「やはり、競技が始まってしまえば問題ありませんでしたね」

 

そう言って紺優が視線をやる先には冷静にポケモンたちに指示を飛ばすキラの姿がある。
その姿に、このポケスロンドームのロビーでぐったりとしたいたときの面影はなく、
いつもどおりに近いキラがそこにいた。
ポケスロンという競技にキラたちは、初めての参加ではあったが、
持ち前の順応能力の高さでポケスロンに慣れたキラは、黄夏や黒夢たちに安定した指示を送るようになり、
あっという間に同ランクの大会であれば、優勝できるようになっていた。
真剣に競技に取り組むキラたちの姿を見守りながら、
紺優は手すりの上で真剣にポケスロンの様子を伺っているアチャモとキモリに目をやった。

 

「(…やはり、一番の軽症者はアチャモのようですね)」

 

かなりポケスロンに興味を持っているのか、
ポケスロンの競技を見るアチャモの頭の羽は心成しか開いているように見える。
加えて、その目には好奇心がキラキラと輝いており、
人間への恐怖よりもポケスロンの競技への好奇心の方が勝っているようだ。
それと変わってキモリは、ポケスロンよりも周りにいる人間の方が気になるようで、しきりに辺りを見渡している。
だが、ポケスロンへの興味はゼロというわけではなく、
時折目をやって印象に残ったシーンがあるとアチャモと会話に花を咲かせていた。
しきりにキモリがまわりの人間を気にするのは、
おそらく、大勢の人間に囲まれた恐怖がキモリに強く根付いているからだろう。
それを克服すれば、キモリも人間に心を開き始めるだろうが――

 

「(それが大変なんですよね……)」

 

苦笑いを浮かべて紺優が心の中でそんなことを思っていると、
不意に腰のベルトに装着しているボールが揺れた。
ボールの揺れの原因を知っている紺優は小さなため息をつくと、
おもむろに腰からボールを取り、ボールを自分の目線にまで持ってきた。

 

「なんですか、ミズゴロウ」
『なんですかじゃない!オレを出せ!!』
「大人しくできるというのなら、出してあげます」
『うぅっ…』

 

最低限のマナーではあるが、ミズゴロウにとっては死活問題だった。
大勢の人間がいるのだ。
いつ人間が自分たちを狙って攻撃してくるかわからない場で、じっとしていられるはずがない。
自分の身を守るためには、敵よりも先に動かなくてはならないのだ。
しかし、それは絶対に許されず、どうしたものかとミズゴロウが策をめぐらせたときだった。

 

『あの…僕……ボールの中で観戦…したいです……』

 

消え入りそうな小さな声で主張したのはキモリ。
どうやら、ボールの中で観戦した方が安心できると判断したようだった。
人間に慣れるためには――と一瞬は紺優も思ったが、この初めの段階で無理をさせるわけにはいかない。
オドオドとした様子で主張したキモリに、紺優は「わかりました」と笑顔で答えを返すと、
キモリが入っていたボールをキモリの前に差し出すと、キモリは自らの意志でボールへと戻って行った。

 

『(そりゃ…ボールの中の方が大勢の人間から襲われる危険性はないけど…!)』

 

ミズゴロウの中で苛立ちが湧き上がる。
キモリの選択は大勢の人間の悪意から身を守るための選択としては間違っていない。
だが、自らの意志でボールへ入っていったということは、キモリの中でキラへの不信感は薄れてきているということだ。
でなければ、自らボールの中へ戻るなどするわけがない。
沸々と湧き上がる苛立ちを感じ取りながら、
ミズゴロウは未だに外に出ているアチャモに目をやった。

 

「アチャモ、あなたは戻らなくていいんですか?」
『うん、ボクはここで見てる』

 

紺優の問いに躊躇もせずアチャモは答えを返すと、すぐにまた競技へと視線を戻す。
そのアチャモの姿にミズゴロウの苛立ちは頂点に達した。

 

『オイ!どういうつもりだよシンマル!そんな人間がいつ襲ってくるかわからない場所で!!』
『どういうつもりもないよ。もし、仮に人間が襲ってきたとしても、そのときは紺優さんが守ってくれる。
だからここは安全だってボクは判断した』
『なっ…!!』
『ここにいる人間はボクたちを捕まえた人間とは違う。みんなポケモンたちと笑ってる。
それに、ポケモンたちもみんな笑ってるし、楽しそうなんだ』
『そ、そんなの、人間がポケモンを騙してるだけもしれないだろ!?実際、研究所の連中は――』
『人間はポケモンを強制的に従える力を持ってるのに、どうしてわざわざ騙す必要があるのさ。
それに、ポケモンだって馬鹿じゃない。人間のウソだって見破ろうと思えば見破れるはずだよ』

 

ミズゴロウの言葉に、アチャモは冷静に正論を返す。
だが、アチャモの正論を受け入れられないミズゴロウは吠えた。

 

『なら好きにしろよ!お前がまた人間に襲われても――オレは助けないからな!!』

 

そう言ってアチャモに背を向けたミズゴロウ。
今は下手に触れない方がいいと判断した紺優は、そっとボールを腰に戻すと、アチャモに声をかけた。

 

「アチャモ、あなたはキラを……人間を許すんですか?」
『……ボクたちを捕まえた人間は絶対に許さないよ。
でも…、キラたちは信じたい……。ボクも…みんなで笑えるようになりたいんだ』
「そう…ですか。……その言葉を聞いたら、キラが喜びますよ」
『…そうだと……、いいな…』

 

苦笑いを浮かべながらアチャモは、ポケスロンで優勝するキラたちを眺めていた。