「バト……ル…?」
急にバトルについての話題を振られたキラ。
すっかり頭の中はポケスロンでいっぱいになっているのか、その顔に浮かぶ表情はあっけにとられており、
バトルについての話題を振られたことが意外でしょうがないといった様子だ。そんなキラに紺優は苦笑いを浮かべると、
ワタルやイブキ、そしてガンテツたちのとの約束をどうするのか尋ねると、キラは慌てて立ち上がった。
「…忘れてた……!!」
『キラ……』
呆れたような声を洩らしたのは黒鴉。
以前、ホウエンで旅をしたときも、こんなことになったときがあった。ホウエンのポケモンリーグに挑戦する予定が、
途中で立ち寄ったバトルテントというバトル施設にのめりこんでしまい、
バトルテントのある街だけを転々とする毎日を送り、
ある時にやっと本来の目的を思い出してジム戦に復帰することができた。そう、あれで意外にひとつのことに集中しすぎる傾向のあるキラ。
ある意味で、こうなることも予想できたといえばできた。
――というか、このタイミングで紺優がバトルの話題を振ったのは、
そろそろキラがリーグ挑戦の目的を忘れる頃だったからなのだろう。
「ジムへの挑戦はともかく、そろそろ黄夏のバトル訓練も開始するべきだと思いますよ」
「そう……だね。黄夏、今日からバトルの訓練はじめてみようか」
『うう…う、う……』
『ポケスロンでは活き活きしてるくせに、バトルは嫌なワケ?変なヤツね』
未だにバトルの訓練――というよりも、バトル自体に抵抗のある黄夏。
キラの言葉にはっきりと答えを返すことはできず、それを見ていた黒夢は呆れかえった様子で言葉を洩らす。
黒鴉は黄夏に対して特別なんとも思っていないようだが、
紺優はこの間のオーダイルたちとのやり取りを思い出し、思わす苦笑いを浮かべてしまった。
『キラ、ボクは?』
「……へ?」
『え゛』
『はァ!?』
『…!?』
「な……あ、赤跳…?い、今なんと……?!」
まったく。誰一人としてまったく想像していなかった存在が口を開いていた。
しかも、参加を拒否する言葉ではなく、自分から参加する意志のある言葉が口から出ていた。予想外すぎる事態に、思わず全員が硬直状態に陥ってしまった。
『だから、ボクのバトルの訓練はいつからはじめるの?
ボクだっていつかはキラのポケモンとしてバトルに出してくれるんでしょ?』
「え…でも、赤跳はまだバトルには抵抗感があると思ってたんだけど……」
『大丈夫だよ!キラと一緒ならボク、頑張れるよ!』
『ちょ、ちょっと!アンタ頭大丈夫なワケ!?
人間不信のポケモンがこうも簡単に人間信用するなんておかしいわよ!』
笑顔でキラに答えを返す赤跳に、思わず黒夢は詰め寄った。確かに、どう考えてもおかしい。
人間不信に陥ったポケモンが、こうも簡単にポケモンバトルに復帰できるわけがない。
普通に生活するだけなら、周りや本人の努力によってこれだけのスピードで復帰するのはわかるが、ポケモンバトルは別だ。ポケモン同士が戦うことになる以上、嫌でも人間への不信感が甦るはずなのだから。
『ボクははじめから人間全部を疑ってるわけじゃないから。
それに、お父さんがポケモンバトルはトレーナーとポケモンの絆を最も深めるものだ――
ってよく言ってたから、そんなにバトルに対して抵抗感もないんだ』
黒夢の反応を赤跳はそれほど意外とは思っていないようで、
詰め寄る黒夢に赤跳は落ち着いた様子で事情を伝える。
すると、黒夢はとりあえず納得したのか、
相変わらず驚いた表情を見せながらも、定位置となったキラの頭の上に戻った。少しの間、沈黙が続いた後、
スッとキラは赤跳の前でしゃがむと、真っ直ぐ後を見つめながら赤跳に尋ねた。
「赤跳はポケモンバトルがしたいんだよね」
『うん!』
「…なら、止める理由も、拒む理由もないね。今日から頑張ろうか」
『うん!ボク、強いバシャーモになるからね!――ね、黄夏も一緒に頑張ろうよ!』
『ううっ…ううう〜…!』
『…このままだと後輩に先を越されるぞ?』
『さすがにそれはかっこ悪いわね〜』
「先輩の面目丸潰れですね」
「み、みんな……。黄夏にプレッシャーをかけちゃダメだよ。
中途半端な気持ちで挑まれても、本人が辛いだけだから」
「(キラ……なお怖がらせてどうするんですか…)」
包み隠すということをしないキラの言葉に、思い切り黄夏の表情が引きつる。
だがよく考えれば、キラの言うことも尤もかもしれない。キラがバトルに対して並々ならぬ情熱を持っている以上、
中途半端な決断でキラとのバトルの訓練に参加したところで、辛いだけだろうし、途中で挫折するのがオチだ。黄夏がそんな結末を辿らないようにするためにも、
黄夏には自らの意志で決断してもらわなくてはいけないのだ。
『キラは…ポケモンバトルが好き?』
ポツリと黄夏が洩らした疑問。一瞬、キラは不思議そうな表情を見せたが、
すぐにその顔に楽しげな笑みを浮かべて黄夏に答えを返した。
「うん、大好きだよ」
『…………、……キラが好きなら…、
ボクもポケモンバトルが好きになりたい…!だ、だ、だ、だからボクも…頑張る……!!』
『やったー!一緒に頑張ろうね!黄夏!』
『う、う、う、うん…!!が、が、頑張ろうね…!赤跳ぉ……!!』
笑顔の赤跳に対して、今にも泣き出しそうな黄夏。
真逆とも言える二人の反応に、思わず黒夢はため息をついた。
『はぁ〜…大丈夫なのかしら、この二人…』
『お前の方こそ大丈夫なのか?
ある程度の力がある上にバトルへの抵抗がない以上、お前の訓練は厳しくなるぞ』
『…はぁ!?なんでアタシまでバトルの訓練しなくちゃいけないのよ!!?』
『ゲットしたばかりのポケモンを訓練するのは当たり前のことだろう。
大体、お前は紺優さんに一撃で伸されたらしいしな』
黒夢の痛いところをつく黒鴉の発言に黒夢は言葉をつまらせる。
確かに、黒夢は紺優とのバトルにおいて、たった一撃で戦闘不能に持ち込まれた。
それも、弱点をついていたとはいえ、タイプ不一致の電気技で。この事実だけで、十分に黒夢と紺優たちの間に実力の差が浮き彫りだ。
『お前の訓練は俺が担当する。覚悟しておけ』
『(ううっ…、これは喜ぶべきところなのかしら……)』
「これでジムへの挑戦も遠い先の話ではなくなりましたね」
「そうだね。ここからが私の腕のみせどころかな」
「ええ、一年間の修行の成果、見せてくださいね」
「うん」