黒夢がミズゴロウを連れて夜空に消えていって数日。
その黒夢を追って黒鴉が夜空に消えて行ってからも数日。
キラは、黒夢たちを探すことはせずに、
ポケスロンドームを拠点にポケスロンとバトルの訓練を進めていた。
だが、キラはすぐに黒夢たちを探すことを諦めたわけではない。
黒夢たちが飛び出していった夜が明け、すぐに黒夢たちを探そうとしたのだが、
紺優からミズゴロウのことは黒夢と黒鴉に任せるように提案されたのだ。
黒夢がミズゴロウを買っていたことはわかっていたし、
黒鴉は二軍のリーダーを任せられるぐらい責任感もあるし面倒見もいい。
そんな2人がついているにしても、未だに誰にも心を開いていないミズゴロウだけに、
まったく不安がなかったわけではないが、
キラは黒夢たちのことを信じて紺優の提案を受け入れることにした。
最初こそ、食事や寝床などの心配が不意に浮かんでは集中力が途切れることもあったが、
よく考えれば黒夢も黒鴉も元々は野生のポケモン。
しかも、黒夢は最近まで野生下で生活していたのだ。
心配することはないと自分に言い聞かせ、
キラは目の前にいる赤跳たちに集中することに決めたのだった。

 

「……反応がかなりよくなってきたね」
『えへへ、やった!』

 

無邪気な笑顔を浮かべて飛び跳ねるのは赤跳。
その少し後ろのところでは黄夏とキモリも嬉しそうな笑顔を見せていた。
基礎的な訓練を数日積み重ねたことにより、赤跳たちの基礎体力は本格的な訓練――
バトルでの実践訓練へ移行しても問題ないレベルにまで到達している。
ただ、まだキモリに関してはバトルを経験させるのは、精神的な部分で早い。
なので、人間に慣れるために近々キモリと一緒にポケスロンに出場しようとキラは思っていた。

 

「黄夏と赤跳…それと黒夢のチームだったら、ヒワダジムだと相性がよさそうだね」
『え、えぇえ!?い、いきなりジムに挑戦するの!!?』
「ううん、流石にそれはないけど、そこを目指してこれから頑張って行きたいと思って」
『えー、ボクは全然ジム戦でもいいよ!早く強い相手とバトルしてみたいもん!』
「赤跳、自分の実力を過信するのはいけませんよ。
相手はたくさんのバトルを勝ち抜いてきたジムリーダー。
仮に実力が一緒だったとしても、経験の差がある分――相手の方がだいぶ有利ですよ」
『…そんなに経験って重要なの?』

 

赤跳をたしなめた紺優だったが、
赤跳には紺優の意見にすんなりは納得できないらしく、不思議そうに首をかしげている。
そんな赤跳を見て紺優は、優しい笑みを浮かべると、赤跳に経験の重要性を説明し始めた。

 

「ええ、重要ですよ。
強いポケモンたちが危機的状況で素早く適切な判断ができるのは色々な経験があるからです」
『それは確かに…、経験してみないとわからないことって多いもんね』
「――それに、いきなりジムに挑戦しても、ジムの空気に呑まれてしまうかも知れませんよ」
「……それはあるかも。ジムってなんとなく独特の雰囲気があるから…」
『う〜、デビュー戦がジム戦ってカッコいいと思ったんだけどなー』
『でも、デビュー戦で負けるのはカッコ悪いし、縁起も悪いと思うよ?』
『うん。やっぱり初めてのバトルは勝ちたいよね』

 

キモリがニコニコと笑いながら言うと、赤跳は少し不貞腐れたように「む〜」と頬を膨らませた。
だが、赤跳も根幹はキモリと同意権のようで、キモリの意見を否定はしなかった。
主人のキラとしては、
初めてのバトルは成果のあるものであれば負けてもいいと考えているのだが、
赤跳たちはあくまで勝ちにこだわるようだ。
頭の片隅で「男と女の差なのかな?」とキラは思いながら、
改めて赤跳たちの初戦の相手について考え始めた。
――が、それは不意に頭上を遮った影によって中断された。

 

「……黒夢と…黒鴉?」

 

見覚えのある影。
突然のことに若干思考能力が低下しているが、それでもキラは空を見上げた。
すると、そこにはやはりキラが思ったとおりの影が二つ。
ホッと安心するよりも先に2つの影がキラたちの下へ降りてきた。

 

『長らく待たせたわね』
「…おかえり黒夢。……突然飛び出すから心配したよ。…それと、黒鴉も一緒に居なくなるし……」
『……すまない』
『でも、ちゃんと成果は挙げてきたわよ』

 

そう黒夢は自信満々の様子で言うと、黒鴉の背中に向かって足を延ばす。
そして、何かをガシリと掴むと黒鴉が高度を下げたかと思うと、彼の定位置でもあるキラの腕にとまった。
自分の腕に黒鴉が収まったことをキラは自分の目で確認すると、黒夢へと視線を戻す。
すると、黒夢の足元には頭を鷲掴みされながらも大人しくしているミズゴロウがいた。
キラの知るミズゴロウであれば、即刻暴れだすというのに、
暴れだしそうな様子は逸さなく、驚くほど大人しく黒夢の足に収まっていた。
別の固体ではないかと思うくらい大人しいミズゴロウに驚いているのはキラだけではないようで、
ミズゴロウの幼馴染である赤跳とキモリも驚いているようで、大きく目を見開いていた。

 

「これが…成果ですか……?」
『違うわよ。私たちがあげてきた成果はミズゴロウのバトルセンス』
『ついでに黒夢の基礎体力も俺たちレベルには及ばないがあげてきた』
『う、うるさいわよ!』

 

若干余計な報告までする黒鴉に黒夢はキーキーと怒り出すが、黒鴉は涼しい顔。
見兼ねた紺優が黒夢を「まぁまぁ」と宥めると、黒夢は不機嫌そうに「ふんっ!」と鼻を鳴らすと、
掴んでいたミズゴロウを地面に下ろして迷いなくキラの頭にとまった。
不機嫌丸出しの黒夢の機嫌もキラは気になったが、
それ以上に未だに大人しいミズゴロウの方が気になってしまい、少し黒夢の様子を少し伺ったあと、
地面に下ろされたミズゴロウ――そして、彼の無事の帰還を喜ぶキモリに目をやっていた。

 

『おかえりミスケ。怪我がなくてよかった』

 

心からミズゴロウが帰ってきたことをキモリは喜んでいるようだが、
ミズゴロウは気を許しているはずのキモリにすら言葉を返そうとはしなかった。
やはりどうにも様子のおかしいミズゴロウにキモリが戸惑っていると、
不意にミズゴロウは歩き出した。
その歩みに迷いはなく、はじめからすべてを決めていたかのよう。
しっかりとした足取りでミズゴロウがやってきたのは赤跳の前。
赤跳はミズゴロウになにを言われるのだろうと思っていたのだが、
赤跳の予想は外れて、ミズゴロウの第一声は別の人物に向けられた。

 

『コイツと戦わせろ』