ポケスロンドームから少し距離を置き、自然公園へとやってきたキラたち。
やっとのんびりできる空間にやってきたキラは、体のこりをほぐすかのように大きな伸びをした。
「やっぱりこういう自然の多いところが落ち着く…」
「そうですね…やはり自然が一番ですね……」
キラの背中を押したり、励ましたり、キラのフォローに紺優は回っていたが、
なんだかんだ言って紺優もポケスロンドームの雰囲気は苦手だったようで、リラックスした穏やかな表情を浮かべている。
どこまでも自然派はキラと紺優に内心呆れつつ、黒夢はキラに黒鴉を紹介するように言った。黒夢の言葉を受け、キラは黒夢たちに黒鴉を紹介するため、
アイラから送られてきたダークボールをポンッと宙に放った。放たれたダークボールが開くと、その中から黒鴉――ドンカラスが姿を見せる。
落ちてきたボールをキラはキャッチすると、いまいち状況がわかっていない様子の黒鴉の名を呼び、腕を出した。すると、キラの声に反応した黒鴉はスッとキラの腕に止まった。
『……キラ…………ということは、ここはジョウトか?』
「うん。……あれ?アイラから説明は…」
『いや、なかったが……。まぁ、俺を呼ぶのはキラだけだからな、予想はしていた』
「突然呼び出してゴメンね…。……なにか用事とかはない…よね?」
『ああ。今回は本でも読んでいようと思っていただけだからな。用という用はない』
黒鴉が問題ないことをキラに告げると、キラはホッとしたような表情を見せる。
途中で黒鴉が何か用があって家にいたではないかと思ったのだったが、それは幸運にもキラの杞憂で済んだようだ。やっと明るい気持ちになったところで、
キラは黒鴉に「紹介するね」と言って黒鴉を地面に下ろすと、黄夏と黒夢に視線を向けた。
「ジョウトで仲間になってくれたサンダースの黄夏と、ヤミカラスの黒夢」
『よ、よろしくおねがいします…!』
『ああ、よろしく頼む』
緊張した面持ちで黄夏は黒鴉に向かって頭を下げると、黒鴉は特に声色を変えることはせずに黄夏に言葉を返す。
ただ、先輩という存在に対して挨拶することに緊張していただけのようで、
挨拶を終えると黄夏は少しずつ落ち着きを取り戻していく。
その様子を見て、キラは黄夏が年上の女性に対してだけ恐怖心を持っているのだと確信した。そんな中、ふと一言も声を発していない存在――黒夢に気づいて「黒夢?」と声をかける。
だが、黒夢は驚いたような表情を黒鴉に向けたままガチンと固まっていた。
「…?どうしたの?黒夢??」
『驚くのも無理はない。まさか――実の兄妹に会えるとは思ってもいないだろうからな』
『なっ…な、なんでリオン兄様がこんなところに!?!?』
「………え、黒鴉と黒夢って兄妹…なの?」
『ああ、そうだ。リズ――いや、黒夢は数年前に家から飛び出したきり、行方知れずになっていた俺の妹だ』
冷静に事情を説明してくれる黒鴉に「へぇ〜…」と大した感情の篭っていない相槌をキラは返す。
だが、放心状態にも近い状態になってしまうのも当然といえば当然だろう。偶然出会って仲間になったポケモンが、顔見知りどころか兄妹だったのだ。
この広い世の中、こんなことはそうあることではない。ただ、こんな場面も何気に何度か経験のあるキラの復帰は早く、
我に返ると落ち着いた様子で黒夢の前に黒鴉を降ろした。
『…黒夢、いつまで呆然としているんだ?』
『…!し、しかたないじゃない!こっちは一生会えないと思ってたんだから!』
『ジョウト…ではな。確かに、お互い人間にゲットされなければ再会するのは無理だったろうな』
『しかも、トレーナーが同じなのよ!?驚かない方がおかしいじゃない!?』
「黒夢っ…落ち着いて…!」
『お、落ち着いてなんかいられないわよ!というか、気絶しなかっただけまだマシで――』
澄んだ鈴の音が響く。
澄んだその音は、興奮した黒夢の心を静かなものに変えてくれた。深呼吸をひとつして、やっと落ち着いた黒夢は再度、
目の前にいる実の兄――黒鴉と、自分のトレーナーであるキラに視線を移した。
『お、お久しぶりね、リオン――じゃなくて、黒鴉兄様…』
『ああ、久しぶりだな。黒夢』
照れた様子で挨拶を交わす黒夢と、まったく照れた様子も緊張した様子もない黒鴉。
対照的な2人の様子を少しだけ「面白いなー」と思いながらキラは眺めていると、不意に黒鴉が飛ぶ。
突然の黒鴉の行動を不思議に思いながらも、キラは黒鴉に腕を向けると、すんなり黒鴉はキラの腕の上に収まった。
『噂には聞いていたが、慣れたものだな』
「お褒めに預かり光栄ですよ。私も、あなたの噂は朱羽から聞いています。…緑翼たちが苦労かけます……」
申し訳なさそうに頭を上げる紺優に黒鴉は「いや…」と首を振った。緑翼たちドラゴン女子軍に苦労をかけられていない――
といえばそれは大嘘になるが、紺優に頭を下げられるようなことではない。
更に言えば、キラのせいでもない。
彼女たちの暴力的且つ横暴な行動は、幼いときから積み上げられてきた競争社会の結果。
調和ではなく、突出を良しとするドラゴンポケモンの本質が引き起こすもの。――そんな考えのある黒鴉としては、誰に謝られても困ることだった。そんな黒鴉の考えを声音と態度で察したのか、
紺優は「ありがとうございます」と言葉を返すと、キラに現状の説明を黒鴉にする事を提案した。
「お母さんから預かったキモリたちのリハビリの一環として、ポケスロンっていうポケモンの競技大会に出ようと思うんだけど、
私がまるっきり初心者だとキモリたちを不安にさせるから、まずは慣れているメンバーで出場してみようって話になったんだ」
『…それで、紺優さんが抜けた穴を俺が埋めればいいんだな?』
「うん。…お願いできる?」
『ああ、もちろん。他ならぬキラの頼みだからな』
「…ありがとう」
快く了承してくれた黒鴉を、キラは感謝の意を込めて優しく撫でる。
それを黒鴉は嬉しそうに受けていると、不意にバサッとキラと黒鴉の頭上を影が走った。
『ちょっと、アタシへの感謝はないワケ?
アタシはバトルがしたくてアンタについてきたのに、
ポケスロンなんていうより道に文句も言わずに付き合ってあげてるって言うのに!』
「うん、黒夢もありがとう。もちろん、黄夏にも感謝してるよ」
黒夢と黄夏を撫でるキラから離れ、黒鴉は何も言わずに紺優の肩に止まる。
二人の視線は言わずとも黒夢に注がれており、心なしか表情は曇っていた。
「ドラゴンポケモンではないのに、ドラゴンポケモンのような立ち位置の方が出てきそうな予感がしますね…」
『ああ…おそらく予感は的中だろうな……』
そんな嫌な予感に頭痛めながら、紺優と黒鴉はキラたちを見守るのだった。