「素晴らしい脚力ですね」
『うん!スピードもあるからジャンプコースだけじゃなくて、スピードコースでもすごい成績残しそうですね!』
『………シンマル…』
ドームの中央で競技に参加するキラとアチャモ――赤跳たちに視線を向けるのは、
紺優と紺優の腕に抱かれた黄夏と――紺優の肩にぶら下がっているキモリだった。先程は一旦ボールの中へと戻ったキモリだったが、
幼馴染であり仲間であるアチャモ――赤跳がたくさんの人間に囲まれる場所に行くとなっては――
いや、自分が興味を持っているポケスロンに参加するとあっては、ボールの中で観戦などできるわけがなかった。キラと赤跳たちが挑戦しているのはジャンプコース。
自慢の脚力を活かし、赤跳は十分に黒鴉や黒夢についていっている。
このままの調子で行けば、上位入賞は硬いだろう。
「進化したら、もっと強くなりそうですね」
『えーと…アチャモの進化系は…?』
「アチャモからワカシャモ、そして最後はバシャーモです。
あれだけの脚力があれば、バトルでも力を振るえるでしょうね」
『あ……バトル………』
「そうですよ。キラがこのジョウトにやってきたもうひとつの目的はポケスロンの制覇ではなく、ジムの制覇ですからね」
『うぅ〜…、あんまり頑張りたくないです…』
『汝!まだそんなことを言っているのか!』
『ぴぎぃい!?』
突然、紺優と黄夏の会話に割り込んできたのは一羽のネイティオ。ネイティオが怒鳴ったかと思うと、紺優の腕の中に納まっていた黄夏が、
急にフワリと浮いたかと思うと、ネイティオの目の前へと運ばれていた。
『汝が勇気を持って行動すれば道は開けると、態々我輩が予言してやったというに…!』
「……もしかして、あなたが黄夏に予言をしてくださったネイティオなんですか?」
無表情――に見えるが怒っているのであろうネイティオは、不機嫌そうに黄夏に文句を言う中、
紺優がふと思い出したように問うと、ネイティオは感情の読めない表情と声で「うむ」と紺優の問いに答えを返した。
「でしたらそう黄夏を責めないでやってください。黄夏は勇気を出してコガネへ向かい、道を開きま――」
『違う!我輩が開けるといったのはバトルの才!ポケスロンの才ではない!』
紺優の言葉を遮って抗議するネイティオ。
思わず気圧された紺優は言葉を飲み込んでしまい、ネイティオの抗議を止めるタイミングを逃してしまった。
『ポケスロンなど所詮は遊び!ポケモンの真価が発揮されるスポーツはバトル!!
…だというのに、何故汝はここにいる!!
汝は我輩と同じくスピードに優れた才を持つ者!これをバトルで活かさずして――』
『えーのーきぃ〜?お前こんなところに居たのかァ〜……!』
『はごっ!?』
猛攻を続けるネイティオの頭を突然ガシリと掴んだのは一体のオーダイル。ネイティオを掴み、にやりと笑っているが、確実にその笑みはいい意味を秘めていない。
公の場ということもあり、怒りの感情を抑えるためのカモフラージュでしかないことは確かだ。
『まぁ、この際突然いなくなったことはいつものイタズラということで大目に見てやるよ。
だがなぁ……ポケスロンを侮辱することは――
許さねーぞコラァアアァァ!!!!』
『ギャー!ご勘弁をー!!常盤サマー!!』
「(なぜこう…喧嘩っ早いポケモンが多いんでしょう……)」
澄んだ鈴の音が響く。
それを聞いたオーダイルとネイティオ、そして黄夏も落ち着きを取り戻したようだ。全員が落ちつきを取り戻し、少しの間を空けてから不意にオーダイルがぺこりと頭を下げた。
『騒がせてすまなかったな』
「いえ、なにかそちらにも事情があったようですし」
紺優に謝罪の言葉を向け、
オーダイルはネイティオに絡まれていたサンダースにも謝罪しようと黄夏に視線を向けて思わず固まった。本当に、噂をすればなんとやら――とはよく言ったものだ。
『お前、さっきビギナーランクのスピードコースに出場してたヤツだろ』
『は、はいっ…そ、そうですけど…?』
『お前まだまだ上のランク目指せるぜ?ただ、その臆病な性格どーにかしないことには難しいだろうけどな』
何故だか嬉しそうに黄夏に、才能があると告げるオーダイル。
褒められたことが嬉しいのか、初対面の知らないポケモンにはいつも怯える黄夏も笑顔を見せていた。だが、オーダイルのポケスロンの道を勧める発言が許せなかったのか、
相変わらずオーダイルに頭をガシリと掴まれた状態のネイティオが急にバタバタと暴れだした。
『なにを言うのですか!このサンダースはバトルでこそその真価発揮する!
小生の予言は外れたことがないのは常盤もご存知でしょう!』
『俺の目をかけたポケモンが、ポケスロンで伸びなかったこともねーぞ』
『う゛っ』
冷静なオーダイルの正論に思わずネイティオは苦しげな声を洩らす。
しかし、「も」と言っているところを聞けば、ネイティオの予言が外れないこともオーダイルは理解しているようだ。どんな結論をオーダイルが出すのか興味を持った紺優は、
あえて口を挟むことはせずに黙って成り行きを見守ることにした。
『そーだ。お前、バトルで度胸つけてくりゃいいんだよ。
それに、バトルで訓練積めばトレーナーとの意志の疎通もとりやすくなるし、精神的にも、肉体的にも力、つくしな』
『むむむ…、バトルが遊び扱いされているようですが……才の芽を摘むよりはずっといいでしょう』
『え…あの、ボク、バトルはあんまり……』
『『却下だ(です)』』
上手くオーダイルたちは黄夏を説得できたかと思ったのだったが、
最終的には力で圧力をかける格好になってしまった。ある意味で予想通りの構図に、紺優は心の中で苦笑いを浮かべたが、
彼らの働きかけのおかげで黄夏が持つバトルへの暴力的な印象を拭うことはできそうだ。
「黄夏、お二人が言っている『バトル』とキラがあなたにして欲しいと思っている『バトル』は、
私と黒夢が戦ったときのようなバトルの事を言っているわけではないんですよ。
私たちの言う『バトル』というのは、ポケスロンと同じ一種のスポーツなんです」
『…スポーツ?』
『当たり前だろ?なんだ?お前、バトルをケンカとでも思ってんのか?』
『だ、だって…相手を傷つけて勝ったとか、負けたとかって…』
『ケンカはな。だが、バトルにはルールがある。ルールがある以上、バトルはケンカじゃなくてスポーツだ。
大体、ただのケンカを公認してジムやらリーグの制度作るわけねーだろ』
『そ、それは……』
確かに、オーダイルの言うことも尤もだ。ポケモンバトルが、ただのルールのない野蛮なケンカであれば、
それを人間にしろ、ポケモンにしろ、それを認めてジムやリーグといったそれを推奨する制度を作るわけがない。
寧ろ、そんな野蛮なものであれば、治安や倫理を守るためにも、厳しく取締りが行われるはずだ。
『食わず嫌い――って言い方も変だが、とりあえず挑戦してみてもいいんじゃねーか?
お前がそれだけビビッてりゃ、主人もいきなり強い相手とバトルすることもないだろ』
『うむ、小生の予知で汝の主人はバトルの才を秘めたものと出ていました。
そのような主人に限って、無理な選択はしないでしょう』
『お前のときみたいにな』
『お、お、思い出させないでいただきたい!』
からかうような笑みをニヤリと浮かべてオーダイルが言うと、ネイティオは怯えたようにまたバタバタと暴れだす。
その様子をケラケラと笑いながらオーダイルが眺めていると、
不意にオーダイルとネイティオの頭に赤い何かが振り下ろされた。
『フギャ!!』
『いってェ!?』
『おまんらいつまで油売っとるんじゃ!もう試合が始まるぞ!!』
彼らの頭に振り下ろされたもの――それはハッサムのハサミ。
鋼タイプを有するハッサムのハサミだ。その硬さは尋常なものではない。当然のように、彼らの頭の襲った衝撃はかなり大きかっただろう。
『ッ痛〜…!お前はもう少し加減ってもの覚えろ!』
『なら、おまんは時間を厳守せい。それと、榎は空気を読め!この昇級戦前になにやっとるんじゃ!!』
『あー、あとお前は自分の感情のセーブも覚えようなー。試合始まるんなら仲間割れしてる場合じゃねーぞ』
ネイティオに今にも襲い掛かりそうな勢いになったハッサムを抑えながら、
オーダイルはネイティオとハッサムを引き連れて観戦スペースから出て行こうとする。
だが、その途中でオーダイルはふと振り返ると笑顔で言葉を残していった。
『同じステージで戦えるのを楽しみにしてるぜ』