『…キラ、すごいですね。
ブリーダーじゃないのにポケモンフードの配合まで勉強してるなんて……』
「ポケモンフードの配合についてはヒイナ様やカナメの影響が強いんでしょうね。
周りが当たり前にやっていたから身についたというか…」
『ってことは、キラのお母さんやお姉さんはブリーダーさんなんですか?』
「えーと…、カナメはブリーダーの資格を持っていたような……」
『…確か一昨年だったかに試験に合格したとか言っていなかったか?』
「そうでしたでしょうか…。
…はぁ、カナメはうつろぎすぎて資格やらなんらやをすべて把握しきれませんよ…」

 

キラの姉――カナメの性格を思い出して紺優は深いため息をつく。
オールマイティーにすべてを何でもそつなくこなす――まさにカナメは天才と呼べる存在で、
それ故か、カナメ自身の性格故か、どちらかはわからないが、とにかくカナメは色々なことに挑戦している。
その数はもう本人ですら覚えてはいないほどに。
ポケモンブリーダーぐらいメジャーな職業であれば、
おそらくはカナメは手を出して最低限資格ぐらいは取っているだろう。
キラ以上に幼い頃からの付き合いであったカナメ。
今頃どうしているやら…などと紺優が考えていると、
不意に服を引っ張られて視線を下に向けると赤跳が好奇心いっぱいの表情で紺優を見ていた。

 

『キラのお母さんは?アイラお姉さんのトレーナーさんなんだよね?』
「ヒイナ様は……元ではありますが、マーキャという地方の四天王を勤めていた方ですよ」
し、四天王――!?!?

 

まさかの事実に赤跳と黄夏、そしてミズゴロウまでもが素っ頓狂な声を上げる。
声を上げてはいないが、黒夢とキモリも相当驚いているようで、あんぐりと口を開けていた。

 

『……まぁ、当然の反応だな』
「(リオの事まで言ったら大変なことになりそうですね……)」

 

全力で驚いている赤跳たちを見て黒鴉が冷静に分析する中、
紺優はキラの父親――リオについての話題を出さなくてよかったと思った。
これでリオについても情報を出した日には、大パニックになっていたことだろう。

 

『四天王…!へへっ、なんだか俄然やる気が出てきた!
頑張ったらボクもポケモンリーグに挑戦できるよね!』
「ええ、キラはこのメンバーでジョウトリーグに挑戦するつもりはずですからね。
赤跳が頑張ってトレーニングに励めば、リーグも遠くないと思いますよ」
『リーグ…ポケモンリーグかぁ…!』

 

ずっとずっと昔。
赤跳が両親や兄弟と一緒に研究所で暮らしていた時代のこと。
当時研究所にいたポケモンと人間全員で観戦したポケモンリーグ。
もちろん中継映像ではあったが、そのときの所長がバトル好きだったらしく、
仕事を中断して尚且つ、研究用の巨大スクリーンまで持ち出して、
大迫力のバトルをポケモン人間関係なく熱くなって観戦した記憶が強く赤跳には残っていた。
ぶつかり合うポケモンたち。
強力な技の押収戦に、相手の策を探りあいながらの心理戦。
赤跳の目に飛び込んできたものは何もかもが強烈だった。
その憧れの舞台に立つことのできる場所にいる。
そう思うと、あっという間に赤跳の体にのしかかっていた疲れがぶっ飛んだ。

 

『ポケモンリーグ……か…』

 

誰にも聞こえないような声でポツリと声を洩らしたのはミズゴロウ。
赤跳と同様に、ミズゴロウも研究所でポケモンリーグのバトル映像を見て感動を覚えた存在だ。
だが、やはり人間に従うなんて真っ平ごめんだ。
自分を、そして大切な友達であるキモリや赤跳を傷つけた人間を、
そう簡単に許すことなどできはしない。
けれど――

 

『………』

 

憧れのポケモンリーグの舞台に立てる位置に居る赤跳。
それと打って変わって自分はポケモンリーグから遠く離れた場所に居る。
それがどうにも悔しかった。
アイツが立てるなら、オレだって立てるのに――
いや、それどころかアイツよりもオレはあいつよりもいい成績を残せる!
そこまで自信があるのに、ミズゴロウと赤跳の差は実力だけで埋められるものではなかった。

 

『(ミスケ、うらやましそう…)』

 

そんなミズゴロウの気持ちを察しているのはキモリだった。
遊んだり、バトルの真似事をしたり、何かと一緒に行動することが多かったキモリたち。
当然のように二人の気持ちは言わずともわかっている。
ミズゴロウがポケモンリーグでバトルをしたいことも、赤跳が3人一緒にこれからも居たいことも。
昔からライバル意識のあるミズゴロウと赤跳。
それ故に素直に自分の気持ちを伝えあうことなど、多分無理な注文だ。
そんな二人がいるからこそ、自分の存在が必要なのだとキモリは思っている。
反発しあう二人の間に入って、調和を保つのがこの3人組においての自分の役目なのだ。
もういい加減、自分のことばかりを守るのはやめて、今まで自分を守ってくれた二人のために、自分も前に踏み出そう。
人間から与えられた恐怖心がすべてのストッパーになっていたわけではない。
キモリの中で一番のストッパーになっていたのは、自分を守るために作られた壁。
また、昔のように笑えるようになるためには、その壁を壊さないことには――
はじまらない。

 

『ボクも……ボクもポケモンリーグに行きたい!』
『ええぇ!?』
『な、な、な、なに言ってんだよ!?シロウ、バトル嫌いなんじゃないのかよ!?』
『き、嫌いじゃないよ!ただちょっと怖いなーって思ってるだけで…』
それは苦手って言うんだよ!!
「は〜い、落ち着きましょうね〜」
『紺優さん、それは癒しの鈴ではなくて、歌うだ』
「はっ…!私としたことが!」

 

黒鴉に指摘されて、慌てて紺優は氷で小さな鈴を作り、澄んだ音を響かせる。
響いた鈴の音によって落ち着きを取り戻したポケモンたちは、ことの原因であるキモリに視線をやった。
全員に見つめられ、オドオドしていたキモリであったが、
不意に思い切ったように自分の気持ちを話し出した。

 

『弱い自分のままで居るは嫌なんだ。…あと……、ポケスロンにも出てみたいし…』
『…というか、ポケスロンがメインなんじゃないの?』
『うっ…』
『ならポケスロンだけ出ればいいだろ!
なんでわざわざ、お前の苦手なバトルなんかに挑戦しようとすんだよ!』

 

プンスカ怒りながらキモリに言うミズゴロウを前に、心の中で「ミスケのためだよ…」と半泣きになるが、
そこは耐え切って思い切りその言葉を飲み込み、半分建前、半分本心の言葉を口にする。

 

『ポケモンリーグのステージに立ってバトルがしたいの!
たくさんのポケモンと人間がみんな興奮するポケモンリーグでボクも活躍したいんだよ!』