「大…きい……」
「ポケモンの競技場ですから……当然の大きさなのでしょうが………」

 

キラと紺優の目の前に建つのは巨大な施設――ポケスロンドーム。
ドームは現代の建築、科学のすべてを結集したようなとても近代的なつくりをしている。
当たり前のようにキラの足は一歩後退しようとしていた。

 

「キラ、ここは堪えてください」
「……う、うん」

 

キラの足が後退することを予期していた紺優は、すでにキラの後ろに回っていた。
それによってキラが後退することを完全に阻止しており、
止められたキラは戸惑ったような声音ではあったが、堪える意志を見せる。
そして、思い切った様子で足を前に踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ……苦手…」
ゲッソリとした様子でそう言葉を吐き出したのはキラ。
だが、それも当然のことかもしれない。
外装も近代的なら、内装も近代的。
黒で統一された床と壁、装飾品はネオンが煌めき、
いたるところに設置されたモニターにはポケスロンの競技映像が流れていた。
それだけでも十分にキラにはダメージだというのに、それに加えて競技を熱心に応援する観客たちの声。
人気のあるポケスリートが登場しようものならば、鼓膜が破れそうなほどの歓声が上がる。
そんな熱気溢れるポケスロンドームを探索しただけでキラはすっかり疲れきってしまっていた。

 

「競技慣れるよりも先にポケスロンドームに慣れることが第一でしょうか…」

 

疲れきった様子のキラの隣に座り苦笑いを洩らしたのは紺優。
だが、紺優の言葉は冗談で済みそうにない。
本当に、まずはポケスロンドームの雰囲気に慣れることからはじめなくてはいけないかもしれなかった。
情けない状況にキラは深いため息をつく。
こんな調子では、ジムやリーグに挑戦するなど遠い先の話。
正直、アチャモたちと打ち解けることすらも遠い先の話に思えてきた。
落ち込んだ表情を浮かべて、再度キラは深いため息をつくと、
不意に黒夢がコンとキラの頭をつついた。

 

『基礎知識は叩き込んだんだから、さっさと競技に出ちゃえばいいじゃない。
競技に出れば少なくとも、鼓膜が破れそうなほどの歓声の餌食にはならないと思うけど?』
「…それも一理ありますね。広いところへ行けば、音が篭りませんから」
「…そう…だね。出てみよう。私たちは競技に出るためにここに来たんだから」
『でも、紺優さんが抜けたからメンバーが足りないよ?』
「うん、だから家に連絡して欠員を補うよ。……い、いてくれれば…」

 

少し困ったような表情を浮かべながらキラがそう言うと、
わけがわからないといった様子で黒夢が「どういうことよ」とキラに事情を説明するようにいう。
そう言われたキラは、戸惑いながらも立ち上がると黒夢たちに「歩きながら話すね」と言って歩き出した。

 

「私がいない間、ずっとボックスや牧場に預けておくのは可哀想だから、
長期で他の地方に渡るときはみんなを自由にしてるの。
だから……家に誰もいないことがよくあって…」
『まぁ、留守番させられてる側であれば嬉しいけど、いざっていうとき力をすぐに借りられないのは不便ね』
「でも滅多にこういうことないし…常駐してもらう絶対的な必要はないから……」
『まぁ…ねぇ……』

 

キラのボックス事情の説明が終わったところで、キラたちはパソコンの前までやってきた。
慣れた様子でキラはポケモン預かりシステムを起動させると、やはりボックスの中は空っぽ。
苦笑いを浮かべながらキラは預かりシステムを終了させると、
通信システムを起動させ、手馴れた調子で番号を入力すると、呼び出し音が響いた。

 

「…あら?キラ?」
「あ、アイラ」

 

パソコンの画面に映し出されたのは、キラの母親ヒイナのマンムー――アイラ。
まさかキラから連絡が来るとは思っていなかったようで、その顔には驚きが見える。
アイラの顔を見たキラもアイラと同様に、まさかアイラが通信に出るとは思っておらず、驚きの表情を見せていた。
しかし、すぐに驚きから開放されたアイラは落ちつた様子で笑みを浮かべると、
キラに「どうしたの?」と優しい声音で尋ねた。

 

「ちょっとメンバーが必要になって……誰か家に残ってないかな…?」
「………紺優、これはどういう状況なのかしら?」

 

笑顔で紺優を睨んでくるアイラに、思わず紺優は表情を引きつらせる。
アイラの中で、「キラが困る=紺優のせい」という方程式が成り立っていることは紺優も理解しているが、
即行で睨んでくるのだけは勘弁して欲しい。
多くのポケモンに絶対的な恐怖を刻み付けてきたあの睨みは、さすがの紺優でもかなり堪えるのだ。

 

「ア、アイラ姉さん…。理由も聞かずになんでも私のせいにするのはやめてください…。
単にジョウトで開催されているポケスロンに出場するための要員を確保したいだけです」
「……ふぅ〜ん…そういうこと。…でも、うちに残ってるの黒鴉だけよ?」

 

黒鴉と言われ、思わずキラは頭の上にいる黒夢に視線を向ける。
黒鴉は黒夢――ヤミカラスの進化系であるドンカラス。
おそらく、黒鴉は必要以上に黒夢と関わらないことで問題を起こさないように動いてくれるだろうが、
キラとしては黒夢の方が少し心配だった。
ドンカラスは複数のヤミカラスを従えることが当たり前のポケモン。
それは黒夢も知っているだろう。だが、だからこそ問題なのだ。
それによって黒夢が黒鴉に喧嘩を売るようなことになっては――
そう考えると少し不安だが、問題を起こさず過ごすことが上手い黒鴉ならば大丈夫だとプラスに考えると、
アイラに黒鴉をこちらに送って欲しいと頼んだ。
すると、アイラは笑顔で「わかったわ」とキラに答えると、通信が保留状態に変わった。
パソコンの前でアイラからの連絡を待つこと数分。
再度アイラの姿がパソコンの画面に映し出された。

 

「黒鴉を送ったわよ」

 

そうアイラが言うと、パソコン画面の端にポケモンが送られてきているという表示が出てくる。
その表示を眺めながら数秒待っていると、パソコンの横に設置された装置からダークボールが出てきた。
そのボールを装置から取り出し、
キラはカメラに向けて見せると、アイラに無事に黒鴉のボールが届いたことを伝えた。

 

「…他のメンバーも召集しておく?」
「ううん、大丈夫。私がポケスロンの競技に慣れるまでだから」
「そう、わかったわ。大変だろうけど、頑張ってね」
「うん」

 

応援してくれるアイラにキラは笑顔で返事を返し、
「それじゃ、またね」と言葉をかけて通信を切った。