『つ、疲れたぁ〜…』

 

パタリと倒れこんだのは赤跳。
倒れた赤跳を心配してキモリが駆け寄ると、不機嫌そうにミズゴロウは「ふん」鼻を鳴らした。

 

『…なんだよ、ミスケ』
『あの人間に関わらなきゃ、そんな思いはしなかったのにな』

 

言わんこっちゃない――そう言いたげなミズゴロウの視線を受け、赤跳は一瞬ムッとする。
だが、ここで感情的にミズゴロウに反論したところで、ただケンカになるだけだ。
そんなことをしても、ただお互いの溝が広がるだけで何の得にもならない。
それに、ケンカをすればキラが悲しむ。それが何よりも赤跳には嫌なことだった。

 

『好きに言いなよ。ボクが自分で決めたことだもん、後悔はないし』
『……なんだよっ…強がり言いやがって…』
『ミスケ…』

 

毅然とミズゴロウに言葉を返す赤跳に、
ミズゴロウは顔を背けると悔しそうな、寂しそうな表情を浮かべながらそう返すと、黙ってしまう。
そんな辛そうにも見えるミズゴロウの姿を見たキモリは、ただただ心配そうにミズゴロウを見つめていた。
重苦しい沈黙が続く中、不意にコンコンと部屋のドアがノックされる。
ビクリとキモリたちは身を震わせるが、
ドアの向こうから聞こえてきたキラの「ただいま」と言う穏やかな声に、不安は消えたようだった。
それから図ったかのように部屋に置かれていたボールが勝手にポンと開き、黒鴉が飛び出すと、
黒鴉は器用にドアノブを回しドアを開けると、買い物に出かけていたキラと黄夏たちが帰ってきた。

 

『遅かったな』
「そう?」
『ああ、いつもよりはな』

 

いつもよりも帰りの遅かったキラを心配してか、黒鴉は問うが、当の本人は遅くなったという認識はないようで、
不思議そうに首を傾げたが、ふと何かを思い出すと、買ってきたであろう荷物を不意に持ち上げた。

 

「これから本格的にバトルの訓練していくから、
赤跳たち専用のトレーニング用のご飯作ろうと思って色々吟味してたから…かな」
「知らない商品が多くて悩んでしまいましたね」
「うん。ホウエンの時もそうだったけど、地方によってポケモンフードは変わってくるんだね」

 

少し楽しげな表情を浮かべてキラはそう言うと、不意に後ろから赤跳が「お腹空いた〜」と情けない声を上げる。
振り向いて黒鴉は呆れたような表情を赤跳に向けるが、
赤跳はそんな黒鴉の視線など気にしていないようで、催促するようにゴロゴロと転がっていた。

 

「今、用意するから少し待ってね」

 

赤跳のある意味可愛らしい行動を微笑ましく思ったのか、
キラは嬉しそうな表情を浮かべると、食事の用意をはじめた。
初日の勢いはどこへやらの赤跳。
しかし、ここまでよく持ったと言った方が正しいのかもしれない。
キラ曰く、バトル初心者ということで手加減しているとの事だが、
それでもキラの地道なトレーニングは黒鴉の目から見てもきついものがあった。
トレーニング内容自体は、確かに初心者用の簡単なものが多い。
だが、それが過密なのだ。
これに関しては、黒鴉もバトルメンバーのとして加入したときに味わった地獄――というか試練ではあった。
ある種、キラのバトルメンバーになるための試練というか、洗礼というかな所かもしれないが、
赤跳にこの洗礼は早すぎる気が黒鴉にはしていた。

 

『赤跳…すごいね……ボク、もう……体バラバラになりそう…』
『大丈夫だよ!根性でどうにかなるよ!』
『えぇえぇええぇぇぇ……』

 

黒鴉の心配をよそに、赤跳のやる気は減少傾向には傾かなかった。
キラの過密なトレーニングに、文句も弱音も吐かずにひたむきに挑戦していく姿は予想外で。
ミズゴロウとは別に何か策があるのではないかと、一瞬は疑ったが、
先程の赤跳たちのやり取りを聞いて黒鴉はひとつの仮説に行き着いた。

 

『(あれでいて……負けず嫌いなのかもしれないな…)』

 

赤跳が弱音を吐かない理由――それはミズゴロウへの対抗心があるのかもしれない。
弱音を吐けば、確実にミズゴロウは赤跳を責めるような言葉を選ぶ。
弱みを出してしまった以上、反論の余地がないのだから、
ミズゴロウの責めの言葉を受けるほか選択肢はない状況に陥るだろう。
そんな状況にならないようにするためには、弱音を吐かずトレーニングをやりきるほかない。
そういう結論に赤跳は行き着いたのかもしれない。

 

「みんな、ご飯できたよ」

 

黒鴉があれやこれやと仮説を立てているうちに、食事の用意が整ったようだ。
準備したポケモンフードをキラは各自の名前を呼びながら並べ、
全員分を並べ終えたところで「どうぞ」と食事促した。

 

『いただきまーす!』

 

待ってましたと言わんばかりに食事にがっついたのは言わずとも赤跳。
それを苦笑いで見守りながらも、それに促される形で黄夏たちも「いただきます」と言って食事をはじめた。
ポケモンたちが食事をはじめたことを確認したキラは、スッと立ち上がると、
ベッドの近くに置いてある自分の鞄を取ると、部屋に設置されているデスクのイスに腰をかける。
そして、バッグから数冊のバインダーを取り出した。
バインダーの中のルーズリーフにこと細かく書き込まれているのは、
キラのバトルメンバーたちのポケモンフードの配合について。
レシピを忘れるようなことはないのだが、
その配合の栄養分などのデータを確認するには必要だったので、キラは全員分のデータを残している。
まぁ、一番の影響は母親と姉がやっていたからかもしれないが。
内容を確認しながらルーズリーフをめくっていく。
色々な仮説を頭の中で繰り広げながらもページをめくっていくと、
一番見たかったデータがキラの目に飛び込んできた。

 

「(赤焔のレシピをベースに………攻撃力を伸ばして…特攻は欲張らないで捨てた方が……)」

 

タイプが同じということもあり、
キラのパートナーである赤焔――ゴウカザルのトレーニング用のレシピをベースにしつつ、
赤跳専用のレシピ作りが開始される。
頭の中にある育成計画を紐解きながら、じっくりとキラはポケモンフードの配合の計算をはじめた。