『シロウ…』

 

キモリの強い決意に止めることは無理だと悟ったミズゴロウは、戸惑ったような表情を浮かべながら身を引いた。
静寂が部屋の空気を支配する中、不意にガタリと音が響く。
条件反射的に視線を音のする方に目を向ければ、そこにはいつもどおりの表情のキラ。
現在の状況をわかっていないようで、慌てる様子もなく「赤跳」と赤跳を呼んだ。

 

「赤跳は自分で向かっていくバトルスタイルの方が好き?
それとも、ギリギリの場面で起死回生を狙ったバトルスタイルの方が好き?」
『え、えと…、自分で向かっていく方が好きだけど……』
「うん、わかった」

 

赤跳から欲しかった答えが得られると、キラは何事もなかったかのようにまた机に向かう。
わけのわからない状況に一瞬はそれを許したが、
許していいものではないと我に返った紺優と黒鴉がキラの元に駆け寄った。

 

『キラ!それも大事だがもっと大事なことがある!』
「キモリがバトルに参加したいと!」
「……キモリ?」

 

黒鴉と紺優の言葉を聞き、キラは不思議そうな表情を見せる。
その後、数秒悩んだあと、ふと口を開いた。

 

「特攻を伸ばしてあげるのが一番かな?」
『それはまだ早いでしょ!というか、色々と段階飛ばしすぎでしょうが!』
「…え?だってキモリ………。キモリは……、……え?」
『(バトルの訓練してた時のキラと同一人物とは思えない…)』

 

やっと事の重大さに気づいたキラは大きく目を見開いた。
全員が全員、心の中で「遅い」とツッコミを入れたが、
そんなことは知りもしないキラは恐る恐るといった様子でキモリに近づくと、
スッと腰を下ろして、じっとキモリの目を見つめた。
感情の読めないキラの視線を受けるキモリは、一瞬は目を逸らしたくなったが、
逸らしてはダメだと自分に言い聞かせると、真剣な面持ちでキラを見つめ返した。
すると、キラは不意にフワリと優しい笑みを浮かべた。

 

「うん、キモリがそうしたいなら、私はそれを精一杯手伝うよ。
…でもね、無理はさせたくないから、できることからはじめていこう?」

 

そうキモリに優しくキラ言うと、そっと手を差し出した。
それを見てキモリは少し驚いたような表情を見せたが、
キラはなにを言うこともせずに、ただキモリを優しく見守っていた。
優しい静寂の中、不意にキモリが動きを見せる。
少し身を震わせながらも、ゆっくりと自分の手をキラの手に伸ばしていく。
そして、ぴたりと自分の手でキラの手に触れると、緊張で声を震わせながらも「よ、よろしく…!」と言葉にした。
それをキモリの精一杯の決意を受けたキラは、優しくキモリの手をとると、
笑顔で「こちらこそよろしく」とキモリの言葉に応じる返事を返した。

 

『へへっ、これからはライバルだよ!』
『う、うん!負けないからね!』

 

キモリとキラの挨拶が終わると、嬉しそうに赤跳がキモリにくっついた。
キモリも赤跳が喜んでくれたことが嬉しいようで、ニコニコと笑顔を見せている。
赤跳に続いてキモリもキラに心を開くようになり、お祝いムードが漂う中、
黒夢の興味は新たに仲間入りしたキモリよりも、ミズゴロウに興味が向いていた。
黒夢が初めてミズゴロウと会ったとき。
それはキラから黒夢を庇おうとして飛び出してきたときだった。
人を襲っていたヤミカラスの親玉を守ろうという、ミズゴロウの度胸を黒夢は気に入っている。
そこらのポケモンでは、そうそう取れる行動ではない。
これだけの度胸を持っていれば、野性でやっていくにしても、
トレーナー付きのポケモンとしてやっていくにしても、いい結果に転ぶだろう。
だが、度胸だけでやっていけるほど、世の中も甘くはできていない。
実力があってこその度胸。実力もないのに度胸だけがあっても、それはただの虚勢でしかない。
黒夢としては、ミズゴロウをそんなつまらないポケモンにしたくなかった。

 

『キラ、少しの間、コイツを預からせてもらうわ』
『オ、オイ!離せよッ!!』
「えっ…?く、黒夢?いったど――」
『じゃあね』

 

ガシリとミズゴロウの頭をガシリと鷲掴みにしたかと思うと、
キラの質問に答えも返さずに器用に窓を開けて黒夢は早々に夜空へと溶けてしまった。
慌ててキラが窓から身を乗り出して黒夢の姿を確認しようとするが、
それは叶わず完全にキラは黒夢の姿を見失ってしまった。

 

「急いで黒夢を追いかけないと…!」
『待てキラ。お前が今出て行っても危険な目にあうだけだ。俺が行ってくる』
「黒鴉……。そうだね、黒鴉に任せた方が確実だね」
『ああ、任せてくれ。黒夢共々――ジム戦に挑戦できるレベルに鍛えてくる』
「…え?」

 

自分の想像していた答えと大きく違っていた黒鴉の返答。
思いがけないずれに黒鴉を止めることもできず、黒鴉もまた黒夢同様に夜空へと消えて行った。
それを呆然とキラは見送った後――青ざめた表情で「どうしよう」とうわごとのように呟いた。