はじめは人間であるキラに対して敵対心があったために襲い掛かってきたが、
キラが悪い人間ではないと理解すると、すぐに黒鴉を預けてくれた。
非常に仲間意識が強いヤミカラス。
故に、仲間が攻撃されたり、危機に陥るとすぐに仲間に助けを求め、
助けを求められたヤミカラスたちもすぐに仲間の元に駆けつける。
――その時のざわめきと、今キラが感じているざわめきは極めて近いものがあった。

 

「(また……黒鴉みたいなヤミカラスが――)」

 

嫌な想像がキラの脳裏を掠めた。
ハクタイの森に似た雰囲気を持つウバメの森。黒鴉のときに感じたざわめきと同じざわめき。
そこから導き出される想像図など――決していいものではない。
また傷ついたポケモンを見ることになるかと思うと、自然とキラの進むスピードは上がっていった。

 

「キャア!」

 

不意に空を裂いたのは少女の悲鳴。
はっとしてキラは更に走るスピードを上げると、行き着いた場所に居たのはヤミカラスの大群に囲まれた少女とヤドンだった。

 

『よくもアタシの可愛い妹分を可愛がってくれたわね。このお返しはしっかり返させてもらうわ!』

 

女の声が響く。
おそらく、この声の主がこのヤミカラスたちを束ねているボスなのだろう。
頭の片隅でメスのボスというのも珍しいなぁ――
と、思いながらも、ヤミカラスたちに攻撃されんとする少女たちに向かってキラはボールを投げた。
放たれたボールから飛び出したのは紺優。
キラの命を受けずとも、キラの下すであろう指示を理解している紺優は、戸惑った様子もなく全方位に凍える風を放った。
突然の乱入者であった紺優の攻撃に即座に反応できず、ヤミカラスたちは凍える風を無抵抗にくらってしまう。
本意気での攻撃の意図はないため、ヤミカラスたちに与えたダメージはそれほどではない。
だが、凍える風の追加効果によって、ヤミカラスたちの素早さは下がっているため、
先程までのような俊敏さはヤミカラスたちには見られない。

 

『ちょっと!なんなのよアンタ!人のケンカに首突っ込むなんて無粋じゃない!』
『一対複数ではケンカというよりも、リンチだと思うのですが』
『フンッ、先にケンカを売ってきたのはそこのガキ。
それに、そのガキはヒワダの子――なら、この森のヤミカラスにケンカを売ったらどうなるかわかっているはず。
――だから、真っ当なケンカよ!!』

 

そう言い放って葉の生い茂る木から猛スピードで飛び出したのは黒い影。
目にも止まらぬ速さとはこのことで、紺優はこの影を目で追うことは諦め、
少女とヤドンを守るように身を寄せると「守る」を使った。

 

『なによ!勢いよく飛び出してきた割りには、防戦一方じゃない!アンタみたいなポケモンを見掛け倒し言うのよ!』
『真っ当なバトルもできないポケモンに、実力を否定されるとは――心外です』
「そもそも、ケンカに真っ当も何もないよ。紺優、電撃波」

 

スッとキラが技を命じると、紺優は自分に襲い掛かってきた影に向かって電撃を放つ。
必中技である「電撃波」をかわせるわけもなく、電撃を受けた黒い影――ヤミカラスは地へと落ちた。
力は抑えたつもりだが、紺優が想像していたよりも紺優とこのヤミカラスではレベルの差があるらしく、
ヤミカラスは憎らしそうに紺優を睨んでいた。
ボスであるヤミカラスが倒されたことによってヤミカラスたちの統率が崩れ、
ヤミカラスたちのざわめきは攻撃的なものから保守的なものを含んだどよめきに変わる。
自分が出て行っても紺優の足手まといにはならないだろうと判断したキラは、
少女の元へ駆け寄ると、少女に大丈夫かと尋ねると、少女は涙ぐみながらも大丈夫だとキラに答えを返した。
少女の答えを聞き、キラは安心したように「よかった」と笑みを浮かべたが、
ふっと表情を冷静なものに変えると、少女にヤミカラスに対してなにをしたのか尋ねる。
すると、少女はうつむいてしまい、キラの質問に答えを返さない。
「やっぱり」と思いながらもキラは少女から離れると、おもむろにヤミカラスに近づいていった。

 

『なにするつもりだよ!!』
「ミズゴロウ…」

 

抵抗を許されないヤミカラスとキラの間に割って入ったのはミズゴロウ。
予想もしていない状況にキラは驚きの表情を見せるが、ミズゴロウの目には本気でキラを攻撃する意志が宿っており、
うかつに近づけばいくら相手がミズゴロウとはいえ、人間であるキラはただではすまないだろう。
今後のことを考えるとミズゴロウを強制的にボールにしまうわけにもいかず、
キラはどうしたものかと戸惑っていると、突然ヤミカラスが大声で鳴いたかと思うと、ミズゴロウに向かって悪の波動を放った。

 

『なんのつもりかしらないけど、人間付きのポケモンに庇われるほどアタシは落ちぶれちゃいないわ!』
『なっ…!オレはコイツがアンタに酷いことをするかと思って…!!』
『フンッ、これだけ弱ってるポケモンに近づいてくる人間なんて――お人よしだけよ…』

 

そう一言悔しそうに洩らすと、ヤミカラスは完全にくたりと地に伏せる。
完全に意識を失ったようで、キラが近づいてもぴくりとも動くことはなかった。
瀕死の重傷を負っているわけではないが、回復は早い方がいい。
キラはヤミカラスを抱き上げると、自分たちを囲むヤミカラスたちを見渡すと、ふっと優しい笑みを浮かべた。

 

「キミたちのボスはちゃんと元気な状態で、キミたちのところへ帰ってくるから――少し待っててね」

 

そうキラが言うと、ヤミカラスたちの目から敵対心が消える。
おそらく、ヤミカラスたちは人間に任せた方が傷が早く治ることを知っているのだろう。
ヤミカラスはポケモンの中でも学習能力の高いポケモンとしてよく知られている。
何らかの経験で、きっとそれを覚えたのだろう。

 

「ミズゴロウ、紺優、ボールに戻って」

 

キラが2人にボールを向けると、紺優は何も言わずにすんなりとボールへと戻っていく。
ミズゴロウは複雑そうな表情を見せていたが、
ここで意地を張っても無駄だと判断したのか、黙ってボールへと戻っていった。

 

「……さ、ヒワダに戻ろう?」
「…いや……。戻ったらおじいちゃんに怒られるだけだもん…」

 

ヤミカラスを抱いている手とは反対の手をキラは少女に差し出す。
だが、少女はバツが悪そうにキラに背を向けた。

 

「新しいポケモンをゲットできるまで、私帰らないもん…」
「でも――新しいポケモンがゲットできたとしても、おじいさんが認めてくれるとは思えないな。
自分の勝手な意地で、大切なパートナーを労わってあげないトレーナーは」
「っあ……!」
「この子も致命傷というほどではないけど、負ったダメージは小さくない。
はやく、ポケモンセンターに連れてってあげよう?」

 

再度キラが少女に手を差し伸べると、少女はヤドンをボールにしまうとキラの手を取った。
それを見てキラは嬉しそうに微笑むと、少女の手を引いてヒワダへ向かって歩き出した。