「やっぱり、黄夏のスピードは光るものがあるね」
『そ、そうかな…!』
『でも、練習でアタシが追いかけてたときの方がいいタイム出てたわよ』
『(それは黄夏の恐怖心を煽ったからだな…)』
ポケスロンのスピードコースを難なくクリアし、紺優たちのいる観戦スペースへと向かうキラたち。
今さっき優勝しただけあって、人々から視線がグサグサ刺さるが、
それをなんとかキラは耐え抜き、やっとのことで紺優たちの元へと戻ってきた。
「優勝おめでとうございます、キラ」
「うん、ありがとう紺優」
戻ってきたキラに祝いの言葉を向けたのは紺優。
その紺優の言葉を受けて、キラは笑顔で礼を言うと、
紺優の頭の上に見慣れない色を見つけて、不意に視線を上げた。
「アチャ…モ……?」
人間はもちろん、人間に加担しているポケモンにすら警戒心を見せていたアチャモたち。
当然、擬人化の姿を取った紺優が触れることすら許していなかったというのに、
それを軽く通り越してアチャモは紺優の頭の上にちょこんと座っていた。予想もしない後継にキラも思わず呆然としていると、
突然アチャモがピョンと紺優の頭の上から飛び降りた。
「!!」
落ちてきたアチャモを反射的にキラは抱きとめる。
だが、抱きとめてから、はたと突然アチャモに人間が触れては不味いのではないかと不安がよぎった。おそるおそる、キラはアチャモの顔を覗いてみると、
そこにあるのは予想外だが、嬉しい光景だった。
『ボクも…一緒に……キラたちと一緒に…ポケスロンに出たいんだ…!』
アチャモの顔に浮かんでいるのは期待に満ち溢れた笑顔。
怯えや不安といった負の色はなく、誰に強制されたわけではなく、自らの意志で選んだ言葉だということがわかった。少しずつ歩み寄ったことが功をそうしたのか――そんなことはどうでもよかった。
ただ、アチャモが自分を、人間を受け入れてくれたことが、何よりもキラには嬉しいかった。
「うん…っ、一緒にポケスロンで頑張ろう」
アチャモの申し出にキラが笑顔で応じると、アチャモはまた嬉しそうに笑った。嬉しそうに笑いあうキラとアチャモの様子を見て、
黒鴉は薄く笑みを浮かべると、スッと紺優の肩にとまった。
『なにか……あったのか?』
「ええ、少し…」
事情を尋ねてきた黒鴉に紺優は、
先程あったアチャモとミズゴロウのやり取りについてを伝えると、
黒鴉はシブい表情を浮かべた。
『アチャモはプラスに働いたが…、ミズゴロウにはだいぶマイナスに働いたかもしれないな……』
「アチャモの行動が……ミズゴロウの不信感を煽ることにならなければいいのですが…」
『まぁ、それは大丈夫じゃないの?』
「黒夢……何故そう思うんです?」
不意に黒鴉と紺優の会話に入ってきたのは黒夢。
慣れた様子で紺優の頭の上に腰を下ろすと、平然とした様子で自分の見解を話しはじめた。
『だって元々アチャモとミズゴロウは仲が悪いみたいだったし。
――というか、ミズゴロウは単に意地張ってるだけよ。
憎まれ口叩いているだけで、本気で人間のこと信じてないわけじゃないわ』
『…同類故の共感か?』
『そ、それどういう意味よ!?』
からかうような黒鴉の言葉に、黒夢は紺優の頭の上でギーギーと暴れると、紺優は迷惑そうにスッと身をかがめる。
それによって足場を失った黒夢は宙に取り残されると、
「ふんっ!」と言って方向転換して不機嫌そうにキラの頭の上に陣取った。
「…黒夢?どうしたの??」
『ふんっ、あの性悪ドンカラスに愛想がついただけよ!』
「性……悪??」
黒夢の言葉に納得ができないのか、キラは不思議そうな表情を黒夢に向ける。
心底不思議そうな表情を見せているキラの顔が黒夢の目に入った。確かに、不思議そうな表情をされてもしかたがない。
勢いで黒夢は黒鴉を性悪と言ったが、正直黒鴉は性悪といえるほど根性は捻じ曲がっていない。
先程のような意地の悪い事も言うが、それは本当に時々のこと。
いざこざを好まない黒鴉だ。態々相手の気を逆なでするような言葉を常に選ぶような性格をしているわけがなかった。気まずいキラの表情に、黒夢は「う〜…」と少し唸ったあと、
不機嫌そうに「言い過ぎたわよ!!」と半ば逆ギレのような態度で、
キラに反省と思わしき言葉を返した。
「……なるほど…、ミズゴロウの反応も、あの状態に近いということですか」
『想像の域を達するものではないが、あながち間違った見解でもないと思う』
「意地っ張りの形も、固体によって様々ですね……」
意地っ張り――キラのガブリアスの藍陸とカイリューの橙飛を思い出しながら紺優は言った。彼女たちの意地を張る対象は、親しいものではなく、ライバルや敵視する存在に対して。
おそらく、相手に弱みを見せないための自己防衛――
強さを価値とするドラゴンポケモンであったから故に形成されたものなのかもしれない。
そして、黒夢――もしかするとミズゴロウの意地っ張りは、照れ隠しの意味が一番強いのかもしれない。そうならば微笑ましいな――なんて思いながら紺優はキラたちの元へ近づいていった。
「キラ、このあとはどうしますか?一度、休憩を挟みますか?」
「ううん、このモチベーションを保って行きたいから、外でアチャモのウォームアップをしてから競技に――」
『待って!その前に………!ボクにも名前をつけて!いつまでもアチャモじゃよそよそしいし…』
大胆なアチャモの発言に、キラたちは驚いた表情を見せた。新たな名前をつけて貰うということは、今までの自分を捨てて――
と、まではさすがに言わないが、とにかく、新しい自分を受け入れるための儀式に近い。
それを知っているキラは、もう少しアチャモと仲良くなってから名前の提案をしようと思っていたのだが、
予想を遥かに超えて名前を決めることになったようだ。じぃーっとアチャモを見つめること数秒。
キラは不意に「うん」と頷くと、アチャモの「名前」を呼んだ。
「赤跳――でどうかな?」
『…うん!いいね!すごく嬉しい!!』
「そっか、これからよろしくね、赤跳」
『こちらこそよろしく!キラ!』